俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章55 密み集う戦火の種 ⑭

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 はなまる通り。


 美景台学園の制服を着た4名の男子生徒が新美景駅方面へ歩いている。


「――モっちゃん」

「あぁ」


 彼らのような不良にしては珍しく道の真ん中で広がるようにして歩くのではなく、目立たぬように端を歩きながら周囲を窺っている。


「……なんか今日悪そうなヤツが多くねェか?」

「あんま見んなよ。カラまれたらダリィからよ」


 モっちゃんは仲間たちに注意を与えてから、目を細めて考えを巡らせる。


「……弥堂くんの言ったとおりだってことか」

「“カゲコー”のガクランだけじゃなくって、中坊どもまで出てきてんな」
「コイツらなにしてやがんだ?」
「お、モっちゃん。あそこの鼻タレ今オレらにガン飛ばしやがったぜ」

「やめろ。コイツらも別に何してるってわけでもねェんだろ」


 そう言ってモっちゃんは他校の生徒たちから仲間たちの方へ目線を向ける。


「なんとなく“そういう空気”を感じとって街に出てきたんだろ。なんかキッカケでもあればいっちょ喧嘩でもすっかってよ」

「どいつもこいつも上等ってことかよ。でも、その割には大人しくねェか?」

「そうだな。それは――」


 モっちゃんの言うとおり、現在この一帯に屯っている各校の不良たちは特に理由もなく刺激を求めてここに来ている。

 その中でも異色を放つ者はあった。

 それは――


「――下向け。目ェ合わすなよ」


 前から歩いてくる三人組。

 着ているTシャツ、アウターなどいずれかに赤い髑髏のプリント、もしくは身体にタトゥーが入っている。

 彼らの注意を引かないように擦れ違う。


「……モっちゃん、アイツら」

「あぁ、スカルズだ」


 今の3人組だけではなく“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”のメンバーと思われる複数人でのチームが、周辺をまるで哨戒でもするように巡回している。

 ここらに屯している制服の不良たちが大人しくしているのは、間違いなくこのスカルズの存在が影響していた。


「コイツらいつもはこんなに表に出てこねェはずだ。こりゃあ、なんかあるぜ……」

「だ、大丈夫かな……? オレら」
「ちょっとヤバくねェか……?」
「お、おぉ、流石にスカルズとモメるのは……」


 不安を吐露する仲間たちの言葉に、モっちゃんは足を止めて目立たぬ場所に彼らを集める。


「確かにチームとモメるのはヤベェ。なんせオレら“ダイコー”はヨソと違って纏まってねェからな……」


 他校からしても公然の事実ではあるが、声を潜めた。


「ウチのガッコは内部で二分してる。言うまでもねェが『佐城派』と『山南派』だ」


 事実確認に仲間たちは頷く。


「山南さんトコは気合入ってるヤツばっかだが兵隊の数がそんなに多くねェ……」
「多数派ってことなら『佐城派』が優勢だ……」
「おまけに山南さんトコは皐月組繋がりで、佐城んトコは……」

「そうだ。スカルズと組んでる。もしもウチのガッコとスカルズがモメたら、校内では佐城派 VS 山南派。街ではスカルズ VS 皐月組。そういう絵になる」

「モっちゃん、オレらはどっちにつくんだ?」

「オレらはどっちの派閥でもねェが、もしそうなったらオレァ山南さんに加勢するぜ」

「で、でもよ……」

「だな。オレらはガッコん中じゃ佐城派に、ガッコの外じゃスカルズに狙われることになる」

「…………」


 簡単に予測できるその未来に彼らは顔色を悪くした。

 モっちゃんは彼らの様子を見て、殊更に軽く言う。


「ま、だからビトーくんもモメんなって言ったんだろ」

「あ、そ、そうか……!」
「なるべく手ェ出すなってビトーくん言ってたもんな!」
「オレら張り込みだけでいいんだっけか?」


 少し調子を取り戻した仲間たちにニッと歯列を見せて笑いかける。


「そういうこった。店の外から見てるだけならカラまれねェって言ってただろ? まぁ、気楽に行こうや」

「へへっ、ジョォトーだぜ……!」
「ビトーくんにギリ果たさねェとな……!」
「やんねーとまた殴られっしな!」


 彼らなりにブリーフィングを終わらせ歩き出す。


「でもよ、モっちゃん。オレらんガッコこのままじゃスカルズにいつか……」

「わぁーってるよサトル。オレら“ダイコー”も一つに纏まんねェとな……!」

「モっちゃん! それじゃ……⁉」

「あぁ、このオレが“ダイコー”をシメてよ、テッペンとってやんぜ……!」

「スゲェー! モっちゃんスゲェーッ!」

「オマエらもしっかり着いてこいよ?」


 彼らは団結を確認する言葉を言い合いながら路地裏へ入っていった。








『――こんにちは。ボクはワイズなのだ』


 耳に填めたイヤホンから聴こえてくる声に弥堂は不審そうに眉を寄せる。


 機械による合成音声。それは女性の声のようにも、幼い少年の声のようにも聴こえる。

 声のイントネーションが一部カタコトのように聴こえ、どこか違和感を覚えた。


「……お前は誰だ?」


 警戒心を含ませたその声を耳に填めたイヤホンに内臓されたマイクが拾って相手に伝える。


『こんにちは。ボクはワイズなのだ』

「…………」


 弥堂の問いには先程と全く同じ言葉が同じ調子で返ってきた。


『この音声はテキスト読み上げソフトウェアを利用し、音声合成AIが発声していますのだ』

「殺すぞ」


 何を言っているのかわからなかったので、弥堂はとりあえず殺意を仄めかせて威嚇した。


『昨夜は敵襲に遭ってからの通信が困難となりましたので、本日の作戦の性質上戦闘状態が発生することを想定してご用意しましたのだ。電話だと思って話しかけて下さって結構ですのだ』

「……いいだろう」


 ふざけたような語尾が若干気になるものの、確かに効率的ではあると受け入れることにした。


『通信網構築完了なのだ。ドローン全機作戦領域展開済みなのだ』

「全機……? 3機全てという意味か?」

『左後方をご覧くださいなのだ』


 音声に促され弥堂はそちらへ眼を遣る。


 すると、いつの間にか音もなく監視用ドローンが1機滞空していた。


『ポイント・アルファに1号機固定完了。2号機で作戦領域巡回中。他に異常報告のあった場所にこの3号機を向かわせますのだ』

「…………」

『“M.N.S”システム起動。サーバー安定。通信状態、良好クリアホワイト・1~4間もなくポイント・アルファに到着予定』

「…………」

『以降アナタのコードネームを“MAD DOG”――MDと呼称しますのだ。オペレーターY's good to go なのだ。MDの作戦領域への侵入をもって本作戦開始とします。よろしいのだ?』

「……いいだろう」

『了解なのだ』


 正直何を言っているのかわからなかったが、それを聞くとナメられる気がするので弥堂は適当に許可を出した。


「ところで、ドローンは複数機は同時に動かせないと言ってなかったか?」


 そしてマウントをとるために相手の粗を探した。


『昨夜のオペレーションを鑑みて増やしたのだ』

「…………」


 弥堂は眼を細める。

 一晩でどうにか出来る問題なら、それは大したことがない問題だということだ。

 やはり技術者の言う『無理』はサボるための嘘なのだなと感じたが、如何せん門外漢の弥堂には判別が難しい。

 なので他のことで詰ることにした。


「……そのおかしな喋り方はどうにかならんのか」

『これは仕様なのだ』

「どういう意味だ?」

『しようがないってことなのだ』

「そうか。じゃあ謝れ」

『ごめんなさいなのだ』

「ふん」


 とりあえず謝らせたことで溜飲を下げた弥堂は作戦領域へ向かっていく。

 本日の戦場は新美景駅南口の路地裏一帯、ここらを仕切るギャングチーム――“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”のナワバリだ。






 キャンキャンキャンと悲しげに鳴きながらミニチュアダックスフンドが逃げていく。


 飼い主に縋りつくためにその短い脚を必死に回転させる無様な後ろ姿に、メロはフンっと満足げに鼻を鳴らした。


「――メロちゃぁーん……!」


 そこへメロの飼い主兼パートナーがパタパタとラブリーに駆けてくる。


「ん? どうしたんッスっか? マナ」


 慌てた様子の水無瀬にメロは顔を向けた。


「あのね? メロちゃんの『フシャー』って声が聴こえたからどうしたのかなって思って……」

「お、こいつはどうやら心配をかけちまったみたいッスね」

「なにかあったの?」

「なぁに。大したことじゃないんスけど、ジブンの前で短足ヤロウがションベンしようとしてたから、ちっとビビらせてやったんッスよ」


 ペロペロと舌で濡らした前足を使ってメロはヒゲを整えながら、一仕事終えたとばかりに自身の余裕をアピールした。


「ケンカしちゃったの?」

「いや、すぐに逃げちまったッス。やっぱワン公なんて根性ナシばっかッスね」

「ワンちゃんかわいそう……」


 バリッバリッと植木に爪を立ててナワバリを主張してイキるネコさんに、愛苗ちゃんはふにゃっと眉を下げた。


「それよりマナ。ここの公園にはなにもなさそうッスね」

「……うん。そうだね」


 クンクンと鼻を鳴らすメロに、水無瀬もクンクンと小鼻を動かして答えた。

 二人は同時に足を動かして、公園の出口へと歩き出した。


 二人連れだって公園を出て少し歩き、国道へと出た。


 メロがクンクンと鼻を鳴らす。


「今日は何処を探すッスかねぇ……」

「う~ん……」


 水無瀬は答えに悩む様子を一度見せてから口を開く。


「……駅前に行ってみたい」


 その答えにメロはお目めをパチパチさせた。


「駅前には来るなって少年に言われたって言ってなかったッスか?」

「うん……」


 頷いた水無瀬は言葉を探しながら答える。


「あのね? 弥堂くんってヒーローみたいじゃない?」

「…………なんて?」


 信じ難い言葉を聞いた気がしたメロは思わず前足を止めて水無瀬を見上げる。


「マナ……? 今なんて言ったッスか?」

「あのね? 弥堂くんってヒーローじゃない?」

「……どこが?」


 一回目と比べて断言口調になったことに恐怖を感じたが、純粋な愛苗ちゃんの言うことを頭ごなしに否定しては可哀想なので、とりあえずメロはきちんとお話を聞いてあげることにした。


「えっとね……、最近ゴミクズーさんと戦ってると弥堂くんが手伝ってくれるじゃない?」

「そうだったっスか……? ジブンはそうじゃなかったような……」


 自身の認識と大きな乖離があったのでメロは首を傾げてしまう。


「うんっ、そうなのっ。私もね? 最初は巻き込んじゃってタイヘンだぁって思ってたんだけど……」

「マジで大変だったッスよね、頭おかしすぎて」

「私ね、弥堂くんは巻き込まれちゃったんじゃなくって、自分で戦ってるのかもって思ったの!」

「うん……?」


 あまりいい感触を与えられていないパートナーへ水無瀬は一生懸命“ごせつめい”する。


「もしかしたらなんだけど、弥堂くんは風紀委員だから街と学園を守ってるのかもって思ったの!」

「ジブン、ネコさんだからよくわかんねぇッスけど、風紀委員ってそういうもんじゃないと思うんッスよ」

「でもでもっ、昨夜だって……」

「あぁ……、夜中に学園でゴミクズーと戦ってたって言ってたっスね……」


 なんて怪しいヤツなんだろうとメロは不信感を膨らませるが、水無瀬は言いたいことが伝わったとお顔をパァっと輝かせた。


「そうなのっ。きっと一人で学園を守ってたんだよ!」

「えぇ……?」

「なんかね、私ね。前にメロちゃんと一緒に読んだ絵本を思い出しちゃって……」

「絵本……? 病院の時のッスか? 英雄だか勇者だかって……」

「うんっ! 一人でドラゴンさんに立ち向かって、誰にも知られずに世界を救った英雄さんのお話の!」

「マナはあの頃プリメロとその絵本にハマってたッスね。懐かしいッス」

「えへへ」


 嬉しそうに笑う彼女の顔を見ながらメロは尻尾をゆらーんピタン、ゆらーんピタンっと左右に振る。


「なんかね、弥堂くんってその英雄さんみたいだなって思ったの!」

「う~ん……、ジブン的には、アイツはヒーローにシバかれる側にしか……」

「そんなことないよ!」

「というか、それでなんで駅前に行くってなるんッスか?」

「あ、そうだった」


 話が逸れていたことに気付き愛苗ちゃんはハッとする。


「あのね? 弥堂くんは危ないから来ちゃダメって言ったじゃない?」

「ジブン直接聞いたわけじゃねーッスけど、絶対『邪魔だから来るな』とか言ったと思うッス」

「うん。私のことを心配してくれたんだと思うの」

「このポジ具合がカワイイんッスけど……、うぬぬ……」


 何とも複雑そうな顔のメロを尻目に水無瀬は話を続けた。


「それでね? 弥堂くんが危ないって言うってことは、多分今日はそこで戦うんだと思うの!」

「……その結論だけは的を射ていると思ってしまったッス」

「だよね! だから私も助けに行かなきゃって思ったの!」

「…………」


 メロは答えに迷う。

 その間に水無瀬は鼻をクンクンと動かしてから先に口を開いた。


「……この辺りはニオイがしないし、だから一度駅前の様子を見に行きたいの」

「……アイツがゴミクズーを先に見つけてるかもって?」

「昨夜もそうだし、前にもそういうことあったし。私は魔法少女だから……!」


 拙い言葉だが、彼女の真剣さはメロにはよくわかっている。


 ゆらーんピタン、ゆらーんピタンっと尻尾が振れる。


「……いいんじゃないッスか?」

「ホント……⁉」

「ま、ジブンにも当てはないッスしね。一回様子見てみてそれからまたどうするか決めようッス」

「ありがとうメロちゃん!」


 目的地は決まったと、二人はまた歩き出す。


「弥堂くんいるかなぁ……? またおケガしてないかなぁ……?」


 ウキウキソワソワと、コインの表裏を連続で捲り返すように期待と不安を入れ替える水無瀬の後ろ姿を眺めながらメロは着いていく。



 明確な意図を持つ者たち、引き寄せられるように来る者たち。


 戦場へと集まっていく。
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