俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章28 こちらはどちら、そちらはどちら ②

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 店から出るために順路を遡って出口へと戻ってくると、エレベーターにほど近いキャッシャー前に正座をしてシクシクと泣くウサギさんが居た。


 足を止めジッと様子を窺う。


 首からは『反省中』という札がさげられ、身体の脇には脱いで揃えられたハイヒールと立て看板が添えられている。

 その看板はそれなりに重いのか、彼女の手によって支えられているのだが、バランスが碌にとれておらずグラングラン揺れている。

 看板の方には『私は悪いウサギです』と書かれている。


 恐らく仕事でミスをしたか、そもそもサボっていたのか。

 どちらにせよ役に立たないクズに罰を与えているのだろう。

 マネージャーの黒瀬さんは仕事には厳しい人だ。

 碌に売り上げに貢献が出来ないのなら、せめて見世物にでもなって客を楽しませていろという意向だろう。


 実に効率のいいクズの活用法であると弥堂は黒瀬さんに感心をし、それと同時に役立たずのクズに侮蔑の視線を投げかけてからエレベーターへ向うため足を再び動かした。


「ちょっと待ってよおぉぉーーっ!」


 ところが彼女の前を通り過ぎようとしたところで、足にしがみつかれる。


「無視すんなよおぉぉーっ!」


 ダーっと涙を流しながら左足に抱き着いてくるバニーさんに弥堂は嘆息する。


「離せ」

「なんでそんなひどいこと言えるのぉっ⁉」

「与えられた仕事を碌に熟せないクズめ。反省をすることも出来ないのか? 役立たずが」

「全部キミのせいなんだけどぉっ!」


 この期に及んでもまだ他責思考をするどうしようもない女を弥堂は心の底から軽蔑した。


 仕事中でもケジメをつけずによく巫山戯る彼女がこうして罰を受けることは間々ある。


――線引きをしろ。


 店内に案内された時に彼女へ言った言葉で、先程華蓮さんにも言った言葉だ。

 無様な罪人の姿を見てそれが想起される。


(よく言うぜ……)


 そんな言葉を心中で漏らし自嘲をしていると――


「――お疲れ様です。弥堂さん」

「黒瀬さん。悪いな、面倒をかけた」


 キャッシャーの中からマネージャーの黒瀬が現れる。


「いえ、構いませんよ」

「華蓮さんにも時間をとらせてしまった」

「それこそ構いません。彼女のリフレッシュにもなったでしょう。最近また不安定になってましたから……」

「……そうか」

「……出来ればもう少し彼女と――」

「――黒瀬さん。それでは何も解決しない。俺に出来るのは彼女の敵を殺すことだけだ」

「……失礼しました。差し出がましいことを」

「構わない。アンタの話は出来る限り聞くべきだと、そう考えてはいる」


 何やら深刻そうな雰囲気で話す男たちを正座バニーがキョトンと見上げている。


「……なんだ?」

「いや、正直なんの話か全然わかんなくて、でも真剣ぽいから黙ってたんだけどさ? 日常会話の中でサラッと『殺す』とか出てきたからビックリしちゃって」

「気にするな。キミが気にするべきことはもっと他にある」

「そうですよマキさん。勤務態度を改めてもらわなければ困ります」

「ワタシが悪いのーっ⁉」


 びっくり仰天するバニーさんに男二人は冷ややかな目を向ける。


「お得意様なんです。よりによって最中に部屋に乱入だなんて……」

「あれはユウキくんが悪いんだってば!」

「どうせアナタがまた邪魔をしたんでしょう」

「そうだけど! でも黒瀬さん、ユウキくんに甘くない⁉ ユウキくんも黒瀬さんにはなんか丁寧だしっ! なんなの⁉ ホモなの⁉」

「マキさん。ここは所詮は夜の店ですが、それでも軽はずみにそんなこと言うべきではありませんよ。失言罰金ですね。2000円引きます」

「失言罰金っ⁉ そんなのひどすぎる! 助けてユウキくん!」

「俺は仕事の出来る人間には敬意を払う。逆に、仕事の出来ないクズは1秒でも早く1人でも多く死んで欲しいと心から願っている」

「味方がいないよ! うわーーんっ!」


 自分をチヤホヤしてくれる男が多い環境ばかりに身を置いて生きているバニーさんは、あまり経験のないアウェイ状態に動揺する。

 しかし、あざとく泣き真似をしつつたまにチラっと顔色を見てくるあたり彼女のメンタルも中々のものだった。


「それよりも黒瀬さん。惣十郎からは?」

「今のところは何も。ですが、なにかしらの意図があって情報を制限していると思います。恐らく貴方をハメるつもりはないとは思います」

「そうか。恐らくだがこの店にも……」

「来るでしょうね」

「明日からはしばらく俺も夕方以降は駅前近くにいることが多いと思う」

「その時はすぐに連絡します。お手数をかけますが……」

「構わない。今回は俺の個人的な目的にも副う」

「わかりました」

「では」

「また」


 男二人で何やらアイコンタクトをとると弥堂は歩き出し、黒瀬は恭しく一礼をして見送る。


 しかし――


「待ってよおぉーーっ!」


 バニーさんが飛びつくようにして足首を掴んでくる。


「しつこいぞ」

「少しはワタシにフォローくらいしてよ!」

「マキさん? 誰が正座を崩していいと言いましたか?」


 何かを弥堂に訴えようとしていた様子だったが、黒瀬マネージャーに冷酷な眼差しで注意をされ、バニーさんは渋々元の姿勢に戻る。

 弥堂は嘆息する。


「……手短に言え」

「責任とって!」


 発言内容とは真逆にバニーさんの表情は構ってもらえてうれし気だ。


「何の責任だ?」

「おっぱい見られた!」


 ちょうどタイミング悪くエレベーターがチーンと音を鳴らして開き、入店してきたお客様が入り口の異様な様子にギョッとする。

 黒瀬のコメカミに青筋が浮かんだのを見て取った他のエスコートバニーさんが慌ててその客を店内へ案内していく。


「マキさん。罰金です」

「ユウキくんが払います!」

「なんでだよ」

「だってユウキくんのせいでワタシ、知らないオジサンにおっぱい見られたんだからね! バニーさんのおっぱいはタダじゃないんだよ!」

「どうせしょっちゅうそこらへんで放り出してんだろ」

「んなわけないわー! 相手は選んでるわー!」


 無神経な男に自身の乳の価値を著しく貶められバニーさんは憤慨した。


「一応さ、二プレス付けてたからそこは守れたけど、他は丸出しだったんだから!」

「別にいいだろ」

「よくなーい! お触り禁止のバニーさんのおっぱいが丸出しでいいわけなーいっ!」

「触られたのか?」

「いや、そうはならなかったけどさ、めちゃくちゃ気まずかったんだから! お客さんビックリしたせいか『うっ……』ってなっちゃったみたいで……、キャストの子にも超ニラまれちゃったしっ!」

「うるせえな。わかったよ」


 うんざりと言い捨てながら弥堂は懐に手を突っこみ封筒を取り出す。

 そして封筒の中から一万円札を抜きだし、正座中のバニーさんの胸に挿しこんだ。


 バニーさんはパチパチと瞬きをし、胸の中の万券ではなく弥堂の手の中の封筒を見た。


「華蓮さんに貰ったんでしょ?」

「……そのような事実はない」

「女に貰ったお金を他の女に使うとかキミはクズいなぁ~。まぁ、クズい方が遊び相手としては最高なんだけどね」

「何を言ってるのかわからないな」

「ふぅ~ん……、わかんないんならちゃんと説明してあげようか? 華蓮さんもいる時に」


 弥堂は無言で封筒の中から追加で3枚ほど紙幣を抜き出し、バニーさんの胸元に捻じ込んだ。


「まいどっ!」


 てへぺろりんっとサムズアップ付きのバニースマイルが返ってきた。


 黒瀬が頭痛を堪えるように眉間を揉み解していると、ふとその脇をフラフラと一つの人影が通り過ぎる。


 常連客の清水さんだ。


 清水さんは何かに憑りつかれたような様子でバニーさんに目を奪われながら長財布を取り出し、中から紙幣を一枚抜き出す。


 黒瀬はガッと清水さんの肩を掴む。


「お客様。当店ではエスコートガールへのタッチは禁止とさせて頂いております」

「く、黒瀬くんっ! 後生だ! 一度やってみたかったんだ……、たのむ……っ!」


 黒瀬はチラっと清水さんの手へ目線を遣り、握られているのは千円札であることを確認する。


「お客様。お席にお戻りください」

「そんな……っ⁉」


 清水さんは常連ではあるが必ずフリーで入りワンタイムで帰る単価の低いお客様だ。

 しかも初回タイムの割引イベントやフロントでダンピングをした時にしか来ず、たまに気紛れで場内指名を入れてもドリンクは絶対に飲ませず、さらに何があっても本指名はしないという拘りを持つゴミ客だ。


「ちくしょうっ! いつも来てるんだ! 少しくらいいいだろっ!」

「お客様。ルールはルールですので……、ゴリ美さん」

「ぶるあぁぁぁぁぁぁっ!」


 パチンと指を鳴らす黒瀬マネージャーの呼び声に応え、待機席に繋がる通路の奥から現れたのはベテランキャストのゴリ美さんだ。


「ぎゃあぁぁぁぁぁっ⁉」


 野性味溢れる逞しい胴体に撒きつけられた布は胸筋によりはちきれんばかりにビッチビチだ。

 勤労意欲を示唆するように前傾姿勢で腕をブンブン振ってカッポカッポと脇を鳴らしながら近づいてくる巨体に清水さんは恐怖の叫びをあげた。


「シャチョサン イイオトコ ワタシ ドリンク ノム ツメシボ オネガイシマース」

「ち、ちくしょうっ! いつもいつも俺にはブスばっか付けやがって……っ!」

「お客様。店内でのキャストへの暴言はご遠慮下さい」


 ズルズルと店内へ引き摺られていく常連様に黒瀬は恭しく一礼する。

 当店のキャストの魅力に興奮したお客様は激しく暴れるが、ゴリ美さんの頼りがいのある丸太のような腕に掴まれては逃げ出すことは叶わない。

 黒瀬は後ろ髪をアップにしたことで露わになっているゴリ美さんの屈強な背筋を見てフッと微笑む。


 ゴリ美さんは対ゴミ客用に雇っているブスで、黒瀬の懐刀だ。

 普段は待機席でバナナを食っているだけだが、こういった場面では如何なく活躍してくれるし、なんならたまに輩を撃退して森に連れていってくれる。

 規律と利益の鬼である黒瀬マネージャーは、自身の預かる店舗の充実ぶりに一定の満足感を得た。


「せ、せめて、人類を……っ! せめて人類のメスをつけてくれぇぇ……っ!」

「お客様。キャストへの誹謗中傷はお控え下さい」

「だって体毛が……っ! どっからスカウトしてきたんだよこんなの! ちくしょう、また掲示板に書いてやるからな……っ!」


 アルカイックな黒服スマイルで、とても楽しんでおられる様子のお客様を見送り、清水さんが店内へ消えるとスッと表情を落として天真爛漫なバニーさんを冷たい視線で刺す。


「ゴリ美さんってマジでなんなんだろ……? 会話出来ないけどバナナあげれば言うこと聞いてくれるし……」

「マキさん。困りますね。お客様にルールを守っていただく為には、我々スタッフの方が誤解を与えるような仕事をしてはいけません」

「今のワタシのせいなの⁉」

「一体どうすれば本当に反省してもらえるのでしょうか……」


 びっくり仰天する正座バニーさんを黒瀬は品定めするように見る。


「なんでいつもユウキくんには怒らないの⁉ こんなの不公平だぁーっ!」

「……黒瀬さん」


 人を巻き添えにしようと目論むような下賤な女に自由に発言をさせてはいけないと、弥堂はバニーさんの言葉を遮り黒瀬に話しかける。


「なんでしょうか」

「マキさんは正座を始めてからどれくらい……?」

「……そうですね。30分といったところでしょうか」

「わかった。任せてくれ」


 弥堂は一歩進み出るとバニーさんが手で支える立て看板にガッと足をかける。


「わわ……っ⁉ うわわわ……っ⁉」


 元々看板を支えるには彼女の腕力では心許無いところにさらに荷重をかけたことで、看板がバニーさんの方へ傾く。


「な、なにすんだぁーっ⁉」


 すると看板に圧し掛かられるようにバニーさんは正座をしたまま後ろに仰け反る。

 そして弥堂は逃げ場をなくした彼女の足の裏を踏んづけた。


「ぴぎぃぃーーーーっ⁉」


 30分間もの懲罰により痺れていた足を虐められバニーさんは絶叫する。


「ほう……」


 その姿を見て黒瀬は感心したように銀縁の眼鏡を光らせた。

 スタッフが藻掻き苦しむ様を興味深げに観察しながら、バニーさんを中心に弥堂とは逆サイドに回り、もう片方の足を踏んづけた。


「ぎゅぴぃぃぃーーーーっ⁉」


 再び絶叫をあげ思わず前屈みになろうとする彼女の肩を黒瀬が掴み身体を折ることを許さない。

 それとほぼ同時に弥堂が立て看板を掴んでバニーさんの身体の方へ倒し、さらに苦難を与える。


「や、やめろ、このドSコンビーーっ!」


 二人ともに彼女の訴えには何も答えず、ただ無言でグニグニと彼女の足の裏を踏み躙る。


 身体を大きく仰け反らせ、苦しみから生まれた脂汗が首筋から垂れて彼女の両胸の間に食い込む立て看板の持ち手の棒と彼女の肌との隙間にツーと流れ込む。


「あっ……、だめ……っ! なんか、なんか開いちゃう……っ! なんか新しいのが……っ!」


 意味のわからない実況をするウサギ女を無視しながらツープラトンで責め苦を与えていると、不意にパシャッパシャッとシャッター音が鳴る。


 一同そちらに視線を遣るとネルシャツをジーパンにインした不潔そうな髪型の男がスマホをこちらへ向けて構えていた。


 常連客の大西さんだ。


「大西くーん、たすけてぇーっ!」

「マ、マキちゃんを虐めるな……っ!」


 気弱そうに目を逸らしながら聴き取りづらい声量でイキった大西さんは、言葉とは裏腹に今しがた撮影に使ったスマホを毛玉いっぱいのネルシャツのポッケに隠そうとする。

 その手をいつの間にか接近していた黒瀬にガッと掴まれた。


「お客様。店内での撮影は禁止とさせて頂いております。ご理解を」

「て、店内で従業員同士で特殊なプレイおっぱじめといて何言ってんだ!」

「申し訳ありません。ちょっと仰っている意味が……」


 黒瀬にすっ呆けられ大西さんがもう一度現場に目を遣ると、既に弥堂もバニーさんとは十分な距離を空けて離れていた。


「くそっ……、ずるいぞ! ボクだってマキちゃんとお話したいんだ!」

「申し訳ありません。エスコートガールは席についての接客サービスはしておりませんので」

「マ、マキちゃんから聞いてるぞ! いつもキミたちにイジメられてるって……! ボクがマキちゃんを守るんだ!」

「お客様、ご理解を。……ホネ香さん」

「……うぅ~らぁ~ぎぃ~りぃ~もぉ~のぉ~……」

「ひっ、ひぃぃーーーっ⁉」


 顏だけ申し訳なさそうに繕う黒瀬がパチンと指を鳴らすと、通路の角から怨嗟の声が響き大西さんは恐怖の叫びをあげた。

 通路の壁を異様に長い爪でガリガリと引っ掻きながら、ガン開きで血走った片目だけを覗かせるのは当店特級呪物のホネ香さんだ。


「なぁんで……、連絡返して……、くれないのぉ……?」

「うわあぁぁぁ、く、くるなぁーーーっ⁉」


 異常に痩せ細った身体にはサイズの合うドレスがなく、ほぼ骨と皮だけのように見える肢体にダルダルのドレスを纏い、ホネ香さんはゆらりと角から出てくる。


 この大西さんは常連客ではあるが、『ボクはマキちゃん目当てでここに通ってるからさ』などと宣い、それを建前に絶対に誰も指名をしないしドリンクも入れないという確固たる意志を持ったクソ客である。

 そして、それでありながらフリーで付いた女の子の連絡先は意地でも聞き出し、指名する気など欠片もないくせに一日数十回ものメッセのやりとりを強要し、同時に複数のキャストに告ってくるタイプのキモ客だ。


 当然そのような自分の売り上げに繋がらないのに連絡コストだけを強いられるようなキモ客の相手をしたがるキャストなど存在しない。

 しかし、それで連絡を断つと、『この店のキャストはやる気がない。どういう教育してるんだ。質が悪い』などと鬼の首をとったように騒ぎ立てる困ったお客様だ。


 そこでこの手のキモ客へのカウンターカードとして黒瀬が重用している式神がこのホネ香さんである。


「指名してくれるって……、言ったじゃなぁい……っ」


 薄暗い店内の部分照明が血の気の薄いガサついた肌を不気味に照らす。

 顏だけは厚く塗られた化粧により白く強調され、突き出た頬骨が異様な立体感を醸し出す。つけまとマスカラでゴリッゴリに肥大化されたヒジキのような目元がとってもチャーミングだ。


「い、いやだあぁぁーーーっ!」


 ガタンと腰を抜かした大西さんがズリズリと尻を動かし逃げようとするのを、100均で売られているカーテンポールのように細い腕が追いかける。

 手首にジャラジャラと付けられたリングの隙間から無数のリスカ痕が垣間見える。


 キャストに粘着してくる割に売り上げにならないキモ客には、このホネ香さんを差し向け逆に粘着してやるのが当店のマニュアルである。

 ホネ香さんは秒間0.7件のペースでメッセを送り続けられる最強のメンヘラ兵器だ。

 もしも返事を返すまでに10分以上かかろうものならば、新たな手首の傷を撮影した写真を送りつけられることになる。


 おまけに、無理矢理口説き文句を言わされた場面のスクショとリスカ写真をSNS上に晒されお気持ちまで吐露される、まさに手が付けられない怪物だ。

 承認欲求がカンストしているホネ香さんは自分を構ってくれるなら相手は誰でもいいので、どんな属性の敵にも雑に編成して放り込める非常に汎用性の高いユニットとも謂える。


 弥堂はさりげない動作で移動し、目の前を通り過ぎようとする特級呪物との間にバニーさんを配置した。


「ユウキくん、ホネ香さんのこと苦手だよねー? まだ怖いの?」

「怖くなどない。ふざけるな」

「ホネ香さんの料理すっごいおいしいんだよ?」

「冗談じゃない」

「ユウキくんって絶対メンヘラホイホイでしょ?」

「うるさい黙れ。声を出すな。気付かれるだろ」

「ゃんっ」


 咎めるように爪先を持ち上げ正座をする彼女の尻の間を突く。


 すると、ズリズリとドレスを引きずりながら移動するホネ香さんがグルンっとこちらへ顔を向けた。

 絶対に目を合わさぬよう弥堂もグリンっと顔を他所へ向ける。


「…………」

「……ぅわわっ……⁉ なになに……っ⁉」


 ジィッ――と爛々とギラつく浮き出た目玉を向けられ、弥堂は防御のためにバニーさんを抱き上げ視界を遮る。


「これはいけません」


 その様子に危機感を感じた黒瀬は懐からレーザーポインターを取り出す。

 そしてホネ香さんのガンギマリの目ん玉へ向けてカチカチと二回、赤外線レーザーを照射した。


「ィギャアアァァァァーーーーッ⁉」


 突然藻掻き苦しみ絶叫をあげたホネ香さんはギロリと大西さんを睨み、ガリッガリのその身体からは考えられないような速度で襲いかかった。


「う、うわわぁぁーーーーっ⁉」


 半泣きで怯える大西さんの服を口で咥え、四つ足で蜘蛛のように店内を駆け抜ける。


「ぜ、絶対にまたレビューで晒してやるからなぁーーっ!」


 大西さんの恨みの声が、並外れたスピードで階段を駆け上がり上階へと消えていった。


「やれやれ、危ないところでした」

「すまない黒瀬さん。助かった」

「……いつも思うんだけど、それどういう仕組みなの……?」


 弥堂にお腹に腕をまわされて抱っこされたバニーさんはストッキングに包まれた足をプラプラしながら怪訝そうな顔をする。

 弥堂も黒瀬も彼女を無視した。


「ところで、今更ですが。今日の会談はうまくいきましたか?」

「あぁ。おかげさまで」

「医者、でしたっけ」

「あぁ。何でも言うことを聞いてくれる医者と弁護士のお友達は居た方がいいと聞いてな」

「優秀そうな弁護士のお客様がいたら連絡しましょう」

「助かる」


 弥堂に丁寧に降ろされながらじぃーっとジト目を向けるバニーさんを無視して男たちは締めに入っている。


「このお店、こんなことばっかしてるのにさ、なんでそこそこ売れてるんだろうね……?」


 彼女の疑問には誰も答えない。


 チーンと音が鳴ると弥堂はスッとエレベーターの中へ消えていき、それを見送った黒瀬もスッとキャッシャーの中に消えていく。

 ペタンと床に女の子座りして、ストッキングに包まれた足をモミモミするバニーさんだけがその場に残された。


 Club Void Pleasureは新美景駅北口徒歩3分

 初回50分4500円、初回指名料2000円

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 新規のお客様も大歓迎

 皆さまのお越しをお待ちしております!



 エレベータ―が閉まりチーンとひとつ音が鳴った。

 夜は続く。
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