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1章 魔法少女とは出逢わない
1章28 こちらはどちら、そちらはどちら ③
しおりを挟むエレベーターを降りてビルから出ると、フロントの様子は来た時と然して変わらない雰囲気だった。
やる気のない態度で煙草の煙を空に向かって吐き出していたマサル君が、弥堂の姿に気が付くと嬉しそうな顏で近づいてくる。
「おつかれービトーくん!」
「あぁ」
「へへっ……、どうだった?」
「うん? あぁ、上手くいった」
「うまく……⁉ それってすんげぇってことか⁉」
「うん? まぁ、そうだな」
「マジかよ……、やっぱナンバーワンだからすんげぇのか⁉」
「うん? まぁ、そうかもな」
「へへっ……、ビトーくんさえよければよ、今度オレにもヤラせてくれよ。一回でいいからさ、試しにさ」
「うん? まぁ、いいんじゃないのか」
「マジかよ! やったぜ!」
エレベータ内で考え事を始めまだその答えが出ていなかったので、それを続けながら上の空でマサル君との会話に応じる。
かなり適当な受け答えをしたので後々になにか不都合がありそうだ。
「ありがとなビトーくん! 代わりにこっちも女まわすからよ!」
「うん? あぁ、そういえば……」
そこで何か記憶と現実に繋がるものがあり、ようやくまともに対話相手に目線を合わせる。
ジッと、マサル君を視る。
憐れな男だ。
昇格しただのと浮かれていたが、近いうちに数百万円の罰金を課された上に降格させられるのだろう。しばらくの間は給料から借金を天引きされながらの奴隷生活だ。
弥堂は懐から華蓮さんに貰った封筒を取り出し、そこから3万円ほど抜き出す。
その紙幣をクシャっと丸めようとした瞬間に希咲の説教顔が浮かんだので、そのままマサル君に握らせてやった。
「アン? なんだこれ? くれるのか⁉」
「……お前が引っ張った女の誰でもいいから連れて、なにか美味いものでも食ってこい」
「昇格祝いってやつか⁉」
「うん? まぁ、そうだな」
正確には降格見舞いだが、事前に勘づかれて飛ばれると面倒なので弥堂は言葉を濁した。
「サンキュー! ビトーくん!」
「では、またな」
別れを告げて万札を掲げて小踊りする男を置いて立ち去る。
五月ビルの入り口前に並んだ各店舗の電飾看板の隙間を抜けていく。
看板一つにつき黒服が一人か二人、脇に立っている。
ビルに入っている各店のフロントたちだ。
その内の一人がゆらりと弥堂の前に立ちはだかる。
それ以外の店の者たちがギョッとした。
「オイ、テメェ。ウチの客蹴っぽってくれたらしいじゃねえか。ウチに喧嘩売ってんのかよこの――クペッ」
特に立ち止まることもせず擦れ違い様に右を振って顎を横から叩く。
パキャッと小気味のいい音が鳴ったので恐らく顎が割れたのだろう。
そのままシームレスに相手の容態を確かめもせずに敷地から出ていく。用心棒のパートタイムはもう終わったのだ。
「うっ、うわあぁあぁーっ⁉」
「ち、血だっ! 血の泡がでてるぅーっ!」
「おいぃ! ヴォイプレさんよぉ! ちょっとチョーシにノリすぎじゃあねえか⁉ あぁっ⁉」
「……へ? オ、オレッ⁉」
「クソがっ! やっちまえ!」
「ナメんなゥオラァッ!」
「ぶち殺すぞダボがぁっ!」
「ちょ、ちょっと待って……っ! オレ関係な……っ、ビ、ビトーくーんっ! ビトーくぅーんっ! た、たすけ――」
何やら背後が騒がしいが、考えごとを再開しているため特に気にせずに表通りへ戻る道を辿った。
7分弱ほど歩いて新美景駅に到着する。
階段を上がり駅構内へ入り、北口と南口を繋ぐ通路を通り改札近くのコインロッカーを目指す。
通路の真ん中には白い線が引かれ左右に分割されており、歩行者は皆、自身の進行方向に対して左側を通行している。
三段積まれているロッカーの真ん中の段の右端の扉にカギを差し込んで開く。中から黒革のボストンバッグを回収して扉を閉めた。
本来であれば店に行く前にこれを回収するはずだった。中身は着替えなど数点で特に大した物は入っていない。
一度バッグの口を開けて、ざっと中身に問題がないかを確認し通路に戻ろうとする。
目の前は南口から北口へ歩く人の流れ。
南口へ行きたい弥堂はこの流れを渡って白線の向こうの北口から南口へ向かう人の流れに合流しなければならない。
『線引きをしろ』
今日何度か自分で口にした言葉だ。
言うまでもないが、ある特定の物事に対して自分の立ち位置を明確にしろと言う意味だ。
どこまで関わって、どこからは手を引くのか。
或いは全く関わらないのか。
それを他者に対して明示するのもそうだが、何よりも自分で自分がどこに立っているのか、そして何に対していて、何処へ向かうのか――それを強く認識し自覚している必要がある。
そうでなければ、人はすぐにブレてしまう。
毎日、毎時、毎秒。
様々な情報が目から、耳から、肌から。
この身の裡に這入り込み、染み込み、溶け込んで。
自分という不確かなモノが狂い惑い彷徨って、様々なものが曖昧になってしまう。
例えばマキであれば、あくまで大学在学中に効率よく金を稼ぐための一時的なアルバイトをしているだけで、水商売を本業にするつもりはなく、店の対外的な事情には一切関係せず、いずれは一般社会に戻る。
これがClub Void Pleasureという職場に対する彼女の立ち位置だ。
例えば華蓮であれば、自身が所属するVoid Pleasureを繁栄させ再びあそこの歓楽街トップの店に返り咲かせることで、後から入って来て居場所を奪っていった競合店たちとその背後の者たちをこの街から叩き出し、その結果、或いはその過程で探し人を見つけ出す。
ただ、同じ結末に辿り着けるのなら、その手段は探し人、若しくは近くに居る者の情婦に自分が為ることでもいいし、先に述べた敵として直接対峙することでもいいし、或いは居なくなっても誰にも気にされないような拾った野良犬に首を持ってこさせてもいい。そしてその後のことはどうでもいい。
これがこの街に対する華蓮という女の立ち位置だ。
例えば黒瀬であれば、基本的には華蓮の意向を汲んで彼女の願いを叶えつつ店を経営し競合店のリソースを奪い自店を繁栄させる。ケツモチである皐月組とそれと敵対する半グレや海外マフィアの揉め事に時には協力し、時には見て見ぬフリをし、また時には揉め事を提供する。
関係せざるをえないあらゆる個人や組織とのバランスをとり、最悪でも店と従業員が存続し続けられるように、華蓮が生き続けられるように維持をする。そのラインだけは死守する。
というのが裏社会に対する黒瀬の立ち位置だ。
では、例えば水無瀬 愛苗であれば。
私立美景台学園に通う高校生として生活をしながら、それ以外の時間に魔法少女として闇の組織と戦い、この街の平和を守る。
もしくは、闇の組織を潰して平和を創ることが目的で、その為の生活拠点を得る為に高校生をしているのだろうか。
後者は少々考えづらい。
まず、彼女の生活する場を決めるのは彼女の両親だ。そしてその両親は普通の花屋を営んでいる。
この街に引っ越してきたのは娘の愛苗が高校に進学する少し前のようなので、その点で疑わしいと考えることは出来なくもない。
しかし、愛苗やメロは晩飯がどうのと何度か帰宅時間を気にする素振りを見せた。加えて、催眠状態になった水無瀬をそのまま自宅に連れ帰った場合に両親への説明に困るというメロの発言もあった。
もしも魔法少女の活動に対する両親の理解や認知があるのならばこれらの発言は出てこない。
つまり、両親には内緒で活動をしていることになる。
この辺りの考察が正しいのだとすると、弥堂はまだ彼女らの言うことが魔法少女や闇の組織の真実なのだとは信じていないが、彼女達が証言していた『ある日突然魔法少女の力を手に入れた』という話の真実味が少しは増す。
そうすると、済し崩しに状況の中心に放り込まれ、成り行きで見掛けた、若しくは見つけたゴミクズーから街を守っているという方が現状ではしっくりくる。
だが、そう考えるには自分をネコ妖精だと名乗り、『ある日突然水無瀬の前に現れ、魔法少女になる力を与えた』というメロの話の真実性と、あのネコのカタチをしたモノの立ち位置を確かめなければならない。
それを考えたら次はゴミクズーと闇の組織といったアレらが、この街だけの問題なのか、この国中、あるいは世界中で起こっていることなのか……と話を広げていかなければならない。
しかし、話が大きくなればなるほど弥堂との関連性は薄れ、手にも負えなくなっていく。
アレらが放っておいてはいけないモノなのだとしたら。
もしもこの街だけの話なのだとしたら街を出ればいい。
もしもこの国だけの話なのだとしたら国を出ればいい。
もしも世界中でのことなのだとしたら何処に居たとしても同じことなのだから、その時はもう考える必要がなくなる。
現状の弥堂の考えでは、一部の地域に限定した話なのだと考えている。
現代の発達した情報伝達・拡散技術がある中で、世界中であんなものを隠せるわけがない。
それとも人類の科学技術を凌駕し、秘匿し尽くすような魔法でもあるのだろうか。これは考えてもわからない。
つまり、現状では水無瀬 愛苗という少女の立ち位置はわからない、ということだ。
(そのあたり、もっと訊いておくべきだったな……)
そういえば、4月16日の放課後に学園正門付近で彼女に『生命を狙われる覚えはないか』と尋ねた時のことを思い出す。
あの時彼女は『そんなものはない』と答えた。あからさまに怪しい態度で。
なるほど、と納得をする。
(確かに嘘ではないな)
生命を狙われているわけではないが、生命を失う可能性のある状況に身を置いてはいる。
だから、『生命を狙われていない』と答えることに後ろめたさを感じてのあの態度だったようだ。
こんなことももっと早くに思い至ってもいいものだ。
自身の手落ちを自嘲する。
もしも弥堂のこれらの推測とは違って、水無瀬が世界を平和にする為に全てを投げ打ってでも戦っていたとして――
ゴミクズーや闇の組織といったモノの悉くを滅ぼし尽くし、戦いが終わり世界が平和になったと思ったその時に――
実は人間の世界はこれっぽっちも平和などではなかったと、人外など関係なかったと気付いてしまったとしたら――
――彼女はどうなってしまうのだろうか。
その思考が思想が、信仰は素行は、価値観や倫理観はどうなってしまうのだろうか。
そのままでいられるのだろうか。
それとも、剥がれ落ちて裏返って、全く別のナニかに為り変わってしまうのだろうか。
その時に彼女は、何を願い、何に祈って、その魔法の杖を今度はダレに向けることになるのだろうか。
それは今考えても仕方のないことだし、もしかしたらいつ考えても仕方のないことなのかもしれない。
それは弥堂にもわかっている。
しかし、酷く苛々する。
仕方ないと、意味がないと、関係がないと、そう中途半端に距離を空けてきた結果が、ここまでの中途半端な対応だ。
それは自分という、弥堂 優輝という人間としては受け入れ難いことだ。
やるならやる。やらないならやらない。
はっきりとさせるべきだ。
(そろそろ決めなければな)
水無瀬 愛苗の立ち位置がわからない。
メロの立ち位置がわからない。
だが、そんなことよりも、他人のことよりも自分のことだ。
弥堂 優輝は何処に立っているのか。或いは何処に立つのか。
自分自身の立ち位置を明確にするべきだ。
右から左へ。北口方面へ向かう人の流れへ足を入れる。
人と人との間を縫って泳いで渡って通路の中央へ進む。
何処に線を引いてどちら側に立つのか。
立ち位置を決めるにはまず線を引く必要があり、そして何処に線を引くかを考えるには目的が必要だ。
その目的とやらを見出すことが弥堂には出来ない。
願いがなく、欲求もなく、当然夢も希望もない弥堂が何か目的を持つ時は常に他人からそれを与えられた時だ。
理不尽で無理難題な目的を押し付けられ、それから逃れることが出来ず、それを叶える過程で失ったモノと見合った結果にする為に。
目的を叶える為だけの装置として自分を造り変えていった為れの果てが今ここに居る弥堂 優輝で。
そして自分一人で、この身の裡から湧き出るモノに従って見出す自分自身の目的、自分だけの目的、そういったものが見つけられなくなってしまった。
以前まで身を置いていた環境であればそれでもよかった。
与えられた目的に敵対する者、邪魔をする者、足を引っ張る味方、それらと戦ってさえいれば目的に副っていることになるからだ。
その戦いの途中で環境の中から放り出され、流れて流されて、流れ着いたのが此処であり、そして今だ。
此処には弥堂に目的を与えてくれる存在はいない。
美景台学園の風紀委員に所属している以上、委員会やその上の生徒会長がそういう存在であるという風に表向きはなるが、彼女らに従っているのはあくまでもスパイ活動の一環である。
それをするように命じたサバイバル部の廻夜朝次が、それに一番近い存在なのかもしれない。
だが、廻夜は命じてはくれるが目的そのものはくれない。何処に向かい何を目指しているのかは教えてくれない。
華蓮は自らの目的を叶える為に弥堂に命令をしてはくれない。
彼女には世話になったから一度くらいは彼女の為に戦ってやってもいいのだが、彼女はこれからもきっとそうはしないだろう。
だから自分自身で目的を見出さなければならない。
でなければ、草花のようにただ呼吸をして成って朽ちるしかない。それは許されない。
直近で直面している盤面は二つ。
一つは、この街の裏社会での非合法組織同士の勢力争い。
違法薬物はそれに紐づく問題の一部で、弥堂はこの新種のクスリとやらに個人的に興味を持ってはいるが、その利権などには関心はない。
もう一つは、この街の裏の世界――とでも謂えばいいのだろうか――で争っている魔法少女と闇の組織。
こちらに関しては弥堂にとっては利害関係はほぼない。
場合によっては邪魔になる可能性があるというくらいのもので、基本的には巻き込まれただけで積極的に関わる必要はない。
だが、例え成り行きでも一度敵対したモノを野放しにしていいのか、という考えはある。利益が競合しなくとも敵対したことがあるというだけで充分に殺し合う理由になる。
これらの二つの盤面に同時に関わることは出来ない。
薬物への興味と、クラスメイトというしがらみ。
これらは誰かに与えられたものでもなく、命じられたものでもなく、自身の裡から生じたものだ。
だからその関わり方は自分で決めなければならない。
どちらに関わり、どちらに関わらないのか。
どちらを優先し、どちらを後に回すか、或いは切り捨てるか。
どの位置に自分を置くのかを決める。
以前はそれを誰かが決めてくれていて、その位置に立ち、こちらを向いてる奴との間に線を引けばよかった。
そいつらと戦ってさえいればよかった。
今はそれを自分で決めなければならない。
南から北へと歩いていく人の流れを横断していると、スマホを見ながら歩く水商売風の若い女に露骨に迷惑そうな顔をされ、スーツを着た休日出勤の帰りと思われる草臥れたサラリーマン風の男にこれ見よがしに舌打ちをされる。
こんな連中などその気になれば3秒もあれば殺せる。そんな連中にナメられる。
だが、ここでは自分などこの程度の存在なのだ。
3秒で殺せるような奴でも、自分がどこに向かっているのかわかっている。自分で目的を決めている。
そんなことすら出来ないのが弥堂 優輝なのであり、この社会においてはそんな奴が底辺なのだ。
ナメられて当然だ。
目的が見つけられないのなら、せめて最初から何処かに線が引いてあればどちらに立つか――こちら側に立つか、あちら側に立つか、それだけを決めればいいのであれば自分にも出来そうだ。
(そう、例えば――)
――足元の白線を踏む。
人の流れを縫って通路の中央に辿り着いた。
背後では右から左へ歩く人の流れがあり、弥堂が立つ白線で区切られた目の前では、左から右へと人が流れる。
白線上で立ち止まったまま、右を――駅の南口方面を向く。
こうして最初から線が引いてあれば、人は勝手に己の立つ位置を見極め向かうべき方向へ進んでいけるのに。
多くの人間が、色々な人間が行き交う。
弥堂の右側では擦れ違っていく人々が、左側には追い越していく人々が。
それぞれの目的のもとに進んでいく。
頭の悪そうな者、素行が悪そうな者、育ちが悪そうな者。
そんな連中ですらこうして線が引かれていれば立つべき場所に立って流れに入って歩いていく。
何人かは通路のど真ん中で立ち止まる弥堂に迷惑そうな顔をするだけで、特に敵対してくれることもなく、目もくれずに居なくなっていく。
当然だ。
己の立ち位置すら判断出来ないような者には敵も味方も居ない。
これが現代社会における異物でしかない弥堂 優輝という存在だ。
これから弥堂は南口に出て家に帰る。
この線の左側の流れに入って歩いて行けばいい。
この社会の中で自分で考えて自分で出来ることなどその程度のことしかない。
『世界』がそのように弥堂をデザインした――わけではない。
子供の頃、実現可能かどうかはともかく自分で何かしらの夢や目標を思いつくことくらいは出来た。
ここ何年かで、自分で勝手にそれが出来なくなっただけだ。
一から十まで総て自分の責任だ。
(まるで迷子だな……)
そう自分を嘲ってみたところで、立ち位置も線も見つからず、そしてもう誰も教えてはくれない。
こんな自分を見たらきっとルビアは呆れるだろう、エルフィーネは怒るだろうか、もしかしたら泣くかもしれない。
いずれにせよ――
(――情けない)
しかし、こんなことには慣れていて、こんな時にどうすればいいかは知っている。
その方法はルビア=レッドルーツが教えてくれていた。
弥堂がいずれこうなると彼女にはわかっていたのかどうか、それは定かではないが、それでも彼女が言っていたことならきっと正しいのだ。それは定かだ。
――アン? テメェそんなこともわかんねえのか? なっさけねえ男だなユキちゃんはよぉ。いいかぁ、クソガキ。そういう時はよぉ、線だの立ち位置だの意味わかんねえこと考えてねえでよ、人を見ろ。誰でもいい。目の前にいるヤツでもいいし、そっちにいるヤツでもいい。誰でもいいからその辺にいるヤツを適当に見廻してよ、そんで一番ムカつく顏してるヤツをブン殴れ。夢だの希望だのが信じられねえって時は自分の敵意を信じろ。夢も希望も愛や友情も、そいつらは時にテメェを裏切るがな、敵意だけはテメェを裏切らねえ。一目見てコイツどうにもイケ好かねえなってヤツは敵で間違いねえ。適当に目に付いたヤツによぉ、ごアイサツすんだよ。『こんにちはー。どうもどうも。ところでオタクはどちら様ですかぁー?』つってよ。そんでなんかムカついたら即座に殴りかかれ。ぶち殺せ。でよ、失敗してもケンカ売っちまったら敵対するだろ? そうすりゃその後することは決まる。敵対決定だからな。それならそいつとテメェの間に線が引かれて、何処に立てばいいかなんて勝手に決まんだろ? んでな? 逆にだがよぉ……、もしも目✕前のヤ✕を見て、なん✕✕知んねえ✕どなんか✕イツを✕りてぇってよ、そ✕✕った時は……って、✕い? なん✕✕、寝✕✕のか……、人がせっか✕✕✕メに語っ✕✕ってん✕✕よ。やっ✕酒飲ま✕✕のはマズか✕✕か……またエルのヤ✕✕うる✕ぇな――
――記録を切る。
不完全な記録。
まだガキだった時の弥堂が彼女に悩みを吐露した時に、めんどくせえことは酒飲んで忘れろと無理矢理飲酒をさせられた時の記憶だ。
おかげで最後の方は酔いつぶれていたせいで記憶が途切れているが、必要な部分は記録されている。これで充分だ。
目的がないのなら、線がないのなら、敵がいればいい。
敵さえいれば、敵さえ見つければ、それ以外は勝手に決まる。
敵がいればそいつの目的を潰すこと、或いはそいつ自身を潰すことがそのまま自分の目的となる。そうして敵対をすればそいつと自分との間に勝手に線が引かれる。
人間関係は全て敵対関係にしてしまえば一番楽だ。
長生きがしたいのであれば話は別だが、そうでないのならそれが一番効率がいい。
周囲を視る。
擦れ違う人、追い越す人。
一番ムカつく顏をしたヤツを捜す。
タイミングよく――悪くか――前から一人の男がフラフラと歩いてくる。
酔っているのか足元が覚束ない様子で近づいて来て立ち止まっている弥堂にぶつかった。
「ゥオラァッ! テメ――ぺぴっ⁉」
全てを叫ばせる前に即座に首を絞めて持ち上げる。
革靴を履いた男の足が床から数cmほど浮いた。
近くに引き寄せて男の顏をよく視る。
真っ赤な顔色を赤黒く変色させながら涙を溢し必死に首を振ろうとしている。
汚いツラで不細工なツラではあるが、別にムカつきはしない。
これじゃない。
不必要なものを放り捨て歩き出す。
敵を捜して。
自分は感情が希薄な方ではあるが、別に皆無というわけではない。
他人に敵意を持つことはそれなりにある。
だから居るはずだ。
敵が。
ムカつく顔をしたヤツが。
どこかに。
視界に入る人間たちの顏を視ながら南口に出る階段を降りていく。
(敵はどこだ――)
夜の街を背後に歩けば喧騒は遠ざかり人通りは減っていく。
苛立ちは募っていく。
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