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1章 魔法少女とは出逢わない
1章50 神なる意を執り行う者 ②
しおりを挟む三体のゴミクズーを水無瀬は追い立てる。
牽制で撃ち出した魔法弾で誘導し、戦いの場を校庭へ移していた。
「三対一だッ! 簡単に勝てると思うなよ……っ!」
円錐のオブジェに串刺しにされたネコ型のゴミクズーの横でボラフが息を巻く。
「どうにかなったとしても、そん時にはコイツはもう生きてねえっ! 間に合いやしねェよッ……!」
それは確かになと、弥堂は心中で同意した。
現在の自分ときたら誤魔化しようもなく、言い訳のしようもなく、無様なことこの上なく死にかけている。
死に損なっていると謂った方が正確かもしれない。
死んでいる方が自然なことで、それを生き残ってしまったという状態だ。
水無瀬の方針としては、こちらと引き離した場所でどうにか多勢に無勢の戦闘を制し、その後にどうにかボラフを振り切って弥堂を病院へ担ぎこもうといったものだろう。
それに時間をかけ過ぎてしまえば、その間に満身創痍の弥堂の生命活動が途絶えてしまう可能性が高いというのが彼女の懸念点であり、今しがたボラフが指摘したことだ。
そしてそれを今、弥堂も認めた。
ドクン――と動く心臓の音を確かめ、ほんの僅かばかりの身体の回復に努める。
さっきまでは特にこの戦場から生き残るつもりは弥堂にはなかったが、水無瀬がここに来てしまった以上は話が変わる。
彼女の前で死体を晒すわけにはいかないし、重体のまま病院に連れて行かれるわけにもいかない。
最低でも自分の足でこの戦場から帰って、彼女の見える範囲からは消える必要が出てきた。
おそらくそんなに時間の猶予はないが、少しでも体力を取り戻せるように身体を休ませる。
気力は常に一定で、折れた骨をこの場で繋げなくても体力さえある程度戻ればどうにか出来ると弥堂は考えた。
だから――
――水無瀬が間に合うかどうかというのは弥堂次第であり、彼女の問題ではない。
だから――
――嘲笑ったのだ。
三対一ならどうにかなると言ったボラフと――
難しい戦いだと悲壮な決意をした水無瀬を――
勘違いだ――と。
二人ともに酷い思い違いをしていると弥堂は見下していた。
弥堂の見立てではまるで違う。
ゴミクズーたったの三体程度では、今の水無瀬には足止めにすらならない。
「――【光の種】ッ!」
上空から魔法弾が無数に降り注ぐ。
その弾道は今までの牽制から明確に攻勢へと変わった。
地上を走るゴミクズーの進行方向に落とす魔法弾と、それによって速度を削られた本体を狙い撃つ魔法弾が混在している。
急ブレーキをかけ、校庭に敷かれたダストの上で蹄を滑らせながら大猪と水牛が逃げ惑う。
彼らが走り抜けた後には魔法で穿たれたクレーターの様な穴が地面に増えていく。
まず、制空権が彼女にある。
いくら数がいようとも、空を翔ぶ彼女へ近づく手段もなく地上から攻撃する手段もないのでは、水無瀬が放つ爆撃から逃げることしかできない。
障害物もないこの校庭は紛れもなく彼女に有利なフィールドだ。
どうにか高所に上がり、力任せに単発で魔法を放ち、それが当たるか当たらないか。
これまでの水無瀬の戦いとはそういった稚拙なものだった。
しかし今は違う。
弥堂によって怪しい催眠術擬きで魔法の運用方法を刷り込まれ、正気の時にもいくらか教えを受け、アスによって魔法の制御方法を授かった。
そしてそれを実戦で実践した。
まだ十分な場数ではないかもしれないが、それでも今の彼女は安定した軌道を保って飛行し、複数種類の魔法を同時に展開し、無数の攻撃を確かな意思の元で操る。
幾度も進路を妨害され行先を誘導された大猪が、先程通り過ぎた地面に穴の空いた場所へ追い込まれると、足を空転させて落下し転倒する。
その上へ水無瀬の魔法が降り注いだ。
まず一匹――
ほんの少しの戦闘論理を仕込まれ、ほんの少しのコツを掴んだだけで、たったの一日や二日でここまでの戦いが出来るように為っている。
恐るべき成長速度と恐るべきセンスだと弥堂は認める。
水無瀬 愛苗は紛れもなく魔法戦闘の天才だ。
これまでは恐らく、彼女自身の持つ優しさや良心が戦闘技術の成長を阻害していたのだろうと弥堂は考えた。
彼女の身体は魔法を扱って戦うことに圧倒的に適性があるのに、彼女の精神が他者を傷つけることを徹底的に嫌う。
例えそれがゴミクズーが相手であったとしても、攻撃をするということに酷く躊躇いがあった。
ゴミクズーという化け物と戦う魔法少女であるのに、攻撃がまともに出来ない。
それが水無瀬 愛苗という少女であった。
しかし、それが今では――
一発、二発、三発と着弾した魔法の弾が大猪の躰を滅ぼす。
肉を削り血を撒き散らすのではなく、その躰を構成する『魂の設計図』を解く。
その存在の在り方を、現世に遺した未練や執着を優しく解き解し、本当は既に何処にも無いはずのそれをきちんと無に帰す。
それは成仏することと限りなく近い。
自身が死んでいることすら忘れてしまった亡者に救いを齎す。
それは正しく彼女の願いどおりだ。
今や彼女が攻撃を躊躇う理由はなく、今の彼女には弱点などない。
地を這うしか能のないケダモノなど何体いようと物の数ではない。
よしんば空へ辿り着けたとて――
蜷局を巻いた大蛇がバネのように身を撓めた。
ギチギチと肉を鳴らし、力を溜めて解き放つ。
躰を空へ伸ばし大口を開けた頭を打ち出した。
それが向かう先は当然、上空の水無瀬だ。
水無瀬は少しも慌てることなく、自分へ向かってくる大きな蛇の口に片手を翳す。
「【光の盾】ッ!」
堅固な魔法の盾を創り出し対空砲のような蛇の突進を受け止めた。
大蛇は構わずその盾に喰らいつく。
その大きな牙を以てしても光の盾はビクともしないが、破壊することが目的ではない。
大蛇は盾に噛みつくことで頭部の位置をその場で固定し、そしてその長い身を地上から真っ直ぐに伸ばした。
ドドドド――と足音が近づいてくる。
地上からの橋のようになった大蛇の上を走って、水牛のゴミクズーが上空の水無瀬へ猛突進を開始した。
(へぇ……)
弥堂はその現象に感心する。
ゴミクズー同士で連携行動をとる。
これは新しい情報だと関心を示したのだ。
そして、ただそれだけのことに過ぎない。
水無瀬は魔法のステッキの先端を蛇の大口へと向けた。
青い宝石Blue Wishに膨大な魔力が集中する。
口を開けながらそれを映した大蛇がギョッと目を剥いた。
「――Lacryma……っ、BASTAァァーーーッ!」
充分に集約・集中させてから溜め込まれた破格の魔力砲が、彼女の叫びとともに解放される。
巨大化した大蛇の躰を優に上回る直径の魔法光線が発射されると、地上から伸びる大蛇の躰をなぞって塗りつぶす。
大口を開けていた大蛇を白滅したピンク色の光の奔流が逆に呑み込んだ。
これで二匹――
昨日覚えたばかりの彼女の必殺技。
それが通り抜けた跡には何も残らない。
一瞬で大蛇のゴミクズーの『魂の設計図』は蒸発・浄滅し、存在は無に帰した。
泡を食ったのは大蛇の背を走っていた水牛だ。
後先も考えずに宙に身を投げ出す。
四本足をバタつかせながら地面へ落ちていく水牛に突如足場が生まれる。
ピンク色の光の壁――水無瀬の魔法だ。
少しの安堵の後に頭に疑問符を浮かべて困惑する水牛の周囲に次々とその光の壁が創られる。
前後と左右、そして蓋をするように上が閉じられる。
光の壁に囲まれて水牛は空中で囚われた。
これは先日の公園での戦いでアスが見せた手管だ。
これでもう全滅は時間の問題となった。
優しくて戦いに向かないと思われていた少女は、弥堂 優輝という血も涙も無く僅かな良心さえ無い戦闘人形と出逢い、彼の思想に感化されたわけではないが、戦いへの向き合い方が変わった。
それはある種、歪な成長で偶発的な進化・変化だったかもしれないが、弥堂とは違った方向で戦いへ適応し、そしてその適性の真価が開花し始めた。
こうして、今や弱点のなくなった水無瀬に勝つには、もはや地力の戦闘能力で上回るしかないだろう。
(もしくは――)
さらに思考を巡らせようとすると、ガギンッと硬質な音が鳴る。
そちらへ眼を遣ると、大層苛立った様子のボラフが右腕を振り、鎌を使ってネコのゴミクズーが串刺しになっている円錐のオブジェを根本から斬り倒したところだった。
建物の一階分よりは少し高いそれがズゥゥンッと地に倒れる。
「クソッタレがッ……!」
思ったような展開にならなかったので憤っているのだろう。
八つ当たり気味に再度鎌を振り下ろし、ネコの尻から突き出た黒棘の余剰部分を斬り落とした。
そして倒れるネコの頭をガッと踏みつけ、ネコの体内を貫く黒棘を口からズルリと引き抜く。
すぐに新たに取り出した試験管の液体を振りかけた。
すると今度は下半身が膨れ上がり、そこから巨馬が産まれてきた。
「とっとと行けッ……!」
馬が前足を持ち上げ嘶きをあげようとするが、それを待ちきれないとボラフは尻に蹴りを入れる。
慌てて走り出した巨馬が戦場へと駆けていくのを見送り、ボラフは地に横たわるネコに目を遣った。
そして怒声をあげながら蹴りを入れ始める。
「この……ッ! テメェも戦えよッ! なに余裕ぶっこいてやがんだ……! もう遊んでられねェんだよッ!」
一頻り踏みつけ、それからありったけの試験管を取り出す。
コルクの栓をまとめて前歯で噛み、引っこ抜こうと首を動かそうとして止まる。
目玉だけをギョロリと横に動かした。
その目線の先に居るのはネコと同じように地面に倒れたままの弥堂だ。
(そう――それが正解だ)
血走ったボラフの目玉を無感情に視返し、弥堂は彼の目線を肯定した。
ボラフは試験管の束を何処かへ仕舞うと無言のまま、しかし大層逸った様子で近付いてきた。
そして弥堂のすぐ近くで立ち止まる。
血迷った目線と、ハッハッと落ちてくる荒い息遣いが、半死体の弥堂へと落ちた。
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