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1章 魔法少女とは出逢わない
1章35 fatal error ⑤
しおりを挟む『@_nanamin_o^._.^o_773nn:よっ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:みてんじゃん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:はやく返事しろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:はやく』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:はやくはやく』
「…………チッ」
思わず舌打ちがでる。
今からでもどうにか無視できないかと考えてみたが、ここでもやはり既読機能が立ち塞がる。
開発者への怨嗟の言葉を念じながら『@_nanamin_o^._.^o_773nn』さんからのメッセージに返事を送る。
『なんのようだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんなの? いつもいつも最初にそれ言うの むかつく』
『だったら話しかけてくるな。ばかが』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うるさい 用があるからメッセしてんでしょ したくてしてるわけじゃないんだからカンチガイしないで』
『いつもいつも言っているが、だったらさっさとその用とやらを言え』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なまいき 挨拶もちゃんとできないくせに!』
『やぁ、ななみんさん。こんな所で会うなんて奇遇だね。もしかして僕に何か用なのかな。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:バカにしてんのかーー!』
『お前がこう言えと言ったんだろうが』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ゆってない! あと、ななみんやめろ!』
『だったら先にお前がななみんやめろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いみわかんない!』
溜息を吐く。
今日もまず用件を聞き出すことにすら、こんなに手間がかかる。
メッセージのやりとりを開始してものの数秒でこれだ。
なんて好戦的な女なんだと、現在この同じチャットルームを見ているはずの希咲への侮蔑の気持ちが膨らむ。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おさいふ!』
『あ?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ?っつーな! てか文字でそれ打ち込むとかダサすぎ なにイキってんのばーか』
『うるさい黙れ。いいから用件をいえ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だからおさいふ! ちゃんとお金入れなさいよばか!』
『なんの話だ。もってねえって言っただろばかが』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにそれ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:もってんだろ ふざけんな』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつき』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつきうそつきうそつき』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:しね』
途端にチャットルームを埋め尽くすような怒涛の悪口が送られてくる。
彼女から送られてくる文字数に比例して弥堂の苛立ちも募っていく。
一体なんなんだと眉を寄せると、ふと口の開いたスクールバッグの中が目に入った。
手を伸ばし中身を取り出す。
机の上に広げた物は水無瀬から貰った誕生日プレゼントだ。
「そういえばこんな物があったな」
貰ったことすら完全に忘れていた。
まさかこれのことを言っているのかと考えたところで、これまでのいくつかの希咲の言動が繋がり、事態を察する。
『これはお前が指示したのか。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:これって言われてもあたしには見えないんだからわかるわけないでしょ ばか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:それはそうと』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:全然カンケーないけど』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:誕プレ気に入った?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:気に入ったでしょ?』
ぺぽぺぽと音を立てて増えていく『?』スタンプが、隠す気がない程に白々しく惚ける彼女の顔を幻視させて妙に癇に障る。
『おまえの仕業か?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は? いみわかんない それよりサイフは⁉ まさか持ってないの⁉』
『水無瀬の寄こした物のことだろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:『寄こした』とかゆーな 超シツレー!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そんなことより』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:よかったね』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:誕プレもらえて』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにもらったの?』
『お前が仕組んだんだろ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:えー? なーに?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんでそんなことゆーの? わかんないしー』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:こわーい』
『俺がさいふを持ってるかどうかなど知っているものは多くない。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:え⁉』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おサイフもらったの?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やだ すっごいグーゼンだね!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:何故かおサイフもってないビトーくんに』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちょうどよくおサイフがプレゼントされるなんて』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:愛苗すごい』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:愛苗かわいい』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うれし?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うれしいでしょ?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんとありがとうした?』
(うるせえな。何が今日一日甘やかせだ)
弥堂が水無瀬からのプレゼントを受け取り拒否できないように予防線を張られていたのだと今更気付く。
『おまえ俺をはめただろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:えー? なんのことー? あたしわかんなーい』
こいつめと、ぺぽぺぽと増殖していく『?』スタンプだらけの画面を睨みつける。
顛末としては、弥堂が財布を所持していないことを知った希咲が、それをプレゼントするよう水無瀬にアドバイスをしたというだけのことだろう。
偶然が重なった部分もあるだろうが、いちいちよくやるものだと感心する気持ちと、色々見透かされ把握されることに対してゾッとする気持ちと、よくわからない感情が胸に靄をかける。
それにしても――
『かほごだな』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なによ いーじゃんべつに』
『お前がそこまでする必要があるのか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うるさい アンタは持ってないもの貰えた あの子は喜んでもらえるものプレゼントできた どこに問題あるわけ?』
『俺がふゆかいになってお前が満足感をえたというのが問題だな』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は? なにその言いかた マジむかつく てか ちゃんとお金しまったの?』
『ほっとけ。関係ないだろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:お金ちゃんとしまったの? 答えなさいよ!』
『うるせえな。母ちゃんかよ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だからダレがあんたのママよ! きもい! お金ハダカで持ち歩いてるとかバカじゃないの? 今すぐしまいなさいよ!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いま!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ほら!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:はやく!』
「うるせえな」
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんとソレ使ってあげなさいよね? 帰ったらあんたがお財布使ってるかチェックするから』
「なんだと?」
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんと使ってなくて まだポッケで小銭ジャラジャラさせてたらひっぱたくかんね』
『ふざけるな。おまえになんのけんりがある。それで俺をおどしたつもりか。なめるなよ。』
送信すると同時に弥堂はマネークリップと小銭入れを手元に引き寄せ、それぞれに紙幣と小銭を入れてバッグに放り込む。
強気な返信文とは裏腹に、彼女のチェックとやらからは逃れられぬと無意識の内に悟り、身体が勝手に偽装工作を施したのだ。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いれた? あたしあんたのことなんか信じてないから しょーこ送って』
『しょーこ。だれだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:証拠よ証拠 しょーこちゃんって誰よ バカじゃないの?』
『財布を郵送しろと言うのか。面倒だがいいだろう。その代わりこれっきりだ。中身の金はやるからもう蒸し返すなよ。送り先をいえ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は? なに言ってんの? バカじゃないの? なんであんたなんかに住所教えるのよ きもい』
『宛先なしでどうやって送れと』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つか、なんで郵送? 写真撮って今ここに貼りなさいよ』
『春? いみのわからんことを言うな。写真をスマホに貼ってなんの証拠になる。そもそもすぐに現像できるわけないだろう。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あんたなに言ってんの? スマホのカメラで撮って』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:その画像ここに貼ってってゆってんの!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つか なんで通じねーんだよ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:原始人か』
ピクっと弥堂は瞼を動かす。
そして画面を見ている間に続々と『ウホウホ』と書かれたスタンプが貼られていく。
『むりだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は? そんくらい時間かかんないでしょ? パパっとやんなさいよ!』
『カメラがない』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつき』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:こないだあんたのスマホ触ったとき確認したもん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:カメラついてた』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんですぐしょーもない嘘つくの?』
チッと舌を打ちつつ、その一方で着々と自身の身の周りが把握されていくことに鳥肌が立つ。
やはりこの女は危険だと警戒し、脳内で希咲 七海に関する評価を4段階下げた。
『わかった。カメラはある。だが使えない』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:今度は壊れてるとか言うつもり?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あの時ちゃんとカメラアプリの中も画像ないか確認したから』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:見たし』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そん時動いてたから』
『そうじゃない。使い方をしらん。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:んな高校生いるわけねーだろ』
『そう言われても知らんものは知らん。むりだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そんなんで今までどうしてたのよ そんな嘘でだませるわけないでしょ!』
『写真などとらなくても生きてられるだろうが』
一応返信は続けているが、これはもう平行線にしかならないだろうなと見限る。
いくら理屈立てて真実を告げても相手が納得をしなければ無駄なのだ。
おまけに今彼女は目の前にいるわけではない。
相手を説得するのに暴力もセクハラも出来ないのでは、弥堂は無力であった。
そろそろ『他人を激怒させるスタンプ』の出番かと様子を見ていると返事が返ってくる。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ねぇ もしかしてホントにカメラわかんないの?』
その文面を見て弥堂は想像上の彼女に怪訝な目を向ける。
彼女にしては少し長い間をあけて送ってきたそのメッセージは、どこか文面がやわらかくなったような気がしたからだ。
猛獣を監視するレンジャーのような慎重さで、相手を刺激しないように返事を送る。
『だからわかんねえって言ってんだろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ねぇ? 中学の卒業式とか高校入った時とか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんにも撮ってないの?』
『なにをとる必要がある。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:部活とかお休みは?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:仲いいひととかと』
『そんなものはない』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そっか』
弥堂は眉を歪める。
何故か今彼女がどんな顔をしているのかが浮かんで、激しく苛立った。
そんな気がしただけだから気のせいだ。
また少し間が空いてメッセージが届く。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:帰ったらやり方教えたげるね』
弥堂はそのメッセージの書かれた吹き出しを見下ろす。
なんと返事をすればいいかと迷った。
様々な感情が胸にある。
こういったことは久しくなかったので対処に少々困っていた。
恐らく何かを勘違いした彼女から同情を向けられていて、その屈辱に対する憤りがある。
誰もが使っているようなカメラアプリの使い方など、その気になれば自力で調べて覚えることは出来る。それすら出来ないと思われているのかという反骨心。
こうして頻繁に面倒をかけてくることに対しての苛立ち。
他にもいくつかあるような気がしたが、それらは言語化出来るまでには至らないので除外する。
これらの感情のうちのどれから返事をしようかと逡巡していると、無意識のうちなのか、手が勝手に動いていた。
『かってにしろ』
「…………」
自分が送信したその文字列をどこか他人事のように視る。
これは一体どの感情が発した言葉なのだろうか。
(俺はそんなことを望んでいない)
心中で呟くその言葉はどこか言い訳くさいなと自分でも感じた。
その答えを出す前に彼女からの返事が届く。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:する』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんとおしえたげるから』
その文字列も他人事のように視て、溜息を吐く。
これ以上考えたくないと方向を逸らすことにした。
『用件はそれだけか。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うん』
『そうか。じゃあな。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おやすみ』
珍しくすぐに終われるかとスマホを手離そうとすると、『ぺぽぺぽ』と連続で通知が鳴る。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:まって』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ごめん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おやすみじゃなかった』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:まだある!』
すでに見慣れ始めた怒涛の連続メッセージに眉間が緩む。
『なんだ。』
いつもなら、昨日までなら、彼女との話はいつまで経っても終わらないと苛立っていたところだが、今日は何故かこのままで終わるのは気分が悪いと感じたので素直に応じる。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あのね』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:愛苗はどうだった?』
『よく食ってたぞ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そうじゃなくって!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:クラスでの様子とか 雰囲気とか!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いみわかんないことゆわないで!』
フッと肩の力が抜ける。
『かわらねえよ。まだ初日だぞ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そうだけど!』
『たった一日だ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:土日もあったから一日じゃないもん!』
『かほごだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:だって心配なんだもん!』
相変わらずの彼女の調子に呆れる。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ねぇ 周りは?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにか変わったことはなかった?』
さて、どうするかと考える。
ないと言えば何もなかったが、あると言えばあった。
それを伝えるか少し考えて文字を打つ。
『ゆいねとねむろがなにか企んでいる』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あー。。。あの子たちかー』
『心当たりがあるようだな』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:まーね なにかしてきたの?』
『まだなにも。だがD組の三下どもを使って水無瀬にちょっかいをかけようとしている。今のところは4人くらいだ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あいつらー!』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:つか、もう大体つかんでんのね あんたホントにこういうのだけはトクイなのね』
『事を起こす前に抑えても惚けられたら終わりだから、まだ何もしていないが。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そーね あたしでもそうする』
『実際に現場を抑えるつもりだが、それでいいか。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:んーーーー でも愛苗にコワイ思いさせたくないしなー』
『脅迫するか。全員の住所は掴んでいる。とりあえず豚の生首でも送り付けるか。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やめなさい! なんですぐそういうグロいこと考えるの⁉ ブタがカワイソーでしょ!』
『どうせ毎日のように屠殺されて肉と足が売られているんだ。頭は余ってるだろ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やめろばか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なまなましーのきんし!』
『じゃあ、どうする』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:理想は事を起こす寸前に現行犯よね 出来れば愛苗に気付かせずに』
『無茶をいうな』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なによ 大きいこと言わないのね』
『身の程を知ってるだけだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:んー あんたはどう思う?』
『二つに一つだろ。お前の言ったとおり現行犯でおさえるか、事前に潰すか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:んーー』
『前者は理想だが手遅れになるリスクもないわけじゃない』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そーね 後者はリスクは減らせるけど根本的な解決にするのがムズくなる?』
『そうだ。脅迫が駄目ならお前が帰るまで全員病院送りにしておくことも出来るがどうする。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:それはやりすぎかなぁ』
『やりすぎろと言ってなかったか。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そーだけど それだと余計に恨まれちゃうから後々タイヘンになりそうね』
『そうだな』
(だから、一番確実なのは殺してしまうことだ)
それは文字にはしなかった。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おし』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:事件発生寸前の現場確保を目指しつつ、危なそうなら事前処理』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:できる?』
『おそらく可能だ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:最優先は愛苗の安全ね!』
『わかった』
(早速アレが役に立つか)
話は纏まり、次に自分がすべきことも明確になる。
いちいち言い争いになってしまって、この女とはまともに会話も出来ないほど相性が悪いと考えていたが、こういった話題ならそうとも限らないようだ。
なんて物騒な女なんだと蔑みつつも、今のテンポで着いてこられるのならやはり使える女だとも思う。
とはいえ。
それにしても――
(――こいつ、思ったよりも気安く連絡してくるな……)
色々と安請け合いしてしまったと失敗を認めながら、今しがたのやり取りを見返す。
自分は元々、渋々彼女の要求に応えていたはずだ。
しかし、こうして文字でのやりとりを他人事のように客観視すると、まるで乗り気なようにも見えなくはない。
弥堂はそれを不愉快に感じ、また先程と似た種類の苛々を募らせる。
もしも希咲にも、まるで弥堂が積極的に協力をしていると勘違いさせてしまっていたら、この件が終わっても気軽に連絡をしてきて次から次へと要求をしてくるようになるかもしれない。
弥堂の偏見に塗れた経験則では、この手の女はそうなる可能性が高いと、そう判断をした。
なので、釘を刺しておく必要がある。
『おい。調子にのるなよ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なに いきなり』
『いつでもお前のいいように俺を使えるなどとかんちがいをするなよ。』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんなの』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:せっかくフツーにお話できてたのに』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なんですぐそーゆーことゆーの?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:脈絡ないし』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いみわかんない』
『気安く連絡するなといっただろ。お前がかんちがいしないよう教えてやっただけだ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:は?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なにそれ?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:カンチガイなんかしてないけど?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:きしょ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:カンチガイしてんのあんたでしょ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ベツになかよくなってないし』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:必要だから連絡しただけってゆったじゃん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:そーゆーのマジむり』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:女子とメッセとかしたことないからテンパっちゃったの?』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ださ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うざ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:きも』
釘を一本トンカチで打っただけのつもりが、あっという間に高性能なネイルガンで蜂の巣にされる。弥堂は瞬く間に劣勢に追いやられた。
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おい』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:またぶすって打とうとしてるだろ』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ぶすじゃないから』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:それ送ったらころす』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:しね』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:へんたい』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちかん』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:とーさつま』
さらに、ここ数日でこちらの手の内を見透かされたのか先回りされ手札を潰される。
いよいよ弥堂に残された手段は一つだけとなった。
「――っ」
追い詰められた弥堂は切り札を切る。
――虎の子の『他人を激怒させるスタンプ』だ。
またぶちギレて狂ったようにスタンプやメッセージを連打してくる様を見て嘲笑ってやろうとしていた弥堂だったが、希咲からの返信はピタっと止まる。
「…………?」
それを訝しむが、よく考えたら自分への悪口雑言をわざわざ待っている意味などないと気付きスマホをテーブルに置く。
すると、その手の近くに置かれていた空き缶に気が付く。
安いヘアゴムが巻き付いた、安いボールペンが挿さった、安いコーヒーの空き缶。
すべて、先日に希咲 七海に押し付けられた物だ。
コメカミがピクっと動く。
それを見ていると胸がムカムカとしてきて、弥堂はペンごと缶を手に持った。
腹いせに、彼女とのやりとりで蓄積された色々をこの缶にぶつけてやろうと、手に力をこめて握り潰そうとする。
安価で量産されたスチール缶など大した抵抗力もなく、指に力を入れるとすぐにベコっと音が鳴り、そのまま一気にペシャンコにしてやろうと決めると――
――ぺぽーんっと音が鳴る。
まるで彼女に見咎められたような錯覚をし、思わずそちらに視線を遣ると、スマホの画面に浮かんだ新着メッセージのポップアップの、そこに記された文面が視えてしまう。
――4/20 23:59
@_nanamin_o^._.^o_773nn:おめでと
たった4文字の平仮名と、その後に押された『HAPPY BIRTHDAY』と書かれたスタンプ。
ポップアップ表示が消えて、ホーム画面に戻り大きく表示されていた時計が0時になって日付が進む。
一日遅れのその祝いの言葉は弥堂の眼に写って数秒して二日遅れとなった。
手の中の缶に挿さったボールペンを視る。
――はいっ。これあげる
――んとね、報酬とかお礼とかじゃなくって。全然別の意味で、それ、あげる
――ふふーん。意味わかんない?
――それも教えたげなーいよー、だ
――それに、多分数日もすれば理由みたいなのはわかるかもしんないわよ?
――そ。宿題。あんたがちゃんとわかったか、答え合わせしたげる
紐づいていた記録が流れていく。
(そういうことだったのか……)
4月17日の放課後の正門前での彼女とのやりとりだったが、この時点から既に何から何まで彼女の思い通りだったようだ。
手に持ったスチール缶の、先程とは違う場所を押し込んでベコっと無理矢理形を戻す。
ヘコミは多少マシにはなったが、丸かったジュース缶は僅かに角ばり完全に元には戻らない。
戻せない。
(なにが喜ばしいものかよ)
弥堂は缶をテーブルに戻し、スマホには触れずに席を立つ。
既読は付けないようにして寝室へ向かった。
解答も回答も出さなければ――
――答えを出さなければ、答え合わせはしないで済む。
床に腰を下ろし、壁に背を預ける。
ベッドの下に手を突っこんで、床板を外して収納からアルミ缶を取り出す。
蓋を開けて中に仕舞われていた鎖を2本手に掴む。
(もしも――)
4月19日という日がこの世に存在しなければ――
――生まれずに済んだのに。
(そうしたら――)
――今、こうして生きていなくてもよかったのに。
(そうしたら――)
――こんな仕方のない生命を守ろうなどと考える他人など、きっと一人たりとも存在しなかったのに。
(そうしたら――)
チャリっと手の中の鎖が鳴る。
(4月19日さえ存在しなければ……)
『もしも――』『――なら』と、意味のないことを考える。
空いている方の手を胸元に伸ばし、首から提げた逆さ十字を毟り取り手を離す。
背信の逆さ十字に吊るされた血の涙が落ちた。
手に残る、血に錆びた十字架と焼け焦げた十字架に縋りながら過ぎ去り日を想う。
4月19日はもう2日も前に過ぎ去った。
過ぎ去った時も、その中で壊れたものも、壊したものも、なにもかも、一つたりとも元には戻らない。
記憶の中には記録され残り続ける。
この生命ある限り。
魂の設計図には。
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※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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