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1章 魔法少女とは出逢わない

1章53 Water finds its worst level ④

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 女子たちの会話に弥堂は耳をそばだてている。


「――なんか二人のこういうの久しぶりに見た気がするね」
「やっぱりベストカップルは安定してるんだよっ」
「そうね。実家に帰ってきたかのような安心感があるわ」
「希咲さんたちが休んでまだ一週間も経ってないのにね」


 謝罪合戦をする希咲と水無瀬に注目が集まっている。


 スマホに顔を近付ける水無瀬と、その水無瀬が手に持つスマホから聴こえてくる希咲のやりとりを周囲の者たちは楽しんでいる。


 多くの者が彼女らのお喋りに関心を寄せる中で、弥堂だけは水無瀬と希咲の声ではなく、それを見守る野崎さんたちの会話に注意を向けていた。


(――なにが起きた……?)


 弥堂は周囲の変化に違和感を覚える。


 確かに野崎さんたちの言うとおり、水無瀬と希咲がイチャイチャする姿を周囲の者たちが面白がるというのはこのクラスではお馴染みの光景だった。

 正確に言うのならお馴染みとなるであろうはずだった光景。

 2年生に進級し現在のクラスに編成されてまだ半月ほどではあるが、1年生時から友人同士であった水無瀬と希咲が今年から同じクラスとなったことで、毎日のようにベタベタとしながらキャッキャしているせいで、かなりの速度でクラス内の者たちに『いつもの光景』として認知されるようになった。


 先週までだったら、なにもおかしなことはない光景。


 しかし、水無瀬と希咲のやりとりではあるが、現在この教室には二人ともに居るわけではない。

 ここに居るのは、『希咲と電話で話す水無瀬』の一人だけだ。


 そしてその水無瀬に対する周囲の認知は先週とは違うものとなっており、今日もこの時までまるで関心を抱かれていなかった。


 先程までも、弥堂の膝の上に乗せられていて時折泣いたりしていても、現在のように堂々と興味深げな目線を向けながらそのことについて言及するなどという行動は誰もとらなかった。


 それが変わった。

 戻ったというべきなのかもしれない。


 野崎さんたちの口ぶりでは、現在の彼女たちの認知ではしっかりと先週までの記憶と繋がっているように見える。

 さっきまでは弥堂が突飛で目立つ行動を起こしても、水無瀬は『弥堂の膝に乗せられている目立たない子』でしかなかったのに、今は『希咲と電話している目立たない女の子』ではなく、ちゃんと『希咲と仲が良い水無瀬 愛苗』として認知されている。


 この変化の違い――或いは、どんな差異から生み出された変化なのか。


 それを考えると、弥堂はとりあえず二通りの仮説を思いつく。


(――どっちだ……?)


 しかし確証は得られず、今暫し様子を視ることにした。



「――本当にごめんね、ななみちゃん。私が間違えてボタン押しちゃったから……」

『ううん。あたしも悪いの。よく確認しないで電話でちゃったし……』

「えへへ、じゃあ私たち“おあいこ”だね。仲直りしてくれる?」

『う、うん……。てゆうか、あたしたちベツにケンカしてたわけじゃないし、だから……』

「あ、そっか。じゃあ仲良しのまんまだね」

『うん……、なかよし……』

「えへへー。よかったー」


 様子を見ようと思ったが、何やらグジグジと気持ちの悪いやりとりをする女どもの会話に、弥堂は眉間に皺を寄せて不快感を露わにした。


『てかさ? 今ってもうHRは終わったの?』

「あ、うん。なんか今日は早めに終わっちゃったみたいで」

『そなんだ。こんな時間に電話かかってくるとか想定してなかったからさ。「なにごとー⁉」って思って焦って電話でちゃった』

「ごめんね? お風呂入ってたのに……」

『あ、ちがうのっ。責めてるわけじゃないの。シャワーもちょうど終わったとこだったし。ただ、何かあったのかなって』

「あ、そうだった。それなんだけどね、ななみちゃん」

『うん。なに?』

「えっとね、実は……」

『…………』

「…………」

『……実は?』

「……あれ?」

『……?』

「……?」


 用件を伝えようとしていた水無瀬の言葉が出てこなく、希咲がコテンと首を傾げると、水無瀬まで一緒にコテンとしてしまった。


『愛苗?』

「私なんで電話したんだっけ……?」

『はぁ?』


 一連の騒ぎで元々の発端を忘れてしまったと言う水無瀬に希咲の素っ頓狂な声が上がり、スマホの中の彼女の目も丸く見開かれる。


「ご、ごめんね……っ。私うっかり忘れちゃって……」

『んもぅ、あんたはぁ。しょうがないんだから……』


 慌ててまた謝り出す水無瀬に希咲は呆れたような口ぶりだ。

 しかし、その表情は実に楽しげなものだった。


「ななみちゃん忙しい時だったのにジャマしちゃってごめんなさい。もう切った方がいいかな……?」

『ベ、ベツに切らなくていいし……。だいじょぶだし……』

「そう? ありがとうっ。えへへー。じゃあなにお話するー?」

『んと、じゃあ……、あっそうだ。ねぇきいてきいて。実は昨日さ、森でクマさんに――』

「――おい、お前らいい加減にしろ」


 下らない与太話に変遷しそうな気配を見せた女どもを止める為に、弥堂はヌッと画面に顔を出した。


『――っ! なによっ、いきなり顔見せないでよ。マジキモイから。あっちいけヘンタイっ!』


 すると、つい一秒前までの媚び媚びの態度を一瞬でギスギスとしたものに変えた希咲に汚物を見るような目を向けられる。


「な、ななみちゃんっ。そんなこと言ったらカワイソウだよ。きっと弥堂くんも一緒にお喋りしたかったんだよ。仲間に入れてあげよー?」

『えぇ……? すっごいイヤだけど……、まぁ、愛苗がそう言うんなら。で、なに? あんた何お喋りしたいの? 聞いたげる。言っとくけど、しょうがなくなんだからね? チョーシのらないでよ』

「……お前らマジでムカつくよな」


 酷い屈辱を感じた弥堂はつい二人の少女を怒鳴りつけたくなるが、努めて自制し、水無瀬の頭頂部におでこをゴチンと当てる。


「――ぁいたぁっ⁉」

「そんなに強く当ててないだろ。いちいち大袈裟に騒ぐな」

「えへへ、ごめんね? なんか痛いような気がしちゃってつい……」

「そんなことより水無瀬。なんでこいつに電話したのか思い出せ」

「なんで……?」


 言われるがまま思い出そうとした水無瀬は宙空を見上げる。

 すると、上から覗き込んできている弥堂と、おでことおでこがくっつくくらいの近さとなり、彼の黒い瞳に目線が留まる。


 数秒ほどその湿度の低い渇いた瞳をぽへーっと見つめてから愛苗ちゃんはハッとなった。


「――あっ! そうだった! あのね、ななみちゃんっ」

『ん? あたし?』

「うん。あのね? 弥堂くんに電話してーって言われて電話掛けたんだったの!」

『は? こいつが……?』

「うん。なんかね? 弥堂くんが急にね、すっごくななみちゃんとお喋りしたくなっちゃったみたいで……」

『えぇ……? こいつがぁ……? あたし超ヤなんだけど……』

「そんなこと言わないであげて? すぐに電話して欲しいってくらいだから、きっとすっごくいっぱいお喋りしたいんだと思うの」

『はぁ……、愛苗のお願いなら仕方ないからガマンするけど……。で、なに? つか、先に言っとくけど今回だけだかんね? これでカンチガイして次からいきなり自分で電話かけてきたりとかしないでよ。通話したいんだったらまず通話していい?って――』

「――うるさいっ!」

『――わっ⁉』
「――ぴっ⁉」
「――いてっ」


 二度目は我慢が出来ずにピーピー煩い女どもをつい怒鳴りつけてしまうと、びっくりした七海ちゃんのお目めが驚きに見開かれ、同じくびっくりした愛苗ちゃんが身を跳ねさせ、そして弥堂のおでこに“ごっつんこ”した。


『な、なんなのっ⁉ いきなりおっきぃ声ださないでよ! てゆーか、なんであんたがキレるわけ⁉ だいたいさっきの――って、なに⁉ なんかまた画面真っ暗になったんだけど……っ! ちょっと! あんたなにバグらせてんのよ! ねぇっ、聞いてんの⁉ あれ……? もしかして電波わるい……? もしもーっし……、愛苗ー? あれぇ……、こっちは聴こえてんだけどなぁ……』


 即座に怒鳴り返してきた希咲を一旦放っておくために、水無瀬のスマホの画面に自身の首から垂れるネクタイを被せてレンズを塞ぐ。

『あれ? もしもーっし?』とブツブツ繰り返すギャル女をとりあえず置いておいて、弥堂は自身の膝の上でおでこを押さえて「ぁいたぁー」と涙ぐむ水無瀬をジロリと見遣った。


「……あ、弥堂くんごめんね? ごっつんしちゃった……。おでこ平気……?」

「そんなことはどうでもいい。それよりこいつにちゃんと説明しろ」

「あ、そうだった。なんて言えばいーい?」

「大事な用件だと。余計なことは言わずにそれだけを伝えて、きちんと話を聞くように落ち着かせろ」

「あ、うん。わかったぁ」

「……じゃあ、ネクタイを外すぞ。いいな? しくじるなよ?」


 おでこを撫でようと伸ばしてくる水無瀬の手を鬱陶しそうに避けながら彼女を説得し、それから弥堂は猛獣の入った檻に被せた布を外すような慎重な手つきでスマホに被せたネクタイを外した。


『あっ! なおった! ちょっと弥堂っ! あんたね、いきなりおっきぃ声ださないでよ! 女の子に怒鳴ってくるヤツとかマジうざいんだけど! てゆーか、なんであんたがキレるわけ⁉ だいたいさっきの――』

「うるさい黙れ。聴こえてたからいちいち繰り返すな。それより――」

『はぁっ? なんなの! その言い方っ! つか、聴こえてたんなら何か言いなさいよ! 電波ないのかと思ってスマホぶんぶんってしちゃったでしょ!』

「チッ、うるせえなこいつ。おい水無瀬」

「あ、うん。ななみちゃん、ななみちゃん」

『――うるさいってなによ! あんたがわ……、ん? なぁに? 愛苗』

「お話ししてるとこゴメンね? あのね? 弥堂くんが大事なお話があるんだって」

『え? 話……?』

「うん。大事なんだって。それで私に電話して欲しいって」

『大事な話ねぇ……、コイツが?』

「そうなの。だから聞いてあげて欲しいなって……」

『ふぅ~ん……』


 水無瀬さんの一生懸命なご説明を聞いて希咲は面白くなさそうに唸る。

 ともあれ、とりあえずは落ち着いたようだと判断して弥堂は本題を切り出すことにした。


 ここまでにどれだけ時間がかかったんだと思わず左腕の時計に眼がいく。

 しかし、生憎と時計は壊れていた為に先程捨ててしまっていたので、そこには時間のわかるものはなかった。


 むしろ無い方がよかったと、弥堂は短く嘆息する。

 ここまでに無駄にした正確な時間を知ってしまったら逆に自分がキレてしまうかもしれないと考えたからだ。


 冷静さを維持できるよう努めながら希咲に声をかける。


「というわけで、希咲。お前に聞きたいことがある」

『イヤ』

「……なんだと?」


 だが、水無瀬に説得されたはずの希咲にこれまでよりも強い拒絶の意思を示され眼を細めた。

 酷く軽蔑した風の希咲のジト目を弥堂もジッと見返す。


「…………」

『…………』


 数秒見つめ合い、弥堂の方が先にスッと眼を逸らした。

 そして逸らした先で今度は水無瀬をジッと見る。

 その視線を受け止めた水無瀬さんはコテンと首を傾げて少ししてからハッとする。

 弥堂はコクリと頷いてやった。


「あ、あのね、ななみちゃん? いっぱい大事なのっ……!」

「いや、いっぱいはない。精々一つか二つだ」

「あ、そうなんだね。ななみちゃん一個か二個なんだって。すっごく大事なの」

『直接言いなさいよ! 今あたしと喋ってたでしょ!』


 目の前に居ながら代理人を通して交渉してくる卑劣な手口に希咲は憤りを露わにした。


『あんたさぁ……、なんなの? こないだは野崎さんで今回は愛苗とか……。他の女の子を前に出して代わりに言わせるとかクズすぎない? しかも絶妙にあたしが強く出づらい子に……、ヒキョーすぎっ! マジむかつく……っ!』


 先程よりも軽蔑の感情が強くなったが、卑怯呼ばわりをされるということは、されると嫌なことを出来ているということで、つまりは効いているということだ。その成果に弥堂は一定の満足感を得る。


「ということでお前に話があるんだが」

『イヤ!』

「おい」

『ヤって言ってんじゃん!』

「貴様、大好きな親友である水無瀬さんの頼みを断るのか?」

『ぐっ……、むむむ……っ』


 頑なに要求を跳ね返してきた希咲が若干苦し気に唸る。


『……イ、イヤよ!』

「なんでだよ。さっきはこいつに頼まれて話聞くって言ってただろうが」

『だってそれはさ、あたしと愛苗のお喋りにあんたも入れてあげてってヤツじゃん!』

「そうだが?」

『でもこれは違うじゃん! あんたの話じゃん! つか、これがしたくて電話してきたんなら最初っから全部あんたの用事じゃん!』

「だからなんだ?」

『それはイヤ!』

「なにが違うんだよ。意味わかんねえよ」

『意味わかるもんっ』

「わかんねえよ」


 何やら面倒くさいことを言い出して駄々を捏ねる希咲に弥堂は呆れと苛立ちが同時に沸くという奇妙な感情になる。


『さっきのことまだ謝ってもらってないのに、それで先にあんたの用済ますとかイヤよ!』

「謝る? なんのことだ?」

『なんのっ⁉』


 惚けているわけでもなく本気で怪訝そうにする男に希咲さんはびっくりするが、横で聞いている水無瀬さんもなんのことかわかっていないようで首を傾げた。


『なんのって……、だって、見たじゃん……っ!』

「…………なにを?」


 既視感のあるやりとりだなと感じ、言いたくなかったが他に言うこともなかったので仕方なく弥堂は聞き返す。


『なにをって……、は、はだか……! 裸見られた!』

「だから見てねえつってんだろ。下着つけてたじゃねえか」

『ほら言った! ブラ見たって言った! 見られた!』

「チッ」


 発狂しているようでキッチリと誘導尋問をかけてきたメンヘラ女に弥堂は舌を打った。


「しつけえな。じゃあ見たよ。で? それがどうした?」

『なにそれ! ヘンタイじゃん! えっちじゃん!』

「だから、それはお前が勝手にカメラに映してきたってさっき言っただろうが。お前と水無瀬が悪いってことでケリがついただろ」

『それはそれでしょ! でも、あんたも見たじゃん! 謝ってよ!』

「なんでだよ」

『見たもんっ!』


 先週の文化講堂での一件と全く同じパターンになってきて、弥堂の苛立ちも高まってくる。


「うるせえな。たかだかそれくらいのことでピーピー喚くな、ガキが」

『な、なによそれ……! 見たくせにっ!』

「見ちまったもんはもうどうしようもねえだろうが」

『だ、だって……、あたし、男子に見せたことなかったのに……っ』

「お、おい待て――」


 ここまで一貫して強気な姿勢をとってきた弥堂だったが、画面に映る希咲の目にジワッと涙が浮かんできたことで一転して焦りだす。

 そしてそれと同時に水無瀬さんもハッとすると眉をふにゃっと下げた。

 大好きな親友の七海ちゃんが悲しげにしていたので、なんか自分も悲しくなってしまったのだ。


「び、びとうくんっ! ななみちゃんにごめんなさいしてあげて?」

「あ? なにをふざけたことを……、おい待て。なんでお前まで泣いてんだよっ」


 画面内の七海ちゃんのお目めがウルウルするのに連動して、愛苗ちゃんのお目めにも大粒の涙が浮かぶ。


『か、彼氏じゃないくせに、ブラ見て……、こないだはパンツも見て……っ! ずるいっ!』

「び、びとうくん……っ。ななみちゃんが泣いちゃいそうだよ……? かわいそーだよ……? ごめんなさいしよーよっ……」

『な、ないてないもんっ……、ぅぇぇっ……』

「ぅぇぇっ……」

「て、てめえら……っ! マジで……、クソがっ……!」


 スマホから聴こえてくる希咲の『スンスン』という鼻を鳴らす声と、間近かから聴こえてくる水無瀬の「ぅぇぇ」という嗚咽に、弥堂は心の底から神を呪った。


(こいつら……! 一人一人でもめんどくせえのに、二人揃うと……、クソが……!)


 絶対絶命かと弥堂が諦めようとしたその時、今度は画面内の希咲が何かに気付いたのかハッとなると、続いてキョロキョロとお目めを左右に動かした。


『……、ね、ねぇ、愛苗……?』


 そしてコショコショ声で愛苗ちゃんにナイショ話をする。


「……な、なぁに? ななみちゃん……」


 愛苗ちゃんもコショコショ声で七海ちゃんにお返事をした。


『……い、今ってさ……、周りにみんな居るの……?』

「え?」


 辺りを窺うように問う希咲の言葉に水無瀬も左右をキョロキョロする。


「……えっとね、野崎さんとー、小夜子ちゃんとー、真帆ちゃんとー、あとののかちゃんがいるよー?」


 コショコショと読み上げられた知っている名前を聞いた七海ちゃんは一瞬眉をふにゃっとさせてから、『うっ!』と目に力をこめる。

 それは瞼から涙を溢さないように必死に何かを堪えているように見えて、弥堂は意味がわからずに怪訝な眼を向ける。


 すると――


『――ま、まぁ? あんたもわざとじゃないみたいだし? ジョーダンはこんくらいにして許してあげるわ』

「あ?」
「え?」


 ツンっと顎を振って急に主張をガラっと変えてきた希咲に弥堂も水無瀬も困惑する。

 コショコショ声をやめて、高慢な声色で希咲は続ける。


『ベッ、ベベベベベツに? ちょっとブラ見られたくらいなんともないし? 見られてもヘーキなヤツだし? もしかしてホンキにした?』

「……なに言ってんだお前?」


 弥堂は彼女の行動を弥堂は訝しむ。

 膝の上の水無瀬さんは「なぁんだ。よかったぁ」とホッと胸を撫でおろしていたが、画面に映る希咲の顔にまたジワっと浮いた涙を見た弥堂はハッとする。


(こ、こいつ――)


 如何にも高慢で鼻もちならない女のように振舞っているが、よく見ると彼女はプルプルと小刻みに震えている。ツンっと澄ましているようで、アゴを逸らして少し上げているのは、上を向いて今も瞼に堪ったままの涙を溢さないようにするためのようだ。


(――こ、こいつ……、イキってやがる……⁉)


 理由はまるで不明だが、何かしらのプライドがあるのだろう。

 自分は下着姿を彼氏じゃない男に見られたくらいで騒ぐ女ではないし、全くこれっぽっちもダメージなどないとアピールしているようだった。


『んで? 話ってなんなのよ? 一応聞くだけ聞いたげる。言っとくけど、あたしヒマじゃないんだから感謝してよね』

「…………」

『あと、つまんない話だったら許さないから。あたしつまんないダサイ男の相手とかするのイヤだかんねっ』

「…………」

『……ちょっと? なに黙ってんのよ! もしかして女子と話すのキンチョーしてんの? はぁ~あ、だっさ……』

「あ、あぁ……」


 弥堂は上手く言葉が出てこなかった。


 他の女子が居る所で、ブラ見られたくらいで泣いていたらナメられると。

 イケてる女子としての自負がある希咲さんが精一杯去勢を張る為にしている演技が過剰すぎて、若干キャラがおかしくなっていることに呆れたのだ。


 一度落ち着こうと眉間を指でグニグニして眼を閉じる。


 怒りはエネルギーを消耗する。

 怒っている間は脳内物質が分泌しているので消耗を自覚することはないが、それが醒めた時に一気に疲労感に襲われる。


 だから怒りは非常にコスパが悪く、効率の悪いことを嫌う弥堂は怒ることを忌避していた。


 なのにこのザマだ。


 彼女へ電話をする前に、どうせこうなるだろうとは思っていて、そして見事にこうなった。


 自分に強い呆れを感じた。


「……お前、なんかしたか?」

『はぁ? なにそれ。もっとわかるように言いなさいよ。口下手か! あっ、口下手だったわね。それにしてもヘタクソすぎじゃない? ちゃんと聞いたげるから、落ち着いて説明してみなさいよ……』

「…………」


 このまま黙っていると彼女ら二人にやりこめられたようで腹が立つから、とりあえず聞きたいことについて口を開いてみたら言葉選びに失敗した上に同情までされてしまった。

 反省した矢先にこれだと再度自分に呆れ、しかしこれ以上の醜態を晒してこれ以上の泥沼に浸かるのはゴメンだと、邪魔な自我を胸の奥底に沈める。

 彼女ら二人に振り回されてばかりで、自分のペースを失っては非効率という最悪な方向に流されていくばかりだ。


 どうにか何も無い自分を取り戻そうと深い溜息によって、身の裡で染まった魔を外の『世界』へ還した。
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