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1章 魔法少女とは出逢わない
1章43 選別の光 ③
しおりを挟む種が割れて芽が出る。
絶対絶命の状況。
今から起こせる行動はせいぜい一つだけだろう。
そんな中で水無瀬が選んだのは防御でも回避でもなく――
――攻撃だった。
魔法のステッキを向ける。
その先にあるのは目の前でゴミクズーの放水攻撃を受け止めている自分で作りだした魔法の盾だ。
二本の水砲を防いでおり、そこに新たにもう二本の水砲が迫ってくる。
ステッキの先に魔力が集中し光の玉が膨らんでいく。
追撃の水砲が盾に当たるのとほぼ同時に、その力が解放される。
「フローラル――バスタァーーーーッ!」
ステッキの先から強力な光線が放たれ自身で創った魔法の盾をぶち破り、計4本の水砲とぶつかりあった。
水無瀬の大好きな魔法少女アニメである『プリティ☆メロディ』。その主人公が使う必殺技を模した魔法だ。
劇中でも敵の放った光線とプリメロの魔法の光線で押し合いをするというシーンがあり、そこから着想を得た一手だった。
願いや想いが弱まれば魔法も弱くなる。
アイヴィ=ミザリィの傷の悲惨さや、人間と戦うということに対する忌避感が水無瀬の魔法を鈍らせていた。
しかし、ここで窮地に追い込まれたことで、弥堂に謂わせれば『余計なこと』を考えている余裕がなくなった。
その結果、あくまで副次的な効果であり根本的な解決ではないが、現状を切り抜けること、対抗することに思考が一本化され、力を取り戻す。
単純な性格であることが良い方へ働いた例である。
地上から放たれる4本の水砲と空から撃ち落とされるピンク色の魔法光線。
それらは空中で拮抗する。
膠着状態だ。
しかし、その間にも髪の毛のドリルに着々と盾は削られ続けている。
撃ち勝つことが出来なければ結局は窮地のままでジリ貧だ。
そのように戦況を評価し、どうするつもりだと弥堂が目を向ける中、ここで水無瀬が驚きの行動に出る。
罅割れながらもドリル攻撃を防いでいた盾の魔法を解除した。
「――マナッ⁉」
メロが驚きの声をあげる。
それも無理はない。
恐らく飛行魔法だけは残して、あとは全てのリソースを攻撃魔法に回して押し返そうという魂胆であろう。
しかし、そんなことをしてしまえば――
「――オイッ! 正気か⁉」
敵であるボラフがそんな声をあげる程に当然の如く、妨げるもののなくなったドリルが一斉に水無瀬に襲いかかった。
スーっと水無瀬は息を吸う。
ドクン――と。
またも彼女の心臓の脈動が離れた位置にいる弥堂にも聴こえた。
ゆらり――と。
彼女の身体の周囲に『ナニカ』が湧き立つ。
水無瀬の居る場所だけ空間が歪んでいるかのように見えるほどの魔力が溢れ出した。
ドリルが水無瀬の身体に直接攻撃をしかける。
「――っ……! がまんっ……!」
オーラのように身体を包んだ魔力のゆらめきが水無瀬の肌を傷つけることを許さない。
魔法ですらないただの単純な魔力――ただし只管に膨大で強大なそれでアイヴィ=ミザリィの攻撃を跳ね返す。
ステッキから放たれる光線も強く太くなり、徐々に水砲を押し返し始めた。
「もっと……、もっと……っ!」
身の裡から魔力を引き出す。
その小さな身の裡に内包した膨大な魔力。
今まで使ったことがなかったその全量を放出するつもりで解放する。
胸元に飾り付けられた青い宝石の中で、種から出てきた芽が莟となる。
魔法を使うにはエネルギーとなる魔力が必要となる。
そして自分の願いに副った形にして維持をする為にはそれを制御する必要がある。
その制御しなければならない魔法の数が増えれば当然負荷も増大する。
かかる負荷が処理能力を超えてしまえば、一つ一つの魔法の強度と精度は落ち、下手をすれば消えてしまう。
だったら、制御する魔法は攻撃に絞って、あとは魔力の強さでどうにかしてしまえばいい。
(――いっぱいがんばれば……、きっとできる……っ!)
この時、魔法少女・水無瀬 愛苗の戦闘論理が確立された。
身に纏う魔力オーラがさらに増大し、それに触れていたゴミクズーの髪が蒸発をするように消滅する。
そして魔法光線の直径が膨れ上がった。
拮抗していたアイヴィ=ミザリィの水砲を押し返す、どころか――4本纏めて吞み込んだ。
力で総てを捻じ伏せた水無瀬の魔法は一気に地上のアイヴィ=ミザリィへと迫る。
絶対絶命のピンチから一転してもう水無瀬を脅かすものは無くなり、勝利は目前となる。
圧倒的な魔力の豪流がアイヴィ=ミザリィの本体も、口の中から伸びた全ての舌の顔も、纏めて圧し潰さんとした直前――
――複数ある顔の一つがニヤリと哂った。
「……タスケテ」
「――っ⁉」
距離があるため実際にその声が聴こえたわけではない。
しかし舌の先の顔の口がそのように動かした唇の動きが、はっきりと水無瀬にそう伝えた。
思わず躊躇をすると、仕留める直前まで迫っていた魔法がパッと消え去った。
「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」
「あっ……⁉ あぁ……っ」
全ての顔が囁くように同じ言葉を吐きかけてくる。
水無瀬は自らの失敗を認識し愕然とする。
これでは先程と全く一緒だからだ。
「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」
まるで煽るように合唱してその言葉を連呼する。
優しい彼女はそのことで神経を逆撫でされて怒るようなことにはならない。
もしも、少しでも彼女の気が短ければ――煽られて激昂し、つい力を奮ってしまう――そんな可能性もあったかもしれない。
だが、優しい彼女は例え争ったとしても怒るようなことはない。
結局、どれだけ魔力が強く頑強な防御があっても、どれだけ魔法が得意で強力な攻撃魔法が使えるようになったとしても、敵に当てる気がないのでは意味がない。
勝つことは出来ない。
そのことを水無瀬もこの時に自覚した。
「――きゃっ⁉」
水無瀬が呆然と放心している間に髪の束が巻き付いてくる。
そして一気に彼女を水面まで引き摺り落とした。
アイヴィ=ミザリィは水面に叩きつけた水無瀬にさらに多くの髪を巻き付ける。
「わ……、ぅぷっ……⁉」
水の中に引き摺りこむつもりだ。
「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……タスケテ」「……アハハハハハ――」
形成を逆転したゴミクズーが再び大声で哄笑をあげる。だが、その髪は緩めない。
(外からの攻撃が徹らないから溺死させる。いい手だ。俺でもそうする)
心中で弥堂が敵を称賛していると――
「――少年ッ!」
酷く焦ったメロに呼びかけられる。
「少年……っ! お願いッス! マナを助けて……っ!」
その懇願に弥堂は呆れる。
逃げろと言ったり、関わるなと言ったり、挙句の果てには助けを求めて。
まるで一貫性がない。
そんな相手と会話をする必要性を感じず、弥堂は何も答えない。
パートナーである水無瀬の窮地に完全に余裕を失くしているメロは、そんな弥堂の態度に激しく苛立つ。
自分の方を見ることすらしない男へ助命なのか怒声なのか判断のつかないような叫びを投げかけ続ける。もしかしたら罵声も混じっていたかもしれない。
しかし、それ以上に大きな声で辺りに響くアイヴィ=ミザリィの笑い声のせいで、はっきりとメロの言葉は聴こえなかった。
怒りに歪んだ目でメロが弥堂を睨みつけていると、漸く彼の口が何かを発する。
辺りは化け物の哄笑。
その声は聴こえない。
メロの目に弥堂の唇の動きだけが映る。
何か短い一言を発したように見えた瞬間――
――弥堂の姿が消えた。
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