俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章45 Killing ReStart ③

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 住宅街に入ってある程度歩くと、それまで後ろに着いて歩いていたメロがトコトコと前に進み出て来て振り返った。


「少年ご苦労ッス。この辺でいいッスよ」

「…………」


 そう申し出てくるネコ妖精を無言で見遣る。


「え? でもメロちゃん――」
「――マナもずっとおんぶさせてるのは心苦しいッスよね?」

「あ、うん。そうだね。弥堂くんありがとう。もう大丈夫だよ」


 事前に調べてあった水無瀬の住所はまだもう少し先のはずだが、なるほど、人間の水無瀬よりもペットの方が防犯意識がしっかりしているようだと弥堂は得心する。

 住処は既に抑えてあるし、どうしてもきっちり自宅前まで同行したいわけでもないので、素直に彼女を下ろしてやることにした。


「先に靴を置け」


 彼女にそう指示をしてペタンと地面に落ちた制服ローファーの上に彼女を下ろす。

 地面に足をつけた途端によろける水無瀬を支えてやった。

 まだ身体が本調子ではないのか。通常時から壊滅的な運動神経をしているので判断に悩むところだ。


「えへへ、ごめんね。ありがとう」


 照れ臭そうに笑う彼女の表情からも判断はつかない。

 興味を失い手を離してやった。


「あっ⁉」


 しかし、すぐに彼女がそんな驚いたような声を発したことで顔を戻す羽目になる。


「どうした?」


 問いかけると彼女はふにゃっと眉を下げて弥堂の顔を見上げてきた。


「……靴下脱いでから靴履けばよかった……」

「……」

「靴もビチョビチョになっちゃった……」


 左右の足を交互に踏み、カッポカッポと音を鳴らす彼女から、馬鹿々々しいと今度こそ顔を背ける。



「弥堂くん、帰りだいじょうぶ? 道わかる?」

「問題ない」

「ホントに? 迷子にならない?」

「なるわけねえだろ」


 これだけきっちり区画整理され綺麗に道も舗装されているような場所で迷うようなら、とっくの昔に野垂れ死んでいる。

 というのが弥堂の価値観なのだが、普通のご家庭で育った愛苗ちゃんとは当然感覚がまるで異なる。

 どれだけ相手を慮って善意からかけた言葉だとしても、下手な野生動物よりも余程警戒心が強く決して懐くことのないクズ男には一切響かないのだ。

 根性が螺子くれすぎた男は「馬鹿にしているのか」と受け取る。


「それじゃマナ、そろそろ――」

「――あっ! 弥堂くんっ。よかったら家で一緒にご飯たべていかない?」

「――なぬぁーッス⁉」

「…………」


 水無瀬も水無瀬でパートナーの気遣いを台無しにするような提案をかましメロを驚愕させた。

 天然さんにもなかなかに善意が通じない時がある。


「……結構だ」

「え? でも今日はお寿司だよ?」

「だからなんだよ。寿司なら俺が飛びつくと思ってんのか?」

「お寿司きらい?」

「そうでは――……いや、そうだ。実は生ものは苦手なんだ」

「お腹キュルキュルしちゃうの?」

「…………そうだ」

「そうだったんだ。ごめんね」


 寿司ならイケると確信していたのか、愛苗ちゃんは残念そうにシュンと肩を落とす。


「ウソくせぇッスね。そんな繊細なタマじゃねぇッスよ、コイツ。その辺でヘビとか捕まえて皮剥いでそのままナマで食ってても全然違和感ねぇッス」

「お前は俺に着いてきて欲しくないんじゃないのか」


 シラっとした目を向けてくるネコ畜生に、さらに白けた眼を返した。


「ちなみに俺が相伴に与ると確実にペットの取り分はなくなるだろうな」

「マナっ! 誰にでも苦手なものはあるッス! 無理に誘っちゃ可哀そうッスよ!」


 あっさりと掌を返す肉食動物に侮蔑の視線だけを投げ、水無瀬の方に顔を向ける。


「そういうわけだ。諦めろ」

「うん……」

「そもそも、その寿司はお前の母親が自宅で調理するのか?」

「え? ううん、出前だよ。いつも頼んでる美味しいお寿司屋さんがあるの!」

「そうか。ということは、予め家族の人数分で頼んでるだろ? そこに急に一人増えたら配分に支障が出ると思わんか?」

「あ、そっか。そうだよね。弥堂くん頭いいねっ」

「俺が頭いいんじゃなくてお前が――いや、いい。とにかく、お前の両親を困らせるのは心苦しいから、俺はここで失礼する」


 真面目に指摘しても仕方がないかと言葉の途中で諦め、心にもないことを言ってこの場を辞そうとする。


「あ、うん……。あとね、弥堂くん。ホントに病院行かなくてだいじょうぶ?」

「しつこいな。何度も同じことを言わせるな」

「でもっ……」

「別にどこにも問題となるような怪我はない」

「……こんなこと言うのもなんッスけど、フツーのニンゲンがあんなヤベーのに殴りかかってケガがないって、それはそれで問題な気がするッス。オマエおかしいッスよ」

「うるさい黙れ」


 ペットの分際で軽々しく口を挟んでくる軽薄なネコを強引に黙殺して踵を返す。


「あ、待って。弥堂くん」

「なんだ。まだなにかあるのか?」


 しかしすぐに水無瀬に呼び止められて足を止めた。


「あのね……、えっと……」

「なんだ? 早く言え」

「オイッ! うちのマナがまだ考えてんだろーが! 少しくらい待てよッス!」


 どこか言い辛そうにしながらモジモジと言葉を探す彼女に苛立ちを露わにすると、彼女を擁護する為に飼い猫が突っかかってきた。

 跳び上がって顔面に迫ってくるネコ妖精を、ちょうどいいとばかりに鷲掴みにして振り回し八つ当たりをする。


「……あのね? 助けてもらったのに、こんなこと言いづらいんだけどね……? 弥堂くんはイケナイと思います……っ!」

「ほぉ」


 普段悪いことを悪いと自覚して行っていることの多い弥堂なので、通常は他人から注意を受けても全く意に介さない。

 しかし、水無瀬 愛苗という人物から他人を否定するような言葉を聞くのは初めてのことだったので、逆に何を言うつもりなのかと興味を持った。


「いいだろう。言ってみろ」

「オマエなんでそんなにエラそうなんッスか」

「弥堂くんはあの子のことが好きなの?」

「あの子……? どの子だ?」

「ミザリィちゃんだよ」

「ミザリィ……?」


 一体誰のことだと首を傾げる。

 そんな名前の共通の知り合いがいただろうかと記録を探ってみると、一件だけ該当するかもしれない存在に思い至る。


「お前……、もしかしてさっきのゴミクズーのことを言っているのか?」

「うん、アイヴィ=ミザリィちゃん」

「…………」


 弥堂は彼女の話に関心を持ったことを早くも後悔し始めた。


「あのね? 弥堂くんはミザリィちゃんにチューしたじゃない?」

「してないが?」

「えっ、でもチュッチュしてたし……。溺れてたのは弥堂くんじゃない? だから弥堂くんにあの子がチューするのは人工呼吸だけど、弥堂くんの方からしたらチューになっちゃうじゃない?」

「何言ってんだお前?」

「チューは好きな人としかしちゃダメじゃない? だから弥堂くんはミザリィちゃんが好きなのかなって」

「…………」

「ヘイヘーイっ! どうなんだよボーイっ! 恥ずかしがらずに好きって言っちゃえよーッ――って、ギャァァーーーッ⁉」


 化け物が好きなのかと聞かれ、それに答える言葉が見つからずにいると、すかさず邪悪なネコ妖精が煽ってきたので、後ろ足を引っ掴んで宙吊りにしてやった。


「……なにか問題があるのか?」

「うん、あのね……?」


 水無瀬に対して「そんなわけないだろう」と否定しても無駄な気がしたので、とりあえず一通り彼女の主張を聞いてみることにした。


「……弥堂くんはななみちゃんとチューしたじゃない?」
「ニャンだとぉーッス⁉」

「…………」

「だからね? 他の子とチューしたら浮気になっちゃうと思うのっ」
「オイ、オマエっ! したんか⁉ ギャルとチュッチュしたんか⁉」

「…………」

「弥堂くんはななみちゃんが好きなんだから浮気はイケナイと思いますっ!」
「ナナミをベロベロして、ゴミクズーをベロベロして、さらにマナまで狙ってやがるとは……、なんてオス度なんッスか……。ジブンもモノのついでに頂かれちまうんッスか……⁉」


 まるで確定事項のように捉えて「めっ」をしてくる水無瀬と、何故かやたらと興奮した様子のネコ妖精に言葉を失う。

 何から訂正するべきか、そもそも話に応じる必要があるのか、先程のゴミクズーとの戦闘以上の疲労感に襲われた。


「……誤解だ」

「誤解……?」
「騙されちゃダメッスよ、マナ! 浮気した男の99%がそう言うんッス!」

「黙れゴミネコ。いいか、水無瀬。何故俺が希咲が好きだと思い込んだ?」

「えっ? だってチューしたし……」

「してないが」

「えっ? でも教室で……」

「なんの話だ」

「先週チュッてしてた……」

「先週……? あぁ、あれか」


 妄想の中の出来事を現実にあったことだと思い込む彼女にこそ病院を勧めるべきかと考えたが、言われてみればそんなこともあったなと思い出す。

 キャンキャンと喧しい希咲の口を無理矢理塞いでやろうとした時のことだ。


「あれは勘違いだ。実際にはしてない」

「そうなの? でも、ななみちゃんセーフだって言ってたし……」

「してないからセーフって意味だろうが。なんでしてる方をセーフって捉えるんだよ」

「あ、そうなんだ。好きな人とチューするのはいいことだから、てっきり『ちゃんとできたよー』って意味なんだと勘違いしちゃった。えへへ、ごめんね?」

「おい、こいつの教育はどうなってんだ」

「申し訳ございませんッス、お客様。その件につきましては弊ネコも重く受け止めているのですが、いかんせんこれがカワイイかなって……」


 本人に言っても意味が無さそうなので弥堂がメロに咎める眼を向けると、担当者は口調は丁寧なものの全く反省などしていないことを伝えてきた。


「じゃあ弥堂くんはななみちゃんとチューしてないんだね」

「……あぁ、そうだ。俺は七海ちゃんとチューしてない」

「どうして? ななみちゃん好きなのに?」

「いや……、お前な……。言いたいことがいくつもあるが、例え好きだったからといって、教室で白昼堂々衆人環視のもとチューしたら駄目だろう」

「あ、そっか。そうだよね」

「おい、こいつヤバイぞ。どうにかしろ」

「申し訳ありませんッス、お客様。弊ネコもさすがに甘やかしすぎたかなと思い始めましたッス。少年の方がまともなこと言ってて『あ、これヤバイわ』って今思ったッス」


 好きでもないのに教室で白昼堂々衆人環視のもと女子にチューしようとした男にメロは誠心誠意の謝罪をした。


「ごめんね、私いっぱい勘違いしちゃってた。ななみちゃんのことは好きだけどチューはしなかったんだね」

「それも勘違いだが」

「それ?」

「俺はあいつのことは好きではない」

「え?」

「むしろ嫌いだが」

「えぇっ⁉」


 大好きな親友の七海ちゃんを嫌いな人がいるはずがないと思い込んでいる愛苗ちゃんはびっくり仰天した。


「どどどど、どうしてっ⁉」

「あいつは生意気で煩くてムカつくんだよ」

「そんな……⁉ きっと弥堂くんはななみちゃんのことを誤解してると思うの。私がななみちゃんのいいところいっぱい教えてあげるね? まずはカワイイとこでしょ? あとはぁ優しいし、あとカッコいいし、他にもいっぱいあるんだけど……、あっ! カワイイといえばこないだね? ななみちゃんと一緒に公園でクレープ食べたときなんだけど――」

「――待て。わかった。落ち着け。とりあえず一回止まれ」

「うん? いいよー」


 先日にもあったようにひっきりなしに希咲とのエピソードを聞かされると危惧した弥堂は慌てて水無瀬の発言を遮る。


「その、なんだ。今のは違うんだ」

「ちがう……?」

「あぁ、今のはアレだ。ツンデレだ」

「つんでれ?」

「あぁ」


 コテンと首を傾げる彼女にコクリと力強く頷いてやる。

 しかし、どんな言い訳をするかはまだ決めていない。


「今のはつい嫌いだと言ってしまっただけだ」

「え?」

「素直に好きだと認めることが出来なくてな、つい嫌いだと言ってしまったんだ」

「そうだったんだ。じゃあ、やっぱりななみちゃんが好きなんだね?」

「…………あぁ、そうだ。俺は七海ちゃんが本当は好きなんだ」

「わぁ。よかったぁ」

「そういうことだから、あいつのいいところを聞く必要はない。間に合っている」

「うん、わかったぁ。あっ! そうだ! ねぇねぇ、弥堂くん。ななみちゃんの好きなところ教えっこしよー?」

「……非常に興味深い話だが、今日はもう時間も遅い。またの機会にしよう」

「うん、いいよー」


 思い込みの激しい水無瀬も水無瀬だが、その場しのぎですぐに適当な言い逃れをする弥堂も弥堂だった。


「ジブン詳しいことわかんねーッスけど、あんまテキトーなこと言ってると少年そのうち取り返しのつかないことになるッスよ?」

「うるさい黙れ」


 完全に正論であったが、ネコ風情に人間様の事情に口を出されるのが鼻についたので、弥堂はゴリ押しのパワハラでメロを黙らせた。



「俺はもう行く」

「あっ……、弥堂くん気をつけてねっ」

「あぁ。じゃあな」

「うん、ばいばい。いっぱいありがとうねっ」


 形勢が悪くこの話をこれ以上続けられたくなかったので、弥堂は背中にかけられた感謝の言葉には何も答えず、すぐに角を曲がって姿を消した。


「行っちゃったッスね。アイツちょっとマイペースすぎねえッスか……」

「あはは……」

 さすがの水無瀬さんにもそれは擁護できずに苦笑いだ。


「ジブンたちも帰ろうッス。マナ歩けるッスか?」

「うんっ、もうだいじょうぶだよ!」


 弥堂が消えた方に背を向け二人も帰路に着いた。
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