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1章 魔法少女とは出逢わない

1章54 drift to the DEAD BLUE ③

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 蛭子は紅月家のお家事情を紅月家の長男に説明する。


「オマエのオヤジさんだってよ、本家に『寄こせ』っつわれて『はい、わかりました』とは言わねェだろ? 今だって実際に抵抗してる」
「まぁ、うん。そうだね」

「だが可能性として、抵抗しきれずに最終的に負けちまう場合があることも考えるだろ? その場合は完全に負けて全部奪われちまう前に、本家で自分にそれなりの立場を用意してもらって、会社に対する実権を少しでも自分に残せるようにって交渉するだろ?」
「そうなの?」

「そうだよ」
「へぇ、蛮すごいね。いつの間にかそんなことまでわかるようになってて驚いたよ」

「帰ってきてからこの1年で勉強したんだよ! このままじゃヤベェって! オマエも少しはヤベェって思ってくれ!」
「でも、その話聞くとさ、お金持ってかれることになってもそう酷いことにはならないんじゃない?」

「アホが。そうなったら最悪だよ。金だけ持ってかれて放り出されて一文無しで再スタートの方がむしろマシかもな」
「ど、どういうこと?」


 能天気な幼馴染に呆れつつ、蛭子は目を細める。


「その金を寄こせってのを主導してんのは先代、つまり現当主の後見人のジイサン、オヤジさんの親父だ。死ぬまではあのジジイが実権を持ってる。だが、現当主としては面白くねェだろ?」
「なんで? 兄弟なんだし、父さんが実家に戻ったらまたみんなで仲良く暮らせばいいじゃん。ていうか、実家が困ってるなら少しくらい援助してあげても――」

「――お花畑かバカ野郎。ここまで言ってもわかんねェのかよ。向こうからしてみたら、オマエらが本家に戻ってきたら跡目争いになるって考えるに決まってんだろうが」
「え? でも僕にそんな気はないし……」

「あのな? オマエやオマエのオヤジさんがそうでも、向こうはそうは思わねェんだよ。ただでさえ向こうにはオマエらに恨まれる覚えがありまくりなんだ」
「別に恨んでなんかないんだけどなぁ。僕にとっては生まれる前の話だし。父さんもぶっちゃけ実家の時の生活には戻りたくないって言ってたし」

「あっちはそう思ってねェんだよ。アイツらの価値観からしたら紅月を継ぐこと以上の成功はねェんだ。だからオヤジさんを追い出してまでその座を手に入れたわけだしな。そうしなければ次はマサトが継ぐことになるのが自然だったんだ」
「う~ん、そういうもんかぁ……、でもなぁ」

「なんだよ?」
「恨むどころか、むしろ僕の方が恨まれてるみたいなんだよね」

「ア?」


 聖人の口から出た自分の知らない情報に、蛭子は眉を顰める。


「なんだ、そりゃ?」
「なんかさ、あっちの……、弟の方なのかな? 僕すっごい嫌われてるみたいなんだよね」

「そりゃ好かれはしねェだろ。なんか言われたのか?」
「言われたのもそうだけど、態度がもう露骨すぎて」

「……まぁ、アイツにしてみれば政敵だからな。オマエのことは警戒してるだろうし多少は牽制もしてくるだろ」
「いや、警戒とか牽制っていうかさ、逆に僕を恨んでるみたいなんだよ。『お前を絶対に許さない』とか言われたことあるし」

「マサト……、テメェ……っ!」
「えっ⁉」


 蛭子にギロリと睨まれ聖人は驚く。


「正直に言え。テメェ、なにしやがった……?」
「なんにもしてないよ⁉」

「ウソこけ。オマエ本家の連中になんかやらかしたんだろ? 言えよ」
「いや、本当だって! いつもあっちの人たち何言ってんのかよくわかんないから笑って誤魔化すようにしてるし! 揉めたこともないよ」

「ホントかぁ? オマエは悪意がなくてもナチュラルにやらかすことあるしなぁ……」
「それが、本当に覚えがないんだよね……」

「……あそこの長男、確か小せえ時から心病んで引き籠ってるって話だよな? こういう系のディスりはしたくねェが、弟の方もなんかあんのかね……」
「う~ん……、確かにあのイトコ怒りっぽいけど、病んでるとかそういう風には見えなかったなぁ……。僕も数回しか会ったことないけど」

「他にはなんか言ってなかったか?」
「え? あとは『犬がどう』とか『兄さんがどう』とか? 正直なに言ってるのかわかんなくってちゃんと覚えてないなぁ」

「いつ言われたんだ?」
「えっと……、初めて会ったのが幼稚園の時で、その時は特になにもなかったんだけど、次に会った小学校中学年くらいだったかな……? その時はもう『許さない』って言ってたよ。誤解を解こうとしたんだけど聞いてくれなくってさ。しばらく経てばわかってくれるかなって思ってたけど、その次の中学の時に会った時は『お前さえいなければ』って余計酷くなっててさ。あはは」

「完璧に拗らせてんじゃねェか! オマエやっぱなんかやっただろ⁉」
「や、やってないって……!」

「そうじゃなきゃ、いくらなんでもそこまで――」

「――あ、その話、兄さんは特に悪くないですよ?」

「…………」


 横から挟まれたその声に聖人を詰める蛭子の言葉はピタリと止まった。

 瞬間的に『触れてはいけない話題だったか』という思いが膨れ上がったが、どうにかそれを押し込めて望莱の方へ顔を向ける。


 非常に口も気も重いが、この流れでは今の彼女の発言の真意を聞かぬわけにもいかない。

 ダメ元で望莱の隣の希咲へ目線を向けてみるが、フイっと逸らされてしまった。

 蛭子君は覚悟を決めた。


「……どういう意味だ?」
「蛮くんの元気がないです」

「……徹夜明けだからよ。多少は大目にみろ」
「えー?」

「いいから早く言えやっ! どうせオマエのせいなんだろ⁉」
「んま、蛮くんったらヒドイです」

 バンっとテーブルを叩いて威嚇するがその程度で怯むような少女ではない。

 みらいさんはイライラしている幼馴染のお兄さんの様子に満足し、ニコッと笑顔を作ってから話し出す。


「今兄さんが言ってた幼稚園の時に会ったって話なんですが。素養を測るためにってことで実はわたしも一緒に本家に行ってたんですよ」
「で? なにしやがったんだ?」

「決めつけないでください。当時のわたしは幼稚園に入ったばかり。そんなわたしに一体なにができましょう。年少組のロリみらいちゃんですよ? ちっちゃなお手てでは大それたことは出来ません」
「うるせェんだよ、エリートサイコパスが。そういうのいらねェからとっとと吐けや」

「んもぅ、せっかちです。ちなみにわたしは悪くないですからね?」
「で? なにしやがったんだ?」


 自分のことを1㎜も信用していない頼もしい幼馴染にみらいさんはニッコリと笑った。


「当時のわたしはペットを飼いたいと常日頃から考えていました。出来るだけ大きな動物が欲しいと。ですが、ウチの母親が大の動物嫌いでして。その為ペットの飼育には許可が下りず、わたしは自分の思い通りに世の中が動かないことに深く失望をし、鬱屈とした幼少のみぎりを過ごしていました」

「あー……、な? オマエん家の母ちゃん繊細そうだしな。アレルギーとかあんじゃね? 知らんけど。つか、テメェなんの話してんだよ」

「そんな風に社会に対して強い憎しみの感情を抱いていた頃、わたしたちは本家にばれました。用があんならテメェが来いやダボが! と心の中で思いつつも、所詮一介のロリに過ぎないわたしは従うしかありません。いつか復讐してやると誓いながら向かった紅月本家で、わたしは見てしまったのです」

「……なぁ? オマエよ、マジであんな小っせぇ頃からそんなこと考えてたん? コエェんだけど……」

「マジメに聞いてください。わたしは見てしまったのです!」

「わーったよ。なにを見たんだ?」


 勿体ぶった語り口をする彼女の気分を盛り上げてやるため、蛭子は仕方なくそれっぽい相槌を打ってやる。

 みらいさんはこれ見よがしにコクリと頷き、真剣な目で衝撃の発見を告げる。


「犬がいたんです」

「…………は?」

「犬がいたんです」

「……どこに?」

「本家に」

「なんで?」

「飼ってるそうです」

「あ、そう。だから?」

「はい。私は思いました。ムカつくな、と」

「なんでだよっ!」


 ロリみらいちゃんの荒んだ精神状態に蛭子くんはどん引きする。


「だって、わたしはペット飼っちゃダメって言われたのにズルイじゃないですか」

「そこは別にいーだろ! それぞれのお家にそれぞれの事情があんだよ! 他所は他所っ! ウチはウチです!」

「卑劣な手口で父さんを追い出した本家の連中が、こうしてのうのうとワンちゃんと一緒に暮らしてるだなんて……。絶対に許せないと思ったロリわたしはとりあえずそのワンちゃんを殺して、ヤツらにもわたしと同じ気持ちを味わってもらおうと考えました」

「コワすぎんだろっ! オ、オマエ……、まさか……?」

「いいえ。その何日か前に幼稚園で『いきものはだいじにしましょう』と教わったばかりだったので、わたしはワンちゃんを殺すのはよくないなと思って我慢しました」

「幼稚園の先生マジぐっじょぶ!」


 蛭子君は心の底から当時の彼女の担任の先生を褒め称え感謝した。


「というわけで、仕方ないのでそのワンちゃんを勝手に野に放つことしにしたんです」

「このクソガキがよ! なんでそんなガキの頃からそうなんだよ! 幼稚園児の時くらいマトモに育つ余地がまだあったって可能性を少しは見せてくれよ!」

「わたしは天才ですからね。早熟だったんです」

「生まれた時点で手遅れとかどうしようもねェな……。子育てってマジ恐くね?」

「んま。蛮くんったらなんてこと言うんですか。わたしはメンタル最強だから平気ですけど、他の人にそんなヒドイこと言っちゃダメですよ?」

「心配しなくてもオマエ以外にこんなこと思ったことねェよ。つまり、犬を勝手に逃がされたから恨まれてるって、そういう話でいいのか?」

「いいえ、違います」

「は?」


 彼女との話を早く打ち切りたい蛭子は事の真相と理解に中々辿り着けず、不快げに眉を寄せる。

 傍から彼らの会話を聞いている希咲はその話の続きを知っているので、おでこを押さえて頭痛を堪えた。


「それがですね。そのワンちゃん、きちんと躾がされていたようで。リードを外してお外へグイグイ押しても逃げないんですよ。犬といえば一度その首の戒めから解放されれば特に目的もなく元気いっぱいに何処かへ走り出すものだとばかり思っていたのに……」

「まぁ、よっぽど可愛がってたんだろうな。よかったよ。オマエの魔の手にかからなくて」

「仕方ないのでわたしはロリである自分の無力さに絶望し諦めることにしました」

「……なぁ? 結局この話なんだったんだよ? こっちは真面目に話してたんだからよ、関係ねェ武勇伝語って邪魔してくんじゃねェよ」

「いいえ。何故本家の子たちに兄さんが蛇蝎の如く嫌われているのか。その真実はこの先にあります」

「え? 僕ってそんなに嫌われてるの?」

「はい、残念ながら……。しかし、続きを聞いてもらえればその理由にも一部納得できる部分はあるかもしれません」

「じゃあ、さっさと言えよ。メンドくせェな」

「はい。ということで、何もかもが思い通りにいかず、ロリわたしはめちゃんこイライラしていました。そこで次に考えたのは――」

「ロリのくせに荒みすぎなんだよ……」

「いいえ。ロリがうだつのあがらないダメなお兄ちゃんたちの鬱憤を受け止めてくれる存在だなんてのはエロ漫画の中だけの話です。リアルロリは気性が荒く獰猛な生物なんですよ?」

「うるせェ、聞きたくねェよ! そんなことより、ロリテメェは次になにを考えたって?」

「はい。そこでロリわたしは次にこう考えました。このワンちゃん持って帰ろうって」

「なんでだよ!」

「だって欲しいんですもん」

「他人のものだろうが!」

「でも欲しかったんですもん」

「…………」


 昔の話とはいえ、『こいつマジやべぇ』と蛭子は絶句する。下手をしたら今の方がもっとヤバイ可能性が高いからだ。


「……つーか、持って帰ったってオマエん家ペット禁止だろ? ダメじゃね?」

「はい。ですが、ウチの母は神経質でキーキーと煩いですが根は気弱です。是非を問う前に問答無用で犬を持って帰って既成事実とし事後承諾の形をとれば、『あの女意思弱いしワンチャンイケんじゃね?』と当時のわたしは考えました」

「嫌なガキだなマジで……。んで? パクったのか?」

「いいえ。ちゃんと『ちょうだい』と言いました」

「無理だろ」

「はい。あの本家のクソガキ。このわたしが正々堂々と正面から『ちょうだい』と言ったのにも関わらず断りやがったんです」

「当たり前だろうが! 正々堂々としたら何でも通ると思うなよ!」

「ショックでした。ですが、ロリわたしは健気にもめげることなく、貰うのがダメなら借りることにしたんです」

「……無許可でってオチか?」

「いいえ。わたしは紅月の女。そんな卑怯な真似はしません」

「……さいですか」

「まぁ、本当はそうしたかったのが本音だったんですけど、生憎と幼稚園で他人の物を借りる時は『貸して』って言うように教わってたので、ちゃんと断ることにしたんです」

「先生ちゃんと教えてくれたのに、なんでこんな子になっちまったんだろうなぁ……」


 シミジミと呟き気落ちする蛭子くんにみらいさんがムッとした。


「わたしは悪くないです。嘘を教えた大人たちが悪いんです」

「嘘じゃねーだろ」

「だって、ちゃんと教わったとおりにこうやって両手を重ねて出して『かーしてっ』って言ったのに!」

「それは人から物を借りたい時はちゃんと聞きましょうねって教えで、人から絶対に物を借りれる方法じゃねェんだよ!」

「そんなのロリにはわかりませんよ!」

「知るかよ! つーか、どうせ借りれなかったんだろ? まだ先があんのか? ガキがひたすら駄々こねてる話なんか聞きたくねェんだよ! 絶対ェ関係ねェだろこれ!」

「いいえ」


 真剣な目で下らない話を語って聞かせてくる望莱に蛭子はうんざりとする。しかし彼女には口を閉ざす気はなかった。


「『かーしてっ』を断られてしまって、わたしは思いました。ムカつくな、と」

「あっそ」

「貰うのもダメ。借りるのもダメ。何もかも手に入らないのなら、せめてメチャクチャにしてやろうと……!」

「ホント最悪だな。つか、結末を言えよ。結局オマエなにしたんだよ」

「心配しなくても次で結末です。ロリわたしは最終手段としてお外に飛び出し、ご近所中に不法侵入をして他所のワンちゃんのウンチを集めてきました。そしてそれを詰め込んだパンツを本家のワンちゃんに被せてやったんです」

「クソガキがよっ! そりゃ嫌われるわ!」


 憤慨する姿勢を見せた蛭子だったが、ここまでに聞いていた不穏な行動よりは、まだギリギリ子供のイタズラで済む話でよかったと内心で安堵もしていた。

 だが、聖人はその話に不可解そうな顔をする。


「ていうか、それでなんで僕が嫌われるの? 向こうの人たちからみらいへの文句は言われたことないんだけど……」

「あぁ、それなら簡単な話ですよ? 兄さん」


 みらいはニッコリと笑顔を作って兄に答える。


「拾ったウンチを詰めるちょうどいい入れ物がなかったので、代わりに旅行バッグから取り出したショタ兄さんのパンツを使ったんです」

「最悪なんだけど⁉」

「あとですね、幼稚園で『もちものにはおなまえをかきましょう』って言われていたので、よいこのみらいちゃんはそのパンツにマジックで書いておいたんです。『まさと』って。多分それで兄さんの仕業だと思われているのでしょう」

「それで10年以上恨まれてるの⁉ あんまりだよ!」


 頭を抱えてしまう兄にみらいさんは余裕の笑みだ。

 しかし、今度は蛭子が解せないといった顏になる。


「ホントにそれかぁ? いや、確かにみらいが悪いし、嫌われて当然だけどよ。それだけでマサトが言うほど憎まれたりするか?」

「そうだよね。時間が経って風化するどころか拗らせちゃったってパターンなのかな……」

「なぁ? これ詫び入れた方がよくね?」

「だよね。こっちから謝れば少しはわだかまりも――」

「――それには及びません」


 真剣な表情で向かいあい本気の謝罪を検討する二人を望莱が止めた。

 二人は言葉を止めたまま数秒ほど見つめ合う。

 これ以上聞きたくないが彼女の真意を確かめないわけにもいかず、やがて蛭子がイヤそうに望莱へ問いかける。


「……今度はなんだよ?」

「それがですね。その後の調査でわかったことなのですが――」

「なんでオマエ本家を嗅ぎまわってんだよ」

「まぁまぁ。それでその本家のワンちゃん病気になっちゃったみたいで」

「は?」

「どうも拾ってきたウンチの生産者である他所のワンちゃんの内の一匹が病気だったみたいなんですよ。それで本家のワンちゃんに伝染っちゃって。一時は生死の境を彷徨ったようです。そのせいで長男さんも塞ぎこんでしまって」

「バカヤロウッ! オマッ……、オマエ……ッ⁉」

「落ち着いてください。『一時は』と言ったんです」

「そ、そうか……、そうだよな……。助かったんだよな」

「はい」

「なんだよ、ビビらせやがって」

「うふふ。蛮くんのせっかちさん」

「うっせェよ。なんにせよ。それなら恨まれても仕方ねェか。これ謝っても無理だろうなぁ……」

「難しい問題ですね」

「他人事みてェに言うんじゃねェよ! オレ動物が可哀想なのは無理だって言っただろうが!」

「ごめんなさい」

「まぁ、なんにせよ、その犬が生きててよかったぜ。今も元気にしてんのかな。心配だ――」

「――いいえ」

「…………え?」


 安心した矢先の否定の言葉に、蛭子は茫然と望莱を見る。


「実はさらにその後の調査でわかったんですが、そのワンちゃん回復後しばらくして誘拐されちゃったみたいで」

「はっ?」


 蛭子は素早く眼球を動かして隣の親友の顏を見る。

 酷い顔色だ。

 だがそれを指摘する気にはならない。

 きっと自分も同じ顔色をしている。


 聖人とアイコンタクトをとる。


――オレが訊くか?

――いや、ここは僕が。


 一瞬の内に意思疎通を図り、兄の責任から聖人が口を開く。


「――みらい。それで? どうなったの?」

「はい」


 重苦しい男子二人とは対照的にみらいさんはケロッとした顔で答える。


「どうも犯人は頭のおかしい人のようで、結論から言うとそのワンちゃん殺されちゃったんですけど。その殺し方がですね、バラバラにしちゃう系のやつで。毎日ひとつずつワンちゃんの切り取られた部位が本家に投げこ――」

「――うわぁーーーっ! うわぁーーーーっ!」
「――聞きたくねェッ! 聞こえねェーーっ!」


 グロい話をあっけらかんと話す女子の前で、メンタルの弱い男子二人はヒステリックに叫び、結末を聞くことを拒否した。


「む。聞かれたからせっかく答えたのに。なんですか、その態度は。ねぇ? 真刀錵ちゃん」

「うむ。男児たるもの悲鳴などあげるな。恥を知れ」


 今まで会話に参加していなかった者に――なんなら話を聞いていたかどうかすら怪しい者に強めに詰られ、蛭子は「ウルセェッ!」と反射的に怒鳴り返したくなるがギリギリのところで踏みとどまる。

 今はそんなことよりも優先して確認しなければならないことがあるからだ。


 スッと隣の聖人に視線を送る。

 彼は蛭子の視線に気づかず目を伏せている。

 今回はアイコンタクトは成立しなかったが必要ない。彼の顔色を見ればわかる。

 先程以上に顔を青褪めさせ、冷汗が酷い。


 実の兄の口から言わせるのは酷かと、蛭子は覚悟を決めて望莱に目線を合わせた。


「……みらい」

「なんですか? ヘタレヤンキー」

「誰が――っ!」


 反射的にカッとなるが言葉を呑み込む。

 わかりやすい挑発だ。

 ヤツの手に乗せられてはいけない。


「……確認したいことがある」

「はい? どうぞ?」

「その……、なんだ……?」

「……? あぁ、そういうことですか。安心してください」

「そ、そうか……? そうだよなっ……!」


 蛭子の言いたいことを察してニコっと微笑んだ望莱の清楚な笑顔に蛭子は安心を感じた蛭子は彼女に釣られて思わず自分も笑顔になる。

 意を得たりと頷いたみらいさんは正々堂々と告げる。


「心配しなくても大丈夫ですよ。わたしのパンツは今日も黒です」

「聞いてねェんだよっ!」

「あれ? 違うんですか?」

「当たり前ェだろ! なんでオレがオマエのパンツを心配するんだよ⁉」

「それもそうですね。勘違いしてました。でも大丈夫です。ちゃんと上下セットだからブラも黒です」

「だから聞いてねェんだよ! オマエの上下が色違いになってないかなんて心配してねェよ! つーか、オレが黒以外は認めないスタンスみたいにすんのやめろや!」

「んもぅ、蛮くんったらツッコミが多いです。そうやって女の子の身体に配慮しないでガシガシ乱暴にツッコんでくるなんてマジヤンキー」

「全部オマエのせいだろうがっ! 幼馴染のそういう話は聞きたくねェって何度いわせりゃ――」

「蛮っ、蛮っ……!」


 みらいさんにいいように煽られヒートアップしてしまった蛭子だったが、聖人に呼びかけられてハッとなる。

 こんな卑劣なセクハラに熱くなっている場合ではなかったことを思い出した。


「そうじゃねえよ! オレが聞きたいのはオマエがやったのかってことだ!」

「はい?」

「だから! その、なんだ……」

「はぁ……」

「さっきの犬。オマエがやったんじゃねえよな……?」


 その微妙に内容の変わった質問に望莱はすぐには答えず、ただこれまでと同じように微笑みを浮かべた。


 だが、蛭子と聖人にはその笑顔がこれまでのものよりも少し冷えた笑みのように感じられ、二人はゴクリと喉を鳴らした。

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