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1章 魔法少女とは出逢わない
1章66 4月25日 ③
しおりを挟む『また失敗か』
イカレ女はそんなことを呟いていたが、後からクソガキがミリィに十分に惚れていなかった可能性があると考えたようで、色んな女をクソガキに近づけてきた。
クソガキは馬鹿なので、ミリィの時と同様に、女に毒を盛られ、そしてその女がセラスフィリアに殺され、解毒薬で治療されてまた別の女が近寄ってくる――そんなスキームを何度か繰り返してからようやく全てが仕込まれていることに気が付いた。
女たちの中にはミリィのように脅されて止むに止まれずといった事情でもなく、単純に金目当てでクソガキを騙しにきた者もいた。
クソガキは寄ってくる他人――特に女を、疑うということをその頃から覚え始める。
目の前で自分に笑いかけてくる者が、本当に心の中でも笑っているのか――それがわからなくなり、他人が恐くなった。
だが、だからといって寄ってくる女たちに攻撃をして追い払うような根性はクソガキにはない。
同時期から、他人から渡された食い物に嫌悪感を感じるようになる。
だから、せめてもの反抗として食事を摂らなくなった。
当然のことながら、そんな抵抗をしても無駄だ。
生き物は食わなければ死ぬ。
イカレ女はクソガキを軟禁して、他所から食べ物を得るルートを断った。
そうすると、馬鹿なクソガキにも末路が見える。
飢えて死ぬか、食って死ぬか――
――ではない。
飢えて死ぬか、自分が生きる為に他人を死なせるか――だ。
それなら自分が死んだ方がいいのではないか。
毒とわかっていて、罠とわかっていて、それを受け入れたとしても、次の一回でこの狂気染みた実験が終わるわけではない。
こんなことを何回やったとしても、自分は力に目覚めたりなどするわけがない。
永遠に終わらない。
だから、自分が生きている限り、関係のない他人がイカレ女に騙され、脅迫され、殺人を強要され、そして殺される。
それが続く。
自分が生きているのが悪いのだ。
クソガキはそう考えるようになった。
やがてクソガキは体調を崩す。当たり前だが。
その時にクソガキの世話に付いてくれていたメイドはとても親身になって看病をしてくれた。
塞ぎこんでいたクソガキがあまり喋ろうとしないので、気を遣ったメイドは自分の話をクソガキに聞かせていた。
というか、ミリィもそうだったか。
彼女も自分の村の話をよく聞かせてくれていた。
女なんてみんな馬鹿だから、聞いてもいないのに勝手に自分のことを話したがる習性を持っている。それは間違いがないが、恐らくイカレ女からそういう指示が出ていたのだろう。
相手のことを知れば知る程に情も深まる。
そういう狙いがあったのだろう。
それに顏のいい女しか配属されないのはどう考えてもそういう目的だ。
『だとよ。どうなんだ?』
『……それは否定しません。ですが、主な目的はこの子に国や世界情勢を勉強させることです。その為に様々な地方出身の娘を傍に付けていたようです』
『読めたぜ、クズどもめ。この時期に姫さんのとこにこのガキが居ることが外に漏れるとまずかったんだろ? 初めからガキの近くに置いた奴らは定期的に始末するつもりだったな?』
『…………』
『客としての格を考えたらちゃんと教育を受けたメイドを付けるべきはずだ。だが、貴族の娘を気軽に始末するのは姫さんといえど難しい。だから消息不明になってもどうにでもなる地方の村娘をってところか。んで、どうせ殺すんならついでにガキの訓練に役立てばラッキー程度の話。そういうことだろ? どうよ?』
『……否定はしません』
そんな訳で食事を拒否してヘバったクソガキを、そのメイドは一生懸命に世話をしてくれた。それはそれは親身になって。
身体も心も弱っていたから、余計にそう感じてしまった。
だが、それは言い訳だ。
結局は、腹が減っていたのだ。
自分で自分を餓死寸前まで追い込んで、ひどく腹が空いていた。
とてもつらかった。
だから、そう思ったことにして、自分自身に言い訳を作った。
彼女を信じたと。
そして彼女が口元に近づけてくれた粥を食った。
もちろん毒が入っていた。
そしてその後も同じだ。
どこかで監視していてタイミングを見計らっていたように部屋に入ってきたセラスフィリアに、そのメイドも殺された。
その後も酷いことは続いた。
こんなことばかりの毎日で、この頃にはクソガキはかなりうんざりとしていた。
だが、それはあのイカレ女も同じのようだった。
もしかしたら飽きてきていたのかもしれない。少し前からメイドを殺しに来る役がイカレ女ではなく、彼女の騎士であるジルクフリードに代わっていた。
話を聞くとイカレ女は忙しいらしい。
「――お願いします……っ!」
クソガキは目の前のメイド女を見て困ったように眉を下げる。
メイドは床に膝をついて、さらに額までつけるようにして頭を下げている。
まぁ、土下座だ。
なかなか素直に飯を食おうとしないクソガキに業を煮やしたメイドは、ど直球に食ってくれと頭を下げて頼みこんできたのだ。
ある意味、一番イカレた構図かもしれない。
「でもそれ、毒が……」
「脅されているんです!」
随分余裕のない様子でメイド女は事情を語るが、それを聞いたクソガキの感想は『そのシチュエーション何回か前に死んだ子も言ってたなぁ』という達観したものだった。
クソガキの心も大分荒んできていたのだ。
それはそれとしてクソガキは困った。
彼女の頼みを聞いてやったところで、どうせこのメイドは死ぬのだ。
クソガキが生きている限りこのイカレた出来事は起こり続ける。
しかし、こんな扱いを受けてはいるが、一応これでもクソガキはセラスフィリアたちにとって重要な存在なのだ。
拷問はするが死なせるわけにはいかない。
だから、毒入りの飯を食っても必ず確実に治療をされてしまう。
そのせいで終わらないのだ。
じゃあ結局なんでも一緒かと、そんな投げやりな風に考えるようにもなっていた。
どうせ死ぬんだから、出会う前に勝手に死んでくれないかと、いちいち間に自分が痛い思いをするイベントを差しこまないでくれと――そんな人でなしな考えも思考の隅に浮かぶようにもなっていた。
この状況にも、毒の痛みや苦しみにも、少し慣れて来ていたのだろう。
そうすると、クソガキは自分が死にたくないと考えるようになる。
だがクソガキには泣いている女を面と向かって突き放すような根性はないので、結局は折れることにした。
倒れる位置を計算して立ち位置を調節し、シーツを汚すとエルフィに文句を言われるのでベッドに掛からないように吐血をする。
どんなことでも反復すればそれなりに身に着くものなんだなと、下らない感想を浮かべながら、メイドがジルクフリードに真っ二つにされるところまでを見守って、クソガキは目を閉じた。
やはり慣れてきていたのだろう。
そして、そんなクソガキの慣れを見通したかのように、次に送られてきた刺客の顔を見て、クソガキは眩暈を感じた。
「ユ、ユウキくん……っ、わたし……っ」
「…………」
目の前に居るのは泣きそうな――というかもう泣いているシャロだった。
これは田舎娘シリーズが打ち止めになって、テコ入れでシスターさんを送り付けてきたと受け止めるべきか。
それとも、田舎娘シリーズのラスボスとして、田舎出身で聖女に抜擢されたシャロが送り付けられてきたと受け止めるべきか。
悩ましいなと考えてクソガキは現実逃避する。
そもそもこのシャーロットという少女は世界中に教会があるような宗教組織の中で、『聖女』という特別な存在として認定を受けて称号を与えられている修道女だ。
つまり彼女は重要な人物なのだ。
教会は世界中の国に強い影響力を持っている。
この国だってそうだ。
その教会から派遣されている聖女なんてものは考えるまでもなくVIPだ。
そんな彼女をこんなつまらないことで殺したら大問題になるのではと、世情に疎いクソガキにすら容易に想像が出来て、困り果ててしまった。
今の俺にならわかるが、当然シャロを殺害しようものなら即座に教会から異端認定を受けて、全世界を相手に戦争をすることになる。
当時のこの国はトップクラスの軍事力を持ってはいたが、全ての国を相手にすると考えれば、滅びは必至だっただろう。
ということは、この時にシャロを殺しておけばさっさとこの忌々しい国を滅亡させることが出来たのだと、俺は後になって悔やんだ。
だが、当時のクソガキはシャロにこんな苦しそうな顔をさせることに罪悪感を感じていた。
ただでさえシャロは例の解体訓練にて、バラバラ死体寸前のクソガキを何度も何度も治癒させられる薬箱にされていたのだ。
彼女はあの件が大層なトラウマになったようで、クソガキの顔を見るだけで顔色を悪くするようになってしまった。
シャロは顔のいい女の子だったのでクソガキは彼女に一目惚れをしており、そんな相手に顔を合わせただけで気分を悪くされることにクソガキもトラウマに近い物を感じていた。
そんなわけでクソガキが困っていると、シャロが震える手で小瓶を握りしめていることに気が付く。
これに毒が入っているのだろう。
そう判断したクソガキは、こんな危険な物を彼女に持たせておくわけにはいかないので、こちらへ渡すようにとの意味で掌をシャロへ差し出した。
シャロは意を決したような顔になると、小瓶の蓋を外して、その蓋をクソガキの掌にのせた。
おや? おかしいぞとクソガキは首を傾げる。
するとシャロは不意に小瓶の中身を呷った。
クソガキはギョッとして慌てて彼女に駆け寄る。
その瞬間部屋の壁がぶち抜かれてエルフィーネが踏み込んできた。
彼女は急いでシャロを回収して部屋から出て行った。
部屋に取り残されたクソガキは呆然としながら、まさかシャロを殺すと戦争になるから、彼女に自殺するようにイカレ女が脅迫をしたのではと考え、さらにセラスフィリアへの恐怖を募らせた。
幸いシャロは一命を取り留めた。
何年か後にこの時のことを本人に訊いてみたら、別に自殺を強要をされたわけではなかったが、優しすぎる彼女には俺を殺すことが出来なかったようだ。
そんなことをするくらいなら自分が死ぬことを選んだのだそうだ。
生き汚いクズばかりの世の中で、なんて素晴らしい人なのだろうと俺は感銘を受けた。
だから、教会との戦争を起こしてこの国を滅ぼしたいからキミを殺してもいいかと聞いてみたところ、彼女は両手で顔を覆って号泣してしまった。
なんだこいつも嘘吐きかと俺は失望した。
聖女も所詮は人間なのだなと他人に期待することをやめた。
『……コイツこれマジで言ってんだもんな。嬢ちゃんも可哀想に』
『シャロ……』
シャロ投入の件を経て、これはいよいよヤバイぞと、ようやくクソガキも逃げることを思いつく。
このままここに居てはせっかく生き延びたシャロがまた自殺ショーをさせられるかもしれない。
そんな危機感から、脱出を試みた。
しかしあっさりと捕獲され、キツイお仕置きをされた上で今度は地下牢に監禁されるようになった。
その時にはイカレ女も方向性を見失っていたのか、クソガキの収監された牢の前でひたすら死刑囚たちを処刑させていた。
日がな一日処刑を見続けるようになったクソガキは、薄情なことだが、好きな人間どころか女ですらないし、そもそも知らない人たちの断末魔をどう受け止めればいいのか困惑した。
先に自分に近しい人たちが殺され続けることを経験していたので、見ず知らずの、おまけに死刑囚を殺されたところで、リアクションに困るだけだ。
この催しの意味は全くわからなかったが、それは死刑囚たちにしても同じだ。
ただ、彼らもクソガキのせいでこうなっているということは何となく理解したようで、クソガキへ怨嗟をぶつけながら首を落とされていった。
単純に死体を目にするだけならある程度耐性はついていたが、他人から本気の憎悪や恨みを向けられるのは経験がなく、クソガキはそのことに新たな恐怖を抱いた。
お前のせいでお前のせいでお前のせいで――
自分ではどうにもできないことで向けられる理不尽な怨嗟に頭がおかしくなりそうだった。
気が狂いそうな毎日にもう駄目だと心が折れかけたところで、その地獄は唐突に終わった。
クソガキはとある傭兵部隊に配属されることになった。
生命の単価がそれまで使っていたスプーン一本以下。
そんな連中と一緒に最前線送り。
要は見限られたのだ。
クソガキはそれも悪くないと思っていた。
あのイカレ女の元でビクビクと怯えながら生きていくくらいならその方がマシかもしれないと。
不幸中の幸いに血を見たり死体を見たりするのには少しだけ慣れた。
だからどうにかやっていけると、そう考えた。
だが、それは甘い考えで、鼻で嘲笑うような勘違いだ。
「――あ……、あぁ……っ」
開けた荒野で尻もちをつきながら、クソガキは意味のない呻きを漏らす。
身体は震え硬直し、だが瞼は限界まで開ききったまま。
目に映るのは人。
多くの人。
そこかしこで人が暴れており砂が舞って血煙が視界を覆うほどに。
耳を塞ぎたくなるような、言葉以下の怒号が響き渡っている。
首、腕、足がどれが誰のモノなのかわからないくらいに飛び交う。
腹が破ければ血が溢れ大地を穢し、ボトボトと零れ落ちた内臓を殺意を叫ぶ誰かに踏み躙られる。
クソガキは完全にナメていた。
ここは別種の地獄だ。
この戦いを始めると決めた者たちにどんな正義や思惑が在ろうとも、この場では一切が関係ない。
知性も品性も全てをかなぐり捨てて、人と人とがただ暴力性をぶつけあう。
大義など掲げる者は誰も居ない。
ましてや日頃の鍛練の成果を試したり披露したりするような場所でもない。
目を血走らせ涎を撒き散らし小便を漏らしながら、ただ自分が生き延びるためだけに、手に持ったエモノを他の誰かに叩きつける。
そんな地獄だ。
当然、つい何ヶ月か前まで平和な日本で暮らしていた中学生の来るような場所ではない。
死にたくない。
怖い。
目の前の恐ろしい光景にクソガキは戦うどころか逃げることも出来ず、ただ腰を抜かしてカチカチと歯を打ち鳴らしていることしか出来なかった。
目を逸らしたいほど恐ろしいのに、恐ろしすぎて目を離すことが出来ない。
そんな視界を遮るように、誰かがクソガキの目の前に立った。
背の高い女。
下はズボンを着ているが上半身は露出の高い恰好で、腹は肌を晒している。
こんな場所なのに防具の類は着ていない。
右手には大剣を持っていて左腕は無い。
黒い汚れた外套とともに緋い髪が風にたなびいた。
この傭兵団のボス、ルビア=レッドルーツだ。
『お、見ろよ。出たぜ』
『黙りなさい』
彼女は半泣きのクソガキを見下ろして鼻で嗤った。
「ハッ――なァにビビッてんだクソガキ」
「だ、だって……、人が……」
クソガキは震える声でどうにかそれだけを答える。
すると、ルビアはまた嗤った。
「アタリメェだろ。ここをどこだと思ってやがんだ」
「そんなこと、言われたって……」
ルビアは呆れた目を向けたが、そこでクソガキの股間が目に入ると心底可笑しそうに、そして意地の悪そうに笑う。
「ションベン漏らしてんじゃあねェよ、情けねェ。ったくあの冷血女め。こんなガキに何をやらせようってんだ。ま、いいか。オイ、クソガキ。アタシんとこに来たからにはテメェはもうアタシの家族だ」
クソガキには彼女の言っていることは理解出来ない。
「いいかァ? クソガキ。ここはなクソッタレだ。そんなクソッタレな場所には二種類のヤツしかいねェ。これから死体を生み出すクソッタレと、これから死体になるクソッタレだ。オマエはどっちのクソッタレなんだ? アァン?」
彼女は一方的にクソガキに喋り続ける。
言い聞かせるように。
「ここで上手くやるコツはな、テメェを諦めることだ。今からテメェは強くはならねェし、仲間も増えやしねェ。そういうのはよ、ここに来る前にやっとくことだ。ここまで来ちまったらもう手遅れなんだよバーカ。だから諦めろ」
嘲るような言い草に、クソガキはムッとして言い返す。
「ぼ、僕だって、来たくて来たわけじゃ――」
「――ハッ! そうかい。そいつは運がなかったな。だがよォ、そんな泣き言を聞いてくれそうなヤツがここにいるかァ?」
そう言って彼女が身体を横にずらすと、阿鼻叫喚の殺し合いの光景がまた視界に映る。
答えは口にするまでもない。
「それでもよォ、死にたくねェってんなら気合い入れろよテメェ。怒れ。キレろ。ぶっ殺してやるって気合いを見せてみろよ。ナメられんじゃねェ。ここでは簡単に殺せそうなヤツから狙われっからな」
彼女の言い分には納得が出来ないが、何を言われているのかはクソガキにもわかる。
これからあの地獄に突っ込んでお前も殺し合いをして来いと、そう言われているのだ。
身体の震えが痙攣でもしているのかと思うほどに強くなる。
ドドドド――と耳の奥で心臓が鳴り続ける音が響く。
「オラ、覚悟を決めて自分を諦めろ。いいかァ? クソガキ――」
バッと外套を払うと、彼女の失った左腕の切断面が露わになる。
そこから緋色の炎が溢れてきた。
「――ここはもう、戦場だぜ」
溢れだした炎が形を造り左腕と為った。
怒りと怨みで欠落を埋める義手。
“燃え尽きぬ怨嗟”――ルビア=レッドルーツの“加護”だ。
炎で造り出した義手で彼女はクソガキの襟首を掴んだ。
軽々とクソガキは持ち上げられる。
不思議と熱くはない。
何を燃やして何を燃やさないか。
それを決める権限を彼女は『世界』から能えられている。
ルビアは――クソ女は俺を振りかぶって戦場の方を向いた。
「ちょ、ちょっと待って……! まさか――」
「そうしたら生き残ることもあるさ。運がよかったらな。つーわけで、行ってこい……っ!」
「う、うわああぁぁ……っ⁉」
クソガキは殺し合いの真っ只中へ投げ込まれる。
思わず目を瞑って悲鳴を上げて、しかし怖くてすぐに目を開いた。
地面に打ち付けられて転がると、目の前には誰のものかわからない首が転がっている。
慌ててそれから目を逸らすと、自分の前に立つ男と目が合った。
突然飛び込んできたクソガキに男は目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑う。
自分より弱いヤツだと喜んだのだ。手に持っていたハンマーを振りかぶる。
その血に汚れるハンマーを呆然と見上げてクソガキは結局目を瞑ろうとした。
だがそれよりも速くハンマーが落ちてくるのが見えた。
避けることを考え付くこともしないままそれが下ろされるのを待つばかり。
そう思われたところで、目の前の男が火達磨になって転がった。
「――ハッハァーッ! どいつもこいつも燃やしてやんよォッ!」
呆然とするクソガキの横を大剣を引き摺りながらルビアが駆け抜け、手近な男にドロップキックをぶちかました。
そして大剣を右腕で振り回し、左腕で炎を振り撒き、戦場を更なる地獄へと変えた。
彼女が参戦して暴れ出すと途端に味方の男たちが湧きたつ。
負けじと奇声をあげながら敵兵を殺し始めた。
クソガキは剣も抜かないまま、その光景をただ見ていた。
「行ってこい」と言って人を投げ飛ばしておきながら、その自分を追い抜いて行って、一番混戦している場所へ突っ込んで誰よりも大暴れをする。
なんて滅茶苦茶な奴だと思った。
だが、
認めたくないが、
この時の俺には彼女がヒーローのように見えた。
見えてしまった。
『オイ、聞いたか?』
『黙りなさい。殺しますよ』
目の前の映像が薄れていく。
どうやらそろそろ目覚める時間のようだ。
『終わりか。次があるといいなァ? アァン?』
『不吉なことを言うのはやめて下さい。ユウキ、貴方に神の祝福を』
『それよりテメェ、あのガキンチョのこと、きっちりケジメつけろよ?』
『いえ、見捨てるべきです。自分が生き延びることを考えなさい。この街を離れるべきです』
『テメェはこのガキに甘すぎんだよ。だからこのクソが……』
『ユウキはもう十分に…………』
声も映像も遠くなる。
うっすらと眼を開けると、カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいた。
また朝を迎えてしまったことにうんざりとする。
最後に観たシーンがあのクソ女だとは最悪の目覚めだ。
こいつはまだ寝ているのかと横に眼を動かすと、まぁるい目が二つ。
すぐ近くで水無瀬 愛苗の目がぱちくりとまばたきをした。
紐づいた記憶が再生されそうになるのを抑え込む。
数秒の間、水無瀬と見つめ合った。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「いや、問題ない」
「でもでも、弥堂くん寝てるかなぁってこっそり覗いちゃってたから」
「俺は半分起きながら眠れるんだ」
「わ、そうなんだ。すごいねっ」
「…………」
俺は無言で彼女の顔に手を伸ばす。
掌で彼女の顔を隠し、目だけを視えたままにする。
「…………?」
そのまま彼女の顔を視ていると、彼女は不思議そうにぱちくりとまばたきをする。
俺は彼女から手を離した。
「どうしたの?」
「いや。俺は一度学んだ教訓は無駄にはしないんだ」
「……?」
何を言っているのかわからないでいる彼女を無視して俺は立ち上がる。
「くだらないことと無駄なこと、意味のないことはしない」
「えっと……」
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