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1章 魔法少女とは出逢わない
1章38 THE DARK IN THE WALL ④
しおりを挟む希咲と望莱は身体を重ねながら1台のスマホへ目を向け、希咲のメッセージのやりとりの履歴を一緒に見ている。
このような体勢になって1分も経たない内に、「え? てゆうか、なんであたし後輩と一緒に自分のメッセ全チェックしなきゃなんないの?」と、希咲はハッと気づいたのだが、望莱の境遇を儚んでこうしたのに「やっぱダメ」とは今更言い出せず、七海ちゃんはお口をもにょもにょさせた。
「――七海ちゃん、痛いです」
「えっ……?」
「七海ちゃんの半ズボンのホックが当たって痛いです」
「え? あ……、ごめん……」
お口を波立たせる彼女の心境を正確に把握しているみらいさんは効率よく謝罪の言葉を引き出しニッコリした。
「……どいた方がい?」
「いえ、それには及びません」
「でも痛いんでしょ?」
「ええ、ですので脱いでください」
「……脱がねーよ」
七海ちゃんのおずおずモードが解除されスッとジト目になった。
「えー?」
「えー、じゃないわよ。脱ぐわけねーだろ」
「水着だし、いいじゃないですか」
「ヤ」
「お部屋ですし」
「イヤ」
「女の子同士ですし」
「イ・ヤッ!」
望莱がしつこく脱衣を薦めるも、当然だが希咲はけんもほろろな様子だ。
「いちいちあたしを脱がそうとすんの、なんなの?」
「そんなの見たいからに決まってるじゃないですか!」
「わっ⁉ なんであんたがキレんのよ! 大体、女の子同士でおかしいでしょ!」
「男に言われたら従順に脱ぐということですか!」
「そうは言ってねーだろ、ばかやろー!」
突然プリプリと怒りだしたみらいさんはお尻をプリプリさせて自らの怒りを強調する。謂れのない非難を受けた七海ちゃんもプリプリだ。
「てゆーか、半ズボンって言うのやめてよっ」
「半ズボンは半ズボンじゃないですかー」
「ショーパンっ、ホットパンツとか! せめて短パンって言え」
「どれも同じようなものじゃないですか」
「半ズボンって言うとなんか小学生の男の子みたいじゃん。あたしがダサイみたいになるからヤなのっ」
「えー?」
「やっ! 女子力ひくいっ、かわいくないっ!」
「例え七海ちゃんがショタになっても、わたしは変わらずにセクハラしますから安心してください」
「犯罪だろうがっ。つか、そんなのになんないしっ」
「じゃあ、女の子同士だから今はセクハラおっけーってことでよろしいか?」
「よろしくねーよ」
「あいたっ」
ジト目で見下ろしながら、ズビシっと望莱の頭にチョップする。
しかしその程度のお仕置きではみらいさんはめげない。
「女の子同士でそんなに嫌がるのもおかしいです」
「……だって、あんたすぐヘンなことすんじゃん」
「ヘンなこととは? わたし先月までJCだったのでよくわかりません。具体的にお願いします」
「言わないわよ。もう降りるからっ」
「あっ⁉ ダメですーっ!」
望莱は希咲の脚の間で伸ばしていた両足の膝を曲げて、身体を離そうと浮かせた希咲のお尻を踵で抑える。
「あっ! こらっ! はなせっ!」
「やだーやだーっ!」
「なにがやなのよっ! あたしの方がヤダって言ってん――やっ……⁉ やだ……っ、お尻グニグニしないでよ……っ!」
「あんまりワガママを言うようならこのままお尻だけじゃなくって、七海ちゃんの七海ちゃんな部分もグニグニしてグチュグチュにしちゃいますよ?」
「や、やだやだやめてっ! 絶対ダメだかんねっ⁉ それしたら怒るんだからっ……!」
「それしたら? それってどれですかぁー? てゆうか七海ちゃんの七海ちゃんな部分ってどこなんでしょう? ねぇねぇ、七海ちゃん? 七海ちゃんは一体ドコにナニをされちゃうって思ったんですかぁー?」
「うっさい! もう離してよっ!」
「わたしは七海ちゃんの嫌がることをしたくありません。なのでドコをどうされるとイイのか――もとい、嫌なのかをちゃんと具体的に教えて下さい。じゃないとうっかり挿入ってしまうかもしれません」
「はいっ――⁉ バ、バカじゃないの⁉」
「大丈夫。女の子同士だから恥ずかしくなんてないですよ?」
「……だ、だから……っ、その、あたしの、アソ――」
「――ぎぃやあぁぁぁぁぁーーっ⁉」
「――わっ⁉」
中年オヤジのようなネチっこさで希咲にセクハラをしていたみらいさんだったが、希咲のお尻をグニグニさせて、さらに希咲も望莱の身体の上で暴れていたために事故が起こる。
希咲のショートパンツのホックが開けっ放しになっていたためにチャックがズレて、みらいさんの腰肉に噛みついた。
「なななな、なんなの……っ⁉ また動物みたいな声だしてっ……!」
「チャックにおにくが挟まりましたぁ……」
「あ……、ごめん……」
一応は申し訳ないという気持ちもあったが、この隙を幸いと希咲は望莱から離れる。
「七海ちゃんにキズモノにされました……」
「ヘンな言い方しないでっ。あんたがふざけるのがいけないんでしょ!」
望莱を叱りつつも、希咲は指先で彼女の肌についた痕をイジイジして慰めてあげる。
「この痛みを胸に抱きつつ、必ず七海ちゃんの淫行を突き止めてみせます」
「してねーっつの。そんなヒマないって知ってんでしょ?」
「それは時間さえ空けばおじさんとえっちするってことですか?」
「そういうのいいから」
「七海ちゃんのノリが悪くてつまんないですっ。あと、七海ちゃんの他の人とのメッセも当たり障りなくてつまんないです!」
「あんたはあたしに何を求めてんだ。つか、当たり障りない関係で済むようにこうやってあちこちのご機嫌窺ってんじゃんか」
「ぶーっ、つまんないですっ」
駄々をこねるような望莱に呆れたような目を向ける。
「……わたしショックです!」
「なにがよ」
「七海ちゃんは男子にモテて女子にも人気があって、多方面の人間関係をクールに捌く、そんなカッコいい幼馴染のお姉さんだって思ってたのに……」
「あによ。だいたいそんな感じじゃん。あたしカッコいいでしょ?」
またわけのわからないことを言い出したなと、適当に返事を返すが風向きが変わる。
「だってぇ、メッセしてんの女子ばっかだし、それもなんか事務的なのばっかだし、男子なんてパっと見うちの兄か蛮くんか、一番多いの弟の大地くんじゃないですかー。七海ちゃんギャルの癖に全っ然モテてないです!」
「はぁー? そんなこと――」
別にモテようとしてるわけでもないし、モテたいわけでもないが、「モテないだろ?」と言われると人はカチンとくるものだ。
『そんなことないでしょ』と反論しようとして希咲はハッとなる。
望莱の手からパっとスマホを奪うと、パラパラーとメッセージを交換した相手の一覧を縦スクロールさせる。
(あ、あれっ……?)
ザっと見て目に付いた男子は幼馴染の紅月 聖人と蛭子 蛮くらいだ。
たまに他の女子が嫌がらせ込みでガラ悪い系の男子に希咲のIDを勝手に教えて、そいつらからいきなりメッセージが届くことがある。
しかし、その手の連中には即座に罵倒してからのブロックコンボをお見舞いしているので、定期的なやりとりをしているのは先に挙げた二人と弟くらいだ。
あとはバイト関係のおじさんとのやりとりもあるが、それは弟同様に男子としてはカウントできない。
他にもう一人思いついた者がいるが、アイツも仲いい男子にはカウントできないだろう――というか、したくないと頭から振り払う。
だが、それを言うんなら幼馴染の二人も当然仲のいい男子にはカウントできないなぁと思ったところで、希咲はサァーっと顔を青褪めさせる。
(も、もしかして……、あたし――モテてない……っ⁉)
そんなバカな、そんなはずはないと七海ちゃんはオロオロした。
(だ、だって……、しょっちゅう色んな男子がチラチラ見てくるし、告られたりもしたしっ……!)
該当する出来事を思い出して今しがた得た気付きを必死に否定しようとするもハッとなる。
そういえば、チラチラ見てくる男子たちの視線の大半は自分の脚――というかスカートの辺りに向いていて、次点はボタンをいくつか開けているブラウスの胸元だ。
さらに、告白してくる相手は大概が山賊のような不良連中で、彼らがよく口にする告白の言葉は大体が「やらせろよ」か「犯すぞ」だ。
もしかして、これは告白なのではなくただ身体を要求されているだけなのではと、別に好かれているわけではなくただサカってるオスが寄ってきているだけなのではと、七海ちゃんは多大なショックを受けてガーンっとなった。
一人で顔色をコロコロさせながらソワソワ動く彼女をみらいさんはニッコリと鑑賞する。
(で、でも――)
――と、他の告白パターンも思いだして希咲は悪あがきを続ける。
しかし、それで絞り出せたのは、先の不良たちよりはマシだが何やら意識高そうな勘違いをした連中で、「付き合ってやるよ」などと何故か上から目線で言われた経験くらいだ。
これらの男子たちへの自分の対応も蹴っ飛ばして泣かしたり、詰め倒して泣かしたりといったようなシーンしか思い出せず、他の女子たちから聞くコイバナのようにドキドキしたりキャーっとしたりするような要素が皆無だ。
(もしかして……、あたし――ダサいっ……⁉)
身体から力が抜け手に持ったスマホを取り落とすと、ペタンとベッドに女の子座りをしているその膝元にパフっと落ちる。遅れて両手もパフっと力なく落として愕然とした。
違う、そんなわけないと頭の中で反芻する。
希咲 七海はイケてる女子なはずだと。
(だ、だって、そうゆう風に言ってくれる多いし……っ)
女子にも男子にもそのように見られて、そのように扱われており、あまり自分で喧伝するようなものはないが、所謂カースト上位の女子なはずだ。
必要に駆られてそのポジションをとっている部分もあるので実感も自覚もあり、だからそれは紛れもない事実なはずだ。
だが、実績がなく実態がない。
いくらちょっと派手めなギャル系女子で目立つ存在だとはいえ――
いくら女子の知り合いが他学年や他校にも多くて顔が広いとはいえ――
いくら男子どもが隠れて作ってる『カワイイ女子ランキング』で上位に位置しているとはいえ――
――実際の自分は男子と一回も付き合ったことのない女だ。
碌に恋愛経験など蓄積されておらず、他の女子に提供できるようなコイバナが何一つとしてない。
先日知り合った『弱者の剣』とかいう頭のおかしい集団に所属する、頭のおかしな変態女の白井さんでさえ思わず『きゃーっ』となるようなコイバナを持ちネタとして持っていたのにも関わらず、それに比べて自分はどうだ。
自分の恋愛経験は、想い人に事故を装ってケツを突き出し下着を見せつけることをライフワークにしている痴女以下であるという事実が重くのしかかる。
七海ちゃんはクラっと眩暈がしてよろめき思わず額に手を遣った。
(今だって、そうよ……っ!)
学校を休んで金持ちの男友達の所有する島に男女混合グループで遊びに来ている。
字面とそれから連想されるシチュエーションだけを考えれば完全に『うぇ~い』なパリピだ。
しかし現実は、東京湾近郊の4月の海は寒くて泳げもしないし、年に数回ほどしか使われない宿泊施設は埃と蜘蛛の巣だらけで、人の手も足も入っていない周囲の環境は草花が伸びきっておりどこに道があるのかわからないような場所まであり、そこに居るのが自分だ。
ここに来てから自分のしていることのほとんどは掃除だ。
家に居ても旅行に来ても炊事洗濯ばかりしている。
(高校生活って、もっとキラキラしてると思ってたのに……)
キラキラ女子になりたかった七海ちゃんは絶望にうちひしがれ瞳からフッとハイライトが消える。
好機と見たみらいさんはさりげなく手を伸ばし、分厚いパッドとシリコンブラごしに七海ちゃんのお胸をどさくさでモミモミした。
僅かに感じたふにっという感触に「うんうん」と満足気に笑みを浮かべて、ふと希咲の顏を見る。
絶賛絶望中の彼女はセクハラされていることに気が付いていないようだが、ハイライトの消えた彼女の瞳からツーっと一筋の涙が頬をつたって落ちた。
その悲壮感に溢れる美しさが齎す犯罪性に背徳的な興奮を抱いた望莱は、滾る内なる己を戒めて周囲をキョロキョロと見回すと、先程放り投げたマイ枕を見つけた。
女子力クソザコの彼女はハンカチなど持っていないので、代わりにマイ枕から剥ぎ取った枕カバーを希咲へと差し出した。
それをバッと奪い取った七海ちゃんはサッと頭から被って顎の下で両端を縛り付ける。
変身前のシンデレラスタイルだ。もしくは掃除のおばちゃんスタイルとも謂う。
そして「うぅ、どうせあたしなんて、キラキラとは無縁なんだ……」とメソメソと泣き出した。
ほっとくと勝手にヘラる幼馴染のお姉さんを眺めるのは、みらいさんにとってはとっても癒しの時間だった。
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