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1章 魔法少女とは出逢わない
1章52 4月23日 ④
しおりを挟む弥堂が眼を向けたのは早乙女――ではなく、舞鶴 小夜子だ。
「――舞鶴」
「私? なにかしら」
彼女は弥堂が自分を選んで話しかけてきたことに意外そうにしながら、しかし慌てることも怯えることもなく、クールに胸の下で腕を組みながら堂々と応える。
「キミは何となく野崎さんに着いてきたと言ったな?」
「えぇ、そうね」
「本当にそれだけか?」
「え?」
さすがに想定外のことを聞かれたのか、今度は困惑したような表情を見せた。
「……どういう意味かしら?」
「言葉どおりだ。本当にそれだけの理由でキミがわざわざここまで来たのか。他に何か目的や理由があるのか、ないのか。それが知りたかっただけだ」
「そう言われると困るわね。『ある』か『ない』かと聞かれたら『ない』わ。深く考えての行動ではないから……」
「それならそれで構わないさ」
「というか、私だけ? そんなに不自然な行動だったかしら?」
気分を害したわけではないが、普段自発的に口を利かない男から急に関心を向けられた舞鶴は怪訝そうな顔をする。
「早乙女が突発的な発作のように意味不明な言動をするのは、いつものことだ。それのフォローに日下部さんが手を煩わされるのも。そしてそんなクラスメイトたちに気を配って野崎さんが奔走することも――」
平淡な声でつらつらと説明される弥堂の言葉に少女たちは戸惑う。
「――だが、キミはそうではないだろう? キミはとても落ち着きのある人だ。早乙女のように用もなくフラフラと教室内を徘徊したりしないし、野崎さんや日下部さんのようにそうせざるをえない理由があるわけでもない。早乙女とは違って、知性的なキミが理由も目的もなく行動することはないと俺は思っていたから、ここに来たのは何か明確な意思によるものなのではないかと考えたんだ。勘違いして欲しくないんだが、別に責めているわけではない。意外だなと、ふと気になって、つい思ったことを、口にしてしまっただけだ」
「なるほど。とは言っても、アナタにそこまで言われると少し構えてしまうわね。アナタは私のことをそう言ってはくれたけれど、私から見たらアナタの方こそ明確な目的や理由がなければ何もしない人よ。正確に言うなら、アナタが必要性を感じなければ、しない。それこそ無駄話すらしないイメージだから、思いつきで私にお喋りを振ってくれるだなんて私の方こそ意外だったわ」
「そうでもないさ。俺もいい歳だからそろそろ落ち着きを持たねばと日々反省している」
「あらそう。それも意外だわ」
「どうやら俺の考え過ぎだったようだ。気を悪くしないでくれ」
「気にしないで。気のせいくらいのことで不機嫌になったりしないわ。ただの世間話でしょ?」
「あぁ、そうだ。ところで、気のせいと言えば。自分自身はっきりと意思を以て行動したわけではないが、無意識になにか興味関心を惹かれてしまったり、または何故かそうしなければならないと、後から考えてみたらそんな気分がしていた。そんなことはないか?」
「ふふ。“ふと”思いついて、“つい”口にしてしまって、だけど“気のせい”だった。だけれど、アナタは随分とこの話に興味関心を惹かれているようね。そこに明確な意思は在るのかしら?」
まるで尋問のように真顔で淡々と質問をする弥堂と、不敵な笑みを浮かべてクールに受けて立つ舞鶴。
そんな二人のコミュニケーションにソワソワし始めた友人たちが互いに顔を近付ける。
「ね、ねぇ……? これ口ゲンカじゃないよね? なんだかギスギスしてるように感じるのは私の気のせい?」
「大丈夫だよ真帆ちゃん。小夜子のアレは楽しんでる時の顏だから。弥堂君は、その……、真面目だから……」
「ねぇねぇ二人ともさ。そんなことより、弥堂くんがののかにだけ著しく低評価な件について言及して欲しいんだよっ」
ヒソヒソとやり取りをする間にも、二人の会話は進む。
「そんな大層なものでもない。ただの世間話の軽い話題の一つだ」
「そう。じゃあ少し付き合ってみようかしら。そうね……、人間は明確に自分の意思を以て何をするか、又はしないかを決めているはずが実はそうではなく、ただ気分や欲求に従っているだけのことである。倫理、論理、道徳、正義。さらに計画、計算、予測。そういったものは過去に起きた他者の行動の結果の成否に過ぎず、それらのデータを行動に先んじて用いたとしても、こういう時にそうすれば必ずああなるとは限らない。結局はただの確率論に過ぎず、つまりはただのギャンブルだと。よく言われる賢い生き方、成功への道などの正しさに従うのは、所詮オッズ表を見て倍率の一番低いところに賭けているだけのことである。その正しさに従って生きる大多数の人間は、不安という気分で、安心を得たいという欲求に動かされている、ただのヘタレ野郎だと――そういう話に繋げるのはどう?」
「俺には少し難しいな。そんな壮大な話がしたいわけじゃない」
「あらそう? 自分たちは理性的で理知的な優れた生き物であると思っている人間が、所詮はただの動物の一種に過ぎない。そんなことが言いたいのかと思ったわ」
「俺が言いたかったのはもっとシンプルな話だ。そもそも俺自身が、人の生き方について何かを言えるような人間じゃないからな」
「なかなか面白いテーマに出来たと思ったのだけれど、付き合ってくれないのね。残念だわ」
「……では少しだけ。キミの言うことに概ね同意だ。人間は動物の一種だ。だが、例えば平原になにかの動物の群れが棲んでいたとして。そいつらは生きるために餌を探す。その内の何匹かが割のいい餌場や狩り場を見つければそこに他の個体も集まってくる。結果として餌が食える個体が増えて群れが繁栄する。馬鹿をその気にさせて働かせるために大仰なことを言っているだけで、人間のしていることもそれと同じことだろう?」
「なるほど。でも、そうするとそこの餌場の資源は獲り尽くしてしまうわよね? そうしてきたのが人間だし、そうして絶滅した動物もいるわね」
「無くなったら次を見つければいい。それを繰り返すだけだ」
「つまり、ハイエナのように勝ち馬に乗り続けて、食えるだけ食ったらその畑は焼いて、次の畑へ行くと。情報商材系みたいだけど、アナタはこれが正解だと?」
「正解も不正解もない。運がよければ次が見つかるし、運が悪ければ餌が無くなって死ぬ」
「身も蓋もなくなっちゃったわね。じゃあ、その餌が無くならないように餌自体を育てて増やす。他の多くの動物と違ってそれをする人間は特別な生き物だとは言えない?」
「……? キミは人間は特別じゃないと言いたいんじゃないのか?」
「特にどっちでもないわね。ただ皮肉ってみただけで。強いて言うなら、人間がどっちであろうと関わりなく、“私は”特別だと思っているわ。ふふ……」
「……そうか」
「それより、続きは?」
「あぁ。人間が動植物を食料として繁殖させる行為は狩りや採取の中の行動の一部だ。獲物を狩る為に武器を準備するのと変わらない」
「そうかしら? 生産もそうだけど環境に影響を齎させるのは強みと言えないかしら? ほとんどの生物は環境に影響されそれに適応することで進化し繁栄してきた。その中で環境を自分に有利なように作り変えられるのは十分に優位性・独自性だと言えると思うわ」
「それは勘違いだ。『世界』を変えられる者など存在しない」
突如始まった怒涛の議論に周囲の者たちは置き去りにされ戸惑いばかりだ。
「な、なんの話をしてるのかな? そんな意識高そうな話題だったっけ……?」
「マホマホ安心しろー? ののかも着いてけてねえぞー?」
「う~ん……、話が逸れてるわけではないと思うよ。最初の話に沿って言うなら、二人とも目的を持って行動する人たちだし……。大丈夫だからもうちょっと話させてあげていいんじゃないかな?」
「……そのわりには委員長なんか面白くなさそうな顔してない?」
「え? そんなことないよ? ちょっと失礼かなーとは思ってるけど……」
「ね、ねぇ、それよりあの子目回しちゃってない? そっちの方が心配なんだけど……」
日下部さんの指摘通り、弥堂のお膝の上の水瀬さんはよくわからない議論をアリーナ席で傍聴させられ、お目めをグルグルさせていた。
「でも今って地球の環境を良くしようって運動がたくさんあるじゃない? 効果が出ているものもあると思うのだけれど?」
「どうにか出来ているものは元々どうにか出来るものだけだ。どうにもならないものはどうにも出来ない」
「まぁ、確かに出来ること出来ないことはあるけれど、最初からそれを言っちゃ進まなくない? 科学が進歩すればどうにか出来ることが増えていくし、これから先どれだけ環境をコントロール出来るようになるかが人類が特別な生き物になるかどうかのポイントじゃないかしら」
「基準が違う。人間にどこまで出来るか、じゃない。『世界』がどこまで許すか、だ」
「ん? “許す”? それってどういう意味?」
「ただの戯言だ」
「そう? もしかしてそういう運動や活動が嫌いだったりするのかしら?」
「別に。やりたければ勝手にやればいい。俺が迷惑を被らなければどうでもいい」
「それは嫌いな側の物言いだと思うのだけれど。やっぱりドライなのね」
「それは誤解だ。なにせ、『世界の環境を守る為に人間に迷惑をかける活動をしている秘密結社』とやらをやっている連中が知り合いにいてな。それでこんな物言いになってしまったんだ」
「ず、ずいぶん過激な人たちね……。確かにそういう人たちがよく揉めごと起こしているイメージはあるけれど」
「“世界”という言葉の意味が双方違うのに同じ“世界”という言葉を使ってるからな。そりゃ話が通じないだろ」
「どういう意味?」
「国家や人類の方向性として世界の環境を良くするのはその方が人間に都合がいいからで、環境が悪くなりすぎれば都合が悪いからだろ? その場合“世界”の意味は『人類社会』で地球の環境はその一部となる。一方で“世界”をそのまま『地球全体』として話をしている者たちにとっては人類はその“世界”の一部だ。それでお互いに“世界”と同じ言葉を使っていれば会話が成立するはずがない」
(それらの“世界”と俺の言った『世界』の意味が違うようにな)
心中でそう嘯きつつ、しかし自分で言ったとおり現在舞鶴と交わしている会話が成立していないことに苛立つ。
それは食い違いや言い争いから発生する怒りではない。
弥堂も舞鶴も言葉にして話している内容と、この会話の目的がまるで違う。
弥堂は現状の彼女たちの水無瀬に関する認識の齟齬から発生する綻びのようなものを見つけたくて舞鶴に会話を仕掛けたのだが、逆に彼女の方が弥堂を試して何かを引き出そうとしているようで、どうにも上手くいかないと感じていた。
自分は特別な存在などではないので、環境をコントロールできないのも当然かと自嘲した。
「あぁ、なるほどね。それは確かにアナタの言う通りね。結局どっちに振り切ってもよくないからバランスをとりましょうって、そんなつまらない結論に着地してしまいそうね」
「『世界』がどうなるかの結論を出すのは『世界』だ。人間は協力するも争うも勝手にやればいい。どうせ何も変えられない」
「それはまさしく振りきっちゃってないかしら。何もしないよりはした方がよくない?」
「人間がどうしようと、良くなる必要があれば『世界』は勝手に良くなる。仮に悪くなったと人間の都合でそう感じたとしても、それは『世界』が悪いとは判断していないということだ。その結果人間を含めて何種族かが滅んだとしても、それは『世界』にとってはどうでもいいことだ」
「その『世界』というのは、もしかして“神様”って意味で言ってる……?」
「いや。神など何処にも居ない」
「そう。でも、アナタは『人間も世界の一部』と考えている側なのね」
「そうかもな」
「だから、人間ごときが何かをする必要はないと?」
「そこまでは言っていない。必要だと感じるならやればいいし、そうでないならやらなくてもいい。どちらにせよ結果に多大な貢献をすることはない」
「世界が勝手に必要な形になると?」
「それ以前に、良くする為に人間に迷惑をかけに来る連中が動くかもしれないし、人間が居ることで悪くなるのなら頭のイカれた天使どもが皆殺しをしに来るかもしれない」
「……やっぱり宗教的なお話なの?」
「言っただろ? 神など何処にも居ないと」
舞鶴の語勢が少し衰えると、弥堂は『思ったとおり』だと内心ほくそ笑む。
頭のいい彼女は論理や科学が思考の根拠となりがちだと見当をつけた。そして宗教を根拠にしたような語り口は嫌うだろうと。
思った通りに眉を潜めてくれた。
とはいえ、元々の目的としてはこんなことがしたかったわけでも、こんな話がしたかったわけでもない。
それはおそらく舞鶴の方も一緒で、こんな議論を弥堂としたかったわけではなく、要所要所で弥堂がどんな考え方をするのかと、人間性か何かを探ってきていたように思えた。
こういった頭のいい人間にそう仕向けられると自分の会話能力では主導権をとりづらいなと自嘲する。
そして、相手の嫌がることをすることで会話の主導権を握ったコミュ障男は次の話に意欲を上げた。
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