俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章55 密み集う戦火の種 ⑪

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「手を引け、狂犬」


 単刀直入にアニキは切り出す。


「断る」


 惚けるかどうか、少しだけ考えて弥堂も結局ストレートに意思表示をした。

 アニキは目を細める。


「ええか? 葉っぱ吸ってるくらいなら見逃したる。だがのう、モノがシャブやらになってくると話は変わる。ガキの遊びじゃあ済ませねえ」

「それなら問題ないな。俺の目的はシャブじゃない」

「アホンダラァ、ワシらがなんも知らんとでも思っとんのか? ありゃあシャブよりヤバイ。オドレの出る幕ちゃうわ」

「それを決めるのはお前ではない」

「アホ抜かせ。これはワシらの喧嘩じゃ」

「ナワバリ争いは勝手にやっていろ。俺はそれの邪魔をしないし、こっちはこっちで勝手にやる」

「カァーっ! 聞かねえガキじゃのう。もうええ。オマエちょおそこ座れ」


 ガリガリと頭を掻きながらアニキは神父の横にドカッと尻を落とす。


「…………」


 弥堂もその向かいにドカッと座った。

 他の者たちもそれに続いて地べたに座り込み始める。


「クララちゃぁーん、こいつらに使わすコップか湯飲み持ってきてくんない?」

「…………」


 シスタークララは無言でパオロ神父の言葉に従う。

 神聖なる教会の聖堂で無法者たちが床に尻をつけ車座になり、麻薬がどうしたと話しながら酒盛りをする現実を受け止め切れず、反論する気力が湧かなかったのだ。


 そんな彼女の心境には気付かず、アニキは一際深くタバコを吸いこみぷふーっと重く煙を吐き出す。


「ウチのオヤジ……、つまり皐月組の組長だな、まぁオヤジはヤクのシノギを嫌ってる……」

「だが――」

「――まぁ、待てって。とりあえず聞けや」


 反論しようとする弥堂へ掌を向けてアニキは制止する。

 そして思い出話をするように語り出した。


「……言いたいことはわかる。ウチがこの街仕切ってた時もヤクは売ってた。シャブも葉っぱも何でもござれだ。所詮はしがない三次団体。ウエに捌けと言われりゃあイヤとは言えねえよ……」

「…………」

「それでもある程度コントロールは出来た。市場に流す量。なるべくカタギにはいかねえようにワシらみてぇなクズどもの間で回してた。それが正しいと言ってるわけじゃあねえ。わかんだろ?」

「……そうだな」


 弥堂にしては珍しく何の含みもなく同意した。


「単純なナワバリ争いってだけじゃあねえんだよ。ワシらぁこれまで何十年もここで地廻りしてきた。そんでカタギさんたちから“みかじめ”を頂いてきたんじゃ。外人どもにシマの大半を奪われたからっつって『ほな、さいなら』とはいかねえんじゃ……! それが仁義ってもんじゃろうが……っ!」

「ケジメをとりたいなら売人を浚ってきてやる」

「しゃらくせぇこと抜かすなやダボが……! そんなもん全員残らずブン殴ってヤクごとこの街から叩きだすに決まっとんじゃろうがいっ!」

「やめとけよ。惣十郎が泣くぞ」


 溜め息を吐いて聞き流す。


「ったく若もよぉ。なんだってこんな狂犬ヤロウをパシリにしてんだ。ワシに言ってくれりゃあ喜んでカチコミに行くってぇのによぉ」

「だからだろ」

「けぇっ、冷てぇのう。若の赤ん坊の時から面倒みてきたってぇのによぉ」

「そういうこと言うからウザがられるんじゃないのか」

「ヘヘッ、当時はワシも下積み時代でよぉ。若のオシメ替えてやってたんじゃ。知ってっか? 若のチ〇ポの皮剥いてやったんはワシなんじゃ、ガハハッ!」

「そういうことすっから嫌われんだよ」


 どうしようもない大人に呆れるがアニキは悪びれもしない。


「何を言うとんのや。ワシが若に嫌われてるわけがない。今はちょっと反抗期なだけじゃ。なんせ、ワシは若の筆おろしの世話までしてやったんじゃからのう。つーのもオメェよぅ――っとと……、おいヤスぅ、ちっとザラくれや」

「フェイ! ファニフィ!」


 アニキの要請に威勢のいい返事をし、ヤスちゃんが懐から携帯灰皿を取り出そうとするが、それよりも早くシスターがパタパタと駆けてくる。


「はい、これ灰皿にしてください」

「ン? おぉ、悪いのうネエちゃん。ついでにちっと横座って酌してくれや」

「それはお断りします! では、湯飲みとグラスが混ざってますがここに置いておきますので、みなさんご自分で注いでくださいね!」

「なんじゃい、ツレないのう」

「ヘヘヘ、んじゃオレが酌してやるよ辰のアニキ。正直もう待ちきれねえぜ」

「おぉ、悪いのう」


 中年男たちがホクホク顔で酒を注ぎあっているのを胡乱な眼で見ていると、リュージが顔を寄せてきて声を潜める。


「よぅ、狂犬のぅ」

「なんだよ。近ぇよ」

「若は学校でその、なんだ……。楽しくやってんのか?」

「あ? なんだそりゃ?」


 急に久しぶりに会話をした寡黙な父のようなことを言い出したスカジャン・リーゼントのチンピラに弥堂は眉を顰める。


「だからよ、ほら、わかんだろ?」

「わかんねえよ」

「なんつーか、女子高生の彼女とか友達とかよ……、どうなんだ?」

「そんなこと俺が知るか」

「ア? オメェ、ダチだろうが」

「ダチじゃねえよ。それにクラスも違うんだ。普段なにしてるかなど知らん」

「そうかよ」

「心配しなくてもやりたい放題やってるぞ」

「いや、そうじゃなくってよ……」

「なんなんだ、さっきから。何が言いたい?」


 奥歯にものが挟まったような物言いの男に事の次第を正すと、リュージはなんとも複雑そうな顔をした。


「……さっきのよ、アニキが言ってた筆おろし。アレよ。相手はアニキの愛人だったんだわ……」

「…………」

「当時は若もまだ中坊だったからよぉ、後で知って大層ショックだったみてぇでな……、それから若の性癖がおかしくなっちまってよ……」

「あいつが“あぁ”なのは辰っさんのせいだったのかよ……」

「アニキの世代とかだと穴兄弟とか大して気にしねえし、気に入ったヤツに自分の女貸すとかもあったからよ。オレの世代でギリだな。でもよ、最近のガキは男でもなにかとナイーブだろ? オレ知ってて言えなかったから罪悪感がよぉ……」

「辰っさんにデリカシーを期待するだけ無駄だろ」


 沈痛そうな面持ちのチンピラに肩を竦めて軽く流す。


「本人も悪気はねえしなぁ……。オレのよ、“暴発リュージ”って名前、これもよ実はアニキ由来なんだわ」

「聞いてねえよ」

「オレん時もよ、筆おろししてやるってんで女紹介してくれたんだよ。でもよ、オレ興奮しすぎて入れる前に出ちまってよ……」

「聞いてねえって言ってんだろ」

「そしたらオメェ、次の日からオレの通り名は“暴発リュージ”よ。しかもその女もアニキの愛人だったしよ。堪んねえよな……」

「それを聞かされる俺が堪らねえよ」


 いい歳をして愚痴を零すナイーブなチンピラをそれ以上は無視した。


「カァーッ! ウメェのう! おし、そんじゃそろそろ聞かせてもらおうかのう。オイ、チャン爺さん」


 上機嫌に喉を鳴らしてアニキはチャンさんに水を向ける。

 しかし、老ホームレスからの返事はない。チャンさんは虚空を見上げてボーっとしていた。

 どうやらシケモクが切れたようだ。


「オイ、ジジイ! 聞いとんのけワレッ!」

「ンア?」

「若から頼まれてるネタあんだろ? ワシにもいっちょ嚙ませろや」

「アー! アー! アー! アルヨ! 3Pアルヨ!」

「3Pちゃうわ! アホなクスリ撒いとるドサンピンどものヤサ教えろっちゅーとんねや!」

「ダイジョブ! ワカッテルヨ! ポッキリ! 3Pモポッキリネ!」

「ちっ、ダメだこりゃ。抜けてやがる。オイ、リュージ! ブツ出せや!」

「ヘイ! アニキ!」


 鬱ってたリュージはアニキの命令に従い包みを抱えて走り出す。

 雑にそれを破ってチャンさんの前に中身をぶちまけた。


「アイヤー! シケモク! ポッキリシケモクヨ! ワタシノモノヨ!」

「おぉ、全部ジイさんのモンじゃ。たんまり吸ったれや」

「ンパッ、ンパッ……! オイシイヨ! シケモク3Pオイシイヨ!」


 ホームレスの老人は2本のシケモクを同時に口に咥えて煙を肺に取り込む。

 ンパ、ンパと口を鳴らす音だけが暫く場に響く。


「オイ、もうええじゃろ。そろそろこっち向けや――」


 業を煮やしたアニキがホームレスの肩に手を伸ばすと、その瞬間老人の姿がヒュンっと消える。


「――あん?」

「カカカ……ッ」


 空ぶった自身の手をアニキが不思議そうに覗き込むと、しゃがれた嗤い声が背後から聴こえる。

 バッと振り返るとアニキの背後にあった聖堂の長椅子の背もたれの上に爪先を置いてしゃがむチャンさんの姿があった。


「年寄りに乱暴をするんじゃあねえよ」

「チッ、相変わらずじゃあねえか。妖怪ジジイめ」

「なんじゃあ? その口の利き方は。オマエも偉くなったもんじゃのう、ええ? タツの坊主よ」

「ワシももうじき40じゃ。坊主はやめてくれやジイさん」

「カカカッ」


 シケモクを吸って正気を取り戻したチャンさんは、鋭さを帯びた眼光を向けて上機嫌に笑った。


「んで、なんじゃって? 情報を寄こせか? オメェさんが来るとは儂は惣十郎の坊やからは聞いてねェぜ?」

「事情が変わったんじゃ。この件はワシがケツを持つ」

「そうかい」

「つーわけで、聞かせてくれや」

「そうじゃのう――」


 チャンさんの頬がニヤリと持ち上がる。


「――断る」

「あぁ?」


 嘲るような笑みを浮かべる老ホームレスに、アニキの瞳孔が収縮し顔だけは無理矢理笑みのカタチを作った。

 場の空気が一瞬で張りつめたものとなった。
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