俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章43 選別の光 ⑦

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 カッ、コッ、と地面を鳴らしてキャップが転がっていく。


「……ミズ」「……ミズ」「……オミズ?」「……クレル?」「……ヤサシイ」「……スキ」


 グッタリと手足を投げ出して倒れる足元の女の喉奥から、まるで緊迫感のない期待に満ちた声が漏れ出てくる。


「あぁ。キミは水が好きだろ?」


 言葉だけは優しげに、ペットボトルを傾ける。


 飲み口から流れ落ちた液体がビチャビチャと女の顔を濡らす。

 緩い風が橋の上を通り仄かな異臭を運んだ。


「……チガウ」「……ミズチガウ」「……ヤダ」「……コンナノカケナイデ」「……ドウシテ」


 期待と違った物を与えられたことに気付いたアイヴィ=ミザリィは、打って変わって拒否感を示しながら弥堂の足の下で身を捩り始める。

 弥堂はそれをグッと踏みつけて抑えながら、制服ブレザーの内ポケットに手を突っこむ。そこから取り出したのはライターだ。


 いつもの100円ライターではなく、ヤンキーを殴ったらドロップしたジッポライター。


 チンッと音を鳴らして蓋を跳ね上げ、返す指でホイールを擦る。

 ずぶ濡れになっていたので懸念していたが問題なく火は点いた。


 それを見てギョッと目を剥いて顔色を変えたのはアイヴィ=ミザリィだ。


 口を開けて何かを叫ぼうとするが、それよりも先に弥堂は火の点いたライターを彼女の顔面に落とした。


「ギャアァァァァァッ⁉」


 浴びせかけた灯油に引火すると、ゴミクズーはこれまでにないほどの苦しみの絶叫をあげる。


「ヒッ⁉」「ヒッ!」「ヒ、ヤダ!」「タスケテ!」


 顏に遺った――正確には再現してしまうほど魂に情報が遺った――火傷の通り、火に強烈なトラウマを持っているようだ。


 先日にネズミのゴミクズーで試したが、火をつけて燃やそうとしてもゴミクズーは殺せなかった。

 今も灯油が燃えているだけで、実質的に火が彼女の躰を焼いているわけではない。


 だが、明らかに効いている。


 火に覆われて藻掻き苦しむ少女をしっかりと踏みつけて、弥堂はその様子をしっかりと視る。


「……ナンデ」「……ドウシテ」「……ヒドイコト」「……ワタシノカオ」「……マタ」「……モウユルシテ」


 その気になれば振り払って川に飛び込むことも出来るだろうに、その存在を決定づける『魂の設計図アニマグラム』に書き込まれた情報がそれを許さない。

 記憶の中に記録され、魂に蓄積され、そういうものだと定義づけられてしまったら、そうであるしかない。


 今のゴミクズーという存在として生まれ直した時に、以前の強烈な記憶からそのように再定義されたのだろう。

 それは原初の本能に等しく、非常に抗いがたいものだ。

 それに背けば存在が根底から覆ることになり、かといってこうして火に炙られていても存在の強度は確実に削られ弱っていく。


 “ゴミクズー”という名称なのか種類なのか、その呼称については弥堂は寡聞にして知らなかったが、だがこの手の化け物の殺し方は知識として持っていた。


 視下ろす視線の先、火に包まれてのたうつ化け物のその存在の根幹を視る。

 それは記憶にあった通り確実に――


(――揺らいでいる)


 問答無用で敵を滅ぼせる水無瀬の魔法のような手段を持たない、只の人間に過ぎない弥堂がこの手の化け物を殺そうとしたら、こうして存在の根幹を揺るがし強度を削っていくのが最も効果的な手段だ。

 その為には、もっと苛烈に追い込んでいく必要がある。


 そして――


「うるせえな。俺のやることにいちいち文句をつけるな。黙って死ね」

「……ヤダ」「……イヤダ」「……ヒドイコト」「……ヤメテ」


――それこそが弥堂 優輝が最も得意とするところだ。



 火に焼かれる少女に馬乗りになり、自身の首に巻き付いたままになっていた髪を少女の首にかける。

 グルグルと何周か巻き付けてから両手でグッとそれを絞った。


「……クルシイ」「……クビ」「……ヤメテ」「……ナンデ」「……スキッテイッタノニ」「……ウソツキ」

「嘘つきはお前だ」


 力いっぱいに首を絞めながら瞼の向けた眼球と眼を合わせる。


「……ウソツキ?」「……ワタシ?」「……ナンデ?」「……チガウ」「……ナオトガ」

「嘘つきだろうが。俺を好きだと言ったな? なら、俺の言うことを否定するな。俺のすることを拒絶するな。それとも好きと言ったのは嘘だったのか?」

「……チガウ」「……ウソジャナイ」「……スキ」「……ホントニスキ」

「だったら俺のすることは全部受け入れろ」

「……ソンナ」「……ヤメテ」「……ヒドイコト」「……ヤダ」

「酷いこと? そんなことはしない。お前が好きだと言っただろ? 好きだからこうしてるんだ。俺はお前が好きで、お前は俺を好き。だからこれは酷いことなんかじゃない」

「……デモ」「……イタイ」「……クルシイ」「……ヤメテ」

「それはお前の努力が足りないからだ。俺を好きなら俺のすることは何でも全部喜べ。出来ないのならお前は嘘つきだ。嘘つきは捨てるぞ? お前は嘘つきか?」

「……ヤダ」「……チガウ」「……ウソジャナイ」「……ステナイデ」

「だったら悦べよクズが。いちいち俺を煩わせるな。俺が死ねと言ったら股を濡らして悦びながらさっさと死ね」


 アイヴィ=ミザリィの首を絞める髪をバンテージのように手に巻き付けたまま、左右の拳を交互に撃ち落として顔を殴っていく。


「……ヤダ」「……ヤメテ」「……スキナノニ」「……スキダカラ?」「……ナンデ?」

「好きなら嬉しいはずだ。そうじゃないならお前の気持ちが足りないんだ。誠意を見せろ。努力をしろ。俺はお前が好きだぞ? だから殺す」

「……スキ?」「……ワタシモ?」「……スキ」「……ナオト?」「……ダカラシヌ?」「……シニタクナイ」

「ちっ、めんどくせえな」


 唾を吐き捨て、弥堂は手に巻き付けた髪を外しそれをアイヴィ=ミザリィの両手に握らせる。


「おい、自分で絞めろ。俺が死ねっつったら自発的に死ねよ。気の利かねえ女だな」

「……エ?」「……ア?」「……ジブンデ?」「……ナンデ?」

「いいか? 俺が好きなのは物分かりがよくて便利な女、都合のいい女、つまり効率のいい女だ。わかったか? 捨てられたくなかったら効率を出せ。ちゃんと自分で首絞めとけよ」

「……シメル」「……イヤ」「……シメルカラ」「……シニタクナイ」「……ステナイデ」


 支離滅裂なことを言いながら自分の首を絞め始める少女から眼を離さずに、手探りでバッグを引き寄せる。


 個体ごとに違った未練や執着を持っているが、それとは別にこの手の化け物には共通した執着がある。


 それは生存本能。


 死にたくない、生きたいという本能に近い願いがある。

 設計図が解けて残った魂の残滓それぞれにその共通した妄執があるからこそ結合してカタチを為す。生まれ変わることが出来ている。


 今、アイヴィ=ミザリィは『男に捨てられたくない』という妄執から弥堂の命令どおり自傷行為をしている。

 しかし、その行動は『死にたくない』という妄執に矛盾する。


 この矛盾を起こすことで存在の定義が揺らぎ、元はそれぞれが別の存在であった失われた魂の欠片の結合を弱らせる。

 それはつまり強度が落ちて存在が破綻することを意味し、仮初の『魂の設計図アニマグラム』の崩壊に繋がる。


 その矛盾と崩壊を、弥堂の瞳の中の蒼い炎が写し視神経を通して脳へ情報として持ち込む。


(――殺せる……っ!)


 弥堂の脳はその情報を確かな手応えとして処理した。


 火に包まれながら自分の首を絞める狂った少女のスカートの中へ両手を突っ込む。

 両サイドのゴムを雑に引き伸ばして、白い無地の野暮ったい下着をズリ下ろした。

 膝の上あたりまで下げたところで手を離してバッグの中に手を突っ込む。


 取り出したのは中身の入ったペットボトルだ。


 地面に横たわったままそれを目にしたアイヴィ=ミザリィが血相を変える。

 何をされるのか直感したのだろう。


「……ヤメテ」「……ヤダ」「……イヤダ」「……ソンナノムリ」

「うるせえ。いいからちゃんと絞めてろ。捨てられてえのかゴミクズが」

「……ヤダ」「……シヌ」「……シニタクナイ」「……チャントシヌ」「……アッ」「……アァ」


 片手で膝を押さえてもう一方のペットボトルを持った手をスカートの中へ入れる。

 ドプッ、ドプッ、とたっぷりと注ぎ込んで少女のナカに熱い火を入れた。



 一回目の着火の時以上の大絶叫が轟く。



 暴れる躰を無理矢理抑えつけた。


 弥堂自身も至近距離で火を浴びて、ずぶ濡れだった衣服が乾き袖口と膝が燃え始めているが眉一つ動かさずに火だるまの化け物を殴りつける。

 アイヴィ=ミザリィは最早意味を為さない言葉を叫んでいる。


 狂乱した少女の両手を握り首を括った髪を引いた。

 手の皮膚が焼け爛れていくのを無視していっそ髪と癒着してしまえと強く握り、強く強く首を絞める。


 気道を圧迫しても脳への血流を止めても化け物は殺せない。


「死ね。死ねよ。好きだって言ってんだろ。だから死ね。愛してるから殺してやる」


 だが、弥堂の視る『魂の設計図アニマグラム』は確実に破綻をしている。


 残った力の全てを腕に巡らせグッと強く引くと、ブチィッと音を鳴らしてアイヴィ=ミザリィの首が千切れた。

 コロコロと頭部が転がって離れると、首の中からコポコポと水が漏れる。


 握った拳を腹に当て、トドメの“零衝”を放とうとした瞬間――首の切断面から肉塊が飛び出してきた。


 頭が無くなったので体内から出てきたこれは舌ではなくて内臓のどれかだったのかもしれない。


 肉塊に顔が浮かび上がり一瞬で生えてきた長い髪が針となって弥堂を襲う。


「――っぐっ!」


 その内の何本かが両肩を貫通した。


 肉塊の顔はもう笑わない。もはや余裕はないようだ。


 弥堂は肩を貫く髪を両手で握り無理矢理髪を引いて肉塊の顔面を手繰り寄せる。


 近くまで引き寄せると肉塊は奇声をあげて噛みつきにきた。


 弥堂はわざと片腕に噛みつかせて敵を捉える。

 そしてまだ火の残る地面にその顔面を叩きつけた。


 傷を負った痛み、出血による酩酊感が生命の危機を伝えてくるが全て無視する。


 ただ腕を上げてそれを叩き落とす。

 それだけの行為に知性も理性も必要ない。


 火に怯え、顎を緩めて歯を離そうとする肉塊の頭頂部を殴りつけ、無理矢理歯を腕に食い込ませて筋肉を絞める。離れることを決して許さない。

 そうして何度も地面に叩きつける。


 やれるだけのこともやるべきこともやった。

 後はこのままどっちが先に死ぬかだけだ。


 運が良ければ勝つし、悪ければ先に死ぬ。

 ただそれだけのことだ。


 狂気に満ちていた肉塊の目から光が薄れる。


(どうやら運がよかったようだな)


 渾身の力で叩きつけようとした瞬間――背中に強烈な衝撃を受けて弥堂は吹き飛ばされた。


 地面を何度か跳ねて転がってから止まる。

 受け身もなにもとることが出来なかった。


 地面に爪を立てて自分が吹き飛ばされてきた方向を睨む。



「……なんなんだ、テメェ……」


 首無しの少女の躰の横に立っているのはボラフだった。

 傍観を決め込んでいた彼だが堪らず乱入してきたようである。


「なんなんだよ……」


 譫言のように繰り返しながらボラフはアイヴィ=ミザリィの姿を目に写して、そしてギョッと目を剥いた。


「存在が綻んでる……、揺らいで、魂が崩れかけてる……」


 そして弥堂の方を向いて身体を粟立てた。


「嘘だろ……、ありえねえ。このままやってたら滅んでたぞ? ニンゲンが、ニンゲンごときが……、そんな馬鹿なハナシがあるか……?」


 ボラフが呆然としている間に弥堂は身体に鞭を打ってノロノロと立ち上がる。

 震える筋肉も崩れそうになる膝も全て意思の力で捻じ伏せた。


「なんなんだ……、なんなんだよっ! テメェ……ッ!」


 三度同じ問いを投げかけられるが弥堂は応えずに、足を引き摺って半身の姿勢を作った。


「答えろよ! ニンゲン!」


 焦燥感から激しい敵意を向けてくるボラフの視線を受け止め、口を開く。


「お前が言ったとおり、ただのニンゲンだが?」

「ふざけんな! ただのニンゲンが殴る蹴るでゴミクズーを滅ぼす……? オレたちとやり合う? そんなこと出来るわけがねえっ!」

「確かにお前らは強い。存在そのものがな。ニンゲンよりも遥かに」

「だったらなんで……っ⁉」

「さぁ? 下手くそなんじゃないのか?」

「殺してやるよクソがぁッ!」


 弥堂の一言に激昂したボラフは腕を振り、そのカタチを鎌に変えると一気に襲いかかってくる。

 余裕も手加減もない全力での突貫だ。


 弥堂は視線を向けつつもグラリとよろめく。

 ダメージを負い過ぎて疲弊し、高速で迫るボラフの姿はもう弥堂には視えてはいなかった。
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