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1章 魔法少女とは出逢わない

1章49 偃鼠ノ刻の狩庭 ②

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――ガチガチと。


 鉄と鉄が打ち合わさるような音が何度か鳴る。


「――へぇ。壊れないのか」


 どこか感心を含んだようなその声に、ソレは顎を動かすのをやめて声のした方を見る。

 少し離れた位置に二本足で立つモノがいる。


 弥堂だ。


 ソレは首を傾げる。


 確かにあの二本足の頭に齧りついたはずだ。


 今しがた自分が歯を立てていたモノを見る。


 それは時計塔前の広場に設置されている黒い円錐のオブジェ。


 はて? とソレは不思議そうにオブジェを見る。


 自分はこの黒いのの上に乗っていたはずで、そこから二本足を見下ろしていたはずだ。


 それが何でこれに齧りついていたのだろう。


 ソレは考える。


 食べたいと思った。


 この硬いモノではなく肉を喰って血を啜りたいと。


「ただの鉄屑かと思っていたがゴミクズーの攻撃に耐えるのか」


 声がしたのでそちらを見る。


 血と肉だ。


 食べたいと思った。


 喜びがある。


 喉が鳴った。


 そしてソレは一息に駆けだし二本足の首を目掛けて喰らいつく。


 二本足の口が動く。


 自分が先に齧ってやると、顎を閉じる。


 ガチンっと音が鳴った。


「――お前ゴミクズーだろ? 随分色々と食い漁ったな。存在が揺らいでいるぞ」


 また別の方から声がする。


 二本足のオスだ。


 まただ。


 また逃げられた。


 自分の方が強くて速い。


 なのにどうして。


「この間のネコのゴミクズーか。チッ、だから取り逃がすと碌なことがない」


 何故この二本足は自分より速く動ける。


 二本足の眼が自分を見ている。


 魔を持った蒼い眼。


 食べる側の眼で自分を見ている。


 苛立つ。


 低く喉が鳴る。


 叩き潰したい。


 即座に飛び掛かるとまた二本足の口が動く。


 踏みつけたつもりの前足の下にはナニもない。


 フンフンと鼻を鳴らして探すとまた少し離れたところに二本足のオスが。


 二本足は背中を見せて走り出した。


 追っかけたい。


 喜びがある。


 くるるるると喉を鳴らしてソレも走りだした。





 さて、どうするかと、走りながら弥堂は考える。


 状況はシンプルで任務中に不運にもゴミクズーに遭遇し襲われているといったものだ。


 まず考えるべきことはコイツをどうするかということだ。


 一昨日公園で戦った二体のゴミクズーの内の途中で逃走したネコ型のゴミクズー。そいつで間違いがないだろう。

 逃亡中にあちこちでアレコレ喰らって大きくなったのだと予測する。


 そしてこの時になって思い至ったが、恐らくコイツが件の家畜殺害の犯人だろうと考えた。

 早い段階でこの可能性を思いつくべきだったと自嘲する。


 何にせよ。

 ゴミクズーであるのなら、それをどうにかするのに真っ先に思いつくのは魔法少女だ。


 弥堂の所属する部活動の上司であり長でもある廻夜朝次めぐりや あさつぐ部長は、魔法少女と出逢ってしまった普通の男子高校生はサポートキャラルートに入っていると仰っていた。

 しかし、サポートしようにもその肝心の魔法少女がここにはいない。


 魔法少女の正体である水無瀬 愛苗みなせ まなが、こんな夜更けに、門の閉ざされた学園の中を、偶然にも通りがかる――そんな都合のいい奇跡は期待できない。

 つまり逃げ回って時間を稼いだところで無駄だということだ。


 だったら呼び出せばいいというアイデアもあるが、生憎と弥堂は水無瀬の連絡先を知らない。


――あんた愛苗とID交換した?

――した方がいーってゆってんじゃん!

――なんで言うこときかないわけ⁉


 ほんの数時間前にされた希咲 七海きさき ななみからのお小言だ。


(なるほど。あいつの言うとおりだったな)


 心中で認めつつもチッと舌打ちが出る。


 しかし、全ては今更だ。


 魔法少女――水無瀬に敵を仕留めてもらうことは期待できない。


 それならば、逃げるにせよ戦うにせよ、自分でどうにかするしかない。


 弥堂は現在の自分とこのキメラ擬きに成り果てたネコの立場を考える。


 今夜の弥堂といえば元々は学園への侵入者だった。

 夜中に警備を掻い潜って忍び込み、そして学園の所有物を盗み出す。

 そういった立場だった。


 しかし現在はこのキメラ擬きが侵入者ということになり、そして弥堂はそれを迎撃する側となる。


 ゴミクズー。


 そしてそれを生産し使役する闇の秘密結社は敵性存在だ。


 このキメラ擬きがヤツらの指示のもと学園を襲撃してきたのか、それとも放し飼いにしていたモノが偶然這入ってきたのかはわからない。

 しかし先日にヤツらの幹部であるアスと限定的な不可侵条約を結んでいた。

 どちらにせよ、これは明確に条約違反となる。


 弥堂も条約を結んだ次の日にはそれを破っていたがそんなことは関係ない。


 約束事とは、相手に自分の都合を押し付けて言うことを聞かせる為のものであり、決して相手の言うことを聞く為のものではないからだ。


 なによりも。


 この私立美景台学園はここのオーナーである郭宮 京子くるわみや みやこ生徒会長閣下の領地であり、弥堂の上司である廻夜 朝次部長のシマだ。


 偶然だろうが意図的であろうが、そこに踏み入ってくるなどというナメたマネを許すわけにはいかない。落とし前をつけさせる必要がある。


 弥堂はこのキメラ擬きを独力で仕留めることを決めた。

 それもここで秘密裏に。


 明日から警察が家畜殺害の猛獣捜しに大規模なチームを結成することになっている。

 コイツの存在が余人の知るところとなった場合、最終的には警察の特殊チームか自衛隊が相手をすることになるのだろうが、どちらが勝つにせよ、街に戒厳令など出されては困る。

 首尾よく自分がコイツを仕留めることが出来たとしても、その死体を誰にも見つからずに処分しなければならない。

 警察にコレの死骸が見つかって家畜殺害の犯人だと知られるのもマズイ。

 解決したと思われては困るのだ。


 総ては明日以降に警官の減った街に湧き出てくるはずの麻薬の売人を拉致するため。

 街がパニックになるのも駄目、解決したと思われるのも駄目。

 完璧な勝利条件は非常に要求の高いものとなった。


 弥堂にとっては偶発的な遭遇戦ではあるが、しかし決して運が悪いわけでもない。


 今夜そのつもりでここに来たわけではなかったが、幸いにもここは美景台学園。


 チラリと、肩越しに背後から追ってくるネコキメラを見遣る。


 先程襲いかかってきた時よりも大分走る速度が遅い。


 鈍足な人間に合わせて遊んでいるのだろう。


 そのあたりは元の猫としての習性が残っているのかもしれない。


 片側しかない目は愉悦の色を隠していない。


 目玉一つ抉ってやっただけで逃げ出した前回とは違う。


 完全に強者側――狩る側の目だ。



 弥堂はこの化け物を始末する為の手順を高速で組み立てる。


 言わずもがな、正面からの直接戦闘は無しだ。


 ここまで何度かヤツの奇襲を捌いてはいるが、そう何度も出来るわけではない。

 出来たとしても結局ヤツを殺す手段がないのではいくら躱せたところで意味がない。


 選べる選択肢は多くはなく、やはりここ数日で用意していた仕込みを使うしかないだろう。

 それには中庭に誘導したい。


 しかし現在地から中庭に向かうにはヤツの脇を潜り抜けていくしかない。

 それは成功率が高くない。

 なので、一旦部室棟の方へ回って迂回していくのが無難だろう。


 開けた場所で長い距離を走ればあっという間に追いつかれる。

 建物の中に逃げればあの巨体は入って来られないかもしれないが、完全に撒いてしまうわけにもいかない。


 ヤツが見失ったり諦めたりしない程度に距離を保ったまま逃げ続ける。


 しかしそれは中々に難易度が高い。


 スピードもパワーも相手が圧倒的に上だ。


 昨日戦った人型のゴミクズーとは違って今回は元が猫だ。

 元々運動能力に優れた動物が何倍もの大きさになって今では大型のトラ以上のサイズだ。最低でもヒグマを食い殺すと言われているトラと同程度の性能は有しているはずだ。


 なによりコイツはゴミクズーという超常の存在。

 トラよりも強いと考えておいた方が無難だろう。

 食いつかれて抑え込まれればそれでもう終わりだ。


 昨日のアイヴィ=ミザリィと同じようには戦えない。


 存在としてはネームドと謂われるアイヴィ=ミザリィの方がこのキメラ擬きよりも上だが、しかし存在の格がそのまま戦闘能力の差に反映されるわけでは必ずしもない。

 最期の巨大化した状態なら話は別だが、人型をベースにした状態では人の能力をそのまま上げたようなものなので、ある程度は弥堂でも近接戦闘が可能だった。

 しかし、猫は元々戦闘能力が高い動物だ。

 狩りをする動物の能力が上がってさらに体躯まで大きくなっているのなら、単純な近接戦闘はこちらの方が強いと考えておくべきだ。


 殴る・蹴るではなく別の方法で戦わなければならない。


 最適なのは水無瀬のような魔法なのだが、生憎と弥堂にはそれは出来ない。


 しかし――


(――やりようはある)


 ここまでのゴミクズーどもとの戦いのように、街中でふいに遭遇したわけではない。

 今までは丸腰で対応せざるを得なかったが、ここでは違う。


 これまでに殺し合ったゴミクズーよりも今回の相手は一番殴り合いに強いかもしれない。


 しかしここは美景台学園――


――弥堂のナワバリだ。


 これ以上魔法少女と関わるべきではないのではなどと考えていたところで、ついにはあちらの方から普通の高校生にとっての日常の象徴ともいうべき学園に這入って来てしまった。

 当事者の魔法少女がここに通っているので、それは元々脆い国境線ボーダーラインだったのかもしれないが。


 しかしこうなった以上はタダでは済まさない。

 今夜ここでコイツと殺し合うことを想定していたわけではないが、準備は出来ている。


(ここは俺の狩り場だ)


 弥堂とネコのゴミクズー。


 どちらがここを狩庭とするか。


 その戦いが始まる。

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