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2章 バイト先で偶然出逢わない

2章02 4月28日 ①

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 新しい朝が来た。


 それは希望の朝なのだと――


 クソガキがまだクソガキのままでいられた頃、夏休みの早朝に集められてタコ踊りをさせられている時に流れていたBGMにそんな歌があった。


 ついそう思いついてしまうと、それに紐づいた記憶が再生され、元気いっぱいにタコ踊りをするクソガキの姿が眼に浮かんでしまい、俺は朝から非常に不愉快になる。


 だが、こんなことを思いついてしまったことの理由もすぐに思いついたので、仕方ないことかと諦めた。


 今日というこの日は――

 今朝というこの朝は――


 俺――弥堂 優輝びとう ゆうきと、水無瀬 愛苗みなせ まなにとって、『新しい朝』だと、そう呼ぶに値するものだからだろう。


 その新しい朝を俺はいつも通りの学園の教室で迎えており、水無瀬は昔通りの病院の個室で迎えている。


 だが、そこに希望があるのかというと少々首を傾げる。


 俺の場合に限っては、多少受け入れ難いものはあるが、今日に希望があると言われてもそう認めるべきかもしれない。


 この約10日間ほど、俺と水無瀬は非現実的な事態に見舞われ、悪魔軍団と大決戦をして魔王を倒すなどという非常識で恥ずかしいことをしていたのだが。

 過程は省くとして、結果としてその戦いの果てに、俺はこれまで見失っていた『目的を見出す』ということが出来た。


 俺はこの一年ほど、それが無かったが為に亡者のようになっていた。何故それが無かったのかといえば、俺に目的を与えてくれる人が居なくなったからだった。

 正確にはその目的を与えてきたイカレ女に「もう不要」だと切り捨てられ追い出されたというのが真実だ。


 それならそれで、自分で新たな土地で、新たな環境で、新たな目的を見つければいいと――誰しもがそう思うだろうし、同じ状況ならきっと誰しもがそうすることだろう。

 しかし、これは言い訳のしようもなく俺という人間の欠陥なのだが、俺は自分で自分の目的を見出すことが出来ないのだ。長らく出来ず、それは生まれてから一度も出来たことがなかった。


 それは何故――ということは先日きっちりと思い返したばかりなので、ここでもう一度改めて考えることはしない。

 結論として重要なのは、水無瀬との出来事の中で、俺はそれをすることが出来たということだ。


 それはポジティブなことのはずなので、だから俺にとってこの新しい朝には希望が存在しているはずなのである。

 尤も、根源を視徹すという触れ込みの俺のこの眼には何もそれらしいモノは映ってはいない。

 なので、あくまで気分の問題なのだろう。


 一方で――


 俺と同じ戦いを経験し、共に生き残った水無瀬はどうなのかというと。

 彼女は真逆だ。


 彼女は俺とは違って、何もかもを失った。

 家族も友人も。


 それは近しい人物が皆殺しにされたという意味ではない。

 親しい者全員何処かに連れ去られたというわけでもない。


 彼女自身が彼女でなくなってしまったというのが事実だ。


 水無瀬 愛苗は魔法少女だ。


 その仕組みの詳細は省くが、彼女は悪魔に騙され魔法少女に為り、そしてそれによって悪魔にされてしまった。

 全く別の存在にされてしまったわけだ。


 存在とは、その在り方が総て“魂の設計図アニマグラム”によって定義されている。


 魂には設計図があり、それに記されている通りに全ての存在は存在する。


 それは『世界』によってそう定められたもので、自分自身で別のナニカに為りたいと考え実行しても、決して叶わない。叶わないはずのことだった。


 “魂の設計図アニマグラム”によって“水無瀬 愛苗”であると意味づけられているからこそ彼女は“水無瀬 愛苗”として存在でき、“水無瀬 愛苗”として存在してきた。

 別のモノに為り変わるということは、その意味を書き換えることであり、それは『世界』が許してはいない。


 つまり、逆説的に言うのならば――


 別の存在に為り変わってしまったということは、その魂に記された存在の意味が改変されてしまったことになる。


 だから、彼女は彼女でなくなってしまった。

 その瞬間にこの『世界』から、元の“水無瀬 愛苗”という意味は失われてしまったのだ。

 そして、彼女を知る全ての者が、今ここに居る“彼女”を、“水無瀬 愛苗”だと認識出来なくなってしまった。


 だって、“水無瀬 愛苗”なんていう意味はこの『世界』に存在しないのだから。


 故に、水無瀬は全ての関係者にまるで忘れられてしまったかのようになってしまった。

 何もかもを失ったというのはそういう意味になる。


 だから――


 そんな彼女にとって、今日という日の朝は、新しい日々の始まりであったとしても、決して希望の朝だとは呼べないだろう。


 そこまでを考えて――


(――いや、)


――そうでもないかと、俺は考え直した。



 水無瀬 愛苗といえばポジティブモンスターだ。


 森羅万象の悉くを“いい方”に捉える。


 実際今回の事件の最中、流石の彼女も現状に参っているような素振りを見せてはいた。

 見せていたどころか、参り過ぎて魔王にまで為ってしまった。

 そして事件が解決し、意識不明の状態から病室で目を醒ました際にも、自身が失ったモノを想って涙してもいた。


 だが、結局。


 それも少しの時間のことで、彼女はこれからの日々で失くしたモノを取り戻していくことを決めた。

 例えばこの教室内に居る者たち。

 彼らや彼女らともう一度友達になると。

 そんな風にその瞳と魂を輝かせていた。


 ならば、この朝に、きっと彼女には希望が見えていることだろう。


 話は覆り、今日という日の朝は、俺にも、彼女にも。

 共通して希望の朝であるということになってしまう。


(それは違う――)


 何となくそれは気に喰わないので、もう少し抵抗の思考をしてみる。


 朝というモノは特定の誰かにのみ訪れるものではない。

『世界』に存在する総てのモノの中の、誰か一人の為に宛がわれるモノではないのだ。

 そして当然、公平――または平等に全員にそれぞれコーディネートされたモノが分配されるわけでもない。


 “朝”は誰かに訪れるものではなく、『世界』に訪れている。

 誰の為のモノでもないのだ。

 たった一つの朝を総てのモノが共有していることになる。


 だから、それが“希望”なのかそうではないのかということについては、それぞれの気分や願望次第で変わる。

 結局それぞれの受け取り方次第、心持ち次第ということになる。


 だからいくら俺や水無瀬が今日という日に希望を映していたとしても、それは俺たち以外の他の者には全く関係がないし、文字通り知ったことではない話なのだ。


 その証拠に――


 何の話でもない下らないことを考えながら、俺は周囲に眼を遣る。


 俺と水無瀬は、人知を超越した大きな戦いに身を投じ、その結果として物理的にも精神的にも大きな変化を遂げた。

 だからこの朝には昨日までと違うものを感じている。


 だが今、ここに居る俺以外の全員にとっては、決してそうではない。

 他の者たちは今までと変わらず、今までと同じようにこの朝を過ごしていた。





 4月28日 火曜日。

 私立美景台学園高校2年B組教室。


 今は朝のHR開始前の時間だ。


 周囲の生徒たちは、いつも通り四分五裂な取り留めのない雑談を其処彼処で奔放に行っている。

 彼ら彼女らの様子には特に大きな変化はないように俺には視えた。


 周囲は何も変わってはいない。

 変わったのは俺と水無瀬だけ。


 負けたら最悪土地の滅亡――俺と水無瀬が戦った悪魔たちとの決戦。

 あの激しい戦いは世間では無かったことになっている。


 そして――


 俺はチラリと左隣の座席へ視線を向ける。


 そこには一つの空席。


 誰も居ない座席。


 その席は横の列の左端。

 縦の列のちょうど中間。

 そんな中途半端な位置の座席だけが何故か誰のモノでもない空席に為っている。


 誰もそれを不思議に思わない。


 街を救った戦いは無かったことにされ、街を救った少女もまた無かったことになっている。


 しかしそこには誰の悪意も存在しない。

 存在しないモノに向ける悪意もまた存在するはずがないのだから。


『世界』がそういうモノである以上、これは仕方のないことなのだ。


 だから――


 “何も無かった”彼らや彼女らが、いつものように振舞うことには、何もおかしなことなど無い。


 とはいえ。


 今朝の生徒たちの様子に、本当に一切何も変わったところがないのかというと、実のところそうでもない。

 今朝の彼らや彼女らが奏でる騒めきには、常とは少々色合いが違う部分もあった。


 それは今朝の彼らが扱う“トピック”だ。


 こうして俺が自席でジッとしているだけで勝手に漏れ聴こえてくる彼らの話題には共通したものがある。


 彼らが何を話題にしているのかというと、それは『ゾンビ襲来』についてだ。


 俺と水無瀬は4月25日に港で悪魔軍団と対峙し、それを退治した。

 それによって街は守られたカタチにはなっているが、では何も被害がなかったのかというと――そうでもない。


 俺と水無瀬が戦っている間に、街には大量のゾンビが攻め込んできたのだ。

 何をバカな――と思われるような話だが、事実なのだから仕方がない。


 といっても、それらに襲われたのはほんの一部の人間で、街中の人間が“ソレ”を目撃したわけではない。

 しかし、そんな話はすぐに広まってしまう。


 真偽の程はともかく、現在生徒たちの扱う話題もそのことで持ち切りだ。


 俺や水無瀬が対峙したモノほど大きな外敵ではないし、俺や水無瀬が知るほどに真実を知っているわけではない。

 それでも世間を騒がせるには十分すぎる情報だろう。


 魔法少女である水無瀬や、中学で社会をドロップアウトして異世界で勇者などしてきた俺のようなロクデナシにとっては、「まぁ、そんなこともあるよな」と受け入れられてしまうような出来事でも。

 彼らや彼女らのような善良で真っ当に生きている普通の一般人にとっては、決してそうではない。


 この美景市は先日ゾンビの大軍に襲われた。

 そのゾンビだと思われているモノは正式には“屍人グール”と呼ばれるモノで、世間的には存在しないことになっている魔物の一種だ。

 そしてそれは悪魔の手によって齎された災害だ。


 俺と水無瀬が戦っていたのも悪魔だ。

 つまり、世間を賑わせているトピックと、俺と水無瀬が経験した事件は実は同一のものなのだが、当然そんなことは一般には知られていない。


 そして、本当は知られてはいけないことなのだろう。


 為政者たちはおそらく情報統制を行っている。

 しかし、昨今の発達しすぎた情報伝達技術のせいで、昔のように情報の漏洩を封殺することは現代社会では難しいだろう。

 こうしている今も、SNS等で好き勝手に妄想を垂れ流す者が後を絶たないはずだ。


 不幸中の幸いと言ってもいいのかはわからないが、その“ゾンビ”とやらを実際に目撃した者はほんのごく一部の市民だけだ。


 俺の知っている中だと、それなりに懇意にある皐月組という暴力団。

 そしてこの美景台学園――それらがその“ほんのごく一部”に当たる。


(よりにもよって)


 俺は、俺と水無瀬が今回の事件の核となる部分に居たということ。

 それどころか本件に関わっていたという事実すら誰にも知られたくない。


 なのにも関わらず、だ。

 よりにもよって、俺が関わっているその二つの組織がどちらも“アレ”を見てしまったということに辟易とする。


 だが、どうせロクデナシの人生だ。

「まぁ、そういうこともあるよな」と受け入れるしかない。


 ともかく。


 現在のこの教室は、生徒たちがネットから断片的に拾ってきた情報をそれぞれが自慢げに披露し合う場になってしまっている。

 普段はあちこちで細かくグループで別れて談笑しているクラスメイトたちも、今日は心持ち全体でまとまって会話をしているように感じられなくもない。


 こんな時ばかり。クズどもめ。


 そんなわけで、真実を知っている俺としては鼻で嘲笑ってしまうような――

 そんな真偽不明の噂で教室は賑わっている。


 俺――

 弥堂 優輝は風紀委員だ。


 スパイとして風紀委員会に潜入している身ではあるが、それでも俺には学園内の風紀を正す仕事がある。

 現在この教室で飛び交っているような、怪しげな風説が流布されるのを防ぐことも本来仕事の内だ。

 このような与太話をそこらでされると、この学園の主である郭宮 京子くるわみや みやこ生徒会長閣下の名を汚すことに繋がる。


 だから本当ならこの馬鹿なガキどもの首に縄をかけて一人残らずひっ捕らえ、地下牢に監禁して偉大なる生徒会長閣下への忠誠を誓うまで拷問にかけるべきなのだが、生憎地下牢が完成するのはG.Wが終わった後だ。

 地下牢が無いのでは仕方がないと、俺は彼ら彼女らの逮捕を諦める。


 それに――


 これは個人的な話だが――


 馬鹿な市民どもが馬鹿な噂で勝手に混迷していてくれるのは、俺にとっては非常に都合がいい。

 だから放っておくことにした。


 俺が気になるのは、現在どんな噂があるかということよりも、今こうして学園が再開されていることだ。

 俺が思っていたよりも遥かに早く再開された。


 この街は先週末から、街に猛獣が逃げたかもしれないからと、外出の自粛令が市民たちに出されていた。

 それに伴い、先週の金曜日はこの学園も午前で終了し、土日の休日を挟んだ後――昨日の月曜日も休みとなっていた。


 そんな中、猛獣に加えてゾンビの襲来だ。


 本当の事件の顛末を知っている俺としては、既に終わった事件として何も心配していないし、もう次のことに備えてもいる。

 だが世間はそうではない。


 真実を知らなければ――解決したことを知らなければ、おいそれと外出の自粛や休校を解く決断には踏みきれない。


 踏みきれないはずなのだ。


 じゃあ、何故その決断が下されたのかというと――


――つまりはそういうことだ。



 ふむ――と、考える。



 皐月組のことは一旦置いておく。

 国や行政のことも俺にはわからないのでこちらも一旦外に置く。

 だが、美景台学園――


 この学園はどうも普通の教育機関ではないようだ。


 いや、元々普通だとは思っていなかった。別の意味で。

 しかし、俺が思っていた以上に、思っていた以外に、普通ではないようだ。



 俺は普通の高校生だ。

 だが、それは現在そう為ろうとしてそのように振舞っているだけで、弥堂 優輝という人間は全く普通の人間ではない。

 いくら普通だと言い張ったところで、異世界帰りの勇者を誰も普通だとは認めてくれないだろう。


 しかし、そんな俺が元々ずっと普通でなかったのかというと、それは違う。


 俺は異世界に足を踏み外す前は、普通の家に生まれた普通のクソガキだった。

 それが異世界で勇者に為り損ねて、不要だと追い出されて、出戻りしたこっちの世界でひょんなことから魔法少女に出逢い、そしてうっかり覚醒して勇者に為ってしまった。

 だから元々は普通の人間だったのだ。


 何が言いたいかというと、つまり――

 俺は元々普通の人間だったので、こっちの世界にも悪魔だの魔物だの魔法少女だのと、そんな超常のモノが存在することを知らなかったのだ。

 異世界から帰った後も、つい10日ほど前の、魔法少女である水無瀬に本格的に関わり始めるまで。

 “向こう”のように魔力だの魔術だの魔法だのと、そんな非常識な力や技術が“こっち”にも存在しているだなんて、恥ずかしながら寡聞にして知らなかったのだ。


 これに関しては俺の落ち度と言わざるを得ない。

 そんなモノはこっちには無いと、完全にそう思い込んでいたのだ。


 正確には眼を背けていたのかもしれない。


 魔物の自然発生については気付いてはいた。


 生き物が死ぬとその魂の設計図がほどけ、稀に強い未練や思念が欠片として現世に遺ってしまうことがある。

 その魂の残滓に周囲の魔素が結びつき、他の存在の残滓とも同化して膨らむと魔物化してしまうことがある。


 俺の眼には魂を構成する物質である霊子が視える。

 だからその現象がこっちの世界でも起こっていることを観測してはいた。


 こっちの世界だろうと、向こうの世界だろうと――

 同じ『世界』の中の話なので、仕組みが同じなのは当たり前のことだと、そんな風に視て見ぬ振りをしていた。


 それは間違いで、そして甘かった。


 そういうモノが昔から存在していたのなら、当然それを知る者たちも存在している。

 それも当たり前の範疇のことなはずなのに、俺はそこまで考えが至っていなかった。


 そして話が戻って、この美景台学園――


 少なくともこの学園を運営する連中は、その『知る側』の者たちのようだ。


 事件が終わった後の休校期間中に、俺は水無瀬の転入手続きを行うために美景台学園を訪れた。

 その際に、学園が事件当日に襲撃を受けて、会長閣下とお付きのちびメイド2名――合計3名でそれを退けたということを聞いた。


 あのチビ餓鬼ども。

 どうも俺が想定していたよりも強いようだ。


 そして事件当日に俺が何処で何をしていたかを聞かれた。

 なので、真顔で突然『ゾンビ』だの『屍人しびと』だの『レッサーデーモン』だのと――そんなアニメの話をし始めたバカなメスガキどもを俺は心の底から軽蔑し、そして軽蔑している旨を率直に正々堂々と素直にお伝えした。


 その結果、もしかしたら彼女たちの心は傷ついたかもしれないが、現在の俺には水無瀬を守るという目的がある。

 その為に有効なこと、必要なこと。

 あらゆることを行う必要がある。


 だから彼女たちを馬鹿にして泣かせたことは仕方のないことで、俺はまったく悪くない。

 強いて言うなら水無瀬が悪い。


 それはともかく、その目的――


 俺はこれから水無瀬を守っていくにあたって、この世界の総てと敵対しても構わないと決めた。

 だが、いくら袖を捲ってそう息巻いてみたとしても、初戦からいきなりその総てと全面戦争をするわけではないし、するわけにもいかない。


 最終的にそうなってしまったとしても、そこに至るまでにはやはり過程がある。


 そしてその過程では、たとえ一時的なものだとしても、やはりどこかしらのケツモチが必要になるかもしれない。

 そう考える。


 だが、これは選択を誤ると泥船に乗る羽目にもなる。


 候補――手段の一つとして頭の中に入れておこう。

 もしかしたらそういう機会が訪れるかもしれないと。


 彼女ら――この学園の背後関係がまだ俺にはわからない。

 おそらく其処に、俺の知らない世界がある。


 新しい世界。


 今後水無瀬を守っていくにあたって、俺は必ずその世界を知る必要がある。


 今まで眼を背けていたその知らない世界の戸を開き――

――其処に在るモノ、居るモノを、この【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】に映して、その正体を視なければならない。


 郭宮生徒会長やその側近たちはきっとその戸の向こう側の住人で、そしてその戸の向こうに居るのは会長たちだけでなくきっと彼女も――



 ガラッと――


 大き音を立てて教室の戸が開かれたのは、そこまでを考えた矢先だった。


 あまりに大きな音を立てたものだから、教室内の話し声が止み、多くの視線が其処に集まる。

 俺も眼を向ける。

 その戸の向こうに。


 其処に居るのは、息を切らしながら、戸の向こうの世界からこっちへと足を踏み入れようとしているのは――

 今しがた俺が頭の中に浮かべた彼女だった。


 俺は知らない世界の、知っている彼女を魔眼に映し――

 その姿、表情、様子を視て、眼を細める。



 その戸の向こうの世界で――


――希望の花は咲いていない。

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