俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章59 最期の夜 ⑤

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 月光の欠片が銀色に散らばる。


 煌めく塵の向こうには少女がいる。


 小学生か中学生の間ほど。


 子供に似つかわしくない時間に、似つかわしくない肌の露出の多い恰好で、無邪気に微笑みかけてくる。


 弥堂は首を動かし、顔をその少女へ向けると、その在り方カタチを視た。



「こんばんは、おにぃさん」

「あぁ、こんばんは」


 表情の感じられない弥堂の視線に怯えるでもなく、少女は親しげに挨拶をしてきた。


「おにぃさんはこんな所でまーたワルイことしてるのかなぁ~?」

「心外だな。悪いことなど生まれてこのかたしたことがない」
「え~? ウッソだぁ~」

「真実だ。それともキミには、俺がしている悪いことに何か心当たりでもあるのか?」
「ま、またややこしい言い回し……、ってゆーか、昨日タバコ吸ってたじゃん」

「誤解だ」
「ゴカイじゃないと思うけど?」

「俺は火の点いたタバコを所持していただけで、吸っていたわけではない」
「え、えぇっと……、アタシ子供だからよくわかんないけど、それってセーフなの……?」

「さぁ? それを判断するのは警察官の仕事だ。俺の知ったことではない」
「断言しないってことはやっぱダメなんじゃ……」


 少女から向けられるジト目に弥堂はどうでもよさそうに肩を竦める。


「キミの方こそ。こんな時間にまた一人歩きか?」
「え~? こんな時間ってほどじゃなくない?」

「子供は暗くなったら家に居るべきだ」
「でもでもぉ、塾とか行ってる子とかだと、こんくらいの時間に帰ってきたりとかするよ?」

「キミも塾帰りなのか?」
「んーん、違うけど」

「じゃあ、何をしているんだ?」
「え~? アタシのこと気になるのぉ~?」


 ジッと視線を向けてくる弥堂の前で少女はクスクスと揶揄うように笑った。


「俺よりもキミの家の人が気になっているんじゃないのか」
「あー、うん、だいじょぶだいじょぶ」

「本当か? ちゃんと、家の人に言って、出てきたのか?」
「ちょちょちょっと、圧を弱めてくれないかな……⁉ おにぃさん圧強すぎっ。アタシじゃなかったら即防犯ブザーだよ⁉」

「そうか。それは気をつけよう」
「やっぱアブナイ人だなー、おにぃさんは……」


 瞬きもせずに念押しをしてくる高校生にドン引きした女児は、額の汗を拭うフリをしつつ一歩距離を空ける。


「ちゃんと言ってきたから平気だよ」
「そうか。よく外出を許してくれたな」

「あー……っと、ちょっとケンカしちゃって」
「へぇ」

「晩ごはんのオカズが気に入らなくってさ」
「そうか」

「……もうちょっと興味がありそうにしようよ! やっぱ“いんきゃ”の人だよね、おにぃさんはっ!」
「前回に話を広げろと言われたからこれでも努力したんだがな。次回に活かそう」


 むぅーっと抗議の目を向けてくる少女に悪びれもせずに、弥堂はまた肩を竦めた。


「それで?」
「ん?」

「ケンカをしてムシャクシャして家を飛び出して、その後家から近いわけでもなく、面白い物があるわけでもないこんな場所に来たのは何故だ?」
「う、うわぁ……、アタシん家がこのへんじゃないことバッチシ覚えてんだぁ……、キモイなぁ……」

「それは悪かったな。俺も不本意なんだが一度見聞きしたことが忘れられないんだ」
「またテキトーなこと言って……、ま、いいケド。アタシがここに来たのはね――」


 少女は背筋を伸ばし両手を後ろで組むと小首を傾げながらイタズラげに笑う。


「――ここに来たらまたおにぃさんに会えるかなって、そう思ったからだよ?」

「…………」


 弥堂は変わらぬ表情で彼女を視続ける。


「…………」
「…………」

「……え? ちょっと、おにぃさん?」
「なんだ」

「何も言わないの?」
「なにがだ?」

「今アタシけっこうドキっとすること言ったと思うんだケド?」
「そうか。俺もキミに会えるような気がしていた。ちょうどよかったな」

「もぉーっ! オモシロくない……っ!」
「それは悪かったな」


 頬を膨らませて抗議してくる子供を適当にあしらい、進行方向へ身体を向けた。


「また空き地に行くの?」
「あぁ。一緒に来るか?」

「んー、どうしよっかなぁ……、おにぃさん“ぼっち”でカワイソーだから付き合ってあげよっかな」
「そうか。それは嬉しいな」

「な、なんか素直過ぎてコワイんですケド?」
「考えすぎだ。それより前を歩くといい。レディファーストだ」

「え? 前後に並ぶの? 隣歩けばよくない?」
「ここの道は狭い。滅多にないが万が一車が通った場合、横に広がって歩いていたら危険だ」

「な、なんでこんな時間にこんな場所で知らないコーコーセーと集団下校みたいな……」
「よそ見をするな。さっさと歩け」


 パンパンと手を叩いて煽り立てると女児はひゃーっと悲鳴をあげて歩き出す。


 しばらく一列縦隊で歩くと、恨みがましそうなジト目が振り返ってくる。


「……楽しくないんだケド?」
「楽しいことは移動した先にある。移動自体は楽しいものではない」

「おにぃさんって絶対モテないよね」
「さぁ、自分ではよくわからないな」

「自分でわからない人はモテない人だよ」
「じゃあ、そうなんだろう」

「少しは気にしないの?」
「今のところ必要性を感じないな」

「はぁ……、おにぃさんはダメ。もうホントにダメダメ。いい? おにぃさん――」


 そこからクドクドとお説教が始まる。

 “いつもの”空き地に向かいながら何故か女児から男性としての心構えのようなものについてダメ出しをされ、弥堂はそれに適当に相槌を打つ。

 耳では聞き流しながら、しかし眼は決して離さず。


 少女が歩く動きに合わせて銀色の後ろ髪が揺れて左右に割れ、その隙間から細い首筋が覗く。

 病的にも映る白い肌はその下の血管も浮かばず均等な薄さで塗られている。

 月明かりから外れた銀髪は少しくすんだ色のようにも視えた。


 目的地に設定していた空き地の入口が右手に見える。


 悟られぬようにゆっくりと肺に外気を取り込む。


 入口まではあと10歩以内。


 揺れる銀色の髪の隙間に視点を固定し、ドドドドッと頭蓋の中で響く音を聴きながら心臓に火を――


「――ひゃぁっ⁉」


 ビクンっと肩を跳ねさせて少女が立ち止まる。


「…………」


 そして振り返ってこちらへ顔を向けた。


「もぉ、ビックリしたぁ……」

「…………」

「鳴ってるよ? おにぃさん」


 不思議そうに見上げてくる彼女を視たまま、弥堂は内心で舌を打った。


 そして懐へ手を伸ばし、聞き覚えのない着信音を鳴らすスマホを手探りで取り出した。

 完全に自分の不手際だが、この喧しい音のせいで台無しもいいところだ。


「って、出ないの?」

「…………」


 弥堂はスマホに目を向けないまま画面をタップする。


「な、なんなのその電話の出かた……? なんでこっち見て……、アタシに怒ってる⁉ ガンギマリでコワイんだケド……」

「…………」


 目の前の少女から眼を離さないままで、ゆっくりと近づけたスマホを耳に当てる。


「……俺だ」
『あたしだばかやろぉーーーっ!』


 すかさず受話口から発せられた大声に弥堂のお耳はないなった。


 耳から貫通したその声が頭蓋の中で鳴っていた拍動を逆の耳から外へ追い出し、キィーンっとハウリング音を残す。

 声でというより、その痛みで電話の相手が誰かを察知する。


 思い通りにいかなかった苛立ち、自分の不手際に対する苛立ち、コントロールし抑圧していた怒りが一気にぶち上がった。
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