俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章34 Sprout! ④

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「――プリメロっ!」



 耳元で聴こえた知っている言葉を復唱する。


 ぱちぱちっと瞬きをして、大きくまんまるなお目めを見開くと明確に水無瀬の飛行の挙動が変わった。


 右手から迫ってきた壁を高度を上げることで回避し、その先で背後から迫ってきた壁は直角に曲がって回避する。


「ほぉ」


 彼女の中でパチリとパズルがキレイにハマるようにイメージの整合性がとれたようで、一つ一つの動きが確かなものとなった。


 アスも感心の溜息を漏らしつつ指を鳴らす。

 すると水無瀬の進行方向に壁が顕れる。


「わわわっ――ピタっとしてギュゥーン……っ!」


 それに慌てるも一瞬のこと。

 水無瀬が謎の言語である『愛苗ちゃん語』を口にすると、壁の前で急停止してからすぐに進行方向が直角に変わり、彼女の言葉どおりの挙動で前方の壁を回避した。


「まだ固いですね。もっと自由な発想をしなさい。ニンゲンの常識で、そんなことを出来るわけがないと思えるようなことを叶えるのが魔法です」


 レクチャーを続けながらもう一度指を鳴らすと、今度は壁ではなく魔法の球が生成される。


「さぁ、次のステップです。対応してみせなさい」


 魔法で創られた壁と球が同時に襲ってくる。


「ギャーーーッ⁉ いっぱい来たッス!」

「わわわ……っ⁉ 逃げなきゃ……っ、もっとはやく……っ!」


 慌てつつも壁のない方向へ一気に加速して一直線に距離を離して逃げようとする。

 その速度も挙動の安定もさっきまでの彼女にはなかったものだ。


 しかし、その行く手にまた新たに半透明の壁が顕れる。


「ぴ、ピタっとして……、ギュゥーン……っ!」


 どうにか衝突する前に急停止をかけて、そしてすぐに左方向へ急加速する。

 わずかに遅れて飛んできた魔法の球が1秒前まで水無瀬が居た位置を撃ち抜き壁に当たって消失した。


「あ、あぶなかったッス――って、まだきてるッスゥーーっ⁉」

「あわわわわ……っ――ま、また壁ぇーっ⁉」


 追われるままに加速をしようとしたが、またも前方を塞がれて急停止に切り替えを余儀なくされる。


「方向を決める、加速する、停止する、方向転換、加速、停止……。一つ一つを順番に行っているうちはまだ駄目です。何故直線にしか動けないと思うんです? 何故、速度を落とさないと曲がれないと考えるんです? アナタは、魔法は、何でもできますよ」


 アスの言葉を耳の近くで聴きながら、何度めかの急停止をし壁を避けて今度は下方向へと方向転換する。


 だが、加速をする前に足元に新しい壁が顕れた。


「――えっ?」


 足場のように出現したそれに思わずそれに足を乗せて動きを止めてしまう。

 すると、パッパッと左右と上を塞ぐように次々と壁が顕れ、そして今目の前も塞がれた。


「マ、マナ、後ろに――」

「う、うん――」


 急いで背後から抜け出そうと振り向くと、そこには弧を描いて飛んできた魔法の球がもうすぐそこまで迫っていた。


「――ぅきゃぁぁぁぁっ⁉」


 驚いて目を見開き悲鳴をあげて固まってしまう。

 咄嗟に対処する行動に移れないのは、魔法の習熟以前に彼女の戦闘自体への不慣れさ故だった。


 直撃は免れないと思われた銀色の光球は、しかし、水無瀬とそれとの間にパっと現れた壁に当たって消失した。


「……へ?」


 一体何が起きたのかと口を開けて呆けている彼女は、前後左右に上下を魔法の壁に囲まれ、まるで箱に閉じ込められているような恰好になっていた。


「――とまぁ、このように。直線的な動きを、段階的に操作しているのでは、こうしてあっさりと捉えられてしまいます。さっきの言葉……プリメロ、でしたっけ? あれで少しはいいイメージに変わったと思ったんですが、まだ足りませんかね……」


 言いながらアスが指を鳴らすと、水無瀬を囲んでいた壁が全て弾けるようにして消える。


 わずかに輝きを残す粒子のようなものが空気に溶け込んでいくのが水無瀬の瞳に映った。


「そ、そうッス、マナ! プリメロッス! プリメロみたいになんかこう……泳ぐ……? 的な感じでスイスイーって飛ぶんッス……、て、マナ……? どうしたんスか?」


 飛行魔法の先達であるネコ妖精のメロがお助けマスコットとして水無瀬にアドバイスを送るが、肝心の魔法少女には話を聞いている様子がない。


 何もない空間をボーっと見つめていた。


「マナ……? まさか魔力切れ――」

「――キラキラ……?」

「――へ……?」


 どこか心ここにあらずといった彼女はメロの声には応えず、意味の足りない言葉を譫言のように呟きながら、自身の周囲にピンク色の魔法の球を一つずつ創り出していく。


 その様子をメロもアスも怪訝そうに見ている。

 弥堂だけはいつもと変わらない湿度の低い瞳で視ていた。


「……私のまほう……、はじけて……っ――」

「――マ、マナ……っ⁉」


 水無瀬は創り出した魔法球をその場で弾けさせていく。

 魔法がほどけてピンク色の光の粒が散らばるように離れて空気に、大気に、『世界』に拡がり混ざり溶け込んでいく。

 その様子を観測する彼女の瞳にピンク色の光が浮かんでは消える。


「――キラキラ……っ!」


 彼女の存在する力が増したのが視えた。


 水無瀬は何か新しいものを発見し感動する子供のような笑顔を浮かべて周囲をキョロキョロと見周す。


「ここにも……、そこにも……、あっちにも……、メロちゃんにも弥堂くんにも、アスさんにも……、私にも……っ!」

「なんだ。感知できていなかったのですか。そうです。それが魔素。『世界』を構成する物質以前の物質」


 弥堂の首筋にゾクリと怖気が走る。

 隣でどんな教科書にも載っていないような講釈を垂れるアスは凄絶な笑みを浮かべていた。


「そっか……、どこにもいたんだ……。いつもいてくれたんだ……。みんなのキラキラで、世界はできてたんだ……」

「マ、マナ……?」


 大きな歓びを感じるような明らかに尋常な様子でない水無瀬とは対照的に、メロは怯えたような仕草を見せる。

 まるで、ずっと恐れていたものを見たかのように。


「みんなのキラキラに、私のキラキラをくっつけて……支配……、ううん、ちがう……。仲良くなって、お願いをきいてもらう……」

「そう。それでいい。解釈はなんでもいい。自己を拡大して影響が出来ればなんでもいい。『世界』を納得させさえ出来ればそれでいい」

「じこ、かくだい……、じこ……、わたしのまほう……、わたしのキラキラ……、どこに……、どこから……、どうやって……?」


 アスと会話をしているようでその実、その言葉は誰に向けたものでもない。

 目を大きく見開きながら、捜すように探るように投げかけるその問いは自身へ向けたものだ。


 潜って掬って目を走らせても答えは見当たらない。

 自身の知らないこと。これまで見たことのないもの。

 それは記憶の中にはない。記録されていない。

 つまり『魂の設計図アニマグラム』に蓄積されていない。


 だが、聴こえる。


 聴こえた。


 知り得るはずのないこと。自身で見出したものでないのなら、それは誰かが与えてくれたものだ。


 聴こえる。


 その答えが。


 男の声で。


 どこか遠く朧げなその答えを、自分の言葉で自分の声で口から『世界』へ出す。



「――ひだりから、みぎへ……、ながれて、まざって……、せかいは、わたしに……っ――」



 ドクンと――


 彼女の心臓が大きく跳ねた音が聴こえた。その場の全員がそんな錯覚をした。


 聴こえるはずがない、しかし確かにその脈動を知覚した――させられた。


 それは彼女の――水無瀬 愛苗という存在が拡大し、周囲へ拡散し、『世界』へ影響をしたことの証となる。


「――アハァ」


 アスが蕩けた笑みを漏らす。


 しかし、そんなことに注意を払う余裕はなく、弥堂もまた彼と同様に水無瀬 愛苗から眼を離せなくなっていた。


 輝きを強め輪郭を強め、より強固により鮮明に、この『世界』に存在する。


 彼女の周囲がキラキラと光り輝き、その粒子が地に立つ弥堂の方へまで舞い落ちてくる。


 次に一体、彼女が何をするのだろうと視ていると、それよりも先にアスが動き出す。


「――アハッ……、アハハハハハハ……っ!」


 宣告も宣言もなく哄笑をあげながら大量の魔法の球を創り出し、それを水無瀬へと向けて放った。



「マナッ!――」

「――だいじょうぶっ!」


 水無瀬は慌てることなく、すぐに動き出す。

 その挙動に今までにあったぎこちなさはもうない。


 直線的な軌道で真っ先に迫ってきた魔法球を、自ら魔法の制御を手放したように重力に従い自由落下をして高度を下げて躱す。


 その落ちていった先に回り込むように飛んできた魔法球を今度は重力を無視してクルリとトンボ返りをしてやり過ごし、後から続々と迫る魔法球を引き連れながら空にカーブの軌道を描く。


 追われているはずの彼女の表情に焦燥はなく、その顔はとても楽しげだ。


 あらゆる法則や常識から解き放たれ、思うがままに、望むがままに、空を泳ぐ。


 彼女は自由だ。



「素晴らしい。さらに増やしますよ。対応してみせなさい」


 言いながらアスは上空に展開する魔法の数と種類を増やす。


 大小の魔法球と半透明の壁が魔法少女に襲いかかった。


 水無瀬は逃げる。



 そして、やはりその表情には恐れや焦りなどは見られない。


 まるで遊んでいるかのように魔法で空中を移動している。


 魔法が使えることが、自分の願いが実現することが楽しくて仕方がないと、そのような歓びをまた魔法で表現している。

 メロは必死に水無瀬にしがみつきながら、彼女のその顔を茫然と見ていた。


 いくつかの魔法球を引き連れながら先回りしてくるものを踊るように泳いで避ける。

 進行方向に壁が突然顕れても、先程までのように急停止するようなことはなく、そのままのスピードで進路を変え、壁に沿うように飛んでいく。

 彼女を追ってきた魔法球が次々と壁に衝突して消えていった。


 弥堂の眼に写る今の水無瀬の姿は、廻夜から視聴を命じられて観たアニメの魔法少女そのものだった。

 物理法則から解放され望むがままに自由に振舞える。

 魔法という免罪符を翳せば、己の想像力・発想力の限界内であれば何でも許される。


「いいですね。では、そろそろ本日の授業を締めましょうか」


 そんな声が聴こえ隣に目を向けると、そこにはもうアスはいない。

 少し離れた場所で、カラスのゴミクズーを地面に引き摺り降ろし踏みつけにしていた。


 アスの右手に銀色の光の刃が現出する。

 彼が迷わずそれをゴミクズーの背中に突き刺すと、劈くようなカラスの悲鳴があがる。

 アスはすぐにそれを引き抜くと懐から出した試験管のコルクを抜き、傷口に突っこんで内容液を直接ゴミクズーの体内へと流し込んだ。


「――え……? あっ、だめぇ……っ!」


 魔法に追われながら楽し気にしていた水無瀬の表情が変わり悲痛な声をあげる。

 彼女が視線の先に映すのは、傷口から肉が溢れ出すようにして肥大化していくゴミクズーの姿だ。


「さぁ、少しは私の役に立ってみせなさい。往けっ――」


 絶対の上下関係か主従関係があるのか、己を傷つけ変貌させた相手の命令にゴミクズーは従う。

 大きく一鳴きすると、今もなお肥大化を続ける肉から垂れる粘液を撒き散らしながら空へと羽搏いた。


 そして水無瀬の目の前に立ち塞がるとさらに威嚇の鳴き声をあげて、狂気に染まった赤い目を彼女へ向ける。

 肉が溢れ原型を失ったその姿は見た目も大きさも、最早化け物以外のナニモノでもない。


「うん……、わかるよ……、ちゃんと聴こえる……。ごめんね、さっきまでは聴こえてたのに、ちゃんとわかってあげられなかった……」


 水無瀬は興奮しきった化け物を前にして、悲しむような慈しむような目を返した。


「悲しいんだよね……? 痛くて、苦しくて……、お腹もすいて、さみしくて……。だいじょうぶ。私がぜんぶキレイにして助けてあげる……」

「ギュオァァァァァッ!」


 慰めるような言葉にゴミクズーが返したのは黒い弾丸だ。

 先よりも大きく数も増えた羽の弾丸が水無瀬を襲う。

 彼女はそれを回避して空に躍り出る。


 ゴミクズーは水無瀬を追った。

 直線軌道でのその速度は水無瀬を上回り、あっという間に距離を縮める。


 水無瀬はクルっと振り返り、逃げる速度は落とさぬままゴミクズーへ向けて左手を翳す。


「【光の盾スクード】ッ!」


 巨大な嘴と水無瀬の華奢な身体の間にピンク色の半透明の盾が顕れ、ゴミクズーの突進を受け止めた。


 地面から見上げる弥堂の所までギシっと軋むような音を幻聴させ、巨体の勢いに押されるようにして空を駆けていく。


 その彼女の行先に銀色の壁が顕れ、そして回り込むようにして魔法球も飛んでくる。


 左手をゴミクズーへ向けながら、水無瀬は振り返る動作のまま右手のステッキを振るう。


「【光の種セミナーレ】ッ! 当たって――っ!」


 まるで全てが見えていたかのように、壁と魔法球と同数の光の種を生み出し、それら総てに命中させた。

 魔法同士が相殺するように水無瀬の魔法もアスの魔法もぶつかりあって弾けて消え、どちらのものでもなくなった光の粒がキラキラと舞って輝く。


 水無瀬は上に跳び越えるようにしてゴミクズーをやりすごして、すぐに自分も加速をする。


 水無瀬はその輝きの中を突き抜けた。


 すると、その光の粒子たちは彼女の色へと色づき後に着いてくる。


 空にピンク色の飛行機雲のような軌跡が描かれた。


 ゴミクズーは再び羽の弾丸を撃ち出してから彼女の方へと進路をとる。

 逃げる彼女を妨害するようにアスの魔法も次々と襲いかかってくる。


 しかし、それらの一発も水無瀬を捉えられない。


 宙を泳ぐように躱し、或いは光の盾で受け止め、突進してくるゴミクズーも回避する。

 視界の外から迫るものも見えているように対処する。


「……うん、わかる……、みんなが教えてくれる……、ううん、教えてくれてた。私が聞いてあげれてなかっただけ……。世界はみんなつながってる……」


 まるで別人になったかのように戦う魔法少女の姿を、弥堂は地べたからただ視ていた。


 強く輝きを放ち、こうしている今もどんどんと輝きを増す彼女の存在する力に、何故か忸怩たる想いが胸の底から湧き出す。


 自分がした助言のようなものがまるで見当外れで的外れなものであったことに苛立ったわけではない。そのようなプライドは持ち合わせていない。


 自分には使えない魔法という超常の力は当たり前のように行使される戦場から蚊帳の外にされたことに憤りをもったわけでもない。そのような功名心などとっくに失くしている。


 決して敵わぬ巨大な敵を前に、絶体絶命のピンチの中で、突然脈絡もなく意味も解らず、理屈に合わぬ未知の力に目醒めて、状況を覆す。

 廻夜から借りた創作物の中で何度も見たシーンだ。


 そんな見慣れたものが目の前で現実に起こり、結末を迎えようとしている。


 それが何故だか気に食わない。


 何はどうあれ、街の平和を守る魔法少女が化け物を撃退する。

 それでいいはずだし、この街で暮らす弥堂にとっても都合のいいことのはずだ。


 目的のためには手段は選ばない。

 それを信条とする弥堂にとっては結果さえよければ過程などどうでもいいはずだ。


 なのに、気に食わない。



 そんなことが――突然、都合よく、今まで出来なかったことが出来て、今まで無かった力が湧き出すなど――そんなことがありえるはずがないと、弥堂はこれまで生きて強くそう信じていた。


 だから――


 それが現実のものとなるこの状況が、非常に受け入れ難く、とても気に食わないと、そう感じた。

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