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1章 魔法少女とは出逢わない
1章33 曖昧な戦場 ④
しおりを挟む堰を切ったように怒涛の『ななみちゃんトーク』が水無瀬によって繰り出される。
「――あのねあのね? ななみちゃんって運動も得意じゃない? やっぱりバスケもすっごく上手でね? 多分クラスでも一番上手なんだよ! 知ってた?」
「……あぁ」
「やっぱり! ななみちゃんすっごく足が速くて、ボール使うのも上手で、いっぱい活躍してたもんね。男の子たちもみんな見てたし、弥堂くんも見てたんだね! ななみちゃんが可愛くてカッコいいから見てたの?」
「……キミの言うとおりだ」
「でもね、私はへたっぴでね? せっかくパスしてもらってもちゃんとキャッチできないの。えいって手を伸ばすんだけどね、いつもスカッてなっちゃうの。だからね、ボールが顔か胸に当たってどこかにいっちゃうの。どんくさいよね」
「そうだな」
「あとね、パスするのも苦手で。ボールが変な方にぴゅーっていっちゃったり、そもそも届かなかったりしちゃって。いっつも同じチームの子に迷惑かけちゃってるの。『ごめんね』って言うんだけど、みんな優しいから『いいよー』って言ってくれるんだけど、でも悪いなぁって思うからもっと頑張らなきゃって……」
「キミは素晴らしいな」
「だけどね、ななみちゃんスッゴイんだよ? 私がぴゅーってどっかにやっちゃったボールもヒュンッてなってパッてとっちゃうし、届かない時はね、近くまで取りに来てくれるの。あとねあとねっ、たまに私がボールをキャッチできちゃってDFの人に囲まれちゃって『どうしよう⁉ あわわ』ってなっちゃったら、ガルルルルッてDFの人から守ってくれるの! 弥堂くんもななみちゃんスゴイって思うよね?」
「バスケはそういうもんじゃねえよ」
「え?」
「チッ」
内容がない上に長そうな話だったので、すかさずオートモードでの応答を開始した弥堂だったがつい反論をしてしまう。
希咲がべた褒めされている話を聞いていたら何故か酷く気分を害しイライラしてしまったので、オートモードのパフォーマンスが低下したためだ。
「……なんでもない。だが、言いたいことは大体わかった。もういいか?」
「うん。あ、でも待って。あともう一個っ!」
「…………」
弥堂は再び白目になった。
「あのね。一個気になったことがあってね。ななみちゃんこないだの授業ですっごいシュート入れたじゃない? なんだっけ? あのピョーンって飛んでゴールにガンってするやつ」
「……ダンクのことか?」
「多分そうっ! スゴイよねっ。ななみちゃん魔法使えないのに魔法みたいでカッコよかったよね!」
「……なにか気になることがあったって話じゃなかったか?」
「そうだった! あのね? だんく? した後にね、ななみちゃんシュタって着地したんだけど、なんかハッてなってキョロキョロして身体抑えてピューって走っていっちゃったの。なんか慌ててたみたいで」
「……どうせ便所だろ」
「うん。私もおなか痛いのかなって思って。でもお腹じゃなくってお胸抑えてたようにも見えて……。もしそうだったら大変だぁって私焦っちゃって……」
「ほう。胸だと?」
あの異常な身体スペックを女子の体育なんかでフルに発揮されたら他の者は堪ったものではないだろうなと、適当に聞き流していた弥堂だったが『希咲 七海の胸』というワードに一定の興味を示す。
「あ、うん。体育館から出てっちゃったからどうしようってなって。お胸痛いんだったら私一応お薬持ってるから渡してあげようって思って追いかけたんだけど、ほら? ななみちゃんすっごく速いから追いつけなくって」
「それで?」
「結局渡せなかったんだけど、私が迷子になってる間にもうななみちゃん戻ってたみたいで、逆に私のこと迎えに来てくれたんだけど、その時はもう普通に戻ってて」
「だろうな」
体育の授業にすら念入りに重装備で挑んだ少女のことを考え、弥堂は内心でほくそ笑み、何故か溜飲が下がった。
想像するに――水無瀬の前でいいところを見せようと大いに張り切り、派手なプレーを選択し激しく動きすぎたが為に胸パッドが外れ、そしてそれを直す為に隠しながら半ベソで無様に逃げていったのだろう。
戦闘のプロフェッショナルを自称している弥堂 優輝は、戦場に於いてクラスメイトの女子の胸パッドが取れてしまうシーンを想像し、先日同様の事態が起きた時の彼女の泣き顔を思い出しながら僅かに口の端を持ち上げた。
「どうしたのって聞いたんだけど、なんでもないって言ってて。心配だったけどその後また試合出ていっぱいシュート決めてたし、私の考えすぎだったのかなぁって」
「いや、そうとも限らないぞ。心配し過ぎて足りるなどということはない。たった一度見過ごしただけでもう二度と会えなくなることもある。あいつが帰ってきたら徹底的に追及するべきだ。念入りにな」
「そう、なのかな? もしかしたら聞かれたくないことかもしれないし。私の勘違いとか思い込みでしつこくしちゃったら可哀そうだし……」
「大丈夫だ。キミは一番彼女と一緒にいるんだ。そのキミが気付いた違和感が勘違いなはずがない。例え思い込みだったとしても、キミに心配されてあいつが嫌な気分になることはないだろう。断言する。それにあいつはメンヘラだからな。心配されることを快感とさえ思うような浅ましい女だ。キミに心配されたらきっとヨダレを垂らしながら…………、どうした?」
ここぞとばかりに希咲を追い込むための嘘を水無瀬に吹き込んでいた弥堂だったが、その水無瀬が不思議そうに自分の顔を見ていることに気づく。
「ううん。ただ……、弥堂くん、なんかうれしそう……?」
「おい、思い込みでふざけたことを言うな。そんなわけがないだろう。俺があいつのことで何か嬉しくなるなどということは一切ないし、それはこの先も金輪際ありえない。いいか? お前が何を見て何を感じ何を思おうと、現実にそのような事実が存在しなければそれは共有される共通認識にはならない。お前の妄想の中だけの出来事だ。ちょっと思いついただけのことを簡単に口に出すな。二度と無責任なことを言うなよ」
一転して気分を害したパワハラ男はコロッと論調を変え饒舌に喋った。
そこにどこかへ走り去っていたメロが戻ってくる。
「エ、エライ目にあったッス……」
「あ、メロちゃんおかえり。おトイレ行ってたの?」
「ただいまッス。砂場じゃないッス。水場に行ってたッス」
「お水飲んでたの?」
「いや、口をゆすいで来たんスよ……、おい少年、このヤロウッス!」
「なんだ」
にこやかに水無瀬に応対し、そして露骨に弥堂へ向けて語気を荒げる。
「オマエーっ、シャレにならんことしてくれたのうッス!」
「何の話だ」
「何、じゃねえんスよ! 酢こんぶなんぞ食わせやがってどういうつもりッスか! 考えうる限り最悪の組み合わせッス!」
「意味のわからんことを言うな」
「意味わかれよッス! 昆布も酢も、我々ネコさんにとっては良くないものなんッス! オマエらが当たり前に食ってるモノがオタクのネコちゃんにとって害になるものではないかどうか、ちゃんと成分を調べてからエサをくれやがれバカヤロウッス!」
「お前らは昆布や酢が弱点なのか?」
「弱点と捉えるんじゃねえッスよ、このイカレ野郎っ! 酢はもう臭いがアウトだし、昆布も食べ過ぎたら尿路結石とかになっちゃうッス! どうしてもあげるなら柔らかくして少量だけに留めて下さい。乾燥昆布をそのまま与えると我々喉が傷ついてしまうので充分にご注意くださいッス!」
「なんだ。少量なら問題ないんじゃないか。大袈裟に騒ぎ立てて実際には存在しない被害を作り出そうとするとは。その程度でこの俺から賠償金がとれると思ったか。薄汚い三流詐欺師め」
「どうして一言ゴメンなさいって言えないのーッス!」
弥堂は被害者ビジネスをして金をたかって来る恥知らずを一蹴した。こういった輩には毅然とした態度で接し、僅かばかりも譲ってはいけないということを自身の経験から熟知していた。
「まぁいい。どうせお前を告訴しても金にならんからな。今日のところは見逃してやる」
「え? この人なんで自分が被害者だと思ってんのッス? こわいんだけどッス」
「うるさい。こちらは今重要な話をしているんだ。四つ足風情は砂場で穴掘りでもしていろ。失せろ」
「こ、こんな愛くるしいネコさんにどうしてそんなヒドイことが言えるんスか……」
反論が出来なくなって同情を誘い感情論に持っていこうとする卑怯者を無視し、弥堂は水無瀬の肩に手をのせて彼女の身体を動かし、的の方を見るよう促す。
「では実践だ。鳥の方を狙え。軌道をよく見て1・2秒後にヤツがいる場所を予測してそこを狙って撃て」
「うん…………、ちょっと難しいかも……? うまくイメージできない」
「イメージか……、そうだな。予め相手の進行方向に魔法を置くというイメージではどうだ?」
「置く…………おく……、う~ん……」
以前に銃で殺し合うゲームにおける偏向射撃というものについて、廻夜が語っていたそれっぽい話をしてみたが、水無瀬さんは難色を示した。
「では……、的とお前の魔法、それらは点だ。移動することによって線になる。その線は2秒後に同じ地点に吸い込まれて交わる。これでどうだ?」
「線……、あ、でもななみちゃんも同じこと言ってたかも!」
「希咲だと? じゃあ駄目だ」
「なんでぇっ⁉」
せっかく親身になってレクチャーしてやっていた弥堂だったが、希咲の名前を聞いたことにより気分を害した。
「あのね? バスケのパスのこと教えてもらった時なんだけど、ボールと人が待ち合わせする感じって言ってたの!」
「あぁ……、要はスルーパスだな。最初の話と同じだ。何秒か先に味方が到達するであろうスペースにパスを出すことだ」
「するーぱ……?」
「いや、なんでもない。忘れろ」
「するーぱ……、あっ! スーパーってこと?」
「違う。なんでもないと言っているだろ。忘れろ」
「あいたぁっ⁉」
強引に誤魔化そうと弥堂は水無瀬の頭をペシッと引っ叩く。
すると――
「オマエェッ! またマナに乱暴な……、こ……、と…………」
すかさず彼女に忠実なペットが抗議の声をあげるが、既視感たっぷりに言葉尻が消えていく。
茫然と空を見上げるメロの視線を弥堂も水無瀬も追う。
鳥のゴミクズーが飛ぶ位置よりも上空に夥しい数の魔法球が展開されていた。
「…………」
「…………」
「…………」
3人ともその光景を無言のまま真顔でジッと見る。
その魔法の真下にいるゴミクズーたちは気付かずにまだ争っている。
「訂正しよう」
「え?」
「水無瀬。お前はスーパーだ」
「あ、やっぱりスーパーって言ってたんだね。あっ! そういえばね、スーパーで思い出したんだけど、この間ななみちゃんと一緒にスーパーにお買い物に行った時なんだけど……、あのね? きいてきいてっ――」
「――うるさい」
また無意味な長話を聞かされては堪らないと、弥堂は反射的に彼女の頭を引っ叩いて止める。
すると、上空の魔法の数が増殖する。
「…………」
「…………」
「…………」
3人ともその悍ましい光景を無言のまま真顔でジッと見た。
「……よし、水無瀬。あれを真下に撃ち落とせ」
「えっ⁉ 狙う練習は……?」
「それはまたの機会だ。それに最初に面を制圧しろと言っただろ。これがそういうことだ。やれば出来るじゃないか」
「え……? えと……、でも……」
「さらに、線だろうが面だろうが、それは戦いを終わらせる為の一手段に過ぎない。それよりももっと優先されることがある。戦いにおいてもっと大事なことだ」
「ゆうせん……?」
「それは、殺せる時に殺せ、だ。覚えておくといい」
まだ何かを言い募ろうとする彼女を無視して再度頭を引っ叩く。
すると、上空に待機していた魔法の球が一斉に地に降り注いだ。
同士討ちをしていたゴミクズーたちは阿鼻叫喚となる。
「あわわわ……っ⁉」
自分の魔法の誤発動によって齎された光景に焦る水無瀬の姿を視ながら、弥堂は何故この誤発動の現象が起きるのかを考える。
そもそも頭を引っ叩いたら魔法が発動するとは思っていなかったのだが、実際に何度も起きているのならある程度再現性のある現象なのだろう。
本当に彼女の魔法が『願えば叶う』というものならば――それを前提に考えてみる。
『ああしろ』、『こうしろ』と言われた時点で頭の中にそのイメージが作られ、その時点で魔法としてある程度出来上がっているのではないかと仮定する。
最終的に『やる』か『やらないか』という水無瀬の意思が引き金になって現実に現象として発現するのだろう。
実行しなかったとしても弾丸は込められたまま残っているのかもしれない。
実際に物理的に何かがストックされているわけではないと思うが、彼女に強く印象を残したものはイメージがこびりつき、不意に何かの拍子で漏れ出すことがあるのではないか。
例えばいきなり頭を叩かれた時など。
これが『頭ぺちん』のメカニズムだと適当に牽強付会てみたところで思考をやめる。
(頭を叩いたら魔法が出るとか馬鹿にしてんのか)
自分でやっておきながらそのふざけた現象に苛立ちつつ、もしも本当にそうならやはり魔法少女は危険極まりないなと結論する。
そんなことよりも目の前の敵だと爆心地への意識を強めると、2体のゴミクズーが奇声を発しながら逃げ惑っていた。
まだ一発も直撃はしていない。
個体として弱いことは幸いだったがその分サイズが小さいことが弊害となっている。
(もっと数を増やさせてから撃つべきだったか……、というか、一発でも当たれば殺せるのなら一発のサイズを小さくして数と密度を増すようにイメージさせれば……、いっそ水蒸気や粉末状のものを撒き散らして毒ガスのように運用できた方が効率よく殺せるかもしれない……)
物騒な新魔法を脳内で開発しつつ、次の状況に備えて心臓に火を入れる。
まもなくして死の雨が降り止むと2体のゴミクズーがこちらへ向かってきた。
怒りに血走らせた目玉が嵌め込まれた黒い影のシルエットの肉体はいくらか損傷している。
直撃こそ免れたものの地面や周囲の物が破壊された余波で間接的にダメージを負っていた。
手傷を負ったことで敵意の向け先が完全に魔法少女に変わったようだ。
それも当然だろう。
あんなふざけた形で魔法などという力を奮われては生かしてはおけないと考えるのは普通のことだ。
弥堂はゴミクズーとかいうふざけた名前の謎の化け物に共感を示した。
やがて殺傷可能範囲に踏み込んだゴミクズーたちが飛び掛かる。
その嘴と爪の向き先は――弥堂だ。
その凶刃を瞳に写し毒づくように唇を動かしながら水無瀬を突き飛ばした。
「びっ、弥堂くん……っ⁉」
焦燥する水無瀬の叫びと同時に二つの影が上から弥堂の顔を塗り潰す。
思わず水無瀬が目を瞑るとグシャァっと鈍い音が鳴った。
最悪の映像を想像して彼女はすぐに目を開こうとするが――
「――目を瞑るのは癖か? 戦いの中でそれは最悪だ。目を瞑ることを許されるのは殺されてからだ」
驚きによって目を見開くことになる。
ゴミクズーに覆い被さられたはずの弥堂が、一瞬のうちに何故か上下が逆転して先の戦いの時のように2体ともを取り押さえている。
その姿を呆然と見ていると彼の目が怪訝そうに細まる。
「聞いてんのか?」
「……えろえ……?」
「……ちょっと何を言ってるのかわからないな」
コテンと首を傾げながら譫言のように出た言葉はどうでもよさそうに流した。
「そんなことよりトドメだ。これも重要なことだ。トドメを出し惜しんだり躊躇ったりするな。即座に殺せ」
「えっ? あ……、うん……っ!」
わけがわからないまま促され水無瀬はステッキを構える。
弥堂が押さえつける2体の化け物がギャーギャーと喚き一層抵抗を強めるのを体重の行き先を操り封じ込めた。
「今度は外すなよ」
「う、うん……」
「あんまプレッシャーかけるんじゃねえッスよ! ウチのマナはもっとノビノビやらせてあげた方が伸びるんス!」
ネコ妖精の抗議の声を聴きながら、水無瀬は「むむっ」と集中し光弾を創り出す。
ネコ妖精のしっぽがゆらりと揺れたのが視え、それから水無瀬の魔法は放たれる。
その光弾は真っ直ぐ弥堂の顔面に吸い込まれた。
「「あっ⁉」」
ポンコツコンビは驚いているが、弥堂は『なくはないな』と予測していた部分もあったので、魔法に撃ち抜かれたショックで上半身を仰け反らしながらも今度は捉えたゴミクズーどもを逃がさなかった。
そのゴミクズーたちは今しがたまでギャーギャーと喚いていたが、今はどこか気まずそうに2体ともオロオロとしている。
弥堂はムクリと身体を戻した。
「び、弥堂くん……、あの――」
「――もう一回だ」
「――えっ?」
ビクビクしながら謝ろうとした水無瀬だが、極めて平坦な声で言葉を被される。何を言われたのかすぐには理解できずに口を開けていると――
「――もう一回だと言ったんだ。当たるまでやるぞ」
「あ、あの、でも……その、ゴメン――」
「――謝罪をするなら、俺に当てたことじゃなく、トドメを外したことを悪いと考え反省しろ」
「う、うん……、でも、その前にだいじょう――」
「――どうでもいい。殺せ。さっさと殺せ。どうしてこの距離で外す? ナメてんのかテメェ」
「ゴ、ゴメンなさいぃーーっ!」
「や、やっぱめちゃくちゃキレてるッスよ!」
それ以上は問答に取り合わず、光沢のない瞳の圧力で追撃を催促する。
水無瀬は「はわわわ」っと次弾を準備した。
『殺す』じゃなくて『浄化』だと主張したかったが、それを言い出せる空気でないことは彼女にもわかった。なんなら若干『殺す』という言葉を聞くのにも慣れてきてしまっていた。
「マ、マナ……っ、落ち着いて撃つんスよ……? 次は多分エロシーンに移行しちゃうッス」
「う、うん……っ! 私がんばるねっ……!」
「い、いや多分あんまり頑張らない方が……」
何か嫌な予感がしたメロは、ゆらりとしっぽを揺らし水無瀬を止めようとするが、その前に魔法は発射されてしまう。
そしてその魔法はやはり弥堂の顔面をぶちぬいた。
『…………』
一同は言葉を失い、またも上半身を仰け反らせた弥堂を見る。
弥堂はたっぷり何秒かその姿勢を維持し、なるべく感情が動作に表れないよう意識しながら身体を戻す。
ポンコツコンビはビクッと体を跳ねさせた。
「…………」
何かを言おうと思ったが、罵詈雑言以外には特に何も思い浮かばなかったので弥堂も無言で彼女たちを視た。
すると、弥堂の鼻からツッと一筋の血が流れ出る。
水瀬たちはガタガタと震えた。
「どうした? 次だ。さっさとしろ」
「しょ、少年? そ、その……」
「だ、だいじょうぶ……?」
鼻血を垂らしながらまばたきもせずにジッと視線を向けてくる男に二人は恐怖した。
「大丈夫、だと……? 意味がわからんな。敵が生きていて大丈夫なことなどこの世に一つもない」
「で、でも……、私、ごめんね……?」
「謝る前に殺せと言っただろ」
「しょ、少年、ここはどうかひとつ落ち着いて……、キレねえで欲しいッス……」
「キレる? 意味がわからんな。今日は甘やかす日だと言っただろ? だからお前らを殺すようなことはしない」
「そ、それって甘やかす日じゃなかったらブチ殺すってことッスよね⁉」
「ご、ごめんなぁいぃぃーっ!」
ビクビクしながら謝る彼女にフラットな眼を向けていると、今回は拘束を弱めてしまったのか、ゴミクズーたちが体を起こす。
抵抗するか逃げ出すかと警戒を強める弥堂だったが、化け物たちはどれとも違う行動に出た。
カラスもどきはそっと羽を伸ばし慈しむように弥堂の頬を撫で、ネコもどきは顔を突き出し労わるように弥堂の流血する鼻を舐めた。
ビキッと弥堂の頬が吊った。
右手で握った鳥の首を振り上げ、鋭利な嘴をネコの目玉に突き立てた。
「ひぁぁぁぁーーーっ⁉」
「ふぎゃぁぁーーッス⁉」
ザクザクと無言でネコを滅多刺しにする。またも始まった唐突な残虐ショウに少女たちは悲鳴をあげた。
痛みに苦しむ声を出すネコの口にカラスの翼を突っ込むと一部が食いちぎられた。新たな絶叫が響く。
顔を庇って丸まるネコの背中にカラスの嘴で穴を空け続けていると、不意にネコの身体上に透明な板の様なモノが出現し、嘴を止められる。
「やれやれ、ですね。ゴミクズーが2体暴れていると言うから様子を見に来てみれば。今日もおかしな状況になっているようですね」
呆れたような声とともに一人の男が現れる。
「あまり過激なことは困りますよ。こちらにもコンプライアンスというものがあります……」
黒いタキシードのようなスーツを来た銀髪の男。
見た目は人間と見分けがつかないその男は、悪の中間管理職アスだった。
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