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1章 魔法少女とは出逢わない

1章31 風紀委員会 ⑥

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「それでは先週の『がんばり考課』をしましょう。最初は……、やはり稼ぎ頭からにしましょうか。弥堂君、どうぞ」

「はっ」


 意気よく返事をし弥堂は委員長閣下の前に進み出る。そして懐から出した『よい子のスタンプカード』をノエルに差し出した。


「先週の成果は報告書で上げた通りです」

「フフフ、それに加えて彼は土日の休みに学園付近のゴミ拾いまでしてくれました」

「そ、そうなのか⁉ びとぅーはエライな! ノエルはおやつ食ってたのに……」

「ほう。ちなみに何をお召し上がりに?」

「うんとな、ケーキっ!」

「委員長はケーキが大好きですもんね」

「うんっ、ノエルは将来ケーキ屋さんになるんだ! おいしいケーキを作ってこの町の商店街を盛り上げるんだ!」

「それは素晴らしい。さすがです委員長!」

「ノエルは天才だからな!」


 ワッハッハッと笑いあう。


 二か国をあげて支援をしている飛び級の天才で、イギリスからお預かりしている大事な留学生がクズな太鼓持ちのせいで、まさか町のケーキ屋さんになると言い出しているとはお偉い方々は露にも思わない。知ったらきっと顔色は青か赤のどちらか一色に染まるだろう。


「よぉーし、じゃあ、びとぅーにはいっぱいシール貼ってやるな?」

「恐縮です」


 ガチロリ委員長が上機嫌でペッタンペッタンしようとしたところで、五清さんがハッと我にかえる。


「だ、だめですっ! 委員長……っ!」


 そして弥堂のスタンプカードに『にっこりシール』が貼られるのを阻止しようとする。


 把握している限り、奴のスタンプカードはあと3つか4つのシールで全部埋まってしまう。

 そうなってしまったらまた頭のおかしな法案を通されてしまう。


 強い危機感を持って、それだけは絶対に止めなければと、五清さんは独自に掴んだ情報を公開する。


「その男は日曜日のボランティア活動中に公園でヤクザと喧嘩して一緒に警察に連れていかれてます! そんな男にシールをあげてはいけません!」


 ここまで基本的に彼女の相手は筧に任せていた弥堂だったが、己の取り分に手を出されるとあっては大人しくしているつもりはなく眼を細める。


「それはどこからの情報だ? お前の父親は確か警察官だったな? 情報源がそこならこれは大問題だぞ」

「ふんっ、とある先生に聞いたのよ。学園にはちゃんと連絡がきてるのよ」

「そうか。だが、それがどうかしたのか?」

「はぁ? 警察沙汰を起こしておいて随分な言い草ね!」


 オロオロと弥堂と五清の顔を見比べるノエル委員長を尻目に弥堂は冷静に反論をする。


「五清。何故、『補導された』だの『逮捕された』だのと言わない? 決まっている。そんな事実はないからだ」

「な、なにを……、警察に迷惑をかけたのは事実でしょ!」

「迷惑をかけられたのは俺の方だ。きちんと誤認であったと謝罪も受けている」

「くっ……!」


 図星だったのか、悔しそうに呻く彼女から興味を失い、弥堂は委員長に向き直る。


「委員長殿、実は日曜日の活動中に公園で無法を働くヤクザ者から幼い子供を救ったのです」

「ワオ、ヤクーザ! ジャパニーズ・マフィア⁉」

「イエス、ギャングスター。そして、その際に警察の方のミスで俺も一緒に連行されてしまったのです。しかし、警察に協力するのは市民の義務なので特に抵抗もせずに彼らの気の済むまで付き合ってやりました」

「そうだったのかー。タイヘンだったな、びとぅー!」

「恐縮です」

「よーし! それじゃあ、がんばりやさんのびとぅーには『にっこりシール』5枚あげるな?」

「恐縮です」

「あっ……、あぁ……っ!」


 手を伸ばしながら無力感に打ちひしがれる五清さんを尻目に、弥堂は懐から書類を取り出して筧に渡した。


「それではカードが一杯になりましたので、新たな法案を提案させていただきます」

「わかったぞ! 今日はなにを考えてきてくれたんだ?」

「はい。学園に地下牢を新設するよう具申します」

「ホワァツ⁉ ダンジョン⁉」

「イエス、プリズン」

「オーマイガッ……。な、なんでそんなコワイものをっ⁉」

「ご安心を。地下牢とは言っても、良い方の地下牢です」

「えっ?」


 それでゴリ押せるだろうと弥堂は考えていたが、さすがに天才児だけあって水無瀬さんよりは賢いようだ。彼女は困惑している。

 その高いIQをまともに使われる前に押し切らねばと弥堂はすかさず彼女の前の机に懐から出した物を置く。


「こ、これは……、プリンっ⁉」


 ノエル委員長はじゅるりと戦慄をする。


「えぇ。どうぞ」

「で、でも……、今日はいっぱいおやつ食べちゃったし……」


 チラチラとノエルは筧の顔色を伺う。


 彼は基本的にイエスマンだが、しかし彼女の健やかなる成長のためにおやつ管理には厳格なのだ。


「……確かに。今日は少し食べすぎたかもしれないですね」

「や、やっぱり……」


 シュンと落ち込む。


「びとぅー、せっかくだけどお気持ちだけいただきますなのだ」

「そうですか。では、これは捨てておきましょう」

「えっ⁉」


 プリンを捨てる。

 そんな発想をする人類が存在するのかと天才ロリはびっくり仰天をした。


「な、なんで捨てるんだ⁉ びとぅーが食べればいいだろ⁉」

「生憎俺は甘いものが苦手なのです」

「そうなのか? かわいそう……。じゃあ、そーじゅーろーは?」

「せっかくですが、僕は医者にプリンは止められていまして」

「そんな⁉」


 ガーンとショックを受けるノエルは他の委員たちに視線を送るが、彼女の死角から弥堂が殺し屋のような眼を向けてくるので、サッと気まずげに目を逸らす。


「あまり日持ちをするものでもないですし、残念です。これを作った農家さんたちもさぞ無念でしょう」

「え? プリンは農家さんが作ってるんじゃないぞ? お菓子屋さんだぞ?」

「ですが、原材料まで辿れば大体農家さんが作っています。委員長殿のお眼鏡に叶わず農家さんも草葉の陰で泣くことになるでしょう」

「えっ……? 農家さん死んじゃうのか……?」

「……? まぁ、そうですね」

「そ、そーじゅーろー……」


 涙を浮かべて自分を見上げてくる幼気なロリおめめに筧はキュンっとなるが、その様子を悟らせまいと努める。


「農民を救うのは貴族の義務だ。ノエル、おじいさまに怒られちゃう……」

「……仕方ないですね」

「それじゃ⁉」

「えぇ。ですが、それを食べたら歯磨きですよ? それを約束できるのなら」

「するっ。するぞー!」

「では、こちらを」


 気が変わる前にと、弥堂はスプーンを手渡してプリンの蓋を開けてやる。


「うめぇーっ! 白いプリンうめぇーっ!」

「では、先ほどの件はこちらで進めておきます」

「ん? なんだっけ? ま、いっか! まかせたぞ、びとぅー!」

「はっ」


 恭しく一礼をし、弥堂は彼女の前から外れる。


 一瞬、筧と目を合わせ、すぐに出口へ向けて歩き出す。


「弥堂っ」


 やたらと鼻息荒く自分の仕事ぶりを委員長にアピールする男の声を背景にドアノブを握ったまま首だけで振り返る。声の主は五清さんだ。


「……公園の管理事務所でアナタが忘れていった清掃道具を預かっているそうよ。それだけでも回収しといて」

「了解した」


 どうにか絞り出したといった風の、疲労の色が濃い五清さんの要請に短く返事をして部屋を出る。

 会議の終わりはまだ告げられていなかったが、自分の関心のあるものはもう終わったので勝手に帰ることにしたのだ。


「遅い。“ふーきいん”は女を待たせる悪いオトコ」


 廊下に出て歩き出そうとすればまたもロリが目の前に立ち塞がる。

 赤いロリ、金色のロリを経て、今度は青いロリだ。


「……俺は保育士ではないんだが」

「……? そういう遊びがしたいの? でも私は忙しい。私は“ふーきいん”を待ってた」


 揺れない、温度の低い瞳が弥堂を映す。


 赤い方のちびメイドである“まきえ”と瓜二つの顔だち。

 しかし、見紛うことはない程に顔つきは別ものだ。


 同じような造形をしていても表情のつくり方、あらわれ方でこうも違うものとなるのかと、弥堂は青い方のちびメイドである“うきこ”を視た。


 先程遭った“まきえ”と同じく美景台学園の清掃員さんの制服であるメイド服を身に纏い、白いエプロンを腰の後ろで可愛らしくリボン結びしている。

 彼女――“うきこ”と“まきえ”の服装の違いといえば、“うきこ”の方はエプロンの上から帯のようなものを腰に巻いていて、その両端を身体の前面に垂らしている。


 どう見てもメイドさんがするようなお仕事には邪魔になり、著しく作業効率を落としそうだ。言い換えればそもそもまともに仕事をする気がないのだろうとも言えるし、その信憑性は彼女の勤務態度が証明している。


「“ふーきいん”いやらしい。獣のような目で私を見てる」

「そのような事実はない。何の用だ」


 端的に用件を問う。

 今日は子供の相手はもうたくさんだ。


 水無瀬に“まきえ”にノエル委員長と、もう3人も子供を保育している。これ以上は面倒だと感じている。


「何の用だとはご挨拶……、と言いたいけれど、そのへんはどうせもう“まきえ”がやっただろうから省いてあげる。私は効率のいい女。感謝して」

「ありがとう」


 弥堂はまったく感謝の念など抱いていなかったがとりあえず礼を言った。

『効率のいい』という言葉が気に入ったのでサービスをしてやったのだ。


「“まきえ”が呼びにいったはずなのに、“ふーきいん”が来ないから見に行くようにお嬢様に言われた。ついでに“まきえ”も帰ってこないから探してこいと言われた」

「そうか」

「そうか、じゃない。すごくめんどくさい。“ふーきいん”はいつもいつも私に面倒をかける。本当にめんどくさい。私が居ないと何もできないなんて“ふーきいん”はダメダメすぎる。あぁ、めんどくさい、めんどくさい。本当に面倒くさい……」

「…………」


『面倒くさい』を何度も唱えながらウキウキそわそわと身体を揺するちびメイドを弥堂は警戒心を強めて視た。


「“ふーきいん”はこの間の週末もバックレた。本当にダメな男。でも許してあげる。どうせ『来いと言われたのはわかったが行くとは言ってない』とか考えてる。私は理解のある女」

「……連行しに来たのではないのか?」

「私も『来いと伝えろ』と言われただけで『連れて来い』とは言われてない。今日も『様子を見て来い』と言われただけだから“ふーきいん”を見に来た。あーやだやだ、こんな薄汚い野良犬なんか見たくないのにお嬢様の命令だから仕方がない……、じぃー……」

「…………」


『お前はそれでいいのか』という疑問を感じたが、自分に都合の悪いことになっては敵わないので、弥堂は口を噤んだ。


「それで? “ふーきいん”は今日は何をしていた? どんな言い訳を聞かせてくれるの? じぃー」

「俺は風紀委員会の会議に参加していた。元々の予定だ」

「そう。なら許してあげる。“まきえ”は? じぃー」

「赤ちびならどこかに遊びに行ったぞ」

「もう。“まきえ”はいつもそう。遊んでばかりで。私が尻ぬぐいをさせられて仕事が増える」


 弥堂の記憶ではその立場は逆のはずだったが、せっかく許してくれると言っている相手の機嫌を損ねたくなかったので指摘はしなかった。


「あと。私のことを『青ちび』なんて呼んだら許さない。その時はお尻をつねる」

「善処しよう」


 短く答えて弥堂は立ち去ろうとする。


「待って」


 当然のように呼び止められた。


「なんだ」

「もう、ダメ。“ふーきいん”は本当にダメ。私がこれだけめんどくさいって言ってるのに、なにもフォローしないで帰ろうとするなんて。本当に私が居ないと何も出来ないんだから」

「……そういう遊びがしたいのか?」

「遊び、ですって……?」


 どうも失言だったらしく“うきこ”の目の色が変わる。

 平らだった瞳に怒りの炎が灯り同行の奥が白く光る。


「“ふーきいん”は人でなし。私のことを遊びだなんて。あんなに一緒におままごとしたのに。“ふーきいん”がしたいって言うからかくれんぼだってしてあげたし、おにごっこの鬼だってさせてあげた。あと、“ふーきいん”がどうしてもって言うから他の男とあやとりだってしてきた。嫌だったけど“ふーきいん”のために頑張った。それなのに、私とのそんな思い出をぜんぶ遊びだったって言うの?」

「……逆に遊びじゃなかったらそれらは何なんだ?」

「ひどい男。面と向かってよくもそんなひどいことが言える。もう許さない」


 至極まっとうなことを聞いたつもりだったが“うきこ”には通じない。

 彼女の目はガンギマリだ。どうも“マジ”らしい。


 仕方ないと懐に手を入れ嘆息をし、殺気さえ纏う“うきこ”の前に一枚の紙を差し出した。


「……なに? またお金で済まそうと言うの? 勘違いをしないで。前回はあれで騙されたフリをしてあげただけ。“ふーきいん”はいつだって私の掌の上でコロコロ」

「いいから開いてみろ」

「今日はお金なんかじゃ許さない。でも、金額次第では応相談になる」


 言いながら“うきこ”は四つ折りにされた紙を開いて中身を見る。


「……なに、これ?」

「お宝の地図だ」

「お宝ですって……?」


 怪訝そうに彼女の目は細められる。


「まさかこれで宝探しでもしろと言うの? 馬鹿にしないで。私は子供じゃない。こんなことで許してあげるわけない」

「…………」


 弥堂は胡乱な眼を彼女のスカートに向ける。

 ふんわりロングスカートの中の腿がうねうねと蠢いている。口ぶりとは裏腹にソワソワと足を擦り合わせているのだろう。

 何より、地図を渡して以降、彼女の目は一度も紙面から離れていない。食い入るように宝の地図を睨んでいる。


「……これはあくまで参考までにだけど。この✖のところには何が隠されているの? 探さないけど」

「その✖印の内のどこかにお宝がある」

「……ナメないで。私はもっと具体的な話が訊きたい」

「現金だ」

「え?」

「俺はそこに現金を隠した。そしてそれは掘り当てた者のものだ」

「…………」


 “うきこ”はキョロキョロと目線を動かす。目に見えて落ち着きが無くなってきた。

 弥堂はその様子を見下す。


「行かないのか?」

「……馬鹿に、しないで……。私は“まきえ”とは違う。そんな口車に……、待って、“まきえ”……? ハッ――まさか……っ⁉」

「そうだ。赤ちびはすでに宝さがしに向かった」

「な、なんてこと……!」

「ちなみに早い者勝ちだ」

「くっ……! もしも“まきえ”が掘り当てたら現金を警察に届けるか、どこかの胡散臭い団体がやってる寄付に吸い込まれてしまう……! このままじゃ私が着服できない……っ!」


 焦燥感に駆られた様子の彼女はちっちゃなお手てでお宝の地図をギュッと握りしめて走り出した。

 そして窓枠ごとガラスをぶち抜いて外へと身を躍らせた。

 ここは二階だ。


 弥堂は2秒だけ壊れた窓枠を視て、そして踵を返す。


 次は部活の時間だ。


 現在地は学園敷地内東側にある委員会棟だ。

 次の目的地であるサバイバル部の部室は北西部にあるので、ほぼ真逆の方向だ。


 外周を周るように連なる校舎を渡っていくとかなりの遠回りになるが、空中渡り廊下を使って中心部にある教職員の詰め所にもなっている時計塔を経由していけば対角線上を進んでいける。


 しかし、今しがたの校舎の破壊を聴取されると面倒なので時計塔は避けて、遠回りをするルートを選択することにする。


 そうして、サバイバル部の部室を目指して弥堂は昇降口棟二階にある生徒会室の前を通り過ぎた。


 歩きながら、これで効率よく地下牢を作れるなと考えた。
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