俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章54 drift to the DEAD BLUE ⑥

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「わたしも真刀錵ちゃんのことで気になってることがあるんです」
「なんだ? さっきの話なら聞いてなかったぞ。ししゃものことを考えていた」

「ししゃもですか? ししゃもがどうかしましたか?」
「うむ。最近知ったのだが、普段私たちが口にしているししゃもは実はししゃもではないそうだ」

「では私たちの知っているししゃもは何なんですか?」
「偽物のししゃもらしい」

「まぁ、それは大変です。許せませんね」
「然り。これが事実なら魚屋のオヤジを叩っ斬ってくれようと考えていたのだ」

「なるほど。ときに真刀錵ちゃん」
「なんだ」

「真刀錵ちゃんは本物のししゃもを食べたことがあるのですか?」
「いや、ないな」

「では偽物のししゃもがししゃもではないことを知らなければずっとししゃもがししゃものままだったということですね?」
「うん? そうだ」

「ここでししゃもの気持ちになってみてください」
「それはどっちのししゃもだ? 本物のししゃもか? それとも偽物のししゃもか?」

「偽物のししゃもです」
「わかった。偽物のししゃもの気持ちになろう」

「ししゃもさんも好きでししゃもの偽物をやっているわけではないと思うんです。人間の都合で勝手にししゃもじゃないのにししゃもとして市場にデビューさせられているんです。違いますか?」
「違うな」

「いいえ。それも違います」
「うん? なにが違うんだ?」

「偽物じゃないということです」
「そうか。わかった」

「ししゃもではないということを知られなかったらししゃもはずっとししゃもでいられたんです。ししゃもを知る人よりも多くの人がししゃもをししゃもだと思っていたら、ししゃもの方がししゃも力高くないですか?」
「ししゃも力とはなんだ?」

「強さです」
「そうか。わかった」

「つまり、ししゃもを偽物にしているのは偽物であることを知ってしまった人たちなんです。誰も偽物だと言わなければずっとししゃもはししゃものままだったんです。勝手にししゃもとして生活をさせられていたのに、ある日突然『お前はししゃもじゃない』と言われたらししゃもは今後どうしたらいいんですか? ずっとししゃもをしてきたのに、ししゃもしか出来ないのに。妻子だっているんです。なのに突然のリストラだなんて、ししゃもの気持ちを考えたらとても残酷だと思いませんか?」
「だが本物のししゃもの気持ちはどうなるんだ? 自分たちの方がししゃもなのに、その立場を蔑ろにされるんだぞ?」

「それは大丈夫です」
「そうなのか?」

「はい。魚ごときの脳みそじゃそんなこと考えられません」
「それもそうか。お前は賢いな」

「はい。わかってくれて嬉しいです」
「要するに魚屋のオヤジは斬らなくていいということだな?」

「ふふ、それはどうでしょう」
「なに?」

「はい」
「うむ」

「…………」
「…………」

「…………」
「……?」

「いいえ」
「――っ⁉」

「はい」
「なるほどな」

「あぁーーーっ! もうっ! やめっ! やめっ! 黙りなさいバカども!」


 怒鳴り疲れて希咲が黙ってしまったので望莱と天津が二人でお喋りをしていた。

 だが二人のコミュニケーションがあまりに異次元だったため、希咲は堪らずに休憩を中断して会話を止めさせた。


「あ、あんたたちさ……、お願いだから少しはマジメに会話してよ……。横で聞いてると頭おかしくなりそう。あんたたちの会話ってたまにすっごい不安になるのよね……」

「よくわからんが悪かったな、七海。お前がそう言うのならそうなのだろう。おいみらい。お前も謝れ」
「ごめんなさい」

「……なんか疲れた。頭痛いし……。もう高校生なんだからちゃんとしてよね……」

「はい」
「うむ」

「…………」
「…………」

「…………」
「……?」

「いいえ」
「――っ⁉」

「はい」
「なるほどな」

「ちがうでしょっ! みらいが真刀錵になんか聞きたいって話だったでしょ!」

「そうでした」
「いつも悪いな、七海」


 ぜぇぜぇと息を荒げる希咲に心配そうな表情でマリア=リィーゼ様が紅茶を差し出してきた。

 それを一口頂いて彼女らの会話を引き続き見守る。


「それで、なんだ? 悪いが蛮の話は聞いていなかった。ししゃ――」

「――ししゃもはもういいっ!」

「む。なんだ七海。お前も知っていたのか? ししゃもの真実を。さすがだな」

「その話はもう終わったでしょ!」

「そうか。ところでお前はししゃもについてどう考えているんだ? お前は賢い。ぜひ意見を参考にしたい」

「美味しくて栄養あるんだから別にいいじゃん!」

「そうか。目から鱗だ。それもそうだな」

「だぁーーっ! みらいっ! 早くっ!」

「はぁーい」


 声を荒げすぎて思わず咽てしまうとマリア=リィーゼ様が優しく背中を擦ってくれる。

 優しくしてもらっておいて大変失礼だったが、彼女に同情をされることで希咲は今の自分がどれほど余裕がないのかを客観視出来てしまい、とても物悲しい気持ちになった。


「本家との話じゃないんですけど、気になったことがありまして」
「なんだ」

「真刀錵ちゃんはご自身のお役目のことをどう思っているんです?」
「役目は役目だが」

「いえ。蛮くんはほら、同性のお友達ですからその延長でってのはわかるんです。でも真刀錵ちゃんは異性なのに兄さんに一生を捧げなきゃですし」
「女であることなど関係ない」

「でもでも。リィゼちゃんみたいなゆるふわ〇んこなら、イケメンの色香に迷って残飯に集る小バエのようにゴミ収集車の中まで追いかけてきて着いてきちゃうのはわかるんです。でも真刀錵ちゃんは常日頃から軟弱な男はNG的なことを言ってるじゃないですか? そして兄さんは基本的に女の言いなりな軟弱野郎じゃないですか? もしかしてお役目だからイヤイヤやってるのかなーって思いまして」
「なんだ。そんなことか」


 ようやく質問の意図を飲み込めたと天津は頷く。


「確かに最初はそうも思っていたな。私が生涯を捧げる者には武と志が不可欠だと」

「ということは、まずは私を倒してみろ的な展開がこの先に待ってるんですね?」

「いや、それはもう終わった」

「え?」


 驚きに丸くなる望莱の目と、当時のことを思い出して細められた天津の怜悧な目が見つめ合う。


「役目を言い渡されてすぐにな、私は見定めてやろうと思ったのだ。そうしたら現れたのは甘ったれでひ弱な子供で、私は酷く失望した記憶がある」

「実際子供でしたし。幼稚園の時の話ですよね?」

「うむ」

「ですがその評価はフェアではありません。兄さんは当時から顔だけはよかったです。近所の奥さま方にも人気のショタボーイでした。そこは加点するべきでは?」

「当時は私も若く、人を見る目に多様性を持てなかった。許せ」

「真刀錵ちゃんもロリでしたしね。それで?」

「私はとりあえず決闘しようと思い聖人を道場へ呼び出した」

「ロリのくせにいっちょまえに決闘ですか」

「若さ故に、な。許せ」


 横で聞いていて「嫌な園児だな」と希咲は思ったが、彼女たちの言葉に細かく指摘をしても仕方がないので胡乱な瞳を向けるだけに留めスルーした。

 ちなみに彼女の決闘癖は今もこれっぽっちも改善されてなどいない。


「早い話がそれで私は負けたのだ。自分よりも強い主君に付き従うのに否やはない」

「それはちょっと意外な話ですね。当時の兄さんには戦闘能力なんてなかったはずです。一方で真刀錵ちゃんは当時から人斬りガチ勢でしたよね」

「そうだな。だが間違いなく尋常な勝負であり、事実として私は敗北を喫した。衝撃を受けたよ」

「それほどに凄い戦いだったんですね。ぜひとも聞かせてください」

「うむ」


 前のめりに目を輝かせる妹分に天津は一つ頷くと変わりない調子で語る。


「その時の私は心身ともに未熟でな。戦いというものに柔軟な思考が持てていなかった」

「ロリですもんね」

「うむ。だから勝負とは剣と剣で、一対一で、正々堂々と戦う。そういうものだと思い込んでいた」

「その固定観念をぶち壊したのが伝説の勇者――紅月 聖人という男だったのですね?」

「うん? あいつはいつ伝説の勇者になったんだ?」

「そこは忘れてください。言葉の綾です」

「そうか。わかった」

「しかしすでに結果の出た勝負とはいえ俄かには信じ難いです。当時の真刀錵ちゃんはロリとはいえ、二丁目の田嶋さんちのポメラニアンにタイマンで勝つほどの猛者でした」

「そんなこともあったな」

「一方で兄さんはまだ武術も剣術も習ってはいなくて、持っているスキルといえば精々がラッキースケベくらいのもの。それで出来ることなどたかが知れていて、何もない所で転んで近所の奥さまのお胸やスカートの中に顔を突っこむくらいが関の山だったはずです」

「そうだな。その時の私もそう考えていた。とるに足らない相手だと。しかしそれは油断で、そしてそれが命取りとなった。想像もしていなかったよ。こんな相手に自分が負けるなどと。心身ともにガツンと大きなショックを受けた」

「これはどんな勝負だったのか俄然期待が高まりますね。聞かせてください。一介のショタにすぎない兄さんがどうやって人斬り幼女に勝ったのかを」

「私にとっては恥でしかないのだが、しかしお前も紅月の女であり聖人の妹。知っておくべき話かもしれんな。いいだろう」


 紙芝居に夢中になる子供のようにお目めをキラキラさせるみらいさんに天津は大仰に頷いた。


 そんな二人の近くでマリア=リィーゼ様の髪をブラッシングしていた希咲はその手を止める。

 七海ちゃんのブラッシングテクにアヘっていた王女さまが、「なんでやめちゃうの……?」と不思議そうに目を向けてくるのを余所に、二人の会話に耳をそばだてる。ちょっと興味があったのだ。


「私は一太刀で細っ首を叩き落してくれようと竹刀を構え襲いかかった。それを見てから聖人は竹刀を構えようとした。だが重くて持ち上げられなかったようだ」

「ショタですもんね」

「あぁ。腕力の無さもそうだが、それよりもその対応の遅さに私は『素人め』と内心で罵った」

「素人ですもんね」

「うむ。だが、それが油断となった。迫り来る私に慌てた聖人の手から竹刀がすっぽ抜けた。それが私の足に掛かり、私は前のめりに倒れた。その私を受け止めようとしたそうだが、前方に手を伸ばした聖人も何もない所で転んだ。それが偶然にも私にタックルを仕掛ける形になり、絡まり合った私たちは揉みくちゃになりながら床を何度も転がった」

「ほう、それで?」

「そこからは何がどうなったのか私にもわからんのだが、最終的には聖人の中指が私に尻穴に刺しこまれていてな、それで勝負ありとなった」


 思わず「ぶっ」と希咲は紅茶を噴き出した。

 そのまま咽かえってしまうとマリア=リィーゼ様が背中を擦ってくれた。


 そんな希咲のことを一度ジッと見てから、二人は何事もなかったかのように話を再開させる。


「なるほど。それは心身ともにガツンとキますね」

「うむ。痛みなのか苦しみなのか、未だかつて味わったことのない言い知れぬ感覚だった。だが、不思議と充足感もあった」

「物理的に満たされちゃってますもんね」

「そうだな。まさかこんな戦い方があるとはと、目に映る世界が変わったよ」

「ですが、それだけで決着に? 不滅の殺戮イモータル・デッドとまで呼ばれた真刀錵ちゃんが反撃に出なかったのですか?」

「そのように呼ばれたことは一度もないが、そうだな」


 天津は僅かに睫毛を震わせ、悔恨の色を表情に浮かべる。


「情けない話だが、たったの一撃で私は立てなくなってしまってな。腹への圧迫感に苦しみ脂汗を浮かべながら膝をガクガクと揺らし、口を閉じることが出来ずに唾液が零れ、だから呼吸すらも儘ならなかった。全身の力が肛門に持っていかれたかのようになって動けなくなってしまったのだ」

「まぁ、それは恐ろしい」

「それだけではない。身体的なショックからか、精神的なショックからか、股が緩んでしまったようでな。失禁までしてしまったのだ。そして色々なことが重なり混乱した私はまるで子供の様に泣き喚いた。恥ずべきことだ」

「子供でしたしね。しかしに恐ろしきは兄さんの即死の一刺死ピッキング・フィンガーですね。まさかこれほどとは……」

「うん? そういう技なのか?」

「いいえ。適当に言いました。ただのラッキースケベです」

「そうか。まぁ、そういうわけで無様に負けた挙句に道場を汚した私はおじい様にこっ酷くお叱りを受けてな。自分で漏らしたものを泣きながら掃除していたのだ。それを聖人が手伝ってくれてな。その時に思ったのだ。こいつに剣を捧ぐのも悪くはないな、と」

「なるほど。目醒めてしまったのですね」

「あぁ。自分の役目にな」

「よくわかりました。実にわたし好みのいい加減なエピソードでした。しかし結果論になってはしまいますが、納得のしやすい話だなとも思いました」

「そうなのか?」


 自身の噴き出したもので汚れたテーブルを掃除しながら希咲が恨みがましい目を向ける中、望莱は天津に所感を述べる。


「ほら、蛮くんもアレですが、真刀錵ちゃんもアナルが弱そうじゃないですか?」

「なんだと? お前からも明確に弱点に見えるのか?」

「えぇ。キャラ的に。むしろそうじゃなかったらクレームを入れるくらいの」

「なんと」

「まぁ、弱点だから仕方ないです。女の子は誰しも弱点を責められればオホってしまうもの。真刀錵ちゃんがお尻でわからされちゃうのは必然です」

「そうだったのか。私は負けるべくして負けたのだな。未熟を恥じるばかりだ。しかし、みらいよ」

「なんでしょう」

「この私を見縊ってくれるなよ」

「なんですって……⁉」


 ギラリと眼光を鋭くする天津に、みらいさんはそれっぽいリアクションをとってあげた。


「この天津 真刀錵が弱点をいつまでも弱点のままにしておくと思ってくれるなよ」

「ま、まさか……⁉」

「私はあれ以来、二度と同じ負けを繰り返さぬよう鍛錬を欠かしたことはない」

「鍛錬……? ということはお尻を……⁉」

「私は天津の女だからな。あの時は幼い聖人の細く短い指を一本突っ込まれた程度で足腰が立たなくなったが、今では竹刀を――」

「――だぁーーっ! やめろやめろっ! 黙れやバカ女どもが……っ!」


 厳しい鍛錬による驚愕の成果を発表しようとする天津の言葉を遮ったのは蛭子だ。

 ここまで真面目な話を続けていたことで彼女たちのストレスが溜まっていただろうと考え、好きに話させてやろうとギリギリまで我慢をしていたのだが、とうとうラインを越えた。


「えげつねェ話してんじゃねェよ! 幼馴染のそういうのは聞きたくねェって何度言わせんだ!」


 声を荒げる蛭子に同意したのは希咲だけだ。

 特に当事者である望莱と天津は目をキョトンとさせた。


「どうした蛮。ストレスが溜まっているのか?」

「そうだよ! お前のせいでな!」

「それは心外だな。何が気に食わないんだ」

「少しは男の目を気にしろ! 男の前でする話じゃねェだろ⁉ つーか、それにしたって下ネタが過ぎるんだよ!」


 ヤンキーである蛭子くんは現代日本人として当然持っておくべき男女の区別やコンプライアンスについて訴えた。


「えー? 蛮くんださーいです。男子のくせにこれくらいで引いちゃうんですかー?」

「これくらいで済む業の深さじゃなかっただろうが……!」

「もしかしてー? 女子は下ネタ言わないとか幻想抱いちゃってます? やだー、童貞っぽーい」

「そうだとしてもお前らは明らかに逸脱してんだろ! そんな話ばっかじゃねェか!」

「そんなことないですよー? 男子が知らないだけで女子のコイバナの8割は下ネタですし。ねぇ? 七海ちゃん」

「知らないしっ」


 プイっと顔を背ける幼馴染のお姉さんにみらいさんはご満悦した。


「だが蛮よ。そういった下の話を好むのはむしろ男の方なのではないか? 特にお前のようなヤンキーどもからそういった話を聞かされたり、性的な言葉を投げかけられて困ると七海が言っていたぞ」

「…………」

「知らないしっ」


 救けを求めるように視線を向けるとそっぽを向かれ蛭子くんは絶望した。


「であればお互いさまなのではないか? お前も実際は友人とよくそういった話をしてい――」

「――いけません真刀錵ちゃん!」

「む? どうしたみらい」


 みらいさんがこれ見よがしに血相を変えて天津の話を遮った。


「無神経で無礼なことを言ってはいけません。蛮くんにそんな砕けた話ができるお友達がいるわけないじゃないですか」

「いるわっ! オマエの方が無神経で無礼なんだよ!」

「強がらなくていいんです。せめてわたしたちの前では素直になってください。蛮くんにお友達がいるわけありません」

「決めつけてんじゃねェよ! 少しはいるわ!」


 まるで公然の事実かのように勝手な決めつけをされて蛭子は憤慨する。


「えー? 本当ですかー? 学園最強のヤンキーとか恐れられてるのに?」

「それでもダチの一人や二人くらいいるわ。つーか、その学園最強なんたらは半分はテメェのせいだろうが」

「半分は自分のせいだと認めるのですね?」

「……ウッセ。とにかくオマエにバカにされるほどの交友関係じゃねェよ」

「本当ですかー? 兄さんはノーカンですよ?」

「聖人以外にも下ネタ話せるくらいのヤツはいるっつーの」

「じゃあどんな下ネタ話してるのか教えてください」

「なんでだよ。言うわけねェだろ」

「えー? それって本当はいないからじゃないんですかー? 言わないんじゃなくって言えないのではではでは?」

「…………」


 わかりやすい挑発だと思った。


 しかしここで頑なに否定をしても友達いないネタでイジられるだけだということは、彼女との長い付き合いで蛭子にはわかりきったことだった。


「チッ、ウゼェな。わかったよ。教えてやるよ」


 だから適当に答えてしまって、さっさと本題の大事な話に戻るべきだと、そのように判断をした。


「えー? 無理しなくてもいいんですよー?」

「別に。大したことじゃねェだろ。つーか、さっきも言ったが本当は女の前でするような話じゃねェんだ。引いたとか言われても知らねェからな?」

「大丈夫ですよ。実際のところ女子の下ネタの方がグロイですし。女子はみんな表では『きゃーやだー』とか恥ずかしがるフリをしていますが、内心では『男子ってガキっぽい』って見下してますからね? 蛮くんごときの考えつく下ネタなんて小学生の時に既に通り過ぎてます」

「そうかよ。じゃあ文句はナシだぜ?」

「はい。では、どうぞ――」


 望莱に掌を向けられ蛭子は無意識に居住まいを正す。

 そして発言をする為に全体を見渡した。


 この場にいる女子3人が注目している。

 希咲がそっぽを向いたままなのはいいとして、この場にいるもう一人の男子である聖人も少し離れた場所でそっぽを向いていた。

 ヤツは全力で巻き込まれたくないと考えているのか、少し前の天津の昔話の時からああして聴こえないフリをしている。女に逆らえないヤツはそういう男だ。


 自身に向く三対の視線に押され思わず一歩後退りしそうになる。

 蛭子は自身が緊張していることを自覚した。


 軽く考えていたが、幼馴染とはいえ複数名の女子の前で『これから下ネタ言いますね』と宣言してから下ネタを発言するのは割と地獄であることが判明した。


(これもしかしてセクハラなんじゃねェか……⁉)


 そう考えると言葉に詰まり、緊張はより高まり、思考は鈍る。


「どうしましたー? おしっこ漏れそうなんですかー?」


 望莱の煽り顔に反射的に怒鳴りたくなるが、ここは冷静になるべきだと自身を諫めた。


 蛭子は自分に言い聞かせる。

 こういった時は基本に立ちかえるべきだと。


 そして基礎的な下ネタとは何かと、自身の中で答えを探り、それから口を開いた。



「……ちんこ」


 どうにか絞り出したその答えに女子たちは嘲笑した。


「ぷーくすくす。ちんこ? ちんこですって真刀錵ちゃん」

「しょうもない。まるで小学生だな」

「所詮は下民。貧弱で下品な発想ですわ。お似合いですわよ? 蛮」

「クソタッレが……っ!」


 侮蔑の感情を隠しもしない女子たちの総攻撃に蛭子くんは普通に傷ついた。


「あのですね、蛮くん? 今ドキの女子はちんこくらいで『きゃー蛭子さんのエッチー!』とはならないんですよ? そんなチープな下ネタで恥ずかしがっちゃうのは七海ちゃんくらいです。ねぇ? 七海ちゃん」

「し、知らないしっ」


 クスクスと嘲笑う声が癪に障る。


 本当はある。

 あるのだ。


 ヤツらがドン引くような下ネタ話が。

 それをよく仲の良い友人と話している。


 しかし、それは女の子の前では言えない話であるし、特にこの幼馴染たちに知られるのは非常に恥ずかしく、とてもではないがこの場で口にするのは憚れたのだ。


「えー? だっさーい。やっぱり男子なんてこんなもんなんですねー。女子の方が全然エッチです。ねぇ? 七海ちゃん」

「知らないしっ」


 屈辱だった。

 年下の小娘にいいように詰られ、思わず握った拳に力が入る。


「やっぱり男の人は年上ですね。蛮くんたち男子がそんな体たらくだからJKたちは年上の大学生やサラリーマンと付き合っちゃうんですよ? お金も持ってますしね」

「……ウルセェんだよ!」

「おや?」


 ついにぶちギレた蛭子くんにみらいさんは目を丸くした。


「ハッ、今のは手加減をしてやったんだよ。ナメんじゃねェよ」

「ほう。手加減、ですか」

「あぁ。テメェらが泣いちまわねェように優しくしてやったんだよ」

「なるほど。つまり本気を出せばわたしたちごとき瞬殺だと?」

「おぉ。今から泣かしてやんよ。このクサレ処女どもが」

「なんですとーーっ⁉ こっちだって好きで処女やってんじゃないんですよーっ!」

「うおっ⁉ な、なんでテメェがキレんだよ! 情緒不安定かよ、キッショ……」


 突然キレ返してきたみらいさんにやや引いたが、ここは退いてはならないと眼つきを鋭くさせる。

 男は気合いだ。決して金ではないのだ。

 蛭子は戦意を漲らせた。

 そして煽り顔の望莱と呆れ顔の他の女子を睨みつける。


(これだけは使いたくなかった……)


 しかしこの男をナメきった小娘どもに身の程を知らせるためには伝家の宝刀を抜かねばならない。

 女を引かせる下ネタ、そのワードを。


 聖人が心配そうな顔を向けているが蛭子は一瞬で覚悟を決め、そして口を開いた。



「〇んこ」



 反応は顕著だった。


 先程の呆れとは別種のシラーっとした視線で統一されていた。


 まごうことなくゴミを見る目。

 その視線に晒される自分が否応なく虫以下の存在なのだと感じ取ってしまう。


「サイテーです」

「見下げ果てたぞ」

「ここが祖国なら死罪を言い渡してますわね」


 冗談の色はカケラもなく、純度100%の軽蔑であった。


 そして、ずっとそっぽを向いていた希咲もこちらを見ている。

 その目つきは他の者と同じだ。


「二度と言わないでよね」


 眼力の強い彼女から向けられる絶対零度の侮蔑は殊更に強烈だった。


 蛭子は空を見る。


 理不尽だと思った。


 いくつもの理不尽だ。


 言えと言われたから言ったのに。


 同じ性器を表す俗称・隠語なのに男女のものでこんなにも禁忌さに差があること。


 そして、女同士では普通にそれを言うのに、男から女にそれを言うと酷く引かれること。


 全てが理不尽だと思った。


 自分の中で逆鱗に触れるようなことがあったのでついムキになってしまったが、ここまで攻めるべきではなかったと後悔の念を空に浮かべる。


 さらに何が理不尽って、たった今最低な言葉を聞かせて引かせてしまった女の子たちに、これから真面目な話を真面目に聞くように言って聞かせなければならないことだ。


 常人のメンタルで出来ることではない。


 しかし、やらねばならない。


 それが彼の役目だからだ。


「――おしっ。休憩は終わりだ。そろそろ続きを話すぜ」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「…………」


 なかったことにする作戦は脆くも失敗した。

 四対の白けた目が190cmオーバーの立派なガタイに突き刺さる。


「……あの、そろそろこの島と美景の地の関係性、その秘密についてお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「…………」


 今度は遜ってみたが状況は変わらなかった。


 蛭子くんは視線をもう一人の男子へ向けた。


 まるで凄惨な死体を発見してしまったかのように瞠目していた聖人はその視線に気づくとハッとする。


「わ、わぁ……っ、秘密って一体なんなんだい? 気になるなぁ……、早く教えてよ蛮……!」

「…………」


 演技としては0点がつくほどに白々しかったが、蛭子は彼の気遣いに感謝をした。


 彼と親友でよかった。そしてこれからもそうであろうと。


 そう心に誓い、悲しみを押し殺した。
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