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1章 魔法少女とは出逢わない

1章75 水無瀬 愛苗 ④

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『アナタはナニモノですか?』



 そう聞かれると、今の私はちょっと困っちゃう。

 なんて答えたらいいかわかんなくなっちゃう。


 少し前までだったら『高校生』だったし、お父さんとお母さんの子供だった。

 だから、


「水無瀬 愛苗です! 美景台学園2年B組です!」


 って、自己紹介できたんだけど、お父さんとお母さんにも、学校の人たちにも忘れられちゃって、もうそうは答えられない。


 じゃあ、『ななみちゃんのおともだち』ですって言いたいけど、ななみちゃんにも、おともだちのみんなにも忘れられちゃって、それも言えなくなっちゃった。


 残ったのはもう『魔法少女』だけなんだけど、それももうダメになっちゃって。

 だからなんにも自分のことを答えられない。


 私はきっと『誰』でもないんだ。




 私は普通のお父さんとお母さんの間に生まれた普通の女の子だった。

 そう言いたいけど、心臓が普通じゃなかったみたいで、普通の子と一緒にはなれなかった。


 幼稚園の時まではまだみんなと一緒にいられた。

 ちょっと他の子より背がちっちゃくて、足が遅いけど、でもがんばって追い付こうとしてた。


 小学校に入ったら、他の子より出来ないのが目立つようになっちゃって。

 みんな優しくしてくれたり、待ってくれたりしてたんだけど、それが“ヤ”な子もいて。

 迷惑かけちゃうのはいけないから、私は一人で遊んで、みんなに追いつけるように一人で頑張ることにした。


 そうしたら一緒に遊ばないから、お友達がお友達じゃなくなっちゃった。


 でも、私が出来るようになったら、またお友達に戻れるよねって信じて、もっといっぱい頑張ったんだけど。

 それが心臓によくなかったみたいで、ある日私は倒れてしまった。

 運ばれた病院で検査を受けて、それで心臓の病気だってわかった。


 前からお父さんとお母さんは、私ががんばって、それで苦しそうにしてるのを心配してた。

 私だけ出来ないと二人が残念になっちゃうから、喜んでもらいたくってちっちゃい私は頑張りすぎちゃった。

 それで病気のことがわかって、二人はやっぱり残念になっちゃって。

 他の子とおんなじ身体に生んであげられなくってごめんねって、泣いちゃった。


 私も泣いちゃって、お父さんとお母さんがカワイソウだから、頑張って病気を治して「そんなことないよー」って言ってあげたくって、いっぱい頑張ることにした。

 でも、病気はよくならなくって、体育はしちゃダメになって、お外で頑張ったらまた倒れちゃって。

 それで病院に行く回数が段々増えて、私はずっと病院から出られなくなっちゃった。


 病院で大人しくいい子にしてたんだけど、それでもお家には帰れなかった。

 窓の外を見て、いつかあっちに帰るぞって頑張ったけど、でもずっとよくならなかった。


 何年も入院して、私は手術をしなきゃいけなくなったみたい。

 でもその手術は――後から知ったんだけど――お金がいっぱいかかるもので、順番もすごく待たなきゃいけないみたい。

 私がその手術を受けられるために、お父さんはお花屋さんを辞めてもっとお金が稼げる仕事に変えて、お母さんもいっぱい仕事を入れたみたい。

 そのせいで私に会いに来れる時間と回数が減っちゃったんだけど、ちっちゃい私はそんなこともわかんなくって、さみしいなって泣いてた。


 ひとりぼっちだと思い込んで、外の世界のことを考えるのがツライから、何も考えずに壁を見てた。

 たまに鏡に目がいって、そうすると“ヤ”な目の私が映るから、だから壁だけ見てなんにも考えないで一日が終わることを待ってた。

 眠ってる時はなんにもないから。


 その内それも飽きちゃって、お絵かきをしてみた。

 こうだったら“しあわせ”なのかなって想像して描いた。

 描き終わった後にそれを見て、きっと自分には手に入らないんだろうなって辛くなって絵をしまった。


 それから壁を見て、泣いてた。



 そうしたらある日、メロちゃんが泣いてる私のところに来てくれた。


 泣いてる子のところに来てくれる妖精さんなんだって言われて、私はそれを信じた。

 メロちゃんは妖精さんじゃなくって、悪魔さんだったみたいなんだけど、でも私は今でもメロちゃんは“しあわせ”を運んでくれる妖精さんだって思ってる。


 メロちゃんがお友達になってくれて、ずっと一緒に居てくれるようになった。

 一緒にテレビ見たり、本を読んでもらったりした。


 メロちゃんはネコさんなのに私よりも難しい字が読めて、英雄さんがドラゴンをやっつけるお話を読んでくれた。


 その英雄さんは困ってる人たちにお願いされて旅に出た。

 でも誰もお手伝いはしてくれなくて、いつも一人だった。

 一人でがんばって、一人でやっつけて、そして一人で死んじゃった。

 悪いドラゴンは居なくなったけど、英雄さんが頑張ったことは誰も知らない。

 誰も見てないから。

 私とメロちゃんしか知らない。

 でもドラゴンさんは居なくなったから、誰も困らなくなってみんなは“しあわせ”になった。


 私は英雄さんがカワイソウで、そのお話があんまり好きじゃなかった。

 だからみんなが“しあわせ”になるプリメロの方が好きで、そっちばっかり見てた。


 今になってみてふと思った。

 英雄さんは『英雄と呼ばれるようなすごいこと』をしたから英雄って呼ばれるのに、まだ何もすごいことをしてない英雄さんが英雄だって何でみんな知ってたんだろう。

 前にも何かすごいことして有名な人だったのかな?

 英雄だから英雄のことをしなきゃいけなかったのかな?

 あれ? そういえば英雄さんは本当に『英雄』って書かれてたっけ?

 別の言葉だったかな?

 記憶があいまいで不思議だなーって思った。

 メロちゃんは憶えてるかな?


 メロちゃんと一緒の日々はとても“しあわせ”だった。


 でも、手術の順番が回ってくる前に、私の方がダメになっちゃって、私は機械に繋がれて寝たまんまになっちゃった。

 メロちゃんとももうおしゃべり出来なくって。

 そのままどんどん元気がなくなっちゃった。


 電気の点いた白い天井しか見れなくなっちゃって。

 先生も看護師さんも、お父さんもお母さんも、メロちゃんも。

 みんなが「助けてあげられなくってゴメンね」って泣いてた。


 みんなが残念になっちゃったから、私も「がんばれなくってゴメンなさい」って思った。

 喋れなかったから心の中でごめんなさいした。


 泣いてるみんながカワイソウだから、誰かなんとかしてってお願いした。

 プリメロがいてくれたらって思ったけど、でもプリメロはテレビだから、神さまにお願いしてみた。


 それで私は疲れて眠ってしまって、死んでしまった。



 でも、何故かまた目覚めることが出来た。


 奇跡的に助かった私に、みんなが「助かってくれてありがとう」って。

 みんなまた泣いてた。

 私も泣いちゃった。

 うれしくて泣いちゃった。


 きっと神さまがお願いを聞いてくれて、それで奇跡が起きたんだって私は思ってた。

 でも、そうじゃなくって。

 メロちゃんが『卵』とかいうのを私に使ってくれたみたい。


 その『卵』が私の心臓と一緒になっちゃったから、今大変なことになっちゃったみたいだけど。

 そのせいでメロちゃんが『裏切った』とか『騙した』とかイジメられてたけど。

 でも、私はそんなこと全然思ってない。


 メロちゃんがそうしてくれなかったら、私はあの時に死んじゃってたから。

 治ってから今日までの時間は無かったから。

 だから、メロちゃんのせいなんじゃなくって、全部メロちゃんのおかげなんだ。


 それからリハビリとかいっぱい頑張って、サボってた勉強も頑張って、何故か使えるようになった魔法の練習も頑張って、私は高校生になった。


 小学校もちゃんと行けなくって、中学校も一回も行けなくって、ずっと病院で大人の人たちと過ごしていた私は久しぶりに同じ歳の子たちに会った。

 お見舞いに来てくれてた子たちは居たんだけど、少しずつ会いに来てくれる子も回数も減っちゃって、お友達じゃなくなっちゃった。


 病室で塞ぎこんでた時はそれをすごい“ヤ”に思っちゃったこともあったけど、会いにきてくれたことを「ありがとう」って思うことにした。

 私もお友達じゃなくなっちゃった子たちのこと、お顔やお名前をもうちゃんと覚えてないから、それで“おあいこ”ってことにした。

 ホントは覚えてるけど、それだと“おあいこ”にならないから、覚えてないことにした。


 そのあたりのことに気を遣ってくれたり、病院に検査で通うことを考えてくれたりして、お父さんはお引越ししてくれたんだと思う。

 お仕事をまたやめて、それでまたお花屋さんに戻った。


 それで美景台学園に通い始めたんだけど、みんな大人っぽくって私はびっくりしちゃった。

 みんなカワイイし、オシャレだし、カッコよくて頭いいことお話してたりしてすごかった。

 高校生って大人なんだーって思った。


 私もその頃は少し背が伸びたけど、でも中身が子供のまんまで、がんばってみんなに追いつかなきゃって思った。

 お胸はもう治ったから今度はいっぱい頑張っても大丈夫。


 でも、それまでずっと周りは大人のひとばかりで、それでみんなに優しくしてもらってたから、同じ歳の子たちと上手にお話が出来なかった。

 みんなの言ってることがわからなかったり、私だけ笑うところとかタイミングがズレてたり、あと色んなことが遅かったり。

 もっと頑張んなきゃダメだよねって思ってたら、入学して一ヶ月が経った時に転校生が来た。


 弥堂くんはすごくさみしい目をしてて、すごく悲しい目をしてた。

 多分すごく失礼なことを言っちゃったことになると思う。

 同情のつもりはないけど、でも同情としか思えなくって、弥堂くんは“ヤ”な気持ちになっちゃったと思う。


 でも、私とおんなじだと思ったから助けなきゃって思った。

 だから、それはきっと前の私に自分で同情してるのかもしれない。

 私が助けたかったのは私なのかな?

 それはもっと失礼になっちゃう。


 でも私は“しあわせ”になれたから、弥堂くんにもそうなってもらいたい。

 それは本当のこと。


 それからななみちゃんとお友達になれた。

 ななみちゃんはキレイでかわいくって、すごくキラキラした女の子。

 ななみちゃんと出逢って、私の世界はとてもキラキラになった。


 ななみちゃんが先に私に話しかけてくれて。

 ななみちゃんが先に私を助けてくれて。


 メロちゃんにもななみちゃんにも、私は先に助けてもらって。

 だから今度は私が。

 弥堂くんのことも私が助けてあげたら。

 そうしたらきっと私となかよしになってくれる。

 みんなで“おあいこ”ができる。


 そうやっていつかみんなでなかよしになって。

 みんなで「えへへー」って笑えたらいいなって。

 そんな風に思ってた。


 だけど――


 それはもう、全部だめになっちゃった。


 私がだめになっちゃったから。



 お父さんとお母さんに忘れられちゃって。


 みんなに忘れられちゃって。


 ななみちゃんにも忘れられちゃって。


 そして、弥堂くんにも忘れられちゃった。


 でも、きっと、それは私がいけないんだ。


 きっとみんなは私を忘れたんじゃない。


 私が私でなくなっちゃったから。


 だから私のことを忘れちゃって。


 私が消えちゃったから。


 だからみんなの記憶からも私が消えちゃったんだ。


 だって、私なんてものはこの世界に無いから。


 だから私はナニモノでもない。



 あれ?


 でも、


 そうだ。



 まだメロちゃんがいる。


 メロちゃんは私のことがわかる。

 私のことを忘れてない。


 きっと私とおんなじだからなのかな?

 私がメロちゃんたちとおんなじ悪魔だからなのかな?


 悪魔になっちゃうのはいけないことのように感じちゃったけど、でも本当にダメなことなのかな?


 メロちゃんは悪魔だけどとってもいい子だし。


 ボラフさんやアスさんも悪魔だけど、人に迷惑かけることをしなければ、二人とも優しくお話してくれるし、いい人だった。


 人に迷惑をかける人もいっぱいいるし、それなら悪魔だからって悪いってことにはならない気がする。


 じゃあ、いいのかな?


 私にはもうそれしかない。


 それだけが私。


 それに、私は王様なんだって。


 わかんないけど、王様だからきっとみんながお願いを聞いてくれると思うの。

 だって王様は命令していい人だし。


 だから、私が“そう”なって、私が“それ”になって、他の悪魔の子たちに「わるいことしちゃダメだよー」ってお願いすれば、きっとみんな「いいよー」って言ってくれるはず。


 だから、いいよね?


 だって、もう、ニンゲンを頑張ったって、何も残ってない。


 私を見たらみんなびっくりして恐がっちゃう。


 弥堂くんは死んじゃって、ななみちゃんは私を知らなくって。


 だから、もう、いいよね?


 私が“そう”為ったら「メロちゃんをイジメないで」ってお願い出来るし。


 お父さんとお母さんの子じゃなくなっちゃったから、もう何処にも帰れないし。


 きっとその方がみんなが“しあわせ”になれる。


 本当に?


 そうかな?


 わかんない。


 でも、いい気がする。






 頭がクラクラして、目の前もクラクラする。








 全部が真っ暗。


 黒い世界。


 終わった世界。











 あ、思い出した。


 病室で描いた絵のこと。


 黒いネコさんと、ピンクのネコさん、青いワンちゃん。

 そこにお花がいっぱい。





 なんだぁ。


 私のお願いは叶ってたんだ。


 叶ったから終わっちゃったんだ。






 また先に叶えてもらったから。


 だから私の番だ。






 悪魔に為って、いい王さまに為れば。


 きっとみんなを“しあわせ”にできる。


 これからはそうやって――










――また声が聴こえる。













『アナタはナニモノですか?』








 答えなきゃ。











「わたしは、まお――」















「――水無瀬 愛苗だ」











 低い声。


 暗闇を震わせて。


 ガラスみたいに世界の黒を粉々に砕いた。


 光が還る。


 せかいが――

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