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1章 魔法少女とは出逢わない

1章47 -21グラムの重さ ⑪

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 ザンッと、スコップを地面に突き刺す。


 ちびメイドたちに掘らせていた穴の中で、学園北部の裏山の入り口付近にある大きな木の根元あたりに、埋葬するのにちょうどいいものがあった。

 その穴の中に子猫の死骸を入れ、現在は土を被せ終わったところである。


「手間をかけたな」

「いえ、貴方もお疲れ様。弥堂君」


 背後に振り返りながら声をかけると、少し離れた場所で弥堂の作業を神妙そうに見守っていた白井 雅から労いをかけられた。

 用は済んだので校舎へ引き返そうと弥堂が歩き始めると、擦れ違うようにして白井が今しがた穴を埋めた場所へ進み出る。


「…………?」


 その様子を怪訝そうに視ていると、彼女は盛り上がった土の前で膝を折った。


「……ごめんね。こんなものしか持っていなくて……」


 言いながら白井は胸のポケットに差していたボールペンを、その辺から拾ってきた木切れと共に盛り土に刺して立てる。

 そして目を閉じて墓の前で手を合わせた。

 そんな彼女の目の前でボールペンのヘッドからぶら下がった猫のアクセサリーが揺れる。白猫を模したものだ。


 数秒ほどそうしてから彼女は立ち上がり、弥堂へ苦笑いを向けた。


「……淡泊なのね。貴方はもう十分この子のためにしてくれたと思うけれど、最後に拝むくらいしてあげたら?」


(悼むのも、祈るのも――)


――死者の為では非ず。


 死者は、残された者たちが、自分の死を嘆き悲しんでいることを知らない。知ることが出来ない。

 死者は、残された者たちが、自分の冥福を願い祈っていることを知らない。知ることが出来ない。


 死んでしまった時点でその『魂の設計図』は新たな情報を取り込むことが出来なくなる。

 どころか、これまでに培い蓄積してきた全ての過去の情報が失われ、そこから至った現在の姿も、『魂の設計図』を構成する霊子が解かれるとともに維持出来なくなり失われる。


 だから死者は死んでから新たに何かを認知することは出来ず、知ることは出来ず、憶えることもない。

 そのため、死者の為に祈ることは死者の為には成らず、ただ自身の喪失感を慰めるだけの行為に過ぎず、つまりは自分自身の為に行う作業だ。


 そして、弥堂にはあの猫が死んだことで特に自身の裡から何かが失われたと感じるものは僅かばかりも存在しないので、つまり特に悼む必要も祈る必要もない。

 他人がそうしていることにまでとやかく言うつもりはないが、しかし全くを以て無駄なことだと――


――それをそのまま全部言ってやろうとしたが、記憶の中に記録されているメイド女であり修道女でもあるお師匠さまがガンギマリの目で自分を見ていた――ような気が気がした――ので口を噤み、弥堂は軽く嘆息をして白井の隣まで移動し、墓の前に立った。


 眼を伏せ、胸の前で十字を切り、瞼を閉じて、胸に手をあてる。

 数秒間黙祷し、瞼を開けてから、目線だけを天へと向けた。


「……行くぞ」

「え? えぇ……」


 慣れた調子で流れ作業を行ってから歩き出す。

 白井は一拍遅れて返事をしてから着いてきた。


「弥堂君ってクリスチャンなの?」

「いや、そういうわけではない」

「あら、それはごめんなさい。すごく似ているように見えてしまって……」

「別に。俺自身は信者ではないから気にしない」

「そう。それはよかったわ」

「だが、実際の信者の前で『似ている』などと言おうものなら、即座に殺しにくるぞ」

「ず、随分と過激ね……、なんて宗教なの?」

「別に。絶対にあれの信者に出会うことはないから気にするな」

「逆に怪しすぎるわね。まさかカルトとか……? どこの神様を信奉しているの?」

「別に。何処にでもある何処にもいない神だ」

「……わかったわ」


 弥堂の返答から白井は答える気がないのだと受け取った。

 話している内に場所は裏山を出てもう校庭に入っている。


(そういえば――)


 ふと、思いついて白井に目線を遣る。


 この地味女も一応性別上は女だし、身分の上では女子高校生であり学園の生徒だ。


 それならば聞いてみるくらいの価値はあるかと決断をする。


「おい」

「なにかしら?」

「お前に聞きたいことがある」

「私に? 構わないわよ」


 承諾を得て、弥堂は話し出す前に少々言葉を探す。


「……? どうかしたの? もしかして結構重い話かしら?」


 すると、その様子を怪訝に思われたようだ。


「いや、そういうわけではない。俺自身のことではないからどう話したものかと考えてな」

「どういうこと?」

「女子生徒たちに関することだ」

「あら。こんなに健気に尽くした私に、他の女の話をする気?」

「特定の個人の情報が知りたいというわけではない。なんというか、女子同士の関係性のセオリーというか、集団の中での思考や行動の傾向について意見を聞きたい」

「……随分と難しいというか、ややこしい言い回しね」


 要領を得ない弥堂の話に白井は眉を顰める。


「そんなに構えなくてもいい。これからする話を聞いてキミが思うこと、知っていることがあれば教えてほしい」

「……わかったわ」

「個人情報は伏せる。そうだな……、登場人物はAという女子生徒とBという女子生徒、それからその他の生徒たちだ」

「ふむ……」

「話の中心人物はAだ。俺が知りたいのはこのAと周囲との関係性についてだ。まず前提情報としてAとBは親友同士だと思ってくれ」

「わかったわ」

「Aの仲の良い友人でクラスメイトでもあるBは、クラス内だけでなく学年、もしくは学園内で強い影響力をもつ女だ。男女問わず人気があり、頭が回り、戦闘能力もある。しかし恐怖によって支配をしているわけではなく、それなりに周囲と上手くやろうとして、状況と関係性を操作しようとするタイプだ。そしてそれは上手く機能しているように見える」

「……ん? うん……、続けて?」


 どこか引っ掛かる部分があったようだが、白井さんは一旦清聴の姿勢をとった。


「あぁ。そしてA自身も周囲と仲がよく、人気もあるようだ。人間性も悪くない」

「……その言い方だと、カーストトップのBの威光を笠に着て調子にのっている――という話ではないのね?」

「そうだ。Aはお人好しで人当たりも良く、そういったタイプの人物ではない」

「なるほど」

「だが、これは俺の見立てになるから正確な情報ではないかもしれないが、Aは一見友人が多いように見えるが、Bを介さずに独自に友好を結んでいる者は少ないように思える。もしかしたらいないかもしれない。ここまでが前提情報だ」

「……OKよ。着いてこれているわ」


 一つ頷き目線を向けてくる白井と眼を合わせ、その瞳の理解の色を確認し弥堂も頷きを返して先に進める。


「現在の状況だが、Bが長期に渡って学園に不在となっている」

「……ん? それって希咲のことじゃ――」

「――Bだ。そしてB本人だけでなく、その近しい仲間である何名かも一緒に旅行へ出かけている。その仲間たちも他の生徒たちに強い影響力を持つ存在だ」

「いや、それ絶対希咲じゃない。逆に他にそんなグループいないでしょ」

「Bだ。Bは基本的に他の女子とも仲が良いが、その仲間の一人である男子生徒との関係を疑われ、一部の女子たちに疎まれている。しかし、B自身やその男子の不興を買うことを恐れて表だって敵対する者は少ない」

「チッ、なによ。まさか希咲の名前を聞かされるだなんて、最低の気分よ」

「Bだ」


 どうやらよりにもよって、その表だってBさんに敵対する数少ない存在に聞いてしまったようで、聞き取り調査は人選ミスだったかもしれない。


「なによ。絶対に希咲でしょ。私に言えないやましい関係だからそんなに隠すのかしら?」

「わかった。そこまで気になるのなら、ここでは仮に『B咲びさきさん』と呼称することにしよう」

「私が言うのもなんだけど、貴方もけっこう強情ね。まぁ、いいわ。それで? その『B咲びさき 七海さん』がなにか?」


 白井さんに胡乱な瞳を向けられるが、弥堂は眉一つ動かさずにB咲びさきさんについて言及する。


「ともかく、B咲さんは現在留守中だ。恐らくG.W明けまでは帰ってこないだろう」

「そう。それをいいことにB咲さんの私物を盗んだりして嫌がらせでもされた?」

「違う。言っただろう? この話の主役はAの方だ」

「わかってるわ。今のは私がやろうと思っていたことよ」

「……帰ってきたら蹴り飛ばされるぞ」

「安心して。応援団の旗をあの女の体操服とスクール水着に取り替えてやろうと思っていたのだけれど、残念ながら学校には置いていなかったようだから諦めたわ」

「…………」


 やはり人選ミスだったと弥堂は後悔した。

 この女なら友人も少なそうだし、今回クラスで起きていることとは関係がないだろうと見ていたので、話を聞いても問題はなさそうだと考えた。

 だが、周囲に関係なく単独で刺しに行く狂人には何を聞いても無駄かもしれない。


「それで? 主人公Aさんになにがあったの?」

「……そうだな」


 しかし、話を始めてしまったことだし、ついでにダメもとで聞いてしまうかと諦める。

 もしも情報を開示したことで不都合が起これば、その時はこの女を消してしまえばいいと決めた。


「問題が起きたのはBがいなくなって数日が経ってからだ」

「問題? まさかイジメ……?」

「いや、イジメではない……とは思う。少なくとも今はまだ」

「どういう意味? 歯切れが悪いわね」


 ここでまた弥堂は少し言葉を探す。

 自分でも何が起きているのかよくわかっていないことを言語化するのは少々骨が折れた。


「……周囲のAに対する態度が変わった。正確には徐々に変わっていっている様に見える」

「無視されているってこと?」

「いや、そういうわけでもない。Aに話しかけられれば答えはする。だがその話し方というか接し方がB咲が居た時とは違う」

「よくわからないわね。ちょっと実際の状況が想像しづらいわ。具体的な例は?」

「一番わかりやすいのは朝の挨拶だな。Aが教室に来て大声で挨拶をすると、俺以外の全員が元気よく挨拶を返し、にこやかに彼女を教室に迎え入れる。それがこれまではクラスの毎朝の恒例行事のようなものだった」

「……貴方も挨拶くらい返してあげなさいよ。かわいそうに」

「うるさい。俺のことはいい」


 無駄口を封殺して話を続ける。


「その恒例が恒例ではなくなった……?」

「そうだ。だが、とあるタイミングで全員キッパリと態度を変えたわけではない。日を追うごとに挨拶を返す者が減り、挨拶をする者も何処か余所余所しいというか、これまでの友好関係が何処かへ消えてしまったような……、そうだな、まるでクラス替えをしてすぐの時のような態度に戻ったように俺には見えた」

「……他には?」


 まだ飲み込み切れないのか白井から他の例を促される。


「もう一つは、ある一つの女子グループがある。彼女らはB咲が出かける前にB咲自身から、留守中のAのことを頼まれている。彼女たちは善良な人間たちだ。俺の知る限りではAにもB咲にも敵意はない。そのはずだ」

「そのはず、なのに……?」

「あぁ。彼女たちも現在では同様の態度だ。俺にはこの状況が非常に理解がしがたい」

「……男子たちは?」

「似たような状態だ。だが、元々Aと男子生徒が親密に関わっているという場面もあまり見たことがない。恐らくB咲を恐れてちょっかいが出せないのだと思う」


 それは半分正解で、もう半分は弥堂が近くにいる――ように他には見えるので――それも恐くて近づけないというのが正確なところだ。


「ふぅーん……、状況はなんとなくつかめたけれど、余計ややこしくなったわね」

「あぁ。最初は、B咲に敵対するそれなりに影響力のある女が、B咲へのあてつけか何かで今回のことを企てて、他の者にもやらせているのではと考えていたのだが……」

「そうじゃなかった?」

「そうじゃないように見える。Aに対する他の者たちの態度には、悪意や後ろめたさがない。ただ、関係や距離が遠くなっただけのように見える。しかし、そんなことは――」

「――ありえない。そう考えたのね?」

「そうだ。次に考えたのが、B咲に関係なく最初からAが周囲に嫌われていたという可能性だ」

「そうも見えない?」


 なんとなく状況をつかめたと、先程言った言葉どおり白井のレスポンスが早くなってくる。


「少なくとも俺にはそうは見えなかった。実際にクラスには俺という嫌われ者がいる。彼女も嫌われているのであれば、周囲の態度は俺に対するものと似たものになるはずだ。しかし、そうではない」

「そ、それはコメントに困るわね……、もしかして気にしているの……?」

「いや、むしろ助かっている」

「それもどうかと思うけれど……」


 彼女から向けられる呆れた目を無視して、結論を伝える。


「俺にはそう見えたが、しかしお前ら女どもの流儀や考え方は正直俺にはわからん。だから――」

「――あぁ、なるほどね。クラスの外の人間。希咲に敵対しそうな不良女子とも関係なさそう。貴方たちのクラスに仲がいい女子もいなさそう。女子の関係性を聞くには、私がちょうどよかったのね」

「その通りだ」

「ちょっと納得がいかない部分もあるけれど、まぁ、いいわ。でも少し考える時間をちょうだい」

「わかった」


 そう言って白井は黙り込む。

 本当に真剣に考えてくれているようだ。


 これも彼女という人物への印象からすると意外な対応であったが、しかしそのことで弥堂が絆されることはない。

 情報を得るだけ得て、そのまま逃げ出す素振りを見せれば即座に仕留められるよう後ろを歩く彼女の気配に注意を向け、気持ち歩調を緩めた。


 現在地は校庭のど真ん中。

 校舎までの道のりはあと半分だ。
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