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1章 魔法少女とは出逢わない
1章39 となりのひるごはん ③
しおりを挟む「もぉーーーっ! なんなのあいつぅーっ……!」
ベッドにスマホを投げつけ、希咲 七海は怒りを露わにする。
「お電話終わったんですかぁ?」
そんな希咲とは対照的に紅月 望莱は和やかに声をかける。希咲はギンっと彼女へ険しい目を向けた。
「切られたのっ!」
「まぁ。先輩ったらなんて漢らしいんでしょう」
「どこがよっ! あんた、男らしさを何だと思ってるわけ⁉」
「なんかこう、うすぼんやりと……? 理不尽で無責任な感じ?」
「なによそれっ! まだバイバイしてないのに勝手に電話切るとか最悪じゃん! マジ信じらんないっ!」
「あぁ、まさにそんな感じです。女の子を妊娠させても絶対に責任とらなそうな感じです」
「ただのクズじゃねーか」
両手を合わせて感嘆したような仕草を見せる望莱を希咲は胡乱な瞳で見た。
「さぁ、次はこちらのターンですよ七海ちゃん。まずは基本のオニ電からいきましょう。絶え間なきコールバックです」
「イヤよっ。今かけてたのってののかのIDだし。カワイソウじゃん」
「……? 弥堂先輩のIDを知ってるなら直接かければいいのでは?」
「……まだアイツと通話したことないし、あたしから最初にかけるのなんかムカつくじゃん?」
「『じゃん?』と言われましても」
「だってさ。通話しよって言ったことないし、いきなりかけるのキモくない?」
「わたしにはよくわかりません。ただの連絡手段なんですから、使えるなら使えばいいのでは?」
「あいつと連絡とってるの愛苗にバレたくないし、それでバレちゃったら愛苗にもキモいって思われるからイヤ」
「七海ちゃんが、他人の男にチョッカイかける地雷女ムーブしてます」
「なんでよ! そんなんじゃないしっ。愛苗とアイツがID交換するまでの緊急的な感じだから」
「そういう入り口から沼っていくのが地雷たる所以……」
「あたし地雷じゃないからっ!」
みらいさんは他にも、彼に直接電話出来ないからって彼の近くにいる別の女に電話して繋がせるのも十分にキモいと考えていたが、そこには言及しないであげた。
「七海ちゃんはメンドクサカワイイです」
「……あんたそれバカにしてんでしょ?」
「ホメてるんですけどねぇ……、あら?」
「ん?」
何かに気が付いた望莱の視線の先にあるのは先程放り投げた希咲のスマホだ。
「今度はなによ」
「またメッセがきました」
「愛苗から?」
「いえ、チン凸先輩からです」
「死ねって返しといて」
「わかりました。ですが、今ので伝わるということはチン凸されたんですか? 画像はどこに?」
「ないわよ、そんなのっ! 揚げ足とるな!」
まさか通信ではなくリアルで凸されたとは口が裂けても言えないので、希咲は怒ってるフリをして勢いで誤魔化した。
「わかりました。では揚げ足にならないように、ち〇こ撮って送れって返しておきますね」
「ふざけんなバカっ! それあたしが言ったことになっちゃうだろ! やめなさい――」
勇んで返信文を作成しようとする望莱に慌てて飛びつき、彼女の行動を阻止しようとする。
二人でもみくちゃになっていると激しく抵抗する望莱の指が、未読アイコンの付いた弥堂のアカウント名に触れてしまう。
画面には弥堂とのメッセージの交換履歴が保存されるチャットルームが表示された。
「「あっ」」と声を揃えた二人に目に彼から送られた新着のメッセージが映る。
それは文章でもなければ文字ですらない一つのスタンプ。
もちろん『他人を激怒させるスタンプ』だ。
「「なんだこのやろぉーーーーっ‼‼」」
視認するや否や二人同時に怒りの声を張り上げる。
「なんなんですかぁー! なんかわかんないけどスンゲェむかつきますっ!」
「マジむかつくマジむかつくマジむかつく……っ! もぉーっ! このスタンプなんなのよっ!」
「こんなの人間することじゃあねえですよ。七海ちゃん、こうなったら戦争です」
「そうね。あんた悪口トクイでしょ? なんかムカつくメッセいっぱい送って、あのバカを泣かしてっ」
「任せてください。これまでに紅月家で働いていた大人を、齢15にして既に50人以上も遊び半分で退職に追い込んだ実績のある、このみらいちゃんの嫌がらせスキルを見せて御覧に入れましょう」
「それはマジで問題あるし、絶対にもうやめさせるけど、今日はトクベツよっ。やっちゃいなさい!」
「あいあいさー! 精神崩壊するまで人格を傷つけて、わたしたちが帰ったら全裸土下座withネクタイするくらい追い詰めてあげます。そしたら写真撮影して一緒にち〇こ見ましょうねっ、七海ちゃ――」
「――お前たち何をしているんだ」
突然背後からかかった声に二人揃って肩を跳ねさせる。
慌てて部屋の入口の方へ振り返ると――
「――真刀錵……?」
「うむ」
そこに居たのは紅月 聖人とマリア=リィゼに同行していたはずの天津 真刀錵だった。
「あれ? 真刀錵ちゃん一人ですか?」
「聖人とリィゼは?」
「聖人ならそこにいるぞ」
そう言って彼女が指差したのは自身の足元。
部屋と廊下とを隔てる壁でほとんど見えないが、廊下に横たわる誰かの膝から下だけが部屋の入口から僅かに見えた。
「……? なんで寝てんの?」
「絞め落とした」
「はぁっ⁉」
「まぁ、兄さんったらなんてだらしのない。そんなところもステキです」
聖人を護衛すると言って着いて行った人間が、護衛対象を絞め落として持ち帰ってくる理由が希咲には理解ができず、呆然と死体のように撃ち捨てられた男の足を見つめる。
「……一応聞くけど、どうしてこうなったの?」
「うむ」
聞きたくないがそういうわけにもいかないので、希咲が半ば以上義務感から天津に事の経緯を尋ねると彼女は鷹揚に頷いた。
「実はリィゼが川に落ちてな」
「えっ⁉」
「それで聖人が助けに向かおうと」
「あ、なんだ。まぁ、そうよね。あんたたち二人付いてれば、それくらいならどうにかなるもんね」
「そのとおりだ」
然りと、天津は当然のことのようにコクリと頷く。
「なるほど。つまりリィゼちゃんを助けたご褒美に兄さんの大好きな首絞めプレイをしてオトしてあげたと、真刀錵ちゃんはそう言いたいんですね?」
「うむ」
「うむ、じゃねーよ。絶対違うだろっ」
適当なことを言う望莱に適当に肯定する天津。
二人に胡乱な瞳を向けた。
「みらい、あんたはちょっと黙ってて。真刀錵もめんどいからって適当に返事すんな」
「ぶー」
「うむ」
本当にわかってんのかこいつらと疲れを感じるが、本当にわかっているなら今こうなってはいないはずなので、希咲は諦めて先を続けた。
「そんで? なんで聖人を?」
「あぁ。救出のために聖人が川に飛び込もうとしてな」
「うん」
「私はそれを止めたのだ」
「……なんで?」
この天津 真刀錵という現代の女子高生らしからぬ言動をする幼馴染は、当然その思考回路も通常の女子高生とは一線を画しているので、前後の供述がまるで繋がらず、希咲は辛抱強く聞き取りを続ける。
「聖人の奴め、十分なアップをしていなかったからな」
「……それで?」
「川をナメるなと叱ってリィゼのことは諦めるように言ったのだが」
「……聞くわけないわよね」
「あぁ。七海、お前の言うとおりだ。私の制止を無視して聖人が川に飛び込もうとしてな」
「……もう先は読めたけど。一応。んで?」
「絞め落とした」
「なんでそうなんのよっ!」
「安全の為だ。私は聖人の護衛役だからな」
「気絶させなくてもよくない⁉」
「そうかもな。お前の言うとおりだ」
「へっ……?」
まさか同意するとは思っていなかったので、希咲はぽかーんと口を開けて天津の顔をマジマジと見る。
「私もな、咄嗟の判断ではとりあえず聖人を斬ろうと思ったんだ。だが、斬ったら聖人が死んでしまうからな。だから次善の案として首を絞めた。しかし、お前の反応を見る限り、やはり斬っておくべきだったか。次があれば必ず斬ってみせよう」
「斬るなバカっ! 締め落とすより悪いだろーが!」
「ならば私にできることは何もないな」
「もっと他にあるでしょぉっ⁉」
年々物騒な方向に頭がおかしくなっていく幼馴染に希咲は頭を抱えた。
「……あれ? ちょっと待って。てゆーか、それならリィゼは? 下の階にいるの?」
セット品のように聖人に着いて回っていた金髪お嬢様がいないことにハッと気が付いて、希咲は天津に問いかけた。
「さぁ? 少なくともこの建物にはいないと思うぞ」
「……待って……、待って……。あんたもしかして……」
途轍もなく嫌な予感がして希咲は顔を青褪めさせる。
「ねぇ真刀錵?」
「なんだ七海?」
「あんたさ。聖人を絞めた後にリィゼを助けたのよね……?」
「いや?」
「は?」
嫌な予感はもう確信に変わっていたが、一縷の望みに賭けて確認をする。
「……リィゼは?」
「流されていったぞ」
「嘘でしょぉぉーーっ⁉」
「む。嘘ではない。どうも泳げないらしくてな。為す術もなく桃のように尻を浮かべて流れていったぞ。私は嘘は吐かない」
「むしろ嘘であって欲しかったわよっ! なんで助けないわけ⁉」
「私の役目は聖人の護衛だ。気を失った聖人を置いて川に飛び込むわけにはいかん」
「あんたが絞め落としたんでしょ⁉ リィゼが死んじゃったらどうすんのよ⁉」
「静かになっていいじゃないか」
「あんたはぁぁ……っ! それってどれくらい前のこと⁉」
「ふむ。5分は過ぎているが10分は経ってないな」
「もぉーーっ! ばかぁーーーっ!」
全力で叫ぶと同時に希咲は走り出し、開けっ放しになっていた二階の寝室の窓から水着のままで外へ飛び出す。
希咲の姿が消えていった窓の外を望莱と天津は黙って数秒ほど見つめる。
「さて、それでは私はソシャゲのイベ周回に戻ります」
「では、私は七海の代わりに部屋の掃除をしておくか」
今も溺れている仲間のことなどどうでもよさそうに望莱は自身のスマホを手にし、天津は手に持っていた聖人と自分の荷物を廊下の床に投げ捨てる。
「ところで、真刀錵ちゃんってお掃除出来るんですか?」
「む。甘く見るな。幼い頃より毎朝道場の清掃をしている」
「そうですか。ではお任せしますね」
「あぁ」
望莱が他人事のように清掃の役割を押し付けてくるが、彼女には言ってもやらせても無駄なことは天津にはよくわかっていたので、粛々とジャージを腕まくりする。
「あっ、大変なことに気づきました」
「どうした」
「今って七海ちゃんのスマホ弄り放題じゃないですかー。ちょっと七海ちゃんのフリして七海ちゃんの親友さんの好きな男の子に軽率に告ってみましょう」
「……みらい。お前その首――」
「……? なにか付いてますか?」
天津が指差す自分の首元にゴミでも付いているのかと望莱はパッパッと手で払う。
天津はその彼女の背後へ近づき、望莱の細首に腕を回すと――
「――あまり七海に迷惑をかけるな」
「――くぺっ⁉」
――兄と同様に妹も一瞬で絞め落とした。
「む、邪魔だな」
そして天津はグッタリとする望莱を掃除の邪魔だと廊下へ投げ捨てる。
それから荒れた部屋へと向き直った。
「さて、なにから手を付けるか……」
そう言いながら部屋中を見回し、数秒ほど考えると――
「面倒だな。斬るか」
――当然のことのように言い捨てて懐に手を入れる。
「まったく……、世話のかかるヤツばかりで困る」
家から与えられた役目を果たしながら幼馴染たちの面倒を見るのも楽ではないと嘆息し、天津 真刀錵は友人たちが散らかした部屋に立ち向かった。
そして数十分後、人の手が入っていない無人島内で川に流された友人を見つけ出して無事に救助を成功させて帰ってきた希咲は、外出前よりも酷くなった部屋の惨状を見てまたも頭を抱えることとなった。
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