俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章34 Sprout! ③

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 水無瀬の展開する光の盾に次々と羽の弾丸が撃ち込まれる。


 派手な着弾音が響くが、しかし、それは全く揺らがない。


「――これなら……、いける……っ!」


 盾を展開したまま、攻撃魔法を同時に発動させる。


「【光の種セミナーレ】ッ!」


 先程までとは真逆に、完全に足を止めて固定砲台のように撃ち合いをしかける。

 拮抗出来たのはほんの数秒ほど。


 防御手段を持たないカラスは回避を強いられ、目に見えて手数に差が出て後退を余儀なくされる。


「うおぉぉぉっ! カッケェー! マナカッケェーッス!」

「えへへー。アスさんが教えてくれたの」


 ゴミクズーからの攻撃が緩んだ隙に体勢を立て直し笑い合う。


「別にこれを教えたつもりじゃないんですけどね。本来の意図としては飛行魔法を覚えさせたかったんですが……、しかし、これはこれで……」


 懐から単眼鏡を取り出して、それを嵌め込んだ目で水無瀬が展開する防御魔法を見る。


「……ふむ……、私のものとは少し違いますが遜色はない。思ったよりもセンスがいいですね。悪くない」


 呟きとして漏れ出てくる評価は先程までのようにどこか皮肉めいたものではなく、本心からの賛辞のように変わった。


「そう。そうです。法則や構造などどうでもいい。それらは小さき存在たちへの枷でしかない。想像と意思。何をしたいかをイメージして我を押し付ける。そうして『世界』に実現させるのです」

「…………」


 自分で言葉を口にしながら段々と夢中になっていく様子のアスを弥堂は目を細めて視る。


「いいですね。素晴らしい。芽が出た。これならもっと出来るでしょう。もう少し教えますか」


 その表情には凄絶な笑みが浮かんでいる。


 アスはカラスの方へ手を翳した。


 すると、カラスの目の前に銀色の障壁が出現し、着弾寸前だった水無瀬の光弾を防いだ。


「あぁぁっ⁉ 当たりそうだったのにッス!」

「どうしよう、メロちゃん」

「こうなったら向こうが音を上げるまでガードの上からぶっ叩くんスよ! Power is Powerッス!」

「……? わかった! がんばるねっ!」


「えいっ、えいっ」と魔法を飛ばし、しばしお互いに防御魔法を叩き合う。

 それを見ながらアスはジト目になる。


「……意外と力づくを選ぶんですね……。まぁ、アプローチとしては実は間違ってないんですが、しかしそれはさっき言ったことを出来てからの話です。私の持つ支配権を削らない限り攻撃は徹りませんよ」

「支配……権……」


 アスが話す『影響をして支配をする』という感覚は当然弥堂にはわからないのだが、それは魔法を使える水無瀬も同じのようだ。


「だから、ニンゲンがそれを覚えるのには飛行魔法から入るのが最適だという話なんです。というわけで、飛びなさい」


 アスは水無瀬の方へ指を向け、銀色の光弾を撃ち出す。


「――へっ? わっ、わわ……っ⁉」


 ピンク色の半透明の板のような障壁でカラスから撃ち込まれる弾丸を防いでいる水無瀬の足元にアスの放った魔法が着弾する。


「ほら、そっちにばかり気を取られていると危ないですよ? どうします?」


 言いながら次弾を形成し撃ち出す。


「も、もういっこ……! 【scudoスクード】ッ!」


 水無瀬は盾をもう一つ創り出してそちらにも対応をした。


「その状態で攻撃にもリソースを割けますか?」


 アスは水無瀬を追い詰めるため、あえてその盾に魔法をぶつけて彼女を焦らせる。

 当然カラスの方からの攻撃も止んではいない。


「どどどど、どうしようメロちゃんっ⁉」

「くぅ……っ! どうしても女を飛ばしたいという男の欲望をヒシヒシと感じるッス……! ていうか少年は何やってんスか! あの野郎、すぐ横に立ってんのに興味なさそうにボーっとしてやがるッス……! クラスメイトの女子が襲われてんスよ? 助けろよッス! やっぱり頭おかしいんじゃないッスか」

「だめだよぅ。弥堂くん魔法使えないから、そんなことさせたら危ないし可哀想だよ」

「いや、でも……、確かに魔法は使えねえッスけど、ワンチャンそれでもアイツの方が強ぇんじゃねえかって気がするッス……」

「強いからとか弱いからとかじゃないよ。私は魔法少女だから、私が戦わなきゃ……!」

「マナ……」

「……私の願いはもう魔法で叶えてもらったから……。だから、今度は私の魔法でみんなの願いを叶えるの……。そうじゃなきゃズルいもん……っ!」


 解決策の出ない相談をしている間に、アスが新たな形で魔法を使う。


「――えっ⁉」


 水無瀬の周囲をグルっと囲むように、綺麗な円形を描いて魔法の球を並べた。地面からの高さはちょうど水無瀬の膝くらいだ。


「その盾では正面しか防げませんよね? これが一斉に飛んで来たら?」


 防ぎきれない。


 そのことを想像し理解する。


「こうなったら仕方ねえッス! マナッ、飛ぶッスよ」

「メロちゃん……、でも……っ」

「なぁに、ジブンにいい考えがあるッス! とりあえずアレがきたら飛んで避けるッス――って、きたッス! 飛ぶッス!」

「――リ、【飛翔リアリー】ッ……!」


 円が狭まるように綺麗な曲線を保ったまま一定の速度と感覚でアスの魔法が中心点である水無瀬へと迫る。

 慌てて飛行魔法を発動すると、彼女の魔法少女コスチュームのショートブーツに小さなピンク色の光の翼が顕れ、空へと飛び立つ。


「わわっ……、あわわわ……っ⁉」

「マナッ! 足のすぐ下に地面があると思うッス! 高さをそのままにして横方向にだけ動けばさっきと一緒ッス!」

「足に……、地面……」

「要は敵より高いとこにいればいいだけのことだろってヤツッス!」

「そっか! メロちゃん頭いいねっ!」

「これが女子力ッス! さぁっ、ここからヤツらを滅多撃ちにしてやるッス! 潮を噴くように派手にぶちまけてやるッスよ!」

「おしお……? でもでもっ、あんまりいっぱい出したら弥堂くんにも当たっちゃうよ?」

「構うこたぁねぇッス! 少年にも一緒くたにぶっかけてやるッス!」

「ダメだよぉっ⁉」


 わーきゃーと騒いでるうちにカラスが狙いを付け直した。

 甲高い叫びをあげて羽の弾丸を撃ち出す。

 水無瀬はそれを右方向に大きく移動して避ける。


「マナっ! 来るッスよ!」

「うん! 【光の盾スクード】ッ!」


 進行方向に回り込むように弧を描いて飛んできた銀色の弾丸を魔法の盾で受け止める。


「ナイス女子力ッス! 今度は――」

「――うんっ! こっちの番っ!」


 地上へ魔法のステッキを向けて「むむむっ」と力をこめる。


「いきますっ! 【光の種セミナーレ】ッ!」


 数発の魔法弾が生成されゴミクズーに向けて発射される。


 だが、その生み出された魔法のすぐ1m前に銀色の半透明の壁が顕れる。水無瀬の魔法は発射されるとすぐにその壁に受け止められ消失した。


 水無瀬とメロはぱちぱちとまばたきをして、その壁を真顔でじっと見る。


 すると、その壁は水無瀬の方へ向かってきた。


「ふわわわ……っ⁉」


 粟を食って彼女はそれを横に回避する。しかし、回避した先にも新たな壁が顕れ、それも近づいてきた。


「まったく……、それでは同じことでしょう……」


 慌てふためいて逃げ惑う魔法少女へ呆れた目を向けながらアスは嘆息する。そして彼が指を鳴らすとさらに壁の数が増える。

 前後左右からゆっくりと迫ってくる魔法の壁に彼女達はわーきゃーと大騒ぎだ。


 アスはふと、傍らの弥堂に視線を向ける。


「あの……」

「なにか?」

「……介入するなと言っておいてこんなこと聞くのもなんなんですが、同級生が襲われているのに特に何もしないのですか?」

「ん? あぁ……」


 弥堂は壁にぶつかってふらふらと高度を落とす水無瀬を視る。


「俺には子供が遊んでいるようにしか見えないな。公園で遊んでいる子供が事故にあって死ぬこともあるだろう? だが、かといってそこらで遊んでるだけの子供にいちいち何かをする奴がいるか?」

「言ってることはわからなくもないですが、どうかと思いますよ? アナタ、理屈さえ通っていれば他人の感情をどれだけ無視しても許されると思っていませんか?」

「他人の感情など視えないからな。目に映らないものを見たと言い張って実在した気になっているのは、気狂いと麻薬中毒者だ」

「……どういう過程があってその精神性が出来上がったのか、少し興味がありますね」

「ただ麻薬を射ち過ぎて気が狂っただけだ。お前が興味を持つほどの珍しいものではない」

「……なんていい加減なんですか。ニンゲンめ」


 アスは弥堂から目線を切り、言葉をかける相手を変える。


「さて、そろそろ諦めましたか? ちゃんと飛行魔法が使えないといけないと……」


 その相手は現在も絶賛複数の壁くんにグイグイと迫られ中の水無瀬だ。


 耳元でまた突如声がしたことに驚き魔法の制御を誤る。

 壁を避けるのではなく力づくで破壊しようと準備していた攻撃魔法を暴発させ、それにも驚き姿勢を崩し横合いから迫っていた壁にべちゃっと顔をぶつける。


「……まずは想像です。飛ぶということのイメージ。アナタは飛行魔法を使うと足に翼が出現しますね。それがアナタの飛行に対するイメージ。つまり鳥をイメージしているでしょう?」


 弥堂は水無瀬のショートブーツの小さな翼を視る。その翼は別に本物の鳥が羽ばたくように動いているわけではない。


「その翼は風切羽ではないし、そうだったとしてもそれで飛ぶためには風が必要になる。そんなものは飛行魔法とは呼ばない。飛ぶための翼を創り出すという現象を起こし、その翼に飛ぶための動きをさせるという現象を起こし、必要であれば飛ぶために必要な風を吹かせるという現象を起こし。そして飛ぶという結果に至る。いくつかのプロセスを踏んだ上で飛行をするという結果に辿り着いてはいますが、しかし飛行をするという現象を魔法で起こしているとは言えない……」


 水無瀬がパニックにならない案配で壁を動かしながら、アスというナニモノかは魔法を語る。


「……細かく見れば、『翼を創る現象』『翼を動かす現象』『風を生み出し動かす現象』これら一つ一つは魔法と呼んでもいいですが、『翼を創る現象』を起こすのは『翼を創る魔法』です。目的の手前の必要な条件を段階的に揃えクリアし、最終的に目的を叶える。いかにもニンゲンの学問的な手法ですが、それは魔術であり魔法ではない」

「……まほうじゃ……、ない……っ!」

「アナタが飛びたいと願い、飛ぶと決め、そして『世界』がそれを拒まなければ飛べる。それが魔法。『世界』にアナタの意思を伝えるには魔素を支配する。アナタの魔力で周囲の魔素を自分のものに塗り替えなさい。それが支配。『世界』はより支配権のある者の願いを優先して叶える。極論ですが、世界中の魔素を自分のものと出来れば、アナタの願いは統べて何でも叶う」

「まそ……、魔力……っ、しはい……、なんでも……っ!」


 聞いたことのない情報の処理が追い付かない。耳に残った単語を復唱しながら水無瀬は空中を移動する。


「おそらく、アナタの相棒のネコが背中の翼で飛んでいるように見えてそんなイメージを持ってしまったのでしょうが、それは間違いです。もしもその翼で飛びたいのならアナタは先程説明した魔術プロセスを踏む必要があるし、そうでないのならば飛行魔法のイメージを変える必要がある。今のアナタは飛ぶと決めているのに、全然違うことを願っていることになります」

「……つばさ……、ひこう……、イメージ……、ちがう、ねがい……っ!」

「ふむ……」


 そこで顎に手を遣りアスは黙る。


「……そんなに難しいことを言いましたかね? 素養がなくて出来ないのか、それとも頭が悪くて理解出来ないだけなのか……」


 心底不思議そうに首を傾げるアスへ弥堂は胡乱な瞳を向ける。


 こいつは典型的な『何がわからないのかわからない』という、頭は良くても致命的に他人に教えるのが下手なヤツかと、小さく嘆息する。


「おい」

「……はい?」

「あいつに一言こう伝えろ――」

「え?」


 ほんの短いワンワード。


 それを発音する弥堂の唇の動きがアスの人外めいた銀色の瞳に映った。

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