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1章 魔法少女とは出逢わない
1章71 水無瀬 愛苗 ②
しおりを挟む弥堂はアスの魔法に撃たれ、愛苗は胸の痛みに膝をつく。
二人ともにここまでの戦いのダメージの蓄積もあった。
ただ、出血を伴う傷を負った弥堂はともかく、愛苗に関しては直接的な肉体的なダメージよりも精神的な負荷が物理的な苦しみとなって彼女を苛んでいるようだった。
これまでずっと仲間だった者の裏切りの発覚。
友人として、パートナーとして、家族として。
今日まで寄り添ってくれていた者が実は悪魔で、敵対組織の仲間だった。
それは今までの日々の否定。
記憶が偽りだったことになる。
“魂の設計図”に蓄積された記憶が偽物になるということは、その存在の在り方が変わることとなる。
それは自分という存在の崩壊だ。
あらゆる過去の時間の果てにあるのが現在。
その時間の中で積み重ねてきたものが今の自分だ。
その重ねた過去が嘘になってしまうのならば、今ここにいる自分も嘘になってしまう。
つまり、それは自分というモノの在り方、存在の意味、魂のカタチが揺らぐのだ。
どうも悪魔たちはそれを目的としていたようだ。
この戦いの中でも執拗に彼女に揺さぶりをかけて、その魂を弱らせようとしている。
それはまるで――
(――悪魔の殺し方、だな……)
地に伏せたまま気を失ったフリをして弥堂はそう考える。
どうもヤツらは、人間社会を騒がせてそれによって荒れる人々の感情を摂取する通常の悪魔のライフワークを行っているわけではないようだ。
アスが何度も『プロジェクト』と呼んでいたように、わざわざ手間暇と時間をかけて、さらに組織立って何か一つの目的を果たそうとしている。
これは弥堂の知識にある、悪魔の在り方からは考えられないことだった。
そしてその『プロジェクト』は現在最終段階にあるようだ。
恐らくもうじきそれは達成され、ヤツらの真の目的が明らかになることだろう。
そのキーとなるモノは――
――“生まれ孵る卵”。
(魔法少女のペンダント……)
弥堂の見立てでは、ヤツらの目的は“生まれ孵る卵”に魔素を吸収させることにあると思っていた。
おそらく通常大気に含有されている魔素だけでは不足するから魔法を使用することで大気の魔力活動を活発にし、周囲の魔素を増大させているのだ。
そしてその魔法を使う存在として、魔法少女を造りだし、その敵役としてヤツらは“闇の秘密結社”を名乗って魔物を嗾けていたのだろう。
その結果、生み出した魔素を吸わせて、卵というくらいだから“生まれ孵る卵”を孵すことが終着点なのだろう。
何が生まれるのかはわからないが。
しかし、随分と回りくどいことを除けば『プロジェクト』としてはよく出来ていると、弥堂から見てもそう評価できた。
(だが――)
腑に落ちない点が二つある。
一つは、魔法を使って魔素を増やすのならば別に魔法少女など必要ない。ヤツら自身でやればいいだけのことだ。
特に大量の魔素が必要になるのなら、ただのニンゲンを魔法少女にして育てるよりもそちらの方がよっぽど効率がいい。
ただこれに関してはまだ理解出来なくもない。
悪魔があまり目立った騒ぎを起こせば、その受容限度を超えた瞬間に必ず妨害者が現れるという。
だからニンゲンにやらせるために魔法少女が必要となる。
そういう話ならわからなくもない。
問題は二つめ――
(――何故、水無瀬を追いこむ……?)
魔法少女に卵を育てさせるのなら、彼女の心身を不調に追い込む必要などないはずだ。
それに卵はあのペンダントだ。
何故それを温めている魔法少女の魂をこうまで揺るがす必要があるのだ。
その疑問に対する答えや仮説は弥堂には思い浮かばなかった。
弥堂は愛苗へ眼を向ける。
彼女は胸を押さえて蹲ってしまっていた。
傷つき酷く揺らいでいる。
(――っ⁉)
一瞬、弥堂の眼に映る彼女の姿が乱れた。
映像がいくつも重なるように、輪郭がぼやけるように。
反射的に【根源を覗く魔眼】を使い、その“魂の設計図”を視ながら、記憶に記録された彼女の“魂の設計図”も思い出す。
そうすると、やがて眼に映る彼女の映像は安定した。
今しがたの現象を無視して、彼女についての思考を続ける。
彼女は重い心臓の病を患っていた。
一応それはもう完治したらしいが、思えば彼女はこうして何か精神的なショックを受けた時に苦しそうに胸を押さえる仕草をたまに見せていた。
昨日は特に何度か酷い発作を起こしていたようで、それを抑える為の薬も飲んでいたそうだ。
奇跡的な回復はしたものの、こういった発作を起こす後遺症でも残ってしまったのかもしれない。
それをこのような戦場で起こしてしまえば――
(――もはや戦闘不能だな)
そのように判断せざるをえない。
弥堂には、そのことに特に失望も何もなかった。
先程は彼女に対して『立て』などと偉そうに言ったものの、内心ではもう無理だろうなとも見限ってもいた。
友人を失くし、両親も失くし、そして最も身近にいたパートナーにも裏切られ、今まで自分が必死に頑張っていたことが全て仕組まれていたことだと聞かされる。
これではもう戦えないだろう。
戦闘者として育ったわけでもない普通の高校生。
その中でも彼女は特に精神が未成熟だ。
少々不自然に思えるほどに言動や情緒が幼い。
甘ったれの子供のような、そんな彼女が、これにはもう耐えられないだろう。
自分の見知った世界とは全く別の場所へ連れてこられ、自分の信じていたものが全て嘘と為ってしまった。
そんな中でもう一度立ち上がって戦うことは非常に難しく、きっと心折れてしまったことであろう。
それは弥堂にも経験がある。
そして弥堂には出来なかった。
それを彼女に強いることは出来ない。
では、この窮地にどうするのかというと――
(――ここまでか……)
どう足掻いても逃れようのない敗北を――死を受け入れる。
格の高い悪魔が二体。
こうなることは判り切っていた。
想定していた通りの戦場だ。
そして思ったとおりの結果になっただけに過ぎない。
魔法少女の正体、悪魔たちの目的――
それらの真実が何であろうとこれから死ぬ者には関係ない。
なんだって構わない。
だから――
この期に及んで自分の生命を惜しむことなどない。
だから――
愛苗がこの後どうなろうとそれを思い残すことなどない。
だから――
クルードが愛苗に近づこうと一歩踏み出しても狼狽することもない。
だから、
弥堂 優輝は結末を受け入れ眼を閉じた――
――眼を閉じて、残り少なくなった魔力を使って“刻印魔術”を起動させる。
「――ア?」
使った魔術は大したものではない。
足腰が立たなくなるほどダメージを受けた時に、強制的に身体を動かして立ち上がるだけのつまらない魔術だ。
ただ、敵の前に立つことは出来る。
「テメェ……、またオレサマの前に立ちやがったなァ……?」
クルードの目が細められるが、先にアスが呆れ気味に口を開いた。
「まさかこっちに来るとは思いませんでしたよ。『世界樹の杖』の方を狙ってくると思っていました」
「どうせあっちには近づくと死ぬような罠を張ってるんだろ?」
「まぁ、そうなんですけど……、だったら尚更こちらへ来ても仕方がないでしょう? アナタに何が出来ると言うんです?」
「何を問われているのかわからないな。戦ってるんだから敵の居る所に来るのは当たり前だろう?」
その言葉にクルードが舌を打つ。
「まさかこっから逆転が出来ると思ってるワケじゃあねェよなァ?」
「まさか。出来るわけがないだろう」
「ア? じゃあオマエはなにしに来たんだ?」
「あ? 戦いに来たと言っているだろう」
「ハッ――なにがなんでもソイツを守るってか? テメェが死んででも」
「び、弥堂くん……、だめ……っ、にげて……っ」
「しょ、少年、もうやめた方が……」
クルードのその言葉に愛苗とメロが顔色を変えるが、弥堂の表情は動かない。
「いや別に? こいつが死のうがどうでもいいし、こいつらがどうなろうと興味はない」
「「えぇっ⁉」」
冷淡な答えに二人はびっくり仰天した。
クルードとアスは理解不能だと胡乱な目をする。
「だったら尚更イミがわからねェな。自殺志願か?」
「そんなつもりもない。お前らを殺すつもりだ」
「ハァ?」
「狂っているのですよ。この男は」
クルードはジッと弥堂を見る。
「コイツ、マジで言ってやがる……。殺す気でいるが、勝てると思ってない。負けるつもりで本気で戦う? なんだそりゃ? その闘争心の源泉はなんだ? その戦いになんの意味がある?」
「さっきから何を言ってるんだ? 戦ってるんだろう? 俺たちは。一度始めて、そしてまだ終わっていない。殺されるまで殺す。戦いとはただそれを繰り返すだけの作業だ。目的も動機も必要ない。俺はまだ死んでいない。だから死ぬまで続けるだけだ」
「……なんなんだテメェ。イカレてやがる。気持ちワリィ……」
闘争心。
それの元となる感情を好む悪魔であるクルードは、目の前のニンゲンに本気で不快感を覚えた。
「まともに相手にするだけ無駄ですよ」
言葉とともにアスは魔法を使って弥堂を拘束する。
両の手首と足首に光の輪が嵌まりその場の空間に固定された。
「ですから有効利用させてもらいましょうか」
強制的に両腕を広げさせられ、十字架に磔にされたようになる。
「殺すのか?」
「えぇ。いい加減目障りですし、それにその娘ともそれなりの関係であるようですし」
「そうかよ」
返事をしながらクルードは弥堂の前に立ち、力を加減してその頬を張り手で打った。
そしてジッと弥堂の顔を見る。
弥堂は黙ってその目を視返す。
「つまんねェな。この期に及んで恐怖もなければ怒りもありやしねェ。なのに闘争心は一定のまま衰えてもいねェ。なんなんだこのバケモノ」
「悪魔に言われるとは心外だな」
「クチのききかたに気をつけろ。これから殺されるんだぜテメェ? 命乞いでもしたらどうだ?」
弥堂は言葉を返さず唾を吐きかけた。
クルードは自身の腹についたその唾を黙って見下ろす。
「シネ――」
そして静かな怒りを拳で叩きつけようと振り下ろす。
「――だめぇぇっ……!」
その攻撃を愛苗の魔法が受け止めた。
弥堂の眼前に展開されたピンク色の障壁に波紋が拡がる。
「ジャマすんじゃねェ……ッ!」
激昂したクルードは拳を引き戻して、さらに力をこめてもう一度振るう。
愛苗は飛行魔法で無理矢理身体を動かして弥堂の前に立ち、全力で防御魔法に魔力を注いだ。
「――きゃああぁああっ……⁉」
盾こそ壊れなかったものの背後にいた弥堂を巻き込んでクルードの打撃に吹き飛ばされてしまう。
二人抱き合うようにして地面に倒れた。
「なかなか粘るじゃあねェか。でもダメだ。その狂犬はブチ殺してやる……!」
「フフフ、必死になって守るところを見ると、殺した時の効果は期待出来そうですね」
ズカズカとクルードが迫る様子を観てアスはほくそ笑む。
弥堂も愛苗も立ち上がって応戦することは出来ない。
「――や、やめろォ……ッ!」
そんな二人を庇ってクルードの前に立つ者があった。
「もうやめてくれ……!」
メロだ。
「ア?」
クルードに一瞥されるとメロは肩を跳ねさせる。躰はずっと震えている。
だが彼女はその場を動かなかった。
「仲間になるだけだって……、ずっと一緒にいられるって言ったのに……、こんなヒドイこと聞いてない……ッ!」
「アァ? だからなんだ? 誰にクチきいてんだゴミがッ!」
悪魔は格上のモノに従う。
メロのこの行動は格上である二人を酷く苛立たせるものだ。
「殺されたいんですか? その場その場の気分で行動するものじゃありませんよ?」
「使いみちがあるから生かしてやってるだけってわかってねェのか? ナメてんのかゴミのくせに」
「ジ、ジブンは……ッ! マナを……」
「ふぅ……、殺すのはアナタでもいいかもしれませんね?」
アスは手を上げる。
すると上空に無数の魔法の剣が顕れた。
「アナタの生命で足りればあの男は見逃してあげましょう。祈りなさい。自分に価値があることを――」
メロ目掛けて全ての剣が殺到する。
アスの魔法を防ぐ手立てを持たない彼女はギュッと目を瞑った。
連続して剣が落ち周囲の地面をも抉って粉塵を巻き上げる。
しかし、メロには思ったような衝撃も痛みもなかった。
轟音が消えてから恐る恐る目を開ける。
すると――
「あ――っ⁉」
メロの目の前には人影が――
両腕を拡げて立つ愛苗だ。
防御魔法を使ったようだが全ての剣を防ぐことは出来ず、彼女の魔法少女のコスチュームはボロボロになっている。
「マ、マナァ……ッ!」
メロは慌てて彼女の名前を叫ぶ。
すると、緩慢な動作で彼女は顔だけ振り向かせ、そしていつものようにふにゃっと笑った。
「え、えへへ……、メロちゃんだいじょうぶ……?」
「ジ、ジブンよりマナが……ッ!」
メロは愛苗に駆け寄りよろめく彼女の身体を支えようとする。
だが、愛苗はその手をやんわりと断った。
「あっ……」
拒絶されたのかと、メロの目に絶望が宿る。
愛苗はメロの手を取り安心させるように笑いかけた。
「私は平気……。だからメロちゃん、弥堂くんをお願い……」
「マ、マナ……、でも……」
「そんなお顔しないで? だいじょうぶ。私が守ってあげるから……」
「え?」
メロは見た。
愛苗の目に再び強い光が戻ったことを。
愛苗はメロを倒れたままの弥堂の元へ促し、そして悪魔たちに振り返る。
アスは薄笑いを浮かべながら彼女の瞳の光を受け止めた。
「何故庇うのです? そのゴミはアナタを騙して――」
「――ゴミなんかじゃありません……っ!」
愛苗はアスの言葉を遮り、彼を睨む。
「それに、メロちゃんは私を騙してなんかもいません。取り消してください!」
彼女にしては強い言葉を向けるが、アスは首を傾げた。
「わかりませんね。だって全部嘘だったんですよ? 受け入れ難いからと事実を捻じ曲げても仕方ないでしょう」
半ば呆れ、半ば見下すように冷たく言葉を告げる。
しかし、愛苗の瞳の光は僅かも揺るがなかった。
「……確かに、最初は嘘だったかもしれません。でも……! でもメロちゃんは私を騙してなんかない……っ!」
「本当にそう思っています? 矛盾していますよ」
「してません! じゃあ、一緒に居た時の笑顔は? ごはんがおいしいねって喜んだり、一緒にプリメロ観たり、一緒のおふとんで寝て……! おやすみって言って、起きてからおはようって言って! それも全部騙してたんですか⁉」
「そうですよ」
アスは即答する。
「ちがうっ!」
しかし愛苗も即座にそれを否定した。
「メロちゃん泣いてました……、今も泣いてます。ホントに嘘で全部騙してるんなら、今泣いて、今私たちを助けてくれようとなんかしない……!」
愛苗は振り向き、弥堂の横で涙を浮かべるメロの目を見つめる。
「ねぇ、メロちゃん?」
「マナ……」
「私たちはお友達?」
「えっ……?」
メロは放心したように彼女を見つめ返す。
「私はね、お友達だと思ってる。そうじゃないなんて思ったことは一度もない。メロちゃんは?」
メロの目からポロポロと大粒の涙が零れ出した。
「ジ、ジブン……ッ! トモダチ……ッ、マナに……! 死んで欲しく、なくって……ッ!」
鼻水も流しながら叫び、上手な言葉になっていないその答えに、愛苗は嬉しげに笑った。
「ほら、やっぱり!」
「マ、マナ……、ごべんなざい……っ!」
「妖精じゃないかもしれない。偶然見つけてくれたわけじゃなかったかもしれない……。でも、一緒に過ごしてきて、一緒に感じた“しあわせ”は……! 一個も嘘なんかじゃない……っ!」
再びアスの方を向き叫ぶ。
「メロちゃんは私を騙してなんかいない……っ! ずっと私を守ろうとしてくれてた! なんにも変わってません!」
アスは目を細めた。
「あなたたちがメロちゃんのことイジメて、そうやって言うことをきかせてきたんですね……!」
「だったら?」
「ゆるせません!」
揺らいでいたその存在のカタチが再び強固になる。
愛苗の身体からピンク色の魔力のオーラが漏れ出してきた。
「メロちゃんが私のところに来てくれて、出逢ってくれて……、お友達になってくれて、それからずっと一緒にいてくれて……! それで私は救われた! メロちゃんのおかげで、今日までずっと笑って生きてこれた……!」
「…………」
アスは答えず、クルードが無言のまま前に出た。
愛苗は構わず言葉を――想いをぶつける。
「私は先にメロちゃんに助けてもらった……。だから今度は私の番……! それで私たちは“おあいこ”になる。もっと仲良しになれる……!」
「オレサマがいるのにか?」
「だから……っ! そのメロちゃんを泣かせる悪い子は、私がやっつけちゃいます……!」
愛苗は恐れることなくその闘志をクルードへと向けた。
クルードは見定めるように彼女を見返す。
「それがテメェか?」
「たぶん、そう……。きっと、それが私です……っ!」
「それがオマエの意味だな?」
「泣いてる子の涙を止めて、元気に笑えるように……! しあわせでいられるように! 私はそのために戦います!」
その存在の意味を知り、力が湧き上がる。
無限の魔力があるようにさえ錯覚した。
「私の魔法はみんなの笑顔のために……!」
魔法のステッキを振って、愛苗は最後の戦いを挑む。
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