俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章63 母を探す迷い子 ⑨

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「ありがとうございましたー」


 店員の声に背中を押されながら弥堂は店の外へ出る。

 すると、外で待っていた水無瀬とメロが寄ってきた。


「おかえりぃ、弥堂くん」
「オマエ手ぶらじゃねェッスか。人を待たせて一体何しに行ったんッスか?」


 にこやかに迎えてくれる飼い主と、不満を露わにする飼いネコと、反応は対極だった。

 四つ足の分際でニンゲン気取りな台詞を吐く動物に気分を害しながら弥堂は答える。


「買いに行ったわけじゃないからな」

「そうなの? おトイレ借りたの?」

「ちげえよ」

「冷やかしッスか? 少年ってマジであちこちで迷惑かけてるんッスね」

「其処彼処で排泄をするお前らのような下等生物と一緒にするな」

「はぁ? ジブンらちゃんと砂かけて隠してるしッス! 我々ネコさんを下賤なワンコロどもと一緒にしねーで欲しいッスね!」

「えっと……、弥堂くん何のご用事だったの?」


 他称・狂犬と自称・ネコ妖精が言い争いを始めそうだったので、“よいこ”の愛苗ちゃんは気を遣って話をナビゲートした。

 愛苗ちゃんのコミュ力が1あがった。


「あぁ、落とし物を届けにな」

「そうだったんだ」
「……落とし物ッスか? オマエなんか拾ってたっけ?」

「あぁ、腕時計にタイピン、それから財布をいくつかな」

「はぁ?」

「落とし物を届けるとご褒美にお金をくれる店なんだ」


 それらは先程駅前の広場でパパ活オジさんの身包みを剥いで入手したアイテムだ。

 この店は盗品の買取りもしてくれる店で、弥堂のような犯罪者は非常に世話になっている優良店だ。表向きは質屋を営んでいる。


「オマエそれって……」


 ネコさんが何かを言っているが弥堂は動物の言葉などわからないので無視をする。そして、今しがた換金した物と一緒に手に入れた名刺入れから名刺を一枚取り出して改めてそれを眺めた。

 ブランドの知識や物品の価値など弥堂にはわからないので大して期待をしていなかったのだが、財布10点に腕時計とタイピン――これらを換金した結果、先程キャバクラで払った金の大部分を埋め合わせることが出来た。


 名刺には『東京都 くらしのきよはらい 美景市分室』と書かれている。


 一般的な営利目的の会社組織のようには見えないが、『都庁』や『市役所』とも明記されていないので行政そのものでもなさそうだ。


(公金を掠め取るための天下り団体か……?)


 この名刺入れも売るか捨てるかしてしまうつもりだったが、保管しておくことにする。

 もしもこの団体が市民の血税を着服するための癒着組織なのだとしたら、弥堂は非常に許し難いと密かに義憤を燃やした。

 是非とも一度構成員のプライベートな情報を綿密に調べ上げた上で詳しい話を聞かねばならないと決める。

 もしかしたらその際、あまりの悪質さについカッとなって恫喝や脅迫ともとれるような言動をしてしまうかもしれないが、それは正義の怒りからくるものなので仕方がないのだ。


 弥堂は市民の皆さんから生活費以上の不労所得を継続的に頂けるようになるかもしれない想像を膨らませつつ、名刺入れを上着の内ポケットにスッと仕舞った。


「さぁ、暗くならないうちに帰宅をするぞ、市民ども」

「はーい」
「ジブンネコさんなんッスけど」


 ここは表通りから路地裏へ少し入った所にある場所だ。

 メインストリートである“はなまる通り”への進路を弥堂がとると、ポンコツコンビがその後を続いてくる。


「あ、マナ。そういえばなんッスけど」
「うん。なぁに? メロちゃん」

「さっきジブンらあのオバチャンに会ったッス」
「オバチャン……?」

「ほら、たまにお店に来るぶっといコケシみたいなオバチャンッス」
「こけし……? あ、後藤さんちのオバチャンのこと?」

「そーッス、そーッス」


 背後から着いてくる彼女らが早速無駄話を始める。


「なんか、少年とも知り合いだったみたいで、アイツがオバチャンに絡まれてて面白かったッス」

「そうだったんだぁ……。そういえば……、オバチャンも私のこと忘れちゃってた……」

「マナ……」


 水無瀬の声のトーンが暗くなる。

 弥堂はチッと舌を打った。


 別に無駄話をすることも、彼女が落ち込むことも、勝手にすればいいことなのでそれは弥堂としては構わないことだ。

 だが、彼女らが言葉を重ねるに連れて歩みが遅くなっているようで、その声の発生源と弥堂の背中との距離が少しずつ開いていっていた。


 他人のペースに合わせて歩くとイライラしてしまうメンヘラ男は、キビキビと歩くことすら出来ない新兵以下のバカどもを注意してやることにした。


 弥堂は足を止めて背後を振り返る。


 すると――


――弥堂が口を開く前に、水無瀬の鼻がクンクンと動いた。


「このニオイ――」

「あ、マナッ⁉」


 ポツリと呟いてから水無瀬は走り出す。

 踵を返して路地裏の奥へ続く方へ。


 その後をすぐにメロが追った。


 2秒ほどその場で立ち止まって、不可解そうに眉を寄せながら弥堂も彼女らを追っていく。


 少し進んで角を一つ曲がった瞬間――


「――おねがいっ! “Blue Wish”!」


 そろそろ聞き慣れてきた、水無瀬が自身の持つ魔法のペンダントの名前を呼ぶ声が響き、そして弥堂の視界が光で満ちる。

 その輝きが消えた後には魔法少女に変身をして、ネズミのゴミクズーと対峙する彼女の姿があった。


(このネズミも見慣れてきたな……)


 厳密に魂のカタチまで見れば全て別物の存在なのだが、昨日遭遇した大量のネズミもその前に戦ったネズミも、まるで規格が統一でもされているように肉体の見た目が酷似していた。

 そこには何か仕組みがあるのだろうかと今更ながら考えてみるが――


魔物モンスターなんてそんなものか……)


 廻夜部長から渡されたゲームや漫画でも大体そんなものだったと思い出し、答えなんて何でもいいかと結論する。


 目の前で戦闘が開始されているのにまるっきり緊張感のない弥堂の態度だが、それを改めるまでもなくすぐに決着は着いた。

 開戦初っ端の魔法弾の一撃でゴミクズーはあっさりと滅んでしまった。


 撃ち抜かれた“魂の設計図アニマグラム”が解けて千切れて崩れる。

 魂の小さな欠片たちは大気に舞い散って『世界』へ溶けて還っていく。

 そしてそのうちの何割かが螺旋を描きながら誘われるように導かれ、水無瀬の胸元に飾られる青いハートの宝石に吸い込まれていった。


 これもこの一週間ほどで見慣れてきた事象だ。



 ゴミクズーの魂のカケラ。

 霊子と魔素が結びついていたそれが解け、霊子は『世界』へと還り、魔素は“Blue Wish”に吸われる。


 それらの現象が終わってから、弥堂は魔法少女ステラ・フィオーレへと近づく。


「またあのネズミッスか」

「昨日いっぱい居たから、残ってた子がいたのかも……」


 暢気に話す二人の会話に口を挟んだ。


「なにしてんだお前」

「あ、弥堂くん。ごめんね」

「いきなり違う方向に走り出すな。子供じゃな――……、そういえば子供だったか」

「コラァ! オマエ、レディに対して失礼だぞッス!」

「うるさい黙れ。魔法少女なんかやるレディがいるか」

「ゴミクズーさん見つけちゃって、私急がなきゃーってなっちゃったの。ごめんなさい」

「それは見ればわかる。俺が言いたいのは――」

「――あっ⁉」


 弥堂が問い直そうとすると、突然ハッとした水無瀬の鼻がまたクンクンと動く。


「まだ他にもいるみたい――」

「おい、水無瀬――」

「――私、行ってくるね!」


 弥堂は制止しようとしたが、それよりも早く彼女は飛んで行ってしまった。

 先程のように女子高生姿の彼女が走っていくのとは違って、今度は魔法で飛んで行ってしまったので、急いで追ったところで捕まえられるわけではない。


「マナー! 待ってくれッス!」


 ネコ妖精のメロも背中に生えた羽を動かして飛んでいく。

 弥堂は嘆息し、仕方ないと諦めて徒歩で適当に追うことにした。


 すると、間もなくして水無瀬がぴゅおーっと飛んで戻ってくる。


 もう殺したのか? と、弥堂が訝しむと彼女は背後に回って背中に抱きついてきた。

 水無瀬はそのまま弥堂を抱っこして飛行を再開した。


「おい、なにをする」
「えへへ、抱っこして連れてってあげるね」

「余計なお世話だ」
「さっきは私が抱っこしてもらってたから、これで“おあいこ”だねっ」

「聞けよテメェ」


 貸し借りの話や移動方法の問題ではなく、単純にこの扱いが屈辱的だからやめろと。

 弥堂はそう不満を主張したつもりだったのだが、それを彼女にきちんと説明する方が骨が折れそうなので、やはり諦めて彼女の好きにさせることにした。


「なぁ」
「うん、なぁに?」


 なので、代わりに好きに質問をさせてもらうことにした。


「お前は何故戦うんだ?」
「……? 魔法少女だからだよ?」

「何故、今も戦うんだ?」
「えっと……、魔法少女だから……?」


 上手く本意が伝わらずに弥堂はイラっとする。

 水無瀬も水無瀬で察しが悪いが、弥堂も弥堂で言葉がいつも足りていないので、二人は割と“おあいこ”かもしれない。


「……お前は今、こんなことをしている場合じゃないんじゃないのか?」
「あ……」

「お前の身に起きているわけのわからないことは、何一つ解決――どころか、原因さえわかっていないだろう? ネズミの駆除をしている場合か?」
「そ、それはそうなんだけど……」

「学園のことをどう考えているんだ? 週が明けたら何もかも元通りになっているなんてことは考えづらいだろ」
「そうだよね……、私って高校中退になっちゃうのかな……?」

「お前意外とまだ余裕があるな……」


 弥堂は呆れたフリをしつつ口を噤む。


 中退をするにはまず入学をして退学をしなければならない。

 恐らく入学をした記憶も記録も失くなっている可能性が高いし、だから退学の処理をする必要もない。

 それなら彼女は中卒になってしまうのだが、弥堂の考えでは恐らくそれも――


 心中ではそう考えていたが、わざわざ言う意味もないので指摘はしなかった。


「お前のことを覚えていない連中のために戦って、それで一体何になるんだ?」

「あう……」


 だが、コミュ障男は結局血も涙も配慮もないことしか言えない。

 水無瀬の顏が曇る。


「それにお前が助けてやったとしても、助けられた奴らもそれを忘れるだろう? 感謝もなければ報酬もなく、貸しにすら出来ない。そんなことをして何の意味がある」

「うん……、あのね? 弥堂くん」


 弥堂の言葉を咀嚼するように飲み込んで、水無瀬が顔を向けてくる。

 弥堂も彼女の瞳を視返した。


「意味、とかはよくわかんないけど……、でもね?」

「…………」

「私は魔法少女だから……」

「義務感からということか? だが、お前にはもうそんな義務を果たす筋合いは――」

「――ううん。違うよ。そうじゃないの」

「…………」

「やらなきゃいけないとか、やってあげてるとかじゃなくって、きっと私がそうしたいの」

「……何故?」

「なんでだろう……? すぐに言える言葉はないけど、でも、みんなしあわせだったら嬉しいよね?」

「……そうだな」


 そんなことは思ったことも感じたこともない。だが、弥堂は適当に肯定をした。

 それを否定することは彼女の話の本筋にはきっと関係ないからだ。


「私ね、みんなが平和で、みんなが笑って暮らせたらいいなって思うの」

「……それは素晴らしいな」

「えへへ、そうだよねー。それでね、今の私にはほんのちょっとだけ、みんなの笑顔を守ってあげられる力があるじゃない?」

「そうだな」


 実際は“ちょっと”どころのモノではない。

 “神意執行者ディードパニッシャー”である彼女にはとても大きな権限チカラがある。

 それなりの数の人間の“しあわせ”とやらを守ってやることは出来るだろうし、それ以上に多くの人間を地獄に叩き落すことも出来る。


 そんなことを考えながらもしかし、弥堂は口には出さない。


「力ある者の責任か?」

「え? う~ん……、違うよ。そんなに立派なものじゃなくって、やっぱり私がそうしたいだけだと思う」

「…………」

「きっとね、これはただ、私が私の願いを叶えるためにやっているだけなんだよ」

「…………」

「だから、これが私で――だから、私は魔法少女なの」

「――っ」


 口を閉ざして反論したい言葉と否定したい言葉を隠していた弥堂は息を呑んだ。


 自分を見つめる彼女の、水無瀬 愛苗の表情とその瞳――その真っ直ぐさに、その純度の高さに気圧された。

 強がりやお為ごかしなどではなく、彼女は本気でそう思っている。


 今までも別に強く疑ったことがあるわけではないが、だが彼女のこういった発言は頭の緩い子供が何となくそう言っているだけだと思っていた。

 だが、そうではないのかもしれない。


「……そうか」


 共感も理解も全く出来ないが、弥堂は頷いた。

 頷くほかない。


 もしも自分が彼女の境遇に置かれたらと考える。


 知人は全て知人でなくなり、これから出会う全ての人間とも関係性が一切積み重ならない。

 それは全ての人間と袂を別つこととなる。


 もう会わない人、もう会えない人、会う必要のない人。

 弥堂にとってそれらは最早この世に存在していない人間だ。

 真実としては自分自身がこの世に存在していないこととなるが、自分の主観で世の中を見ればそこには誰も居ないこととなる。


 つまり、自分以外の全員は死人に等しいのだ。


 だから、彼女の言っていることがこれっぽっちも理解出来なく、当然共感も出来なかった。


 しかしそれでも、彼女の言うことが正しいと首を縦に動かす。

 弥堂如き弱き者は、より存在の強度が高い者の前では、相手の主張や要求を認めるしかないのだ。


 自分の感じること、思うこと、考えたこと。

 これらはどれも、『世界』にとっては何の意味もない小さき間違いなのだ。


 弥堂は水無瀬のお喋りに自動で相槌を打ちながら、彼女に抱きかかえられて自分で決めたわけでもない行き先へ連れて行かれる。

 昔と何も変わっていないなと自嘲した。


『まったく相変わらず情けねェなテメェはよ。棒の方ばっかデカくなってもずっとタマ無しのまんまじゃあ世話ねェな。テメェみてェのをデクの坊っつーんだよ、アァン?』

(うるせえんだよ)


 記憶の中の緋い髪の女に心中で毒づく。

 痛いところを突かれはしたが、所詮は幻覚と幻聴に過ぎない。


 昔の保護者の声を無視して、水無瀬の声を聞き流して、ただ身を任せた。










「――戻ったぜ」


 大きな扉を開けて蛭子 蛮は現在拠点にしている屋敷に戻る。


 船着き場で破壊された船を発見したあと、先に屋敷へ戻った希咲に続いた形だが、蛭子も天津も望莱も、何となく合流して一緒に歩くことはせず、それぞれが一人で歩いてきた。


「待っていましたわ」


 なので、出迎えなどいるわけがないと考えていたが、意外な人物が待ち構えていた。

 蛭子は瞳に警戒心を灯して彼女を――マリア=リィーゼを見た。


「……なんだ? オマエがオレを待っていただなんて、どういう風の吹きまわしだ?」

「無礼者ォォーーッ! 王族たるこのわたくしに何たる暴言。わたくしこのような侮辱を受けたのは生まれて初めてですわ!」

「『風の吹きまわし』は別に侮蔑の言い回しじゃあねェよ」

「あら、そうですの。わたくしとんだ早とちりをかましちまいましたわ。お許しあそばせ」

「やっぱオマエの翻訳バグってんじゃねェの?」

「そんなことありませんわ」

「だったら、よくわかんねェ言葉聞いたらとりあえず勢いでキレるのやめろや。それクセになってんだろ」

「無礼者ォォーーッ!」


 痛いところを指摘したら早速勢いでキレてきた王族さまに、蛭子は「ほれ見たことか」と嘆息した。


「んで? オレに何の用だ」

「王族たるこのわたくしを放置して全員で出かけるなど敬意が足りていないようですわね。だいたい――」

「あー、そういうのいいから。結論を言えよ」

「貴方のせいでわたくしナナミにキレ散らかされましたわ! どうしてくれるんですの!」

「……ワリ。やっぱ経緯が足りねェみてェだわ。説明よろしく」


 蛭子は素直に過ちを認め、彼女の話を聞いてやることにした。


「さっきナナミが帰ってきたんですけど」

「あぁ」

「同様にわたくしを放置した罪を詰ってから、速やかに紅茶を入れるように言いつけましたの」

「で?」

「ぶちギレられました。それはもうすごい眼力で。わたくしぶったまげましたわ」

「だろうなぁ……」


 今の希咲の心情を考慮すると、このウザったらしい王女様に絡まれたらそりゃキレるよなと、蛭子は即座に納得をした。


「んで、それがなんでオレのせいだって?」

「えぇ。ナナミが、作り置きの水筒をバンが持っているからそれを貰って飲めと、そう仰いまして」

「んなもん貰ってねェよ」

「指輪ですわ」

「あぁ、そういうことか」

「その中に入っているから出して貰えと言われましたの」

「そんでオレを待っててイライラしてたってことか」

「ちょっと! なんですの、その言い方は? まるでわたくしが分別のない小娘かのように」

「…………」


 彼女に分別があったところを1秒たりとも見たことがなかったが、それを指摘すると面倒なので蛭子は口を噤んだ。


 黙って希咲から預かっていた指輪を出してそれに力をこめる。

 すると、指輪の宝石が淡く輝き、蛭子とマリア=リィーゼの間に木箱が一箱現れた。


「おらよ」


 無愛想に声をかけると彼女は礼も言わずに箱に飛びついた。

 そして王族とは思えない乱暴な手つきで箱の蓋を剥ぎ取る。


 前々から思っていたが、コイツが飲んでるのは本当に紅茶なのかと、蛭子は疑惑の眼差しを向けた。


「わたくしこれにしますわー!」


 そう時間はかからず、マリア=リィーゼ様はダンジョンで発見した宝箱から出た戦利品を掲げるように一本の水筒を手に取った。


「それはダメだ」

「なんでですの!」


 しかし即座にダメ出しをされ憤慨する。


「よく見ろ。それ赤いテープ貼ってあんだろ?」
「それがなんですの!」

「赤いのは魔力回復効果のあるヤツだ。オマエそれの味が無理っていつも騒いでたろ」
「そういえばそうでしたわね」

「口に入れた瞬間吐き出してた癖に何で覚えねェんだよ」
「お黙りなさい! どれを飲めばいいんですの⁉」

「何も貼ってないやつだ。緑のテープは体力回復効果だからムダに飲むなよ」
「王族が使用するのにムダなことなど何一つありませんわ!」

「その赤い方のヤツをいくつもムダにしただろうが。つーかオマエ早くそれ飲めるようになれよ。オマエにとっては必需品だろ?」
「わたくしこの紅いお茶キライですの。目ん玉飛び出るくれえにクソマズイですわ」

「ウルセェよ。紅い茶って書いて紅茶だバカ野郎。そんなことより、ムダに消費期限減らしたくねェから残りは仕舞う。さっさと欲しいモン取れ」
「あら失礼」


 マリア=リィーゼが別の水筒を取ったのを確認して、蛭子は再び指輪に魔力を流し木箱を仕舞った。


「ところで七海は?」

「ナナミなら倉庫に行くと言ってましたわ」

「ウゲ、マジか……」


 ウキウキで水筒を開けてカップに中身の紅茶を注ぐ王女さまからの返答に、蛭子は顔色を悪くした。


「ヤベェな……、倉庫にはアイツが……」


 望莱に麻痺毒を盛られて痺れていた聖人が、自分たちが見ていない時に自由に動けるようになったら面倒だと、そう懸念した蛭子は砂浜に向かう前に彼に猿轡を噛ませて簀巻きにし、そして倉庫に放り入れていたのだ。

 今の不機嫌MAXの希咲と鉢合わせるとマズイことになるかもしれないと危機感を膨らませる。


「オレちょっと行ってくるわ」

「どうぞご勝手に」


 普段女房面をしているくせに、聖人が毒に侵されて倒れた時も、倉庫に監禁された時も、彼女は特に助けようともせず、今も我関せずだ。

 女のそういうとこってわかんねえよなと考えながら、蛭子は急いで倉庫へ移動した。


 倉庫の前まで来ると扉が開いていて、部屋の中で乱暴に物色をしているような音がガンガン届いてくる。

 蛭子は慎重な足取りで開いている扉の隙間から中を覗いた。


 すると、倉庫の棚を漁っている希咲の後ろ姿が見え、その次に彼女の足元に転がりながら「むぅむぅ」唸っている簀巻きの男を発見した。

 床に転がる聖人の周りには希咲が散らかした物品が次々と落ちては積み重なっていく。彼の顏のすぐ横には床に刺さった鉈が突き立っていた。


 半分は自分のしたことだが、その光景に蛭子は「うわぁ……」と引いた。

 この状態で彼女に気付かれずにあの簀巻き男(親友)を回収せねばならない。

 これはとても困難なミッションだなと唾を飲み込もうとした時――


「――なに?」


 突然希咲がグリンっと振り返りギンっとした目を向けてきた。


 蛭子は思わず跳び上がりそうになるくらいに驚いた。

 鬼気迫るような様子に見えた彼女は、それでいながらも気配察知をギンギンに張り巡らせていたようだ。


「よ、よう……」

「……なに?」

「そ、そいつ回収してくからよ。ちょっと邪魔するな?」

「…………」


 希咲は無言で躰の向きを戻し、また作業を再開した。

 入ってヨシとのことだ。


 随分とぞんざいな扱いを受けた形だが、蛭子はむしろ安堵した。

 ゲキおこギャルが恐かったからだ。


 このまま彼女を刺激せぬように気をつけて聖人を回収しようと、慎重にミッションを開始した。


 特にそれ以上はこれといったこともなく、聖人を担いだまま倉庫を出た蛭子はキッチンへ移動する。そこまで来てからようやく彼の拘束を解いてやった。


「――ぷはっ、助かったよ蛮」
「あぁ、悪かったな」

「それで、一体なにがあったの?」
「とりあえず船はぶっ壊れてもう美景に帰れねえからお前も一旦諦めろ」

「えっ⁉ 大事件じゃないか! どうして――」
「あー、そのへんはメシの時に嫌でも話すだろ。とりあえず今は置いとけ」

「……そっか、わかった。それで七海があんなに荒れてたんだね?」
「ていうか、オマエよ」


 深刻そうな顔で頷く聖人へジト目を向ける。


「七海がキレてんのなんて見りゃあわかんだろ。なんで近くで騒いでんだよ。余計な刺激すんなや。そもそもオマエが一緒に帰るって言いだしたのが発端だってのによ」
「い、いや、七海が怒ってるのは僕にもすぐにわかったんだけど。というか、一目でわかって恐かったからすぐに寝てるフリしたんだけど」

「けど?」
「そうしたら七海が投げた物がどんどんこっちに飛んできてさ。刃物もあったからさすがにヤバイと思って」

「助けてくれアピールしたけどシカトされてたわけだな」
「そうそう。いやぁ、危なかったよ……」


 額の汗を拭う彼に蛭子は特に同情はしなかった。

 希咲が投げていたのなら間違って当たることはないだろう。恐らくただのオシオキだ。

 そしてそのオシオキをされる謂れが聖人には十分にあるので、特に言及はしなかった。


「それで、だ。せっかく拘束したオマエをオレが解放したのにはワケがある」
「ていうかヒドイよ蛮。既に痺れてる僕をわざわざ縛るなんて……」

「オマエならどうせすぐにクスリが抜けっだろ。そんなことよりオマエにはやってもらわなければならねェことがある」
「もしかして……、敵か……⁉」


 船が破壊されていたというし、自分が倉庫に転がされていた間にこの島が危機に陥っていたのかもしれないと、聖人は表情を真剣なものに変えた。


 しかし、蛭子の方は特に表情を改めることなく、気だるげな顔で希咲から預かっている指輪をもう一度取り出し、それに魔力をこめた。


 すると聖人の手にふぁさっと一枚の布が落ちる。


「ん? なにこれ……って、エプロン……?」
「お前のミッションは今から全員分の晩飯を作ることだ」

「えっ⁉」
「七海があの感じだからな。メシ作ってくれなんて恐くて言えねえ」

「あ、はい……」
「昨日の残りも大分あるからそんなに手間はかからねェだろ。余計な材料を使わねェようにオレも監視につく」

「監視って、そんな大げさな」


 暢気に苦笑いをする聖人を蛭子はギロリと睨んだ。


「わかってんのか、オメェ?」
「え?」

「今回オレらは絶対にミスれねェ。もしやらかしでもしたら、今の七海は……」
「あっ……⁉」


 何が言いたいのかを察して聖人も顔色を変える。


「オレら全員、手加減抜きでボコられんぞ……っ!」
「そ、それはさすがにヤバイね……っ!」


 男二人目を合わせて顔を青くした。


「とうことで、作業はじめ!」

「ま、まってよ。手くらい洗わせてよ」


 慌ててエプロンを着ける聖人を油断なく監視しながら、蛭子は作り置きの料理を指輪から取り出し分量を見繕う。


 たかだか夕食を用意するだけでこの緊張感とは、こんなことでこれから一体どうなってしまうのだろうと不安を募らせる。


 先程聖人に伝えたとおり、またこの島で起こった新たな異変についてと、そしてこれからのこと。

 それらを話し合うのだが、その時に何を言うべきか、何を考えておかねばならないのか。


 頭を悩ませながら、キッチンの窓からオレンジ色に染まりゆく空を見上げた。
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