俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章40 生徒会 ③

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 静かな瞳が弥堂へ向けられている。


 しかし彼女は弥堂を見てはいない。

 自分と弥堂との間の空間を見ている。


 弥堂は特に何も思わずカーテンの向こうの会長を視て、互いに無言のまま数秒ほど時間が経過する。


 すると注視していなければ気が付かないくらいの小さな動きで、会長の身体がプルっと一つ震えた。


 ここまで姿勢よく座っているだけで碌に動いていなかった女が稼働し始める。

 郭宮会長は自分が座っているデスクに置かれたノートPCにゆっくりと両手を伸ばし打鍵をしてそれを操作する。


 僅かな間を置いて『ぺぽーん』と耳に馴染みのある通知音が鳴る。


 発声源は弥堂のスマホではなく、御影メイド長が持つタブレットだ。


 主である郭宮会長の傍に控えるメイドの御影の手にはタブレット端末がある。普通のメイドさんなら銀色のトレンチを持っていそうなものだが、彼女は何故か銀色のタブレットを持っていた。


 御影がジッと会長を見ると、会長も首を回してジッと見返した。

 やはりまた数秒程見つめ合った後に御影が丁寧に主におじぎをする。


 御影がタブレットの画面を自分に向け今しがたの着信内容を確認する。


 弥堂との会話の途中だったのに突然何を――と、気分を害したりはしない。
 これもまたいつもの光景だった。


 高貴なる存在である郭宮会長は下々の者に直接声を聴かせることはない。
『ない』のだが、完全に『ない』とまともな日常生活を送れないので基本的には『ない』という体だ。


 なので、基本的かつ、主に弥堂に対して何かしらのお言葉を発する際にはこのように一度メイド長宛ににメッセージを送信してから、それを御影が読み上げるという手順になっている。


 形式ばっていて非常に非効率的だと思うが、身分の低い弥堂としてはこのくらいは受け入れざるをえない。


 以前に弥堂の雇い主であった女も身分の高い者であった。

 彼女は弥堂のメンタルを正しい方向へ導くなどと意味のわからないことを言っては突然弥堂の腕を斬り落とそうとしてきたり、親身になるようにと命令したメイドを世話役として弥堂に付けて予め情を持たせておいた上で突然その女を弥堂の目の前で殺そうとしてきたりと、他にもたくさんあるが、そんな猟奇的なメンタリティを持った人間だった。

 あのような常軌を逸した追い込みをかけてこられるのに比べれば、こうして目の前で膝をつくことなど訓練された弥堂にとっては何の痛痒にもならない。


 いくら身分が高いとはいえど現代の日本社会の価値観に照らし合わせると、こうして直接視界に入れることも声を聴かせることも拒むような態度をとられては、弥堂としても鼻につくところはもちろんある。

 だが、弥堂の恋人に権力者や有力者への枕営業をするように命令し、そしてそのことを嬉々として弥堂に報告してくるようなあの女に比べれば、今目の前にいる郭宮会長はとても善良な統治者だと思える。


 それでも権力者である以上はどこか頭がイカレてる部分があるはずなので、下手なことをして逆鱗に触れてしまえば何をされるかわかったものではない。

 そしてその逆鱗がどこにあるのかわからない以上は下手に刺激をするような真似を慎むのが卑しい身分の者としての賢い立ち回り方であると弥堂はよく知っていた。



 弥堂が沈黙をしている間に主従の二人はアイコンタクトをとり合う。


 メイド長を見て会長がコクリと頷くと、メイド長は一瞬だけジト目を向けてからすぐにお辞儀をする。

 それに満足をした――のかどうかは定かではないが、郭宮会長は顔を正面、つまり弥堂の方へ向けるとまた目を伏せさせた。

 それを待ってから――かどうかはやはり定かではないが、御影メイド長が口を開く。


「お待たせ致しました。お嬢様からのお返事をお伝えします」


 先程弥堂が要請した『縄を解け』という要求のことだろう。


「……お嬢様はこう仰っています。『野良犬のお前を拾ったのは私である。私は飼い犬を放し飼いにする趣味はない。薄汚い犬ッコロのお前はそうしているのがお似合いであり、そして相応しい』と、そう仰っています」


 タブレットに表示された文面を確認した御影がそれを読み上げると、お嬢様はクワっと目を見開いた。


「…………」


 結構な罵詈雑言を浴びせかけられたが言い返すようなことはせずに弥堂は沈黙を守る。

 反論や反撃をしたところで何も得るものなどないし、他人からどんなに辛辣で酷い言葉を言われようとそれで自身の裡から実質的に失われるものも一つも存在しないからだ。


 そうしているとお嬢様が再度御影の方へ顔を向ける。

 そのまま彼女らはまた数秒ほど無言で見つめあい、やがてメイド長が訓練されたカーテシーを繰り出すとお嬢様はそっと目を逸らし顏の向きを正面に戻した。


 傍から見ている弥堂には二人の間でどのような意思の疎通が行われたのかは知る由はないが、少なくとも弥堂が見ている中では彼女らは普段からこのようなコミュニケーション方法をとっているので、長年連れ添った主従にはこれで十分なのだろうと気にしないことにしている。


 色々と有耶無耶になってしまったが、要は『不当な拘束を解け』という弥堂の要望に対して『NO』と突っぱねられたという恰好だ。

 不満はあるが最高権力者がそう言うのならば仕方がないと弥堂は一旦諦めることにした。


「では、続きですが……」

「ふん。こちらの要求は一切聞かずに自分の主張だけはする。いいご身分だな」

「だってこうしないと話も聞いてくれないじゃないですか。ちなみに私は理事長ですし、お嬢様はお嬢様で経営者ですし、実際いいご身分なんですが」

「うるさい黙れ。とっとと訊きたいこととやらを全部言え。答える気のあるものには答えてやる」

「あの……、今言ったばかりですが私理事長なんですよ? この状況でそんな強気に出られるメンタルだけは素晴らしいですね。保健室のメンタルケアに通う生徒や教職員にそこの強さだけは分けてあげて欲しいです」

「それは依頼か? 金次第でやってやる。二週間もあればそれなりに使い潰せる死兵に仕上げてやる。一ついくらだ? 単価を言え」

「弥堂さん……。人間に単価などというものはありません。一つではなく一人と数えなさい。あと私が訊きたいこともお願いしたいことも全くそれとは関係ありません」

「じゃあなんだ。お前はメイドのくせに効率の悪いヤツだな。俺の知っている優秀なメイドは速やかにお客様の要望に応えるか、速やかにお客様の息の根を止めるか、いずれにせよ1秒以内に決断して即決行出来る効率のいい女だったぞ。そんなことでよくメイド長が務まるな」

「いえ、お客様を殺害してはダメでしょう? メイドとはそういうものではありません」

「チッ」


 元カノをディスられた弥堂は気分を害して外方を向いた。

 その姿に嘆息をして御影メイド長は淡々と続ける。


「風紀委員会からの新たな要望として『学園敷地内に地下牢を設置するように』と書面で届きました。これはなんですか? どうせ貴方の仕業でしょう?」


 問われた弥堂はすぐには答えずに部屋の隅にチラリと目線を遣る。

 そこにはこの部屋には似付かわしくない薄汚いズタ袋が複数個置かれていた。

 それを一度視てから弥堂はメイド長へ返答をする。



「文面通りだ。まさか地下牢の意味がわからないのか?」

「わかるからこそ、どうしてこのような要望が正式な書類として存在していてここに届けられるのか理解に苦しんでいるんです」

「安心しろ。地下牢と言っても簡易的なものだ。とりあえず人間を落として閉じ込められればそれでいい。仮に放置して死んだとしてもそのまま埋めればいいからな。効率もコスパも優れている」

「それを聞いて『それなら安心ですね』と承認する大人がいるわけがないでしょう。見てごらんなさい。お嬢様もお嘆きです」


 言われたとおりに郭宮会長を見ると彼女はクワッと目を見開いていた。

 お怒りなのかもしれない。

 弥堂が彼女の顔をジッと視ると、会長はすぐに目を伏せた。徹底して身分の低い者とは視線を合わせたくないらしい。


「ともあれ、地下牢は諦めて下さい。前の『校舎内にダストシュートを付けて欲しい』という貴方のワガママは聞いてあげたでしょう? それで我慢してください」

「ワガママではない。業務上必要な設備だ」

「今度のG.W中に工事が入りますけど、本来ならそんな短期間で出来る工事じゃないんですからね? こちらも相当無茶をするのですから、落しどころを作って下さい」

「落とし穴なら作ってある」

「は?」


 怪訝な目をするメイド長に弥堂は堂々と当たり前の予定を伝える。


「その連休中の工事に地下牢の設営も追加した。業者にはもう発注済みだ」

「はぁ⁉」


 落ち着いた大人の女性といった雰囲気を保っていたメイド長から素っ頓狂な声があがる。


「どういうことですか⁉」

「そのままだが」

「なんで貴方が業者に連絡してるんです!」

「なんでもなにも、いつもの皐月こうづき組関係の土建屋だろ。何故俺が知らないと思う」

「そうではなく! 何故生徒の貴方が勝手に学園の工事を発注してるんですか!」

「地下牢が欲しかったからだ」

「小学生ですか!」

「……? 地下牢を欲しがる小学生などいるはずがないだろう。常識で考えろ」

「どの口が言うんですか!」


 連続で声を荒げたメイド長はゼェーゼェーと息を乱してから呼吸とともに体裁を整える。


「……まぁ、一応地下牢はよくないという常識があると貴方が知っているということがわかっただけでも今日はよしとしましょう」

「…………」


 彼女は大分寛容なタイプの理事長であったが、あまりに低く設定されたハードルで評価されたことに弥堂は気分を害した。


「もう連絡をしてしまったのは仕方がないとして。ですが現実問題、そんな大規模な工事を同時に頼むような予算は――」

「――それなら心配いらない。予算は499万円で既に支払い済みだ」

「え?」


 学園の責任者の一人であるはずなのに自身の預かり知らぬ間に展開されている学園の改装計画の圧倒的スピード感に理事長は目を丸くする。


「流れとしては、俺が学園に1000万円を寄付した。その金の中から800万円で例の土建屋に工事を発注。その土建屋が499万円で下請けに仕事を卸した。そういうことになっている」

「い、いえ……あの……、途中でいくらかお金がどこかへ消えているんですが……」

「土建屋から皐月組に200万円上納して100万円は土建屋の金庫に入る。500万の行先だが、下請けとは言っても名ばかりでこういう時に使う架空の会社だ。実際に作業をするのは組で飼ってる債務者たちで浮浪者やチンピラ崩れだ。そいつらに払った報酬が借金の利息分として皐月組に戻る仕組みなんだが……、もっと詳しく聞きたいか?」

「いえ、結構です。知りたくないです……」


 これは自分たちが暴力団に資金を流している構図なのではないかと理事長は戦々恐々とした。


「……待ってください。寄付金1000万円で工事費800万円? 残りの200万円は一体どこに……?」

「そこにあるだろうが」


 そう言って弥堂が指差す――ことは出来ないので顎をしゃくって指し示したのは部屋の隅に寄せられたズタ袋だ。


「これは昨日“まきえ”と“うきこ”が拾ってきた、小銭が大量に詰められた怪しい袋ですが……まさか――っ⁉」

「それが残りの金だ。数えれば200万円あるはずだ」


 ワナワナと震えながらメイド長は部屋の隅に歩いていき、死体が入っている可能性のある袋を開けるような悲愴な表情で袋の中身を見る。


「……何故、小銭なのですか?」

「心配するな。全て洗浄してある金だ」

「……それはつまり、そうする必要のあったお金だということですね……?」

「大丈夫だ」


 メイド長の質問には答えず、弥堂はただ大丈夫であるという事実を強く伝えた。


「……あの、すでに800万円は支払ったと言いましたが、どうやって高校生の貴方が1000万円も用意したんですか……?」

「知りたいのか?」

「…………」


 教育機関を運営する者として知っておかねばならないことのような気がしたが、同時に知ってはいけないという強い警鐘が脳裡が鳴り響き、メイド長は安易な回答を控えた。

 少し考える時間を作るために話を逸らそうとする。


「……ところで、地下牢を作るだなんて結構な規模の工事のような気がしますが、たった500万円で出来るものなのですか?」

「あぁ、便宜上500万だ。500万円を超えるわけにはいかなかったからその金額になっている」

「それは何故……いえ、やっぱり聞くのはやめておきます」

「そうか」


 どうせ何かしらの汚い事情があることは予測出来たので、彼女は経営に携わる者の一人としてそれを知っていることはデメリットでしかないと判断した。


「まぁ、先程も言ったが地下牢とは言っても簡易的なものだ。既に空いている穴に蓋をつけるだけの作業だからな」

「穴……? そんなものどこに……?」

「裏山だ」

「あぁーーーっ⁉」


 しれっと答えた弥堂の言葉に反応したのは、これまで大人しくしていた“まきえ”だ。驚愕の表情を浮かべながら弥堂を指差している。

 郭宮会長の脇に控える“うきこ”の方も何か反応をしかけたが、彼女はジッと床を見つめたままそれ以上動かなかった。


「なんですか、“まきえ”。お客様の前で急に大きな声を出すものではありませんよ」

「だってよ、メイド長! その穴掘ったのオレなんだ!」

「なんですって?」

「昨日こいつに騙されて掘らされたんだよ!」


 犯人を告発するかのような“まきえ”の勢いに釣られてメイド長は弥堂へと視線を戻す。


「えぇと、どういうことです? 確かに昨日仕事中に行方を眩ませたこの子たちが遅い時間になってこの薄汚い袋を持って薄汚れた格好で帰ってきましたけど……」


 弥堂はそれには答えず適当に肩を竦めた。

 すると代わりに“まきえ”が糾弾をする。


「騙されたんだよ! こいつが変な地図寄こしてここにお宝が埋まってるって言うから、オレたち宝探しして地図に印のついた裏山のあちこちで穴掘ってたんだよ!」

「宝探しですって……?」


 “まきえ”の供述を聞いてメイド長の目が鋭く細められる。

 しかし、その視線が向いたのは弥堂ではなく“うきこ”の方だ。


「“うきこ”……? 今の話は本当ですか? 貴女たち二人はお嬢様の用事をほっぽり出して裏山で土遊びをしていたと……?」


 ここまで黙っていた“うきこ”は上司から発言を求められて口を開く。


「確かに結果的に私も宝探しをしていたような感じにはなった。でも私は“まきえ”を止めるために同行していた。私は『遊んでちゃだめだよ?』って“まきえ”に言った」

「テッ、テメェ、“うきこ”っ!」


 あっさりと嘘を吐いて自分を売った同僚に“まきえ”は激昂する。

 どうやら弥堂に騙されていたことを知った時に反応をしないようにしていたのは、仕事をさぼっていたことも芋づる式でバレることを予測していたからのようだ。

 見た目はそっくりでも“まきえ”との知性の違いが窺い知れ、同時に平気で嘘を吐いて仲間を売るところから品性の違いも知れた。


「――ヒッ⁉ や、やめて、怒鳴らないで……っ」


 “まきえ”に怒りを向けられた彼女は大袈裟に怯えたような仕草を見せ、主である郭宮会長の腰に縋りつく。


「お嬢様たすけて……! 昨日も私が『ちゃんとお仕事しよ?』って言ったら“まきえ”はこうやって乱暴な声を出して無理矢理私に言うことを聞かせた」


 スラスラと慣れた様子で嘘を並べ立てて他人に罪を擦り付ける彼女の言葉に会長は答えず、無言でただ“うきこ”の頭を撫でた。


「うそつきっ! “うきこ”も“ふーきいん”もうそつきだぜ、お嬢様っ! 昨日だって先に宝探ししてたのはオレなのに途中から来た“うきこ”がいきなり襲ってきて、『お宝は全部私のもの』とか言ってオレを縄で縛って木から吊るしやがったんだ! 穴掘ってたのほとんど“うきこ”じゃねーかよ!」

「だまれ“まきえ”。それ以上余計なこと言ったらぶつ。泣くまでぶつ」


 ウソ泣きをやめた“うきこ”はスッと表情を冷たいものに変え、暴力を背景に“まきえ”を脅しつけた。


「な、なんだよ……! ズリィぞ! お嬢様っ、こいつらになんとか言ってくれよ!」


 “まきえ”に懇願されたお嬢様は、言い争う自分の部下たちに困惑したのか若干オロオロとした様子を見せてから、“まきえ”に言葉をかけようとする。


 しかし、口を開こうとしたところでハッとなって弥堂の方をチラリと一瞬見てからキョロキョロと目線を彷徨わせると、傍にいる“うきこ”の耳元に口を寄せた。


 下賤な者には唇の動きすら見せない徹底ぶりで口元を手で隠しながら、側仕えのメイドに何やらコショコショと伝える。

 それを聞いた“うきこ”は『うんうん』と頷くとテテテっと“まきえ”の方へ駆け寄って彼女の耳もとに、今しがた聞いた内容をコショコショと伝える。

 すると“まきえ”はガーンっとなり、となりで“うきこ”はドヤ顔をキメた。


 その様子を無感情に見ていた弥堂は話を終わらせにかかった。


「というわけだ理事長。仔細よろしく」

「いえ、そうは言いましても。確かに皐月組には色々とお世話になっていますが寄付金を流すのは……」

「ちなみにキャンセルをしたら3000万円の違約金が発生する契約になっている」

「なんですって⁉」


 工事料の約6倍に跳ね上がる違約金にメイド長はびっくり仰天した。


「な、なんですかその不当な違約金は! まだ着工もしていないのに。そんなもの支払うわけがないでしょう!」

「そうだな。そうかもな」

「えっ?」


 大金の請求で脅しつけてきたわりにあっさりと引き下がるようなことを言う弥堂を訝しむ。


「払う義務などないだろう。例え学園に直接ガラの悪い連中が取り立てにきたとしても払いたくないのであれば払わなくてもいいだろう。むしろ払わない方がいいかもな。あの手の連中は一度支払いに応じると調子にのるからな。だから払うべきではない。恐らく生徒の登下校の時間を狙って正門前で騒ぎ立てるだろうが絶対に1円も払うなよ」

「なっ、ななな――っ⁉」


 具体性かつ現実性をもった取り立て方法を示唆する弥堂の言葉にメイド長は絶句する。


 学園の改装工事が連休中に行われることは既に全校に通達済みである。

 例え別件とはいえどその工事が終わったタイミングでこちらが支払いをしていないなどと騒ぎたてられては非常に都合が悪いのだ。

 ただでさえ、あまり賛成の得られなかった工事計画をゴリ押しで通したのだ。それに不備や不正があったと疑われるのはこの上なくよろしくない。


『絶対に払うなよ』と言いながら金を払うように脅しをかけてくる弥堂の上級チンピラテクニックに学園のクリーンな経営を担う理事長は恐れ慄いた。


「いいか? 冷静に金の勘定をしろよ。工事を断れば法外な金額を請求された上に社会的な立場にも傷がつく。逆にしっかりと学園の安全の為に必要な工事を施行すればお前の手元には寄付金が入る。どちらが得かなど考える必要もないだろう」

「寄付金……?」


 ダラダラと汗を流しながら視線で問うメイド長に弥堂は再びズタ袋を指差してやる。


「そこにあるだろ、残りの金だ。200万円、欲しくないのか?」

「…………」


 メイド長は目を血走らせながらズタ袋を凝視し素早く脳内で計算をする。

 そしてチッチッチ、チーンとその脳内で音を鳴らして計算を終了させると、寄付をしてくださったスポンサー様へ綺麗な所作で頭を下げた。


「いつもお心づけありがとうございます」


 やんごとなき事情で高校生の身で家督を継ぎ、学生をしながら学園を経営する主には何かと要り様だ。その彼女を盛り立てる配下の御影としても資金繰りには大変な苦労をしている。

 割とまともな大人の雰囲気を醸し出している御影理事長であったが、彼女は目先の現金に弱いところが玉に瑕であった。


 そして、これが何かとやりたい放題している弥堂にまともな処分が下されないことの実態でもあった。

 彼は高額の寄付金を学園に収めている。決して賄賂などではないと、弥堂も理事長も口を揃えるだろう。


 メイド長が最敬礼をすると同時にわっと喜びの声をあげた“うきこ”がズタ袋に駆け寄り、ウキウキで小銭を数え始める。


「やめろよ! 二人ともそんな汚い金受け取るなよ! “ふーきいん”がまたチョーシこくだろ!」


 金に汚い上司と同僚を“まきえ”が糾弾するが二人とも聞く耳を持たなかった。


 ギャーギャーと騒ぐ3名のメイドを弥堂はつまらなさそうに見て、彼女らの主である郭宮会長は物憂げに目を伏せた。

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