俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章56 Away Dove Alley ⑫

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 スケボー通りではあっという間に乱闘が巻き起こった。


「み、みんな……、ケンカはやめてぇ……っ!」


 わけがわからないまま水無瀬が叫ぶが、そんなものではもう止まらない。

 スカルズの者たちも、美景台学園の者たちも全員が興奮状態だ。


 こういった人間同士の激しい殴り合いの場面に行き遭ったことのない水無瀬は、どう対応していいのかわからなくなってしまっていた。


「暴力はダメだよっ……!」


 そんな正しさにはなんの力もない。


「――ぶげぇっ……!」

「サトルくん……っ⁉」


 そうしている間にスカルズの男に殴られたサトルくんが水無瀬の前に倒れ込む。

 慌てて手を伸ばそうとするが、その前に彼はガバッと身体を起こした。


 サトルくんは懐から取り出したチャリチェーンを振り回し、今しがた自分を殴った男の顔面に叩きつける。


「――ぃぎゃあぁぁぁっ⁉ いでぇぇっ……!」

「ギャハハハッ! スカルズがナンボのモンじゃあぁっ……!」


 サトルくんは水無瀬には目もくれず、チャリチェーンをヒュンヒュンさせてスカルズたちを威嚇した。


 彼だけでなく他の仲間たちも其処彼処で戦っている。

 3人はスカルズたちを水無瀬に近づけないような位置取りで拳を振るっており、少し離れた場所ではモっちゃんも暴れていた。

 彼と争っているのはリクオである。


「――テメェッ! 雑魚がチョーシこきやがって……!」

「ルッセェんじゃダボがっ! スカルズのダサ坊がよぉっ! 述べてねェでかかってこいやぁっ!」


 モっちゃんの近くには彼が倒したスカルズの者が数名転がっており、今は怒り狂ったリクオと殴り合っている。


「みんな……、どうして……」


 昼休みに優しくしてくれたモっちゃんと、さっきまで親切にしてくれていたリクオ。

 どちらとも友達になれたと思ったのに、何故その二人がケンカをしなければならないのか。


 不良たちの生業や文化になど全く知識のない水無瀬にはその理由が想像できない。

 友達の友達だから友達になれるはずなのに。


 自分が信じていることと、目の前の現実との乖離に戸惑う彼女の疑問の声は、誰の耳にも止まらずに喧噪の中に消えていった。




「ジュンペーはいかないの?」


 その喧噪からほんの少し離れた場所。


 他人事のように乱闘を眺めるヤマトが気怠そうに隣のジュンペーに話しかけた。


「ん? あー……、別にオレが行くまでもなくね?」


 ジュンペーも乱闘を眺めたままで気のない返事をする。


「そうか? 何人かノされてるけど?」

「まぁ、数はいるしどうにかなんだろ」

「ホントに? 実はああいう暑苦しいのキライじゃないでしょ?」

「……ジョーダンじゃねェよ」


 少し眉を寄せて不快さを露わにしたジュンペーにヤマトは意地の悪い笑みを浮かべた。


「行けって命令したらどうする?」

「行かなきゃならなくなるから命令すんな」


 おちょくるような口調にジュンペーの語気も思わず荒くなる。

 だがそれを意に介さずに、ヤマトは却って面白そうにニヤリと笑う。


「行けよ」

「……クソガキが」


 ジュンペーはベッと唾を吐き、しかし素直にその命令に従う。

 腰のベルトから提げたオープンフィンガーグローブを装着しながら乱闘の中心へと近づいて行った。



「――ヘッ……! オレらも結構やれんじゃあねぇか……ッ!」


 息を荒げながら声を張り上げるモっちゃんの前では、リクオが膝をつき悔しげに唸る。


「こ、こんな“ダイコー”のカスに……! クソッ……!」

「どけ――」

「――えっ?」


 負け惜しみを言うリクオを追い越していく者があった。

 ジュンペーだ。


 気負いのない足取りで真っ直ぐ進み、馬鹿笑いをあげるモっちゃんの前で立ち止まる。


「おい――」

「――あ?」


 呼び声に顔を向けると同時、コンパクトに振られた右のボディブロウがモっちゃんの腹に突き刺さった。


「――ぅごっ……⁉」


 腹を押さえモっちゃんは一撃で膝をつかされる。


「モっちゃん……⁉」


 仲間たちが心配そうに目線を向けるが彼らも交戦中のため、救援には向かえない。


 モっちゃんはすぐに身を起こすが膝が抜けまた崩れ落ちる。

 足が痙攣を起こしていた。


 これまで戦ってきたスカルズたちとは一撃の質も重みも違う。

 たったの一撃で足にキてしまった。


 それでも何とか立ち上がろうとする彼をジュンペーは冷たく見下ろす。


「今どきのストリートは気合いだけじゃどうにもなんねェよ。せめてなんか習ってこい、素人が――」


 紐を引っ張ってグローブを締め、グッと握った拳を振り下ろした。







「――なに? 攫えだと?」

「は、はい。ヤマトくんが……」


 はなまる通りから裏通りに繋がる狭い路地。


 グローブについた血をジーンズで拭う三嶽みたけに、“RAIZINライジン”の構成員の男が緊張気味に報告をしていた。


「……表はもう終わったのか?」

「はい、あらかたは」


 ヤマトからの言伝について少し考え、三嶽は口を開く。


「“カゲコー”の悪そうなヤツだけ何人か見繕って連れて行け。他は帰せ。わかってると思うが一般人には手を出すなよ」

「それはわかってますけど……、でもいいんですか? “カゲニシ”のヤツとか結構いましたけど……」


 疑問を浮かべる配下の男に三嶽がジロリと目を向けると男はわかりやすく萎縮する。

 威圧をするつもりはなかったので三嶽は内心でバツが悪そうにしながら彼から目線を外して答えた。


「……今の“スカルズうち”の内情では多方面と同時に戦争は出来ない。叶谷かのうやが佐城に負けたせいで“龍頭ドラゴンヘッド”はガタついている。自由に動けるのはオレたち“RAIZINライジン”だけだ」

「そうッスね」

「だが、オレたちは数は多くない。全てを相手には出来ん。やるなら一つずつだ」

「……飽津あくつさんの代になって“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”は確かにデカくなったけど、でも“RAIZINオレら”最近他人の理由で喧嘩してばっかッスよね……」

「…………」


 口惜しさを滲ませながら心中を吐露する部下の言葉を三嶽は黙って聞く。


「……“龍頭ドラゴンヘッド”は腑抜けちまったし、それにあんなシャバい中坊が“皇帝エンペラー”……? オレ、やっぱナットクできねェッスよ……! オレら“RAIZINライジン”が都合よく壁や鉄砲玉にされてるみてェで……っ!」

「オマエらには悪いな。苦労をかける」

「い、いや……、ミタケさんに文句があるわけじゃ……っ! なんか、すんません……」

「いずれどうにかするつもりだ。もう少し耐えてくれ」

「そんな……、どうなったとしても、オレらミタケさんに着いてくつもりッスから……!」

「そうか……。もう行け」

「はいっ!」


 指示を出すと部下は駆け足で立ち去る。

 三嶽はしばし瞑目し、それから彼もこの場を立ち去ろうとした。


「――待て」


 それを止める声が上がった。


「ほう、もう動けるのか」


 感心したような声とともに三嶽が目を向けたのは高杉だ。


 あの後、マウントをとられた状態でしこたまパウンドを打ち込まれた高杉の顔面は腫れあがり、満身創痍の体だ。


「……俺との時間の最中で他の男に会いに行こうだなどと、妬けるではないか……。嫌いではないぞ?」

「道場上がりにしては打たれ慣れているようだな」

「うちは顔面アリだったからな。そっちの男よりも俺の方がタフだぞ?」

「確かに頑丈だな」

「もう少し付き合っていけ。すぐに俺に夢中にさせてやる」

「もうやめておけ。実力の差は知っただろう」


 聞きようによってはストイックさとタフさを感じさせる高杉の言葉だが、彼の性癖を知っているといないではそれに受ける印象は全く異なってくる。

 そのことを知らない三嶽は、ニチャァと粘着いた笑みを見せる高杉に、ただ静かに言葉を返す。


「オマエらは不良ではないだろう。こちらに首を突っ込んだ授業料として少し痛い目に遭わせてやっただけのつもりだった。だが本格的にやるというのならハンパでは済まないぞ」

「気遣いも手加減も無粋。一度闘争の火蓋を切ったのならば、あとは鍛練の成果をぶつけ合うのみ。男同士の肉体と肉体。それ以外に他に何が要る?」

「それは道場かリングの中だけにしておけ。確かに真剣に鍛えているようだが、ここは“ルール無用ストリート”だ。流儀が違う」

「それを学びに来たというのだっ!」


 気合いを吐くとともに高杉は立ち上がる。

 対する三嶽も腕組みを解いた。


「そうか。ならば追加の授業料を払ってもらおう。その身体でな」

「望むところだっ!」


 戦意を滾らせ高杉は突っ込む。

 三嶽は細かくステップを踏み、高杉を牽制しながら間合いを調整した。


 挑んだものの高杉からは仕掛けない。

 先程三嶽に言われたとおり、実力に開きがある。

 うかつに殴りかかってはカウンターの餌食だ。


 ここに至って、高杉に打てる手は一つしかなかった。



 仕切り直す前と同様、守りを固める高杉のガードの上から三嶽がジャブで突っつき機を窺う。

 同じ展開ではあるが、高杉はダメージによる影響でガードが追いつかない。

 何発に一回か、ガードをすり抜けて顔面を打たれる。


 三嶽は侮りはせず、感心をする。


「それでもまだ倒れんのか」

「その為に鍛えたのだ」

「そうか……、ならば少し本気で征くぞ――ッ!」


 三嶽は一段ギアを上げた。


 だが、距離を縮めることはせず、間合いをギリギリ保ったままで手数を増やした。


 ガードが十全に機能しない高杉は堪らずに反撃の正拳を繰り出す。

 それに合わせて三嶽はタックルを狙う。

 高杉は前蹴りで牽制しタックルを阻害した。


 また距離を戻した三嶽が頭を振ってパンチを誘う。

 ジリ貧の高杉はあえて誘いにのり、また右の拳を打ちだす。

 その正拳を躱しながら再度三嶽が突っ込んでくる。

 高杉も先と同様にタックルを嫌って前蹴りを出す。


 すると、三嶽が急ブレーキをかけて止まった。


「――なにっ⁉」


 フェイントにかかった高杉の前蹴りは止まらない。

 焦って足を引き戻そうとすると姿勢を崩してしまった。


 今度こそ三嶽が突っ込んでくる。

 高杉は苦し紛れにその顔面を狙って左拳を打ちだした。


 三嶽は上体を逸らしながら高杉の左腕をとった。

 そして同時に自らの両足を跳ね上げて地面から身体を離す。


 腕を取りながら空中で足を高杉の身体に絡めて地面に引き摺り倒そうとする。


 この動作には高杉も見識があった。


(飛びつき腕十字――)


 このまま背中を地につけられてしまえば、そのまま腕ひしぎ十字固めに移行する。

 寝技グランドの関節技や締め技への対処に精通していない高杉では抜けることは出来ずにあっさりと腕を折られてしまうだろう。


 一瞬の判断の最中――三嶽と目が合う。


「これで終わりだ――」


 何度も熟した動作。

 三嶽は勝利を確信していた。


 だが――


「――っ⁉」


 窮地の中で見返す高杉の目にゾワっと悪寒を感じた。


 高杉は下に引かれる左腕の力を抜き、抵抗を止めた。

 代わりに自由な右腕を大きく振り上げる。


「――腕の一本程度、くれてやる……っ!」


 倒されながら強引に上体を動かし、数十枚の瓦を割る自慢の手刀で相打ちを狙いにいった。


 もとより相打ちでしか有効打はとれないと考えていた。

 カウンターの打撃を受けては一撃で意識を刈り取られてしまう可能性がある。

 しかし、関節技ならば骨は折れても意識を失うことはない。

 彼にとってはむしろ好都合だった。


「なにっ――」

「――チェストォォーーーッ!」


 姿勢が悪いのでベストパフォーマンスではない。

 しかし確実にダメージを与えられる。


 裂帛の気合いとともに放たれた手刀が三嶽の首を打った。


 その瞬間――


――ガインッと金属を打ったような音が鳴り――


「――グァッ……⁉」


 想定していなかった痛みが手刀を打った右手に走り、高杉は手を引いてしまう。


「チィ――」


 そのまま高杉の上体が背中から落ちていく最中、三嶽は不機嫌に舌を打つと姿勢を変える。


 高杉の腹と首を押していた両足を彼の首に巻き付けながら、自らの首を地につけ身体を支え三角締めに移行した。


「グッ――」


 高杉は反射的に右拳を三嶽の顔に打ち下ろすがうまく威力が伝わらず、逆に右手に激しい痛みが走る。

 手刀を当てた右手が折れていた。


 その後はもう攻防はなかった。


 ほんのわずかな時間で高杉は白目を剥き締め落とされてしまう。


 三嶽は緩慢な仕草で立ち上がり、動かなくなった高杉を見下ろした。


 その表情には勝利を喜ぶような色はない。



「――ズルイね」


 不服そうな顔で立ち尽くしていた三嶽は不意に聴こえたその声にギロリと目を向けた。


 そこに居るのは法廷院 擁護だ。


 強面の三嶽に睨まれても一切怯まず、彼は飄々と厭らしい笑みを浮かべた。


「――おっと、間違えた。『ズルイ』じゃあない。『ヒドイ』だった。言い間違えてしまったよぉ。でもよくあることだよねぇ」

「…………」

「そんな恐い目で睨まないでくれよぉ。キミは快くボクを許すべきだ。だってそうだろぉ? 言い間違いなんて誰にでもあるんだから。それともなにかい?」


 凄絶な目を向ける三嶽に法廷院も眼光をギラつかせる。


「『ズルイ』って。なにか身に覚えでもあるのかなぁ?」

「貴様……」


 守る者の居なくなった痩せぎすの王は自らの足で立ち、三嶽と対峙した。

 三嶽の眼光を受け流し、厭味たらしい口調でやり直すように喋り出す。


「――『ヒドイ』ねぇ、なんてこった! まさか二週も続けて大事な友人が気絶するシーンを目の当たりにするなんて……!」

「……それが嫌ならばこんな所に来なければいい」


 ようやく三嶽も言葉を返す。


「アーハァ? こいつはまるで誰かさんのような言い回しだねぇ。キミも弱い奴は戦ってはいけないとでも言うのかい? 『強者』だけに許された『権利』だとでも? そんなの『不平等』じゃあないかぁ。『ズルイ』ぜぇ?」


 煽るような口調の法廷院に苛だちを覚え始める。


「戦うのは自由だ。だが自分を弱いと認めるのならば、それによる敗北も受け入れろ。それが戦いの場での流儀だ。その上で好きにすればいい」

「ハハッ――まさしく『強者』の論理だね。自分が勝てるからそんなことが言えるのさぁ!」


 この街の路地裏を仕切る“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”の幹部で、その中でも武闘派集団として有名な“RAIZINライジン”の頭領ヘッド

 それが三嶽 梁呉ミタケ リョウゴだ。


 本来であれば目の前にいる不良でもなければ強そうでもない、こんな男にこのようなナメた口を利かせるような立場ではない。


 普段から簡単に激昂したりしない性格の三嶽だが、法廷院に好き放題に言わせているのは決して寛容さからだけではなかった。


 彼の持つ異様な雰囲気に不気味さを感じていた。


 それは覚えのある不気味さ。


 今では仲間ということになっているが、外人街から派遣され“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”に加入してきた来栖 大和くるす やまと――彼と似たようで、そしてもっと深い不気味さを法廷院から感じていた。


 戦えばどうせ自分が勝つ。

 こんな痩せた男にわざわざ拳を振るう必要などない。


 それを自身の裡で確認し、三嶽は踵を返した。


「おや? もう帰るのかい?」


 情けをかけてやるというのにまた呼び止められ、三嶽の苛立ちが膨らむ。


「……見逃してやる。失せろ」

「あれぇ? 急に言葉が強くなったねぇ?」

「オマエは戦う者ではない。弱い者虐めは好まん」

「それはボクと一緒だねぇ。ボクたち同志になれるんじゃあないかなぁ」

「ふざけるな」


 言葉を重ねる度に苛立ちが増し、彼を無視できなくなる。


「というか、いいのかい? 攫って来いって命令されたんじゃあないのかなぁ?」

「オマエら“ダイコー”と構えるのは今ではない」

「へぇ」


 不意に垣間見えた己の矮小さから目を逸らすように三嶽は息を吐き、倒れている高杉の方を見た。


「そいつの名は?」

「彼は高杉君だよぉ。高杉 源正君だぁ」

「憶えておこう。オレは“RAIZINライジン”の三嶽 梁呉ミタケ リョウゴだ。再戦はいつでも受ける。その気があるなら“South-8”というライブハウスに来れば会えると伝えろ」


 返事は待たずに背を向ける。


 だが――


「――それってもしかして罪滅ぼしのつもりかい?」


 またも無視できない言葉に足を止められた。


「……なんだと?」


 怒りの滲んだ三嶽の視線に法廷院は嬉しそうにニヤリと哂った。

 そしてその問いには答えない。


「フフフ、それじゃあ貰ってばかりじゃあ悪いからね。ここはボクも一つ施しをしようじゃあないかぁ」

「…………」

「それに。ボクはキミの名前を知っているのに、キミはボクの名前を知らない。そんなのは『対等』とは言えないしねぇ。だってそうだろぉ?」

「対等、だと……?」


 自分より遥かに弱いはずの男に重圧を受ける。

 意味の分からないことばかりを喋る。その異様さを以て確かにこの場の雰囲気を彼が支配していた。


「ボクの名前は法廷院 擁護ほうていいん まもるだよぉ。擁護と書いて『まもる』だぁ。擁も護も、どちらも『まもる』って読めるんだぜぇ? これは味方だけじゃなくて敵も守ってあげられるために、二つも『まもる』があるのさぁ」

「……何が言いたい?」


 法廷院は頬を吊り上げる。


「キミのことも守ってあげると言ったのさ」

「守る……だと……?」

「そうだよぉ、ミタケくん。弱いか弱い三嶽 梁呉クゥン。ボクはね。キミの弱さを守って差し上げる。そのためにここに来たんだぁ」

「オレが弱いと……、そう言ったのか……⁉」

「そうだよぉ! ボクたちは『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』! 弱者の味方。だからキミの味方なのさぁ!」


 バッと両腕を拡げて名乗る法廷院に、思わず三嶽は拳を握って前に出ようとする。

 しかし、タッタッタッという足音ともにこの場に闖入者が現れたことで踏みとどまることになった。


「――ミタケさんっ! 大変です……っ!」


 三嶽は拳を緩め、自分を呼んだ者を見た。


「どうした」

「ジュンペー君から電話があって……! “Soouth-8”が……、壊滅したって……っ!」

「なんだと⁉」


 その報告に三嶽の目は見開かれた。


「そんで、ヤマトくんからの指示で、さっきの拉致は中止しろって……。すぐに襲ってきたヤツを見つけて捕まえろって……!」

「相手は何人だ?」

「一人らしいです! “ダイコー”の制服着てたって……!」

「バカな……」


 驚きを浮かべながら目線を動かす。


 その先には美景台学園の制服を着た者がいる。


「ちなみにボクはなんにも知らないよぉ? そっちはボクらとは無関係だし、ボクの仲間に『強い』人はいないからねぇ。だってそうだろぉ? ボクたちは『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』だからさ。憶えといてくれよぉ?」


 ニヤニヤしながら話す法廷院の言葉は全く信のおけるものではなかったが、三嶽は彼から目線を切り路地の出口を向く。


「――行くぞ」

「ボクは美景台学園の三年だ。キミがもしも自分の弱さと向き合う気になったのなら、その時はボクのところに来るといいよぉ。大歓迎さぁ。キミの弱さの『殻』を取り払ってあげよう」

「…………」


 またも背中にかけられた無視できない言葉に思考を割かれる。

 適当なことを言っているようにしか思えないが、何故かその言葉に意味を感じてしまう。


「テメェ……! 誰に口きいて――」

「――いい。放っておけ。急ぐぞ」


 自分のチームの頭に無礼な物言いをする法廷院に怒りを露わにする部下を窘め、今度こそ三嶽は『それ』を無視して路地から出ていった。


 法廷院はどこか慈しむような目で、その背中を見送った。



「――だい、ひょう……っ」

「おや?」


 暫しそのまま立っていると声をかけられる。


「もう目覚めたのかい? よかったよぉ」

「……手加減されました。面目ない」

「いいや、高杉君。とてもよくやってくれたよぉ」


 法廷院は高杉に手を貸し、彼を座らせてやる。


「……弥堂でしょうか?」

「多分そうだろうね」


 途中から聞いていたのか、高杉の問いに答える。


「一体何が起こっているんです?」

「さぁ、それはわからないなぁ。狂犬クンにさっきの水無瀬さん。それに“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”だっけ? これらを今日一つに混ぜて、一体なんのつもりなんだろうねぇ」

「あの水無瀬という少女は誰なんです?」

「あぁ、あの子はね――」


 高杉の疑問に答えようとすると、スマホの通知音が鳴る。


「ちょっと失礼……」


 断りを入れてから着信したメールを開く。

 それは捨てアドから送信されたもので、その中身は――


『撤退しろ』


 その短文に目を細めながら法廷院はチラリと路地の上を見遣る。


 そこには1機のドローンが浮かび、自分たちを見下ろしていた。


 法廷院は目線を戻し「フンッ」とつまらなそうに鼻を鳴らした。


「――まったく。信用がないねぇ」

「どうします? 弥堂に加勢しに行きますか?」

「いや。帰るよ。大人しく指示に従うことにするさ。今はね」

「……わかりました」


 よろめく高杉を補助しながら法廷院は仲間とともにこの場を離れていく。


 戦場から役者が一人、退場する。


 その役目を終えて。
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