俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章裏 4月26日 ④

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 玄関に戻ってくると、愛苗の両親は二人ともまだ気を失ったままだった。

 弥堂はクタっとなって重なる夫婦の姿に満足気に頷いた。


「――よし。このまま何事もなかったかのように撤収するぞ」

「イヤ、それはムリだろッス」


 ネコさんがジト目で何かを言っているが弥堂は無視をして、夫妻を拘束していたロープとガムテープを剥がしにかかる。


「オイ! ガムテはもっと優しく剥がせよ! パパさんの顏が面白いことになってんだろ!」

「時間が経てば戻るだろ」


 強盗にデリカシーだのデリケートだのを求めても無駄だ。

 弥堂はメロに注意されても意に介さず、雑に拘束を解いて雑に二人を床に転がす。


「オマエもっと丁重に――」

「うるさい」


 ここに来てから特に何もしていないくせに文句ばかり一丁前なネコを、弥堂は鬱陶しそうに睨んだ。


「どうせ気絶していた間のことは本人たちにはわからないんだ。その間に起きたことは全て無かったことになる。水無瀬もそうだろ」

「笑えねェ冗談ッスね」

「冗談ではない。もう行くぞ」

「それより、これもう取ってくれッス! このままじゃジブン外を走れねえッス」

「チッ、めんどくせえな」


 悪態をつきながら弥堂はメロの四つ足を包む0.01㎜の安全を剥がしてやり、それをその辺に投げ捨てた。


「よし、ズラかるぞ」

「もう少し言い方を……って、ちょっと待つッス」

「あ?」


 早めに現場を暇したい弥堂を制止して、メロは床に重なり倒れる夫婦へ身体を向けた。


「パパさん、ママさん……ゴメンなさい。それから、これまでありがとうッス。お家はあったかかったし、ごはんもおいしかったッス。お世話になりました」


 ペコリと頭を下げる。


「無駄なことを」


 その姿を視て、実に下らなそうに弥堂は吐き捨てた。

 メロは振り返り瞳の中の失望の色を強めた。


「なんでそんなヤなことばっか言うんッスか」

「気絶している時に言ったって意味ないだろ。まにせ聴こえていないんだ。お前の今の言葉は二人にとっては無かったことだ」

「オマエってホントに……。気分ってモンがあんだろ?」


 辟易としたメロの言葉を弥堂はさらに鼻で嘲笑う。


「その気分はお前の気分だろ。『ゴメンなさい』と言いながら結局自分のことしか考えていないんだな」

「……オマエってマジでヤなヤツッスね」

「今さら確認するようなことか?」

「それはそうッスけど」

「なにを感傷に浸っているのか知らんが、タタキの現場ですることじゃない」

「正論っぽいけど、やってることは犯罪なんッスよね……。つーか、オマエに人の感情こころはないんッスか?」


 軽蔑をこめてメロにそう言われると、弥堂は心底不可解そうに眉を寄せる。


「よくわからんな。誰も死んでないだろ」

「死ななきゃいいってモンでもないだろッス。パパさんもママさんも、マナだって……、家族を失くしちまったんッスよ……?」

「贅沢だな。あの状況で『最悪』に至らなかっただけ運がいいと思うが。それに、両親二人ともまだ若いんだ。その気になればもう一人くらいガキ作れるだろ。そうしたら彼らは元通りになるんじゃないか?」

「な、なんて悲しきイキモノなんッスかオマエは……。それはフォローになってないッスよ……」

「別に貶したつもりもフォローしたつもりもない。ただ事実を言っただけだ」

「もういいッス……」

「そうか。それより、いい加減に出るぞ」

「わかったッスよ……、って――」


 今回の大事件で、弥堂も少しは人間味というものを身に着けたかと思ったが、どうやらそれはメロの勘違いだったようだ。

 彼女はガックシと首を垂れ、諦めたように弥堂に続こうとしたが、そこで何かに気が付く。


「どうした?」


 異常事態でも起きたかと、服の中に隠したナイフの位置を意識しながら弥堂も振り返る。


 メロは倒れた両親の姿を見ていた。

 二人は特に目を醒ました様子はない。


 二人の姿は現在――


 母が玄関框げんかんかまちに仰向けに倒れており、父はその下のタタキに膝をつけて母の上に覆い被さるように倒れている。


「……?」


 同じ光景を目にしているはずだが、弥堂にはメロが何を気にしているのか見当がつかなかった。


 そのメロはというと、弥堂同様に倒れる夫妻を見てジッと見ている。

 見てはいるが、現在彼女が主に着目しているのは夫婦そのものではなく、倒れる彼らの周辺に散らばっているモノだった。


「…………」


 抱き合うように身を重ねる夫婦の周囲の床には、使用済みの伸びた避妊具が4つ。

 弥堂の乱雑な行動の結果、実にイケない絵面になっていた。


 メロは真剣な目つきでその光景をジッと見て、やがて一つ頷く。


「ネコさんトラーンス――ッ!」


 そして、実にいい加減な掛け声を上げながらメロは両前足を上に、ピョンコっとジャンプした。

 すると、空中で彼女のネコさんボディがボワンっと煙に包まれる。


 突然玄関内が不審な謎の白煙で満たされ、弥堂は「ケホッ」と咳をした。


「あ、スマンスマン。ちょっと煙の量ミスったッス」


 迷惑そうな顔をした弥堂が少しドアを開けて換気をすると、薄っすらと晴れていく煙の中から姿を現したのは、銀髪メスガキスタイルのメロだった。


 ドヤ顔できゃぴんっとポーズをキメる彼女へ、弥堂は汚物を見るような眼を向ける。


「なんだあの適当な掛け声は。あれが魔法のトリガーワードなのか?」

「ん? いや? 魔法っちゃ魔法ッスけど。ベツにそんな難しそうなモンじゃねえッス。気に入らなかったんなら『ネコモルフォーゼ』に変えるッスか?」

「微妙に語呂が悪いし意味もわからん。なんでもいいんなら黙ってやれ」

「それは出来ねえ相談ッスね。気分ってモンが大事なんッス。ったく、これだから男は何にもわかってくれないのッス」

「…………」


 一端の女子面で大人をナメた発言をするメスガキに弥堂はイラっとする。


「……いきなり何の真似だ?」

「ん? ちょっとネコさんのまんまじゃ出来ないことがあって……」

「なんだと?」


 怪訝そうな顔の弥堂を置いて、露出度の高い服装をした女児は倒れる夫婦に近づいていく。

 弥堂がその様子を不審そうに視ていると、メロはまず――


 ママさんのお腹の上にあるパパさんの頭をずらし、ママさんの足をガバっと開かせる。

 その股の間にパパさんの頭を突っこんで、それからそっとスカートを被せてあげた。


 次に、今度は床に落ちている4つの使用済みゴム手袋を拾い上げる。

 その中に先程回収してきた愛苗の乳液を注入し、一定の量を溜めるとゴム手袋の口を堅く縛った。


 4つのゴム手袋に一通り作業を終えてから、メロはそれらを玄関の外から入ってくる光に透かして、自らの仕事の出来栄えをチェックする。

 何やら少々納得でもいかないのか――彼女は少し首を傾げて難しそうに眉間に皺を寄せた。

 だが、どうやら妥協して自らに折り合いをつけることに成功したようで、それらの完成品を重なり合う夫婦の周囲の床にべチャッと貼り付けた。


 そして――


「――ふぅっ、これでヨシッス……」


――掻いてもいない額の汗を拭い、メロは一仕事終えたとばかりにイイ顏をした。


「……なんのつもりだ?」


 そんな不審なメスガキへ、弥堂は胡乱な眼を向ける。

 すると彼女は得意げな様子で答えてきた。


「これなら行為中にハッスルしすぎて気を失ったって――ワンチャンそういう風に勘違いしてくれるかなって」

「……それは無理だろ」

「それに目が醒めてこの状態だったら、そのままハッスルして次の子供がデキちゃったりとかもワンチャンあるかなって。ぐふふッス……」

「…………」


 ついさっき、似たようなことを言った弥堂に対してまるで不謹慎だと言わんばかりに咎めてきた割に、彼女は実に愉しそうに笑っている。


 そのことについて弥堂は不快感を覚えもするが、しかし彼女は所詮は悪魔だ。

 しかも淫魔だと言っていた。

 ならば、こういう性質なのだ。


 なので、それ自体に文句を言っても仕方がないので、弥堂は触れないことにした。


「うぅ……っ、パパさん、ママさん……。二人ともお元気で……っ」


 まるで帳尻を合わせるように突然咽び泣く彼女の薄っぺらさをスルーし、弥堂は身を寄せ合う夫妻の横に銀色のアタッシュケースを置いた。


「……ん? それは?」

「別に」


 短く答えて弥堂は玄関の外へ出る。


「あっ、待ってくれッス」


 ボワンっとエフェクトを出して、またネコの姿に戻ったメロがその後を追ってきた。


「グへへへ……ッ、上手くいったッスねアニキ……!」


 周囲の人影をさりげなく気にしながら足早に歩く弥堂の横に並ぶと、メロは小悪党のように笑う。


「……お前らって本当いい加減だよな」

「ウヘヘ、ジブン悪魔ッスから」

「それもそうだな」


 だから色々と気にしないことにして、他の気になることを訊くことにした。


「どっちが本当の姿なんだ?」

「ん?」


 トコトコと歩きながらネコさんは首を傾げる。


「さっきのガキと、今のネコ。どっちが本当の姿なんだ」

「あぁ。そういうことッスね」


 そう言い直すと彼女は得心した。


「ベツにどっちがホントってこともないッスよ?」

「どういうことだ?」

「変身の魔法を使ってはいるけど、ベツにどっちかはウソってわけじゃないんッス」

「受肉した姿に縛られていないってことは、レッサーデーモンよりは悪魔としては格上ってことか」

「そうッスね。ジブンはネコの方が気に入ってるッスけど、オマエは女児の方が好みッスか? マナが見てない時だけトクベツにまたメスガキロールをしてやろうか? オマエすっかり騙されてたもんなッス」

「騙されてたのはお前の方だろ」


 クフフと笑うバカなネコに呆れて嘆息する。


「そういえばそうだったッス! オマエよくも騙したな! そのせいでボラフが……ッ!」


 すると、どうやら本当に忘れていたようで、メロは途端に怒りだした。


「騙すとは言ったが俺は特別嘘を吐いていない。お前が勝手に勘違いしたんだ」

「まるで詐欺師みたいな言い草ッス! この悪魔め!」

「悪魔はお前だろ」

「あ、そういえばそうだったッスね。悪かったな勇者」

「……もう一度そう呼んだら、次はお前を殺すぞ」

「自分でそう名乗ってたじゃねえッスか! 理不尽ッス!」


 ニャーニャーと彼女は喧しく喚くが、それは魔法で隠蔽しているようだ。

 擦れ違う人間たちは特に弥堂たちのことを気にしない。

 その様子を横目で確認しながら、弥堂は再度必要なことを問う。


「つまり、ネコでもニンゲンでも、自由に姿を変えられるってことだな?」

「そッスね。正確にはニンゲンじゃなくってサキュバスの姿なんッスけど」

「ネコだの妖精だのメスガキだのサキュバスだの。めんどくせえな」

「今どきそれくらいで属性過多とか言ってたら生き残れねえッスよ! お前だっていっぱいあんだろ? 自力で消化しろッス!」

「……それもそうか」


 異世界帰還者、勇者、殺人者にキャバのケツモチ――それから高校生、風紀委員、サバイバル部員。 

 自分も他人のことは言えず、それは確かにそうだと適当に頷いて話題を終わらせることにした。


「次はどこに行くんッスか?」

「病院に決まってるだろ。彼女を一人で放っておけない」

「ん? お、おぉぅ……。それは確かにそうッスけど、オマエの口からそんな台詞が出てくるとキモイッスね……」

「面倒を見てくれと言ったり、キモイと言ったり。どっちが理不尽だ」

「そこは、ヘヘヘ……ッ! “おあいこ”ってことにしといてくれよッス」


 調子よく笑った彼女へ適当に肩だけ竦めてみせた。

 何故か機嫌よくしたメロがさらに話しかけてくる。


「なんだか……へへッ」

「なんだ」

「ちょっと不安だったッスけど、ジブンら意外と上手くやっていけそうッスね?」

「……そうかもな」

「これからよろしく頼むッスよ! 少年ッ!」


 そう笑って見上げてくる彼女に顔は向けず、弥堂は変わらないペースで歩き続ける。

 彼のそんな振る舞いにもいい加減に慣れてきたのか、メロも特に気にすることもなく少し遅れていた歩調を彼に追いつかせようと速める。


 彼女が追いついてくるまでのほんの僅かな間に――


「……あぁ。よろしくな――」


 口の中で、小さくそう呟いた。



 こうして、入院中の愛苗ちゃんのご実家に対して、懲役にして5年以上に相当する程の犯罪を働いた二人は並んで歩いて行く。


 水瀬家に別れを告げて――


 当然。

 この後目を醒ました夫婦は大騒ぎになる。


 そして、このことで後日にさらに大事になるのだが、それは今は別の話。


 ひとまず、愛苗を中心とした魔法少女の騒動はこれにて終結した。


 仮初のこの時の中で、メロにはそんな風に思えていた。
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