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1章 魔法少女とは出逢わない
1章33 曖昧な戦場 ①
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学園から出て旧住宅街と呼ばれる地域を歩く。
作戦区域となる新美景駅付近へ向かっているのだが、その前にほぼ通り道にある中美景公園に寄る。
昨日のゴミ拾いのボランティア活動中に不運にも警察に連行され、その際に置き忘れてしまった清掃用具を回収する必要があるからだ。
たったそれだけのつまらない用事であり、弥堂 優輝が本腰を入れてとりかかるべきはその後の用事にある。
これからの時間は風紀委員会の今週の目玉企画である『放課後に出歩くと危ないよキャンペーン』を実施するため、主に駅前の繁華街付近の見廻りをする。
この作業の目的としては、表向きは風紀委員として、最近治安が不安定となっている街で学園の生徒が危険な目に合わないようにすることだ。
想定している危険な目とは、街のギャングや他校の不良との揉め事、そして海外マフィアの拠点となっている外人街から流れ始めている新種の麻薬だ。
この新種の麻薬の流入を防ぐことが、元々ここいらの地域をナワバリにしていた暴力団である皐月組、そして弥堂と皐月組の橋渡し役となっている次の十代目を継ぐ予定の皐月 惣十郎が画策する裏の目的である。
彼らの思惑は駅の南側の自分たちのナワバリに、北口をナワバリにしている外人街の息のかかった連中が入ってくることを防ぐことにある。
その為に、今回の風紀委員会の活動を利用して、美景台学園も含む学生の不良たちが、外人街の傘下になっている半グレどもや海外マフィアと結びつく機会を減らすために街から追い出すのだ。
そして、弥堂個人の興味はここで槍玉に上がっている新種の麻薬そのものにある。
皐月組からは手を出すなと言われたが、街にいる学園の生徒だけでなく、半グレや外人どもにも出会った端から暴行を加え、徹底的に情勢を荒らすつもりだ。
そうして、売人を炙り出す。
このクスリに関してはかなり慎重にシノギをしているようで、どうも売る相手を選んでいるフシがあるとの情報もある。
クスリそのものが手に入ればそれに越したことはないが、出来ればその選別のアルゴリズムの尻尾だけでも本作戦で掴みたい。
ここまでは先週までにすでに決めていたことで、若干の修正は加えたが概ねこの通りで構わないだろう。
今、弥堂が考えているのはここ数日で浮上した、本作戦において最も厄介な障害となる可能性のある組織のことだ。
それは、魔法少女――弥堂のクラスメイトである水無瀬 愛苗と敵対関係にある『闇の秘密結社』の者たちだ。
麻薬に関する利権で争うことにはならないだろうが、この者たちの戦いがこれからの弥堂の主戦場となる場所で行われては、どのようなイレギュラーが発生するかわからない。
一般市民たちが平和に暮らす裏側で、日陰に生きる反社会的な者たちの争いがある。
そこまではどこでもよくあることなのだが、さらにその裏側で魔法少女だのゴミクズーだのの人知を超えた連中が争っているなどという新事実が作戦開始直前になって発覚するとは想定外もいいところだ。
一応、闇の組織の者たちとは繁華街は荒らすなと取り決めをしたが、それもどこまで守られるかは不明だ。
相手が約束を守ると信じないのは、弥堂自身にも約束を守る気がないからである。
奴らが繁華街付近から手を引く代わりに、弥堂も魔法少女に関することには首を突っ込むなという取り決めになっている。
とはいえ、必要とあらばこんな口約束はいつでも破るつもりだ。
だが、どうしてもそうしなければならないという状況に陥りでもしない内は、弥堂の方から約束を反故にするつもりもないし、水無瀬と奴らとの戦いに首を突っこむ気もない。
(積極的に関わる理由もないしな)
今日はまだ初日だ。
こちらとしても極力ヤツらの交戦ポイントには立ち入らないように注意して、まずは無難にはなまる通りの裏路地あたりから巡回していこうと、そう心に留める。
そこまで考えたところで公園に到着する。
公園の管理事務所で清掃用具を預かっていると五清が言っていたなと記録されている記憶を確認しつつ公園に足を踏み入れた。
その瞬間――
――バチッと、首筋に電流のようなものが奔る。
途端に世界が歪み、そして塗り替わる。
「えいっ! えいっ! 【光の種】ッ!」
「いいッスよ! 今日のマナはキレてるッス! 魔力回路がギュィンギュィン唸ってるッス!」
ここ最近で聞き慣れてしまった、人に脱力を強いるような声に思わず額に手を遣る。
そして抗う気持ちを繋ぎ止めるために意識して手に力を入れ、グシャッと自身の前髪を掴んだ。
(何故だ……、どうしてこうなる……?)
積極的に関わるつもりはないと、自分からは約束を反故にするつもりはないと、そう考えてから1分経ったかどうかの間にこれだ。
(こいつらが悉く行先に現れるのはどういうことなんだ)
苛立ちをこめて魔法少女とそのお供のネコ妖精を睨みつける。
そしてここにきて弥堂は迷いを抱くようになった。
以前までであれば、このような偶然が続くはずがないと即刻『対処』をする判断を下していた。
だが、このポンコツコンビにはそのような意図はないだろうと、弥堂をしてもそう考えるようになった。
信用に足るという意味ではない。
そんな発想をすることも、それを実行することも、こいつらの能力では不可能だという意味だ。
評価が最低なために疑惑から外れる。
そんなこともあるのだなと弥堂は白目になった。
計画的に、且つ知性的に他者に害意を齎すことが出来るとすれば、可能性が高いのは彼女たちの敵の方だ。
闇の秘密結社。その悪の幹部であるボラフ……、はともかく、その上司のアスと呼ばれていたモノ。
あのヒトの姿をしたヒトではない者なら、能力的には可能だと謂える。
だが、ヤツにはそうする理由があるようには思えない。
善良な存在でないのは確かだが、かといって弥堂のようなタダの人間に興味や関心を向けるようにも思えない。
特別関心を抱いているわけではないが、自身の生活環境への影響が大きいように見えてしまうため、こうして行く先々で遭遇し目の前にすると完全に無視することも難しい。
この魔法少女という事象についての対処に迷う。
迷うからその判断をしなくて済むように関わらないことにしたのだが、それでは済まされないのであればそろそろ考えなければならない。
「あぁーーっ! おしいっ! 今当たりそうだったッス――って、うおぉぉぉっ⁉ マナっ! 今度はそっち来てるッス!」
「あわわわ……っ⁉ た、たいへんだぁ……っ!」
黒目を戻して戦況を視る。
水無瀬は二つの黒い影を向こうに回して戦っている。
輪郭の曖昧な影。
一体は鳥。カラスのような影で飛行をしている。
もう一体は四つ足の獣で犬か猫のようなシルエットだ。
どちらも大きさはあのギロチン=リリィに比べれば然程でもない。中型犬の範疇に収まる程度だ。
今回のゴミクズーは数こそ二体だが、その存在はギロチン=リリィはもちろん、路地裏で出遭ったネズミよりも劣っているように弥堂の眼には視える。
その二体の敵に対して水無瀬 愛苗――魔法少女ステラ・フィオーレは――
「――鳥さん速い……っ! 当たらない……っ!」
「でも数で攻撃は抑えられてるッス! 今度は下が来るッスよ!」
「だいじょうぶっ! 準備できてるっ!」
魔法の光弾を一度に何発も展開し応戦している。
相変わらずその攻撃は一発も当たっていない。
だが――と、弥堂はツインテールを振り回しながら激しく動く水無瀬の足元を視た。
地面から僅かに両足が浮いている。
ごく低空でホバーリングをしながら、滑るように移動をしていた。
もはやお馴染みの魔法少女コスチュームの足元はショートブーツだ。
そのショートブーツからは白とピンクが混ざったような光の羽が生えている。
彼女なりに飛行魔法の制御を工夫しているのか、これまでには見られなかった新技術だ。
これは最早飛行魔法とは呼べないのではないかとも思えるが、それは別にどうでもいい。
問題は攻撃魔法の方だ。
彼女が『セミナーレ』と呼ぶ光の球を射出する魔法。
こちらは今までと同じものを使っている。
今も1秒前に鳥の影が通過した場所をピンク色の光弾が通り抜けた。
当たっていないという点では今までと同じだが、その魔法の軌跡からは『狙いを付けていること』と『狙った場所へ飛んでいる』ことが見える。
さらに、地を奔る獣の影。
こちらの敵を牽制するように、獣と自分との間に常に数発の光弾を置いて、向かってきそうになったら弾をバラ撒いてその動きを妨害する。
(これは――)
昨日の戦闘で催眠状態の水無瀬に弥堂が仕込んだものだ。
通常、催眠時のことは記憶には残らないはずだが――
(――無意識下で学習したのか……?)
これまでに観測したことのない事例だが、しかし絶対にありえないというわけでもない。
なぜなら、記憶に残らないとは文字通りに記憶を消去するわけではないからだ。そんな都合のいいことは出来ない。
催眠時に見たもの、聴いたもの、触れたもの、など。
それらの記録を記憶として認識できないだけだ。
ただ、それはそうすることを目的として、それを実現するための何かを実行しているわけではなく、勝手にそうなっているだけだ。
元々、拷問や尋問のための技術なので、被験者の術後の健康のことなどこれっぽっちも考慮などしていない。
それならこういうこともあるだろうと、ファジーな結論に暫定する。
ただ一つだけ確かなことは――
「――ひゅ~ぅっッス! イイッスよぉ~! 最高ッス! キレてる! 魔力キレてるッスよぉ~っ!」
形上、見た目の上では2対2のタッグバトルの様相だが、忙しくなく魔法を操作する水無瀬の肩にへばりつき、賑やかしのように騒ぐだけのネコ妖精は何の役にも立っていない。
それだけは確かだった。
(さて、どうするか……)
水無瀬の戦闘にいくらかの改善と進歩が見られているが、戦況としてはジリ貧だ。
2体同時に襲い掛かられてどうにか凌いでいると評価するのが妥当だろう。
結局攻撃が当たらなければ決定打には至らず、いつかは力尽きると考えるのが普通だ。
しかし、彼女は普通ではない。
どれだけ魔法を使っても消耗を感じさせないだけの魔力があり、さらにその魔力にモノをいわせた堅固な防御力がある。
時折、魔法の弾幕を潜り抜けてゴミクズーが嘴や爪で水無瀬に害をなそうとするが、彼女はキャーキャー騒ぐだけでまったく傷もダメージも追っていない。
二体いるとはいえ、今回のゴミクズーは大した存在ではないようだ。
そもそものスペックで彼女の方が圧倒的に上回っているようで、それはそのまま存在としての格の違いとなる。その差は余程のことがない限りは覆らない。
結局のところ、結論としてはジリ貧なのは敵の方で、結末としては泥仕合の果てに水無瀬が勝つのだろう。
それならば――
(俺が助力する必要も、見ている必要もない、か)
――ここにいる理由も特にないと、踵を返そうとして、しかしすぐに止まった。
舌打ちをしかけて自制をする。
そういえばここは結界の中だった。
公共の場にこんなものを勝手に広げて、しかも入るときはこちらの意思に関わらずに引きずり込むというのに、出るときは自由に出られないとは。
これではぼったくりバーの方がマシではないかと弥堂は憤る。
そして魔法少女とかいう社会不適合者を心中で強く軽蔑をした。
ここから出て目的地へ向かうには結界を解く必要がある。
それは展開した本人である魔法少女にしか解けない可能性が高い。
それをさせるには結界を張ることになった原因であるゴミクズーを排除する必要がある。
つまり、弥堂が効率よく仕事をこなす為には、水無瀬を速やかに勝たせる必要がある。
それには戦闘を手伝った方が効果的だ。
まるでそうせざるをえない状況に追い込まれているようで気に食わないと感じた。
(そういえば、あいつが負けて死んだら結界はどうなるんだ?)
勝手に解けてなくなるのか、それとも永遠にここに閉じ込められることになるのか。
恐らく前者なのだろうなとは思うが、実際に試す気にはならない。
となると、ますます魔法少女を負けさせるわけにはいかなくなる。
(だからといって、必ずしも俺が関わる理由にはならないが……)
どうにか『やる理由』の数を『やらない理由』の数が上回らないか、思考を続ける。
視線の向こうでは、魔法という人知を超えた技術を用いた戦闘が行われており、しかし聴こえてくるのは「わーきゃー」と普段ここで遊んでいる子供があげているような声だ。
自分は麻薬利権の絡んだヤクザとマフィアとの代理戦争に身を投じるはずだったのに、何故こんな子供の遊びのような場に拘束されなければならないのだろう。
そんな理由が、意味が、どこかにあるのかと考えてしまう。
――知りたかったら、『約束』。守ってみせなさいよね。
チッと舌を打つ。
この件に関して言われた言葉ではなかったが、印象だけ紐づいてしまったのか、記憶の中に記録されていた煩い女の声と姿を幻視する。
(そういえば、今日は徹底的に甘やかすという約束だったな……)
無視したらまた烈火の如く怒り、キャンキャンと喚かれるのだろう。
それは敵わないと切り替える。
理由が3つもあるのならば、やらないわけにはいかない。
イメージ上のスターターを蹴り下ろし、戦意と心臓に火をいれ、眼に力をこめる。
そして、水無瀬を甘やかしつつゴミクズーを殺す効率のいい方法を考え、機を窺う。
作戦区域となる新美景駅付近へ向かっているのだが、その前にほぼ通り道にある中美景公園に寄る。
昨日のゴミ拾いのボランティア活動中に不運にも警察に連行され、その際に置き忘れてしまった清掃用具を回収する必要があるからだ。
たったそれだけのつまらない用事であり、弥堂 優輝が本腰を入れてとりかかるべきはその後の用事にある。
これからの時間は風紀委員会の今週の目玉企画である『放課後に出歩くと危ないよキャンペーン』を実施するため、主に駅前の繁華街付近の見廻りをする。
この作業の目的としては、表向きは風紀委員として、最近治安が不安定となっている街で学園の生徒が危険な目に合わないようにすることだ。
想定している危険な目とは、街のギャングや他校の不良との揉め事、そして海外マフィアの拠点となっている外人街から流れ始めている新種の麻薬だ。
この新種の麻薬の流入を防ぐことが、元々ここいらの地域をナワバリにしていた暴力団である皐月組、そして弥堂と皐月組の橋渡し役となっている次の十代目を継ぐ予定の皐月 惣十郎が画策する裏の目的である。
彼らの思惑は駅の南側の自分たちのナワバリに、北口をナワバリにしている外人街の息のかかった連中が入ってくることを防ぐことにある。
その為に、今回の風紀委員会の活動を利用して、美景台学園も含む学生の不良たちが、外人街の傘下になっている半グレどもや海外マフィアと結びつく機会を減らすために街から追い出すのだ。
そして、弥堂個人の興味はここで槍玉に上がっている新種の麻薬そのものにある。
皐月組からは手を出すなと言われたが、街にいる学園の生徒だけでなく、半グレや外人どもにも出会った端から暴行を加え、徹底的に情勢を荒らすつもりだ。
そうして、売人を炙り出す。
このクスリに関してはかなり慎重にシノギをしているようで、どうも売る相手を選んでいるフシがあるとの情報もある。
クスリそのものが手に入ればそれに越したことはないが、出来ればその選別のアルゴリズムの尻尾だけでも本作戦で掴みたい。
ここまでは先週までにすでに決めていたことで、若干の修正は加えたが概ねこの通りで構わないだろう。
今、弥堂が考えているのはここ数日で浮上した、本作戦において最も厄介な障害となる可能性のある組織のことだ。
それは、魔法少女――弥堂のクラスメイトである水無瀬 愛苗と敵対関係にある『闇の秘密結社』の者たちだ。
麻薬に関する利権で争うことにはならないだろうが、この者たちの戦いがこれからの弥堂の主戦場となる場所で行われては、どのようなイレギュラーが発生するかわからない。
一般市民たちが平和に暮らす裏側で、日陰に生きる反社会的な者たちの争いがある。
そこまではどこでもよくあることなのだが、さらにその裏側で魔法少女だのゴミクズーだのの人知を超えた連中が争っているなどという新事実が作戦開始直前になって発覚するとは想定外もいいところだ。
一応、闇の組織の者たちとは繁華街は荒らすなと取り決めをしたが、それもどこまで守られるかは不明だ。
相手が約束を守ると信じないのは、弥堂自身にも約束を守る気がないからである。
奴らが繁華街付近から手を引く代わりに、弥堂も魔法少女に関することには首を突っ込むなという取り決めになっている。
とはいえ、必要とあらばこんな口約束はいつでも破るつもりだ。
だが、どうしてもそうしなければならないという状況に陥りでもしない内は、弥堂の方から約束を反故にするつもりもないし、水無瀬と奴らとの戦いに首を突っこむ気もない。
(積極的に関わる理由もないしな)
今日はまだ初日だ。
こちらとしても極力ヤツらの交戦ポイントには立ち入らないように注意して、まずは無難にはなまる通りの裏路地あたりから巡回していこうと、そう心に留める。
そこまで考えたところで公園に到着する。
公園の管理事務所で清掃用具を預かっていると五清が言っていたなと記録されている記憶を確認しつつ公園に足を踏み入れた。
その瞬間――
――バチッと、首筋に電流のようなものが奔る。
途端に世界が歪み、そして塗り替わる。
「えいっ! えいっ! 【光の種】ッ!」
「いいッスよ! 今日のマナはキレてるッス! 魔力回路がギュィンギュィン唸ってるッス!」
ここ最近で聞き慣れてしまった、人に脱力を強いるような声に思わず額に手を遣る。
そして抗う気持ちを繋ぎ止めるために意識して手に力を入れ、グシャッと自身の前髪を掴んだ。
(何故だ……、どうしてこうなる……?)
積極的に関わるつもりはないと、自分からは約束を反故にするつもりはないと、そう考えてから1分経ったかどうかの間にこれだ。
(こいつらが悉く行先に現れるのはどういうことなんだ)
苛立ちをこめて魔法少女とそのお供のネコ妖精を睨みつける。
そしてここにきて弥堂は迷いを抱くようになった。
以前までであれば、このような偶然が続くはずがないと即刻『対処』をする判断を下していた。
だが、このポンコツコンビにはそのような意図はないだろうと、弥堂をしてもそう考えるようになった。
信用に足るという意味ではない。
そんな発想をすることも、それを実行することも、こいつらの能力では不可能だという意味だ。
評価が最低なために疑惑から外れる。
そんなこともあるのだなと弥堂は白目になった。
計画的に、且つ知性的に他者に害意を齎すことが出来るとすれば、可能性が高いのは彼女たちの敵の方だ。
闇の秘密結社。その悪の幹部であるボラフ……、はともかく、その上司のアスと呼ばれていたモノ。
あのヒトの姿をしたヒトではない者なら、能力的には可能だと謂える。
だが、ヤツにはそうする理由があるようには思えない。
善良な存在でないのは確かだが、かといって弥堂のようなタダの人間に興味や関心を向けるようにも思えない。
特別関心を抱いているわけではないが、自身の生活環境への影響が大きいように見えてしまうため、こうして行く先々で遭遇し目の前にすると完全に無視することも難しい。
この魔法少女という事象についての対処に迷う。
迷うからその判断をしなくて済むように関わらないことにしたのだが、それでは済まされないのであればそろそろ考えなければならない。
「あぁーーっ! おしいっ! 今当たりそうだったッス――って、うおぉぉぉっ⁉ マナっ! 今度はそっち来てるッス!」
「あわわわ……っ⁉ た、たいへんだぁ……っ!」
黒目を戻して戦況を視る。
水無瀬は二つの黒い影を向こうに回して戦っている。
輪郭の曖昧な影。
一体は鳥。カラスのような影で飛行をしている。
もう一体は四つ足の獣で犬か猫のようなシルエットだ。
どちらも大きさはあのギロチン=リリィに比べれば然程でもない。中型犬の範疇に収まる程度だ。
今回のゴミクズーは数こそ二体だが、その存在はギロチン=リリィはもちろん、路地裏で出遭ったネズミよりも劣っているように弥堂の眼には視える。
その二体の敵に対して水無瀬 愛苗――魔法少女ステラ・フィオーレは――
「――鳥さん速い……っ! 当たらない……っ!」
「でも数で攻撃は抑えられてるッス! 今度は下が来るッスよ!」
「だいじょうぶっ! 準備できてるっ!」
魔法の光弾を一度に何発も展開し応戦している。
相変わらずその攻撃は一発も当たっていない。
だが――と、弥堂はツインテールを振り回しながら激しく動く水無瀬の足元を視た。
地面から僅かに両足が浮いている。
ごく低空でホバーリングをしながら、滑るように移動をしていた。
もはやお馴染みの魔法少女コスチュームの足元はショートブーツだ。
そのショートブーツからは白とピンクが混ざったような光の羽が生えている。
彼女なりに飛行魔法の制御を工夫しているのか、これまでには見られなかった新技術だ。
これは最早飛行魔法とは呼べないのではないかとも思えるが、それは別にどうでもいい。
問題は攻撃魔法の方だ。
彼女が『セミナーレ』と呼ぶ光の球を射出する魔法。
こちらは今までと同じものを使っている。
今も1秒前に鳥の影が通過した場所をピンク色の光弾が通り抜けた。
当たっていないという点では今までと同じだが、その魔法の軌跡からは『狙いを付けていること』と『狙った場所へ飛んでいる』ことが見える。
さらに、地を奔る獣の影。
こちらの敵を牽制するように、獣と自分との間に常に数発の光弾を置いて、向かってきそうになったら弾をバラ撒いてその動きを妨害する。
(これは――)
昨日の戦闘で催眠状態の水無瀬に弥堂が仕込んだものだ。
通常、催眠時のことは記憶には残らないはずだが――
(――無意識下で学習したのか……?)
これまでに観測したことのない事例だが、しかし絶対にありえないというわけでもない。
なぜなら、記憶に残らないとは文字通りに記憶を消去するわけではないからだ。そんな都合のいいことは出来ない。
催眠時に見たもの、聴いたもの、触れたもの、など。
それらの記録を記憶として認識できないだけだ。
ただ、それはそうすることを目的として、それを実現するための何かを実行しているわけではなく、勝手にそうなっているだけだ。
元々、拷問や尋問のための技術なので、被験者の術後の健康のことなどこれっぽっちも考慮などしていない。
それならこういうこともあるだろうと、ファジーな結論に暫定する。
ただ一つだけ確かなことは――
「――ひゅ~ぅっッス! イイッスよぉ~! 最高ッス! キレてる! 魔力キレてるッスよぉ~っ!」
形上、見た目の上では2対2のタッグバトルの様相だが、忙しくなく魔法を操作する水無瀬の肩にへばりつき、賑やかしのように騒ぐだけのネコ妖精は何の役にも立っていない。
それだけは確かだった。
(さて、どうするか……)
水無瀬の戦闘にいくらかの改善と進歩が見られているが、戦況としてはジリ貧だ。
2体同時に襲い掛かられてどうにか凌いでいると評価するのが妥当だろう。
結局攻撃が当たらなければ決定打には至らず、いつかは力尽きると考えるのが普通だ。
しかし、彼女は普通ではない。
どれだけ魔法を使っても消耗を感じさせないだけの魔力があり、さらにその魔力にモノをいわせた堅固な防御力がある。
時折、魔法の弾幕を潜り抜けてゴミクズーが嘴や爪で水無瀬に害をなそうとするが、彼女はキャーキャー騒ぐだけでまったく傷もダメージも追っていない。
二体いるとはいえ、今回のゴミクズーは大した存在ではないようだ。
そもそものスペックで彼女の方が圧倒的に上回っているようで、それはそのまま存在としての格の違いとなる。その差は余程のことがない限りは覆らない。
結局のところ、結論としてはジリ貧なのは敵の方で、結末としては泥仕合の果てに水無瀬が勝つのだろう。
それならば――
(俺が助力する必要も、見ている必要もない、か)
――ここにいる理由も特にないと、踵を返そうとして、しかしすぐに止まった。
舌打ちをしかけて自制をする。
そういえばここは結界の中だった。
公共の場にこんなものを勝手に広げて、しかも入るときはこちらの意思に関わらずに引きずり込むというのに、出るときは自由に出られないとは。
これではぼったくりバーの方がマシではないかと弥堂は憤る。
そして魔法少女とかいう社会不適合者を心中で強く軽蔑をした。
ここから出て目的地へ向かうには結界を解く必要がある。
それは展開した本人である魔法少女にしか解けない可能性が高い。
それをさせるには結界を張ることになった原因であるゴミクズーを排除する必要がある。
つまり、弥堂が効率よく仕事をこなす為には、水無瀬を速やかに勝たせる必要がある。
それには戦闘を手伝った方が効果的だ。
まるでそうせざるをえない状況に追い込まれているようで気に食わないと感じた。
(そういえば、あいつが負けて死んだら結界はどうなるんだ?)
勝手に解けてなくなるのか、それとも永遠にここに閉じ込められることになるのか。
恐らく前者なのだろうなとは思うが、実際に試す気にはならない。
となると、ますます魔法少女を負けさせるわけにはいかなくなる。
(だからといって、必ずしも俺が関わる理由にはならないが……)
どうにか『やる理由』の数を『やらない理由』の数が上回らないか、思考を続ける。
視線の向こうでは、魔法という人知を超えた技術を用いた戦闘が行われており、しかし聴こえてくるのは「わーきゃー」と普段ここで遊んでいる子供があげているような声だ。
自分は麻薬利権の絡んだヤクザとマフィアとの代理戦争に身を投じるはずだったのに、何故こんな子供の遊びのような場に拘束されなければならないのだろう。
そんな理由が、意味が、どこかにあるのかと考えてしまう。
――知りたかったら、『約束』。守ってみせなさいよね。
チッと舌を打つ。
この件に関して言われた言葉ではなかったが、印象だけ紐づいてしまったのか、記憶の中に記録されていた煩い女の声と姿を幻視する。
(そういえば、今日は徹底的に甘やかすという約束だったな……)
無視したらまた烈火の如く怒り、キャンキャンと喚かれるのだろう。
それは敵わないと切り替える。
理由が3つもあるのならば、やらないわけにはいかない。
イメージ上のスターターを蹴り下ろし、戦意と心臓に火をいれ、眼に力をこめる。
そして、水無瀬を甘やかしつつゴミクズーを殺す効率のいい方法を考え、機を窺う。
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