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1章 魔法少女とは出逢わない
1章36 4月21日 ③
しおりを挟む「遊んでんじゃねえよ、オマエら」
挙動不審に目玉をギョロギョロ動かすみらいを希咲が胡乱な目で見ていると、別の方向から声がかかる。
「あ、蛮。おつかれ」
「おう。まだ午前中だってのにもうお疲れだよ」
内陸部の森林から現れたのは彼女らと幼馴染で、希咲と同じクラスでもあり、進学早々に喧嘩をして処分を受け現在も絶賛停学期間中の蛭子 蛮だ。
「遊びでやってんじゃないですよぉーーーっ!」
「うぉっ⁉」
言葉通り疲れた様子で首をゴキッと鳴らした彼だったが、脈絡もなく望莱に怒鳴れられ、190cmオーバーの筋肉質なガタイをビクッと引かせる。
「いきなりなんなんだコイツ。コッワ……」
「あー、なんか情緒不安定なのよ。この子」
「いつものことか。ダリィなコイツ」
言いながらこれまた言葉通り、蛭子は気だるげに不快感を顕わにする。眉間を歪めて望莱を見遣る。
「つーかよ、オメェなんつーカッコしてんだよ」
「えー? なんですか蛮くんったら。親友の妹に対してそんな獣欲まみれの視線を向けるなんて……。兄さんがいいって言うならいい……ですよ……?」
「キメェこと言うなや。まだ4月だぞ? なんでもう水着なんか着てんだよ。バカじゃねーのオマエ」
「これは七海ちゃんのお尻を見るために仕方なく脱いだんです」
「なんで七海のケツが見たくてオマエがケツ出すんだよ。頭おかしいんじゃねえの?」
あらゆる過程をすっ飛ばした望莱の説明に不可解そうに眉を寄せるが、理解することは諦め希咲の方へ目を向ける。
「ねぇ、蛮。疲れたって……、もしかしてあんまり状態よくなかったってこと?」
「ん? あー……」
そう問われると蛭子は粗雑に頭を掻きながら言葉を探す。
サイドをヘアピンで留めてラフに後ろへ流している鬣のような金髪が乱れる。
「……そうだな。あまりまともに手入れされてなかったみてぇだ。随分汚れてっし修理もしなきゃなんねえ」
「てことは時間かかるってことよね。今日は昨日と同じとこに泊まりでいい? 他の場所の別荘に移るんなら先に掃除しとかなきゃなんないし」
「だな。今夜は移動なしだ」
「オケ」
「話はまとまりましたね。ということで、蛮くん。脱いでください」
「なにが『ということで』なんだよ。今そんな話してなかっただろ。ホント人の話聞かねえよな、オマエ」
「蛮くんってばヤンキーのくせに細かいですね」
「オメーらが自由すぎんだよ。つか、ヤンキーじゃねえし」
「ちょっと、あたしも一緒にしないでよ」
不機嫌そうに表情を歪める蛭子くんは、その鋭い目つきにイカつい風貌と逞しいガタイのせいで昔から不良にイチャモンを付けられやすく、都度撃退していたら気が付いたら最強のヤンキーと呼ばれるようになっていた難儀な男子だ。
弱気な姿勢を見せたり下手に出たりすると嵩にかかって襲われるので最早引くに引けない状況になっていた。
彼自身は割と常識的な感性を持っているので、この『紅月ハーレム』と周りから呼ばれる幼馴染グループの中では、希咲に次ぐ損な役回りをしている。
しかし、油断をしたら名のある不良とタイマンを張る状況に陥る巻き込まれ体質の為、彼もしっかりと希咲の頭を悩ませるトラブルメイカーだった。
そんな彼だったが、希咲から抗議の視線を向けられると口を閉ざす。
もしも彼女にヘソを曲げられると、彼女が負っているトラブル処理が全て自分に回ってくることを正確に理解しているからだ。
誤魔化すように話を戻す。
「つか、なんでオレが脱がなきゃなんねえんだよ」
「海では水着です。この世の真理です」
「季節考えろよ。ガキじゃねえんだからよ」
「ふう……、やれやれです。これだからヤンキーは」
「ア?」
「今のは気を遣ってあげたんですよ?」
「どういう意味だ」
「そのアロハ、死ぬほどダサイから脱いだ方がいいって遠回しに教えてあげたんです。すごくヤンキーっぽいです」
「オマエほんとムカつくな!」
登場するなりあっという間に望莱のオモチャにされる彼に希咲は溜息を吐き、パンパンと手を叩いて二人の意識を自分に向けさせる。
「はいはい、そこまで。ところで、蛮。真刀錵は?」
「アン?」
収拾がつかなくなりそうだったので、無理矢理話題を変えようと希咲が機転をきかせるが、問われた蛭子は怪訝な顔をする。
「オイ、待て。アイツはオマエらと一緒じゃなかったのか?」
「え? あんたと一緒だとばかり思ってたんだけど」
「真刀錵ちゃんならお日様の方に走っていきましたよ?」
「は?」
あっけらかんと告げた望莱の方へ二人そろって顔を向ける。
「お日様って、どういうこと?」
「それがですね。真刀錵ちゃんに『自分は何処に向かえばいい?』って哲学っぽいこと聞かれたので、わたしもそれっぽいことを答えようと思いまして」
「……それで?」
「特に何も思いつかなかったので、太陽に向かって走れと適当に答えました」
「うぉいっ! 準備終わったらオレんとこ来いって伝えろってオマエに頼んだだろ⁉」
「そうですね。でもその方が面白いかと思いまして」
「ふざけんなよ⁉ 伝言くれえまともにやってくれよ!」
「えー? そんなに言うんなら電話かメッセすればよかったじゃないですかー」
「森ん中は電波入らねえんだよ。クソッ、アイツを一人で野放しにしたら……」
「――私を呼んだか?」
蛭子が最悪の事態を予想してワナワナ震えていると、彼が出てきた方とは別の場所からガサガサと葉を鳴らし新たに人が現れる。
トレードマークである黒髪ポニーテールを揺らし、学校ジャージに身を包んだ天津 真刀錵だ。
蛭子はバッとそちらに顔を向ける。
「オイ、真刀錵テメェ、今まで何処で何を――って、待て。なんだその手に持ってる物は……?」
「ん? これか?」
一緒に作業をする予定だったのに勝手に単独行動をした天津を咎めようとした蛭子だったが、それよりも彼女が手に持つ物を見咎める。
問われた天津が全員に見えやすいようにと手に持った荒縄のような物を茂みから完全に引き抜くと、それを目にした蛭子がびっくり仰天する。
「オ、オマエ……っ! それまさか東のロッジの……っ⁉」
「うむ。中に入ろうと思ったのだがこれが巻かれていたのでな」
「でな、じゃねえよ! なんで持ってきてんだよ! オマエなにしたっ⁉」
「斬った」
「はぁ⁉」
声を荒げて焦る蛭子の様子にトラブルを確信した希咲は額に手を遣り、望莱はニンマリと笑みを浮かべた。
「ふざけんなよオマエ! それオレが前回補修したヤツだよ! なんで斬るんだよ⁉ それでも天津の娘かオマエは!」
「天津の娘だからだ。立ち塞がるものは斬れと言われている。不可解なものも斬ればわかるとおじいさまに教わった」
「あんのクソジジイがよぉっ! つか、なんでわざわざ持ってくんだよ!」
「うむ、斬った後でそういえばこれは蛮が巻き付けていたなと思い出してな。壊してもいいものかどうかは私にはわからなかったので、お前に見せてやろうと持ってきた」
「気遣いするポイントがズレてんだよ! そもそも、壊してもいいものなんてこの世にはねえ!」
「諸行無常。万物は変わりそして滅ぶ。世は儚いな」
「きっぱりと人災だろうが! どうせオレが直すのわかってんだから置いとけよ、メンドくせえな!」
まったく悪びれた様子のない天津に頭を抱え彼女を怒鳴りつけるが、それで彼女がどうにかなるなら、今こうなってはいないと諦める。
ガシガシと頭を掻いて切り替え、話の通じる人に話しかける。
「あぁっ! ちくしょう! 七海っ!」
「はいはい、東ね。あっちはコテージだっけ?」
「あぁ。向こうの修理を優先させる。今夜は向こうに泊まることになるだろうから、悪ぃが先に片付けといてくれ」
「オッケ」
多くは聞かず、意を得たりと希咲は請け負う。
「ついでにみらいも連れてけ。そいつも野放しにしたらロクでもねえことしかしねえ」
「んま。心外です」
「おだまり。あんたはあたしとお掃除よ」
「えー」
移動を渋る望莱を引っ張り上げて立たせ、しっかりとガウンを着せる。
「ふむ。私は? 蛮」
「テメェはオレと来いっ! 当たり前だろ!」
「だが私には聖人を護衛する役目がある。あまり離れるわけにはいかんぞ」
「たった今まで離れて勝手なことしてたよな⁉ つか聖人のヤツはどこに――」
「――ウフフフ、こっちですわぁ~」
自身の親友のことを今思い出し辺りを見回そうとすると、先んじて能天気な笑い声が聞こえてくる。
声がした海辺の方に目を向けると波打ち際を走る一組の男女の姿があった。
「わたくしを捕まえてごらんなさい~」
「待ってよリィゼー!」
ウフフと笑いながら本気で逃げるつもりのない走り方をする女を、男が本気で捕まえる気のない速度で追っている。
紅月 聖人とマリア=リィゼのバカップルだ。
パチャパチャと水を鳴らしながら、4月の海で水着姿の二人は追いかけっこをして戯れている。
「そんなことじゃわたくしを捕まえられませんわよぉ~」
「うわ、冷たっ! リィゼ? けっこう水冷たいよ? 転んだりしたら普通に風邪ひくからもうやめといた方が――」
「ウフフフ、愛しているならわたくしを捕まえてみせてごらんなさ~い」
「聞いてる⁉」
青い空と海。白い砂浜。
その波打ち際を王子様のような柔らかい雰囲気の美男子と、まさしくお姫様な金髪の美少女が走っている。
完璧に絵になりそうな光景だが、決定的に時代を間違えていた。
そんなひどくレトロ臭のする昭和の寸劇を見せられた4人はスンっと真顔になった。
「……なにやってんだあれ」
「……リィゼが昔のドラマを観たらしくって。『ぜひやってみたいですわぁ~』って言ってたわね。やっぱあれマジで言ってたんだ……」
「……聖人め。なんと軟弱な」
「……兄さんは主体性ゼロの男ですから。基本女の言いなりです。そんなところがステキです」
「おい、あの二人も連れてけよ」
「イヤよ。リィゼに掃除なんて出来るわけないじゃない」
「こっちに連れてっても役に立たねえんだよ」
「私が見張っておこう」
バカップルの監督責任を希咲と蛭子が擦り付けあっていると天津が申し出る。
「……オマエもだいぶ不安だが……、それしかねえか……」
「ふふふ。蛮くん大変そうですね」
「うるせえな! オマエが言うんじゃねえよ! クソっ……! 結局ワンオペかよ……!」
「悪いけど頼むわね、蛮」
「……まぁ、ぶっちゃけソイツが一番なにするかわかんねえ。みらいを頼むぞ、七海」
「……あたしもぶっちゃけていいんなら、この子だって掃除なんか出来ないのよね……。絶対邪魔するし」
蛭子に頼まれた希咲は、早速どこかへフラフラと歩き出そうとする望莱の首根っこを捕まえ渋い表情をする。
「さぁーて、いってくんぜぇー」
その希咲の顔から目を逸らして、気が変わって望莱を押しつけられる前にと白々しい棒読みを残し蛭子は踵を返した。
「では各々。よろしく」
そして、まるでデキる人風な顔をして天津も聖人とリィゼを追いかけていく。
二人の後ろ姿を見送り、希咲が無言で望莱の顔を見ると彼女はにっこりと笑った。
希咲は「はぁ」と重い溜息を吐き、動きたくないとダダをこねて砂浜に尻をつける望莱を引きずりながら歩き出す。
白い砂浜に東へ向かって太い線が引かれていった。
美景台学園2年B組教室。
現在は3時限目が終わった後の休み時間だ。
弥堂 優輝は不安気に困惑する隣の席の水無瀬 愛苗の顏を視ていた。
彼女の周囲には朝のHR開始前と同様のメンバーが集まっており、女子特有のとりとめのないお喋りが高回転で繰り広げられている。
ただの四方山話なら先週までと同じよくある光景なのだが、それをしている彼女らの様子が少々おかしい。
HR前にも感じた違和感だったが、そこからまた様子が変化していた。
「――ねねねっ。最近この街ちょっとヤバくない?」
「事件のことかな?」
「遥香ちゃんが言ってた変質者でしょ? 昨日また出たらしいね」
「やっぱり美景川沿いみたいね。“カゲジョ”の子が被害に遭ったらしいわよ。セーラー服のスカーフをとられたって。性癖に闇を感じるわね」
「…………」
『えー、こわーい』と口々に街の治安についてどこか他人事のように話すその光景自体は別に珍しいものでもない。
野崎、舞鶴、早乙女、日下部の4名が水無瀬の席に集まり会話をしているのだが、その輪の中心に居ながら水無瀬はまったく会話に参加出来ていない。
先週希咲 七海が弥堂の前でやってみせたように、一定以上の人数が参加している会話の中での発言が得意でない水無瀬の為に、都度様子を見て話を振ってやるといったことは誰も行っていない。
少なくとも昨日までは、彼女たちも水無瀬に対してそういった気遣いのようなものをみせていたはずだ。
それが今は誰もやっていない。それぞれが好きに話している。
かと言って、別にそのような手ほどきをしなければいけないといった決まりが別に存在するわけでもないし、頻度が極端に減っただけで彼女らも全くしていないわけでもない。
弥堂 優輝という地獄のようなコミュニケーション能力しか持たない男からしてみたら、普段だったら気にも留めないだろう。
さらにおかしな点もある。
「多いよね。暗い話が……」
「ウチの正門に出たっていう変態もあれだけど……」
「うん。そういう系の事件だけじゃなくて、人が亡くなっちゃう事故とか事件もよく聞くようになったね」
「……モールの件かしら? 酷い事故よね。居眠り運転のトラックに轢かれてガードレールとの間に首が挟まれて……」
「ぎゃあぁぁぁっ⁉ や、やめて小夜子ちゃん! ののか、そういうのマジむりぃっ!」
「意外とビビリよね、アンタ」
「ホラー好きのマホマホがおかしいんだよっ! だって、あんなのまるでギロチンみたいで……」
「人聞きの悪いこと言わないで。現実で起きて間もない出来事をホラーコンテンツとしては見れないわよ」
「ホラーっていえば美景川の自殺もあったよね。水門のところだったっけ? 小夜子」
「そうね、楓。こっちは“カゲコー”の子ね。男に酷い裏切り方されて身投げ、だったかしら」
「……あれはもっとホラーとしては見れないよ。性犯罪でしょ?」
「あー、ののかも聞いたな。好きな男に呼ばれて行ったら複数人居てとか」
「……遺体は何も身に着けていなくて、自殺現場の橋の上には靴しか残されてなかったんだってね」
「その子の服って橋から離れた犯人たちの溜まり場にあったんでしょ……?」
「……経緯を想像したくないわね。女からしてみたらこの事件が一番怖いわ」
「確かに……。ののか的にも首チョンパで一瞬で死ねる方がマシかもって思っちゃう……」
最近の街の治安が悪化しているという彼女らの見解には弥堂も同意だ。
だが――
(犯されてから殺され、挙句に首を斬り落とされて晒されることもある。どっちがマシかなど死んでみるまでわからないし、死んだ後にはもうどれでも関係ない。全ては死体を見る側の感傷だ)
そこまで想像が至らないのは彼女達が善良である証拠でもあるし、そんな彼女たちが一般的な住人として暮らすこの街の治安はまだまだマシだとも謂える。
彼女達よりももっと残酷な最悪を想定出来る自分が、彼女達よりもマシな人間だとは少しも思わない。
「――ねぇ、水無瀬さん」
「えっ?」
ここで、ようやくと言うべきか野崎さんが水無瀬に声をかける。
「…………」
弥堂は野崎さんに視線を向け注意深く彼女を視た。
「水無瀬さんはいつも帰り早いし、比較的安全かもしれないけど、それでも出来るなら誰かと一緒に帰った方がいいよ?」
「そうね。愛苗ちゃんは橋の向こうに住んでるんだったかしら? 出来れば七海と帰った方がいいけど、あの子忙しいものね」
「水無瀬さん優しそうだから変態のおじさんも声かけやすそう」
「わかるぜマホマホ。愛苗っちすぐに知らないおじさんに着いていっちゃいそうだしな!」
「そ、そんなことないよぉ」
アハハと笑う彼女たちの声がどこか空虚にも聴こえる。
(誰一人、一緒に帰ろうとは言わないんだな……)
水無瀬に声をかけた野崎さんの言葉もどこか義務的だったり事務的だったりしたような印象がある。
確かに彼女たちは希咲に頼まれて、彼女の留守中に水無瀬の面倒見ている。
そこには義務感といったものもあるのだとは思う。
しかし、自分でもあるまいし彼女たちがそこまで割り切った人間たちだとも弥堂には思えない。
もしかしたら、最初は、始まりはそうだったのかもしれなくとも――
『――それは確かにそうかもしれない。だけどね、弥堂君。最初そうだったからといって、ずっとそうであるとは限らないんだよ。キミもさっき言っていただろう? そこには確かな悦びがあった、と――』
――廻夜部長もそう言っていた。
元々敵対関係にあったというわけでもなければ、何気ない会話のようなものでも関係を重ねていく内に蓄積されていくものは必ずある。
事実、昨日までは確実にそれがあった。
(あぁ、そうか……)
ここで少し、現状起こっている現象の薄気味の悪さに見当がつく。
まずは彼女たちの水無瀬の呼び方だ。
4月の頭にこの新クラスが始まった時、希咲が先週の金曜日に彼女たちを集めてきた時、そして昨日と今日。
それぞれその時に彼女達が水無瀬のことを何と呼んでいたかを確認するため、記憶の中から記録を取り出す。
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