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1章 魔法少女とは出逢わない

1章58 決着! 悪の幹部! ~さらばボラフ~ ②

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 水無瀬は苦戦していた。


 歪な蜘蛛に変貌を遂げたボラフに狭い路地へと誘い込まれた。

 路地の上方は黒い蜘蛛の巣で蓋をされ、周囲のビルは黒く変色している。

 ここはボラフの領域テリトリーだ。


「【光の種セミナーレ】ッ!」


 水無瀬は魔法で創り出した光球をボラフへ向けて数発同時に放つ。


 ボラフの楕円の躰からは8本の鎌が生えそれを蜘蛛の足のように使っている。

 壁に突き刺したそれをガチャガチャと動かし、見た目だけでなく動きまで蜘蛛のように走る。

 壁を走って迫る魔法弾から逃げ、近づかれたものは細かく機動を変えて避け、時には反対側の壁まで跳んで逃れる。


 ただ速いだけでなく耐久性も上がっている。

 これまでに何発かヒットした魔法も、黒光りする硬質なボディに弾かれてしまった。


「これじゃ……だめ……!」


 焦燥を浮かべる水無瀬へ今度はボラフが迫る。

 壁を走って近づき、大きな鎌足を振るった。


「【飛翔リアリー】ッ!」


 飛行魔法を加速させて水無瀬はそれを躱す。

 壁際から放たれた斬撃を下がって避けるが、ここは狭い路地。

 ボラフとの距離を大きくとることは出来ず、すぐに背後に向かいのビルの壁がある。


 ボラフは壁を蹴って水無瀬が背をつけるビルの方へ飛び掛かってくる。


「【光の盾スクード】ッ!」


 水無瀬は魔法の盾でそれを受けとめる。

 しかし、先程同様に僅かに拮抗した後に、パワーアップしたボラフの鎌によって盾は切り裂かれてしまう。


 水無瀬にもそれはわかっていたので、盾の防御によって生み出した少しの時間にその場から逃げ出していた。

 路地の奥へ飛ぶ。


「――逃がすかァ!」


 ボラフの躰から巨大ナマコのような触手が新たにもう1本生える。

 尻側から伸びたそれは蠍の尻尾の様に前方を向き、開いた口から黒い糸を射出した。


「わわわ……っ⁉」


 水無瀬はそれを避けるために慌てて横に機動を変える。


 スピードを出そうと意識してつい大きく飛んでしまうが、そこにはすぐビルの壁だ。


 水無瀬が追い込まれた側の壁をボラフが走って鎌を振る。

 それをまた大きく避けると反対側の壁にぶつかる。

 壁を蹴ってボラフが追う。

 壁に当たらないように路地に沿って進路をとれば黒い糸の塊が砲弾のように飛んでくる。

 今度はそれを盾で受け止めると、その間にボラフが迫ってくる。


 彼の領域内なので当然だが、地の利はボラフに味方していた。


 水無瀬の魔法を使った戦闘技術は急成長を見せている。

 一つの例としては飛行魔法だ。


 一週間ほど前に弥堂が初めて魔法少女としての彼女に出逢った時は、まともに飛び上がることすら覚束なかったのに、今では自由に空を飛びまわるまで進化した。

 飛行の軌道の安定、飛行状態の維持、そして最大速度に関しては確かに向上している。


 だが、これまで彼女が経験してきた戦場は基本的に広いスペースが確保されたフィールドだった。

 現在の左右上下を限定された狭い空間内での戦闘は弥堂の知る限りでは初めてのことになる。


 そして、ボラフの攻勢に対抗する為の最大速度は足りてはいるが、細かく連続して進路を変えそれを繰り返し継続する機動性――クイックネスが追い付いていないようだった。

 天才的な魔法の才能を有する彼女であれば、おそらく何度かこういう戦闘を経験するか練習をするかすればその問題もクリアするのかもしれない。

 しかし、その将来の可能性とやらは、今この時の戦場では何の役にも立たない。


 才能があり、急成長もしている。だが、細かい技術に関してはまだ成熟までには満たない。


「……そういった点を上手く突いたな。いいプランだ」

「落ち着いてる場合かァーーッス!」


 壁に体重を預け腕組みをしながら考察する弥堂の言葉に、魔法少女のサポート役であるネコ妖精のメロは憤慨した。


「したり顔で後方腕組み彼氏してんじゃねェッスよ! しかもオマエあっちのカレシかァ⁉」

「そのような事実はない」


 ギャラリーとしてしか戦いに参加出来ない弥堂とメロのやりとりの間にも戦況は進んでいる。



「【光の種セミナーレ】……、いって……っ!」


 魔法の盾を展開してから牽制の魔法弾を放った。


 壁を駆けるボラフは鎌で魔法弾を斬り払いながら突っ込んでくる。


「――ラクリマ……」


 その間に水無瀬はバスターをチャージしようとするが、それは間に合わない。

 結局ダメージを与えられないまま接近され、シールドも破壊されてしまった。

 チャージを中断して水無瀬は間一髪で退避する。


「つ……、つよい……っ!」


 これまでの戦いから見て、魔法少女ステラ・フィオーレのストロングポイントを挙げるとすれば、それはまず攻撃力になるだろう。

 当たれば一撃で仕留めることの出来る火力の高さ。

 真っ先に浮かぶのはそれになる。

 だが――


「――【光の種セミナーレ】ッ!」


 撃ちだした魔法の光球はパワーアップしたボラフのボディに弾かれる。


 今までは当たらないことで苦戦することはあった。

 しかし、今日は当たったとしてもダメージにならない。

 光弾よりも威力の高い砲撃はチャージをしている時間を与えてもらえない。

 彼女の一番の強みが発揮されない状況になっていた。


 ならば、次に挙げられるステラ・フィオーレのストロングはというと、それは防御力になるだろう。

 これまでの戦いでも彼女の展開する魔法のシールドが破壊されることは間々あった。

 だが、それでも彼女本体が手傷を負うことは一度もなかった。


 しかし、それも――


「――あっ……⁉ そんな……っ⁉」


 どう戦えばいいかを迷いながらボラフを相手にしている内に、集中力が散漫になった水無瀬は高度を上げ過ぎてしまう。

 そこには目に見えていた罠が待ち構えていることを忘れてしまい、彼女は蜘蛛の糸に絡めとられた。

 慌てて手足を動かし逃れようとするが簡単には外せない。


 ガギンッ、ギンッと――派手に音を鳴らしてボラフは壁に深く鎌を突き刺してその場に自身を固定する。

 そして囚われの水無瀬へ触手の尾を向けると、それは肥大化し砲塔のように変化した。


 触手の先端に開いた口に黒い魔力が集中する。


「――っ⁉ 【光の盾スクード】ッ!」


 一目見た瞬間にそれが何を意味するかを察した水無瀬は、糸に囚われたままで複数の魔法の盾を展開した。


「喰らいやがれェ……ッ!」


 ボラフは黒い魔力砲を触手から発射した。


 水無瀬のラクリマ・バスターのように直射状の光線が魔法のシールドに激突した。


「――ぅくぅ……っ! 【光の種セミナーレ】ッ!」


 盾で光線を受け止めながら水無瀬は魔法弾を創り出す。

 それはボラフへ向けて撃つためではなく――


「――ぐるぐるっ!」


 自身の周囲を旋回させて身を縛っている糸の方を破壊しにいった。


 糸にはそれ程の強度はなく簡単に引き千切ることが出来た。しかしほぼ同時に光線を受け止めていたシールドが全て砕け散る。


「避け……っ――」


 急いで身を躱そうとするが、僅かに間に合わない。


「――ぅああぁぁ……っ⁉」


 黒い破壊光線は水無瀬を掠めて突き抜けた。


 衝撃でバランスを失った彼女は空中でよろめく。

 すこし煤けた魔法少女のコスチュームからプスプスと細い煙をあげつつ姿勢を取り戻す。


 急いでボラフの姿を確認すると、すぐには向こうも追撃に移れなかったようだ。黒いボディに現れたいくつかの口が開いて、そこからプシュゥーっと廃熱をするように勢いよく煙を吐き出した。


 とりあえず難を逃れた水無瀬だが、しかしこのままではジリ貧であることを悟る。


「ど、どうしよう……。逃げてばっかりじゃそのうち負けちゃう……、でも……」


 生半可な攻撃ではボラフにはダメージを与えられない。


「やっぱり、バスターじゃないと……」


 こうなると最も破壊力のある攻撃に頼りたくなる。


 しかし威力のある砲撃魔法には発射までに溜める時間が必要だ。

 その時間が捻出できない。


 その原因となるのがこの狭いフィールドだ。

 高く飛ぶことも出来ないし、大きく距離をとることも出来ない。

 そのせいで相手の攻撃を躱すことも難しくなっている。


「それなら――っ!」


 水無瀬は魔力を解放する。


「【光の種セミナーレ】――いっぱい……っ!」


 そして大量の魔法弾を生成した。


 ボラフはそれを鼻で嘲笑った。


「ハッ――数あったってどうにもなんねェよ……っ!」

「いって!」


 壁を走って突っ込むボラフへ牽制で数発向かわせる。

 さすがに無駄にもらうことはしたくないのか、彼の進路を変えさせることには成功した。


「もっと!」


 的を絞らせぬようジグザグに走って逃げるボラフへ水無瀬は追撃をかける。

 そして――


「もっと……、いっぱいっ!」


 打ちだして減った分よりも多くの魔法球をさらに創り出した。


「無駄だって言ってんだろッ!」


 即座に攻勢には移れないまでも、魔法弾から逃げることはボラフには余裕があった。


 だが――


「いっせーの……、せっ!」


 水無瀬が一斉に撃ちだした魔法弾の行き先はボラフではない。


「なに――⁉」


 逆さになった三日月の目を驚きに見開くボラフの前で、大量の魔法弾は周囲一帯のビルの壁に攻撃を開始した。


「壁を壊して広くなれば……っ!」


 必殺技を放つまでの問題の解決法として水無瀬が選んだのは、周囲一帯の地形を破壊して距離をとるだけのスペースを確保することだった。

 ピンク色の光球が黒い壁に殺到する。


「あいつ普段の言動とは真逆で戦闘の思考は過激だよな。生い立ちや精神に何か重大な問題があるんじゃないのか?」

「オマエが言うなぁーッス!」


 キレのいいツッコミの後に続くメロからの弥堂への文句は魔法が壁を撃つ音に搔き消された。


 轟音が轟き、廃棄された古いビル群に埃が舞う。

 それらが晴れた後には――


「――えっ⁉ そんな……っ⁉」


 水無瀬の驚きの声があがる。


 周囲を囲んでいた黒いビル壁はまるで破壊出来ていなかった。


「言っただろうがァ! 無駄だって……、なァッ!」


 呆ける水無瀬へ突撃したボラフが振るう鎌が水無瀬に当たる。


「きゃぁ……っ⁉」


 真っ二つに切断されることはなかったものの、水無瀬は強く叩かれた衝撃で墜落した。


 地面まで一直線に落ちる中、どうにかバランスを取り戻そうと飛行魔法の制御を試みる。

 しかし間に合わない。

 視界に映るアスファルトの面積が広がり、思わず瞼をギュッと閉じてしまった。



「…………あれっ?」


 しかし思っていたような衝突は起きず、水無瀬は恐る恐る目を開けた。


「ボーっとするな。すぐに戻れ」

「え?」


 ふと聴こえた声に顔を向けると――


「――あ、弥堂くん」


 どうやら彼らがいる場所に落ちてきてしまったようだ。

 身体がプラーンと揺れたことで、弥堂に襟首を掴まれた状態で持ち上げられていることに気が付く。

 彼がキャッチしてくれたおかげで地面に衝突せずに済んだようだ。


 弥堂は言葉を返さず、水無瀬を持ち上げて自分の目線の高さに合わせる。


「……シールドは簡単に壊されるのに、お前自身は同じ攻撃をくらっても傷つかないんだな」

「え? でもちょっと痛かったよ?」

「盾いらないんじゃないのか?」

「でもでも、ボカーンってなったら私ビックリしちゃうし……」

「……そうか」


 ビックリで済むのなら多少喰らっても我慢しろということが言いたかったが、弥堂は彼女にそれ以上言い募ることは我慢した。


「……ん?」


 代わりに彼女の姿をジッと視ると、彼女の着用している半袖ブラウスの胸元が僅かに斬り裂かれていることに気付いた。


「この服、ちゃんと壊れるんだな」

「え? あ、ホントだ。お胸破けちゃった……」


 弥堂は珍しいものに触れるようにブラウスの裂け目を摘まんで開いてみる。

 中を覗くと、ピンクと白のしましまのブラジャーが見えた。


「コココ、コラァーッ! 隙さえあらばセクハラに勤しむんじゃあねえッスよ!」

「そのような事実はない」

「マナもなんとか言ってやれッス!」

「えへへ、破けてるの教えてくれてありがとうね?」

「お前はワンテンポ遅いんだよ……」


 呆れたように嘆息し、弥堂は水無瀬を放してやる。

 彼女は少しだけ慌てながら体勢を整えた。


「わわ……っ」

「なんか、オマエ今日は緊張感がないッスね……?」


 弥堂の様子を訝しんだメロがチラリと覗き見てくる。


「お前らはいつもないだろ」

「いつもはもっと目がバッキバキじゃねッスか?」

「気のせいだ」


 二人の様子を水無瀬は不思議そうに見ていたが、そんな場合ではなかったと思い出してボラフの方へ視線を送る。

 彼は壁に張り付いたまま動いていなかった。


「どうする気だ?」

「えっと……、どうしよう……?」


 弥堂にプランを問われると、彼女はふにゃっと眉を下げた。

 弥堂はそれに呆れるでもなく、落ち着いた声で返す。


「まぁ、大丈夫だろ」
「え?」

「深刻になる必要はない」
「でも……」

「水無瀬。お前は勝つ」
「え……?」

「キミはスーパーだ」
「すぅーぱぁー……?」

「あぁ、気負わずに行ってこい」
「……うんっ!」


 いつもとは真逆なことを喋る弥堂に彼女は一瞬戸惑いを浮かべたが、すぐにニコッと嬉しそうに笑うと、元気いっぱいに飛び出していった。


「……オマエいつもと言ってること違うッス」

「お前に『いつも』と言われるほど関わった覚えはない」

「カァーッ! まーたヘリクツを! そういうこと言ってんじゃないッスよ! どういうつもりなんッスか⁉」

「別に――」


 メロの追及に適当に答え、弥堂は飛び立つ水無瀬の背を視る。


「――ただの事実だ」





 弥堂にそうは言われても、水無瀬にとっては現時点で打つ手がなくなったのも事実だ。


 大きな魔法を使うために距離か時間が欲しい。

 それを実現する為の周辺地形の破壊には失敗した。


 では、どうするかと考えを巡らし、水無瀬は「うんうん」と頷く。


 かくなる上は現在の地形で戦えるように適応するしかない。


 その為に必要なもの。


(ななみちゃん……っ!)


 そう考えたら何故か大好きな親友である彼女の顔が浮かんだ。


 言語化は追いつかないが、それだけで彼女には願いに必要となるイメージが出来上がった。


「もっと……、速く……っ!」


 水無瀬は魔力を集中させ胸元のハートのペンダントに願う。


「お願いっ、Blue Wish……ッ!」


 青い宝石が輝きを放つ。

 目がくらむような強い光が彼女を包み、それは周囲にも広がる。


「ハァァァァァァ……ッ!」


 気合いの声に順応した光が弾ける。


「チィ……ッ、なんだァ⁉」


 警戒を高めたボラフが光が消えた後を睨みつけると、そこに居たのは姿を変えた水無瀬だった。


「あ、あれは……っ⁉」


 地上から見上げるメロからも驚愕の声があがる。


 ネコ妖精の様子を訝しみつつ、弥堂も眼を細めて水無瀬を視た。


 魔法少女のコスチュームが少し変化したように視える。


「あれはなんだ?」


 理解が出来なかったので直接メロに問いかけると、彼女はコクリと喉を鳴らしてから声を張った。


「あれは――『魔法少女ステラ・フィオーレ スプリントフォーム』ッス……!」


 後足で立ち上がりながらバンッと肉球を水無瀬へ向けて叫んだメロの言葉に、やはり弥堂は眉を顰める。


 そして眼球に力をこめて、その魂の輝きを、カタチを、強く視た。
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