俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章47 -21グラムの重さ ②

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 そこに居たのは白井 雅という女生徒だ。


 先日の放課後に希咲 七海もろとも纏めて取り締まりをした『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』を名乗る迷惑集団の構成員の一人である地味女だ。

 そしてメンヘラでもある。


 最初に声をかけられた時点でその正体には気が付いていた。

 一度見聞きしたものは全て記憶に記録され、正確に照会されてしまうので気が付いてしまう。


 適当に無視していれば勝手にどこかへ消えるだろうと放置をしていた。

 メンヘラと野生の獣は、遭遇時に迂闊に目を合わせないことが重要だ。


 しかし自分はメンタルが弱いと申告してくるタイプの地雷女は根が図々しいのでメンタルが強い。この程度では撃退はすることが出来なかった。


 やはりメンヘラは人の話を聞かない。

 話を聞かないから返事を必要としない。


 何を言っても言わなくても、自分の都合のいいように脳内で勝手に会話を展開させ、勝手に完結して勝手に暴走する。

 弥堂は、そんな自身の妄想としか対話することの出来ない憐れな怪物を見下して仕方なく口を開いた。


「なんの用だ」

「んっ……、なんて目なの……。まるで無価値な置き物を見下ろすみたいに……。でも、そうね。もちろん嫌いじゃないわ」

「なんの用だ」

「ふふ。用ってほどのものはないわ。たまたま見かけたから声をかけただけ。それだけよ」

「そうか」


 話は終わったと弥堂は歩きだす。

 白井さんが何故か横を歩いて着いてきた。


「……なんの用だ」

「? 用なんてないわ」

「…………」


 用もないのになぜ着いてくるのかと疑問を口にしようとして止める。

 メンヘラはストーカーに進化する素養を持っているとどこかで聞きかじったことがあるからだ。


 つまりそれは遺伝子レベルでそのように作られているということであり、『世界』が彼女をそのようにデザインしているからだということになる。

 それならば仕方ないかと弥堂は諦めた。


「弥堂クンもお散歩かしら?」

「……仕事中だ」


 こちらの突き放す態度などお構いなしに普通に話しかけられる。

 メンヘラは空気を正確に読めないので、それも仕方ないことだと諦めた。


「そう。風紀委員も意外に大変なのね」

「そうだ。だから着いてこられても碌に相手を出来ないぞ」

「えぇ、お構いなく。でも私は食後の散歩をしているだけだから気にしなくて大丈夫よ」

「悪いがお前に構っている暇はない」

「貴方こそ気を遣わないで。ただ並んで歩いているだけで嬉しいわ。私は弁えた女よ。男の仕事の邪魔はしないわ」

「…………」


 やはり話が通じない。

 全ていい風に捉えられてしまう。

 弥堂は彼女をぶん殴ってその辺の茂みに遺棄していくことを視野に入れ始めた。


「ところで弥堂クン。昨日のニュースは見たかしら?」

「……なんのことだ」

「ここの近くの牧場で家畜が殺されたらしいわね。食い殺された可能性が高いって情報だったけれど……、かわいそうね……」

「あぁ……」


 記憶の中の記録を探ってみると該当するものがある。

 昨夜テレビで流れていたニュースだ。

 聞いてはいなかったが聴こえてはいたので、記録はされていた。


 弥堂は眼を細める。


 そのニュースの内容自体はどうでもいいのだが、白井がまるで普通の人間がするような普通の世間話をしてきたことで、逆に警戒心が湧き上がったのだ。


「犯人――と言っていいののかわからないけれど、何に殺されたのかまだわかっていないらしいわね。私……、こわいわ……」


 案の定これ見よがしに不安をアピールしてきた。

 殺された動物を憐れむようなことを口にしていたが、メンヘラは基本的に自分のことしか考えていないし憐れまない。


「安心しろ。キミの品質は家畜以下だ。人間が食うために調整された肉を食ったヤツが、それよりも不味いものをわざわざ食おうとは考えないだろう。キミは安全だ」


 もしも『送ってほしい』『一人で居たくない』などの台詞が吐かれたら即座に逃走をしようと、弥堂は悟られぬように目線を振り脱出経路を見出す。


「あら、ありがとう。安心させてくれて。でも、ちょっと気になることがあって……」

「便所なら逆方向だ。引き返すといい」

「もう、デリカシーがないのね。なんて漢らしいのかしら……。でもそうじゃないのよ」

「…………なにが気になる」


 やはり迂遠な言葉で追い払うのは無理かと弥堂は諦める。


「だって変じゃない?」

「あぁ、キミは変態だ」

「んんっ、そんな……、こんなところで急に求められても困るわ……。ねぇ知ってる? 次の時間、体育館を使うクラスはないそうよ……?」

「いいからとっとと気になることとやらを言え。殺すぞ」


 脳内のメンヘラセンサーが危険域に突入したことを報せてきたので、弥堂は直接的な対応に切り替えた。


「イジワルね……。まぁ、いいわ。だって、剝きだしてみてもちょうだい」

「むきだし……?」

「ごめんなさい。間違えたわ。考えてみてもちょうだい」

「言い間違う要素ねえだろ。お前おちょくってんのか?」

「そんなつもりはないわ。それよりも弥堂クン考えてみて。この話おかしくないかしら?」

「おかしいのはおま――いや、何がおかしい?」


 泥沼に引き摺りこまれることを危惧して弥堂は口を噤んだ。


「殺されたのって牛よね? それもある程度育った」

「……そうだな」

「それを食い殺すって、普通に考えたら牛よりも大きな動物よね?」

「…………」


 確かにそれはそうだと認める。


「牛よりも大きな肉食獣ってどんなものがいるかしら?」

「……すぐに思いつくものでは熊、か……?」

「でも、ここは外れとはいえ東京都よ」

「……近くの山で野犬の群れを目撃したという情報がある」

「それはあり得るかもしれないわね。でも、野犬の群れが襲ってきたら結構な騒ぎになるわよね? 犬って狩りの時は吠えるし。家畜のほとんどが殺されるまで誰も気が付かないって、少し不自然じゃないかしら?」

「…………」


 足を止めて白井へ目を向ける。

 彼女も合わせて足を止めた。


「ふふ。なぁに? その意外そうな顔」

「いや」

「言わなかったかしら? 私、結構頭いいのよ?」


 頭のおかしい女であることは知っていたが、ここでの彼女の言葉には一考の価値があると認める。

 まさかこの女がまともな発言をするとはという点だけでも意外だったが、さらにまさか自分の役に立つような情報まで齎すとは尚更意外だと弥堂は感じた。


 風紀委員とはいえ只の高校生に過ぎない弥堂には一見関係のないニュースのように思えるがそうではない。

 なにせ事件現場がこの美景台学園に近すぎる。

 北東方面に直線距離で2~3㎞くらいの地点だ。


 確かに白井の言うとおり、この話はおかしい。


 そして通常であれば弥堂の業務外の事案であるが、彼女の懸念するとおりに、もしも大型の肉食獣がこの辺りで野放しになっているというのなら、話は変わってくる。

 生徒会長閣下から学園を、延いては生徒や近隣住民を守れと命令されている以上、例え相手が大型肉食獣であっても自分が仕留めなければならない。


 しかし、まだ大型の獣の仕業であると確定したわけではない。

 そういったものが動物園や輸送車から逃げたなどという情報も聞いたことがない。


 早めに確定情報を入手したいところであるが、それはこんなところで事件の部外者である弥堂がいくら考えたところで手元には入ってこない。


 何に殺されたかという情報を最速で確定させるのは検死官だ。

 つまり、その情報を持つものは警察ということになる。

 だが、その情報が絶対に一般公開されるという保証はない。

 警察から情報を得るにはやはりあの男に依頼するのが確実だろう。


 一瞬で道筋を組み立てた弥堂はすぐに制服のポケットからスマホを取り出す。


「どうかしら、弥堂クン。私は貴方の役に――」

「――キャアァァァーーーーッ‼‼」


 白井が何かを言いかけるとその時、大きな悲鳴が聴こえた。


 声がしたのは校庭の方だ。


 弥堂はそちらへ顔を動かし、白井も迷惑そうな顔を向けた。


 この私立美景台学園において、日中に悲鳴があがることは特に珍しいことでもない。

 それを聴いた二人にとっても慣れたことなので、すぐに慌てるようなことはしなかった。


「……ん? 随分人が集まってるわね……」


 校庭の方角を白井が目を細めて覗き見るようにしながら怪訝そうにする。

 弥堂も違和感を感じた。


 いつもであれば、学園内で悲鳴があがってもすぐに『なんだ、いつものことか』と周囲の生徒たちもすぐに鎮まっていくのだが、今回はその逆だ。

 徐々に伝播するように騒ぎが大きくなっているように感じられる。

 段々と人が集まり、比例して騒めきが拡がっている。


「なにかありそうね。見に行ってみましょう」


 野次馬根性を擽られたのか、返事を待たずに白井が小走りで現場と思われる場所へ駆けていく。


 弥堂も一拍遅れてそちらへ歩みだした。


 こういった騒ぎこそ風紀委員の通常の管轄ではあるが、急行することはせずに手に持ったままであったスマホを操作する。


「――俺だ」
『――いよぉ、兄弟。オレだ』


 電話を掛けると3コールもしない内に相手が出る。


「緊急で一件」
『任された』

「昨夜のニュース、家畜の殺害、検死結果、警察の予想する犯人」
『早ければ夕方、遅くても夜』

「構わない」
『すぐにかかる』

「じゃあな」
『あぁ、じゃあな』


 電話を切る。


 目の前で事件が発生しているようだが、まぁ昼間の学園内で殺人などが起きる可能性は低い。家畜の殺害の方が直接生徒の生命に関わる可能性がある分、優先度が高い。


 歩きながら考える。


 犯人が何者かは不明だが、一応大型の肉食獣との戦闘を想定しておくべきだろう。正面戦闘では不利になるが、昨日戦った巨大ゴミクズーよりはいくらもマシだ。

 だが、侮るべきではなく、準備を怠るべきでもない。

 そうすると、尚更さっきまで行っていた仕込みを全て終わらせることがやはり重要であり、それなら予定に変更はなく、元々やっていたことをそのままやるだけで追加の案件も対応可能だ。


 効率がいいなと一定の満足感を得て弥堂は進行先の人だかりを視る。


 先行していた白井はもう野次馬の一部になっていたようで、最後尾から人だかりの向こう側を懸命に覗き見ようとしている。


 その後ろ姿に異変が起きた。


 白井は、目の前の男子生徒の背中から右に回り左に回りつつその場でジャンプをする。

 そうすると人間の首と首の隙間から向こう側の様相を目視出来たようだ。


 地面から10㎝と少し足を離しただけの空中で、白井の肩がビクっと跳ねる。

 思わずといった風に上体を仰け反らしながら着地をした彼女はバランスを崩しながら身を引くように踏鞴たたらを踏み、数歩後ろに下がってくる。


 両手を口元へ持っていき息を呑んだ様子がその背中から視てとれた。



 弥堂は現状況を異変と認定し歩くペースを速める。


 そこから二歩。


 現場を確認する為に急行しようとしたが、たったそれだけでこの異変の正体に見当がついた。



 ここいらの地域では午前中は海からの南風が陸地に吹き込み、午後になると徐々に山から海へと吹き下ろす北風へ変わっていく。


 現在は午後だ。


 学園の北側にある山から風が校庭を通り、中庭を通り、校舎を抜けて、南の正門から出ていく。


 その北風にのって知っている“におい”が届いた。



 異臭。



 弥堂にとっては既知の異臭であるが、他の多くの生徒にとってはそうではない異臭。


 ここでの日常の中では異なるモノとなるが、弥堂個人としてはこれまでに散々親しんではいないが慣れた異臭。



 腐臭。



 外気に触れてからある程度時間の経過した血の臭いと、腐った内臓の臭い。



 懐から風紀委員会の腕章を取り出し腕に着ける。



 校庭と事務棟前の広場との間には両者を隔てるフェンスがある。


 校庭の入り口となる部分ではそのフェンスが途切れていて、そこの場所には門柱のように植木がある。


 目の前の人だかりはそこを中心として拡がっているようだった。


「風紀委員だ。道を開けろ」


 思い思いの様相で動揺を表していた生徒達の背中へ声をかけると、一斉に左右に広がり道を開けてくれる。

 いつもであれば、反抗的な者、鈍くさい者がいて、このように素直に素早く彼ら彼女らが応じてくれることは少ないが、この先には彼ら彼女らにとって“余程のモノ”があるのだろう、実に効率のいい反応を見せてくれる。


 弥堂は一定の満足感を得て先へと進む。


 現場へは幾許もなく到着する。


 進んだ先。


 校庭のフェンス、その角、植木、その下の茂みの隙間、想定通りのモノ。



 そこにあったのは――



――死体だった。

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