186 / 793
1章 魔法少女とは出逢わない
1章27 深き宵深く酔い浅き眠り朝は来ない ⑤
しおりを挟む「――舐められたんだけど?」
ソファーから立ち上がりズカズカと歩いて目の前で立ち止まると、不機嫌顏の華蓮さんは自身の胸を指差しそう言った。
「それがどうかしたのか?」
言葉どおり心底わからないといった顔をする弥堂に華蓮さんの目が一層怒りに染まる。
「よろしい。さっき保留した話の続きをしましょう……、こら、そんな嫌そうな顔しないの。キミが悪いのよ」
「もう謝っただろ……」
「そうね。一言も謝ってないけど、謝ったって体にしてあげてその上でキミがちゃんとわかってないから追及するの」
「お手柔らかにな」
うんざりとした顔をしつつも一応は聞く態勢をとる馬鹿な男に満足気に頷くと、彼女は人差し指を立てて講釈を始める。
「言ったわよね? 20時には来いって」
「だからそれは――」
「こうも言ったわ。20時にはもうヤられちゃうからそれよりも早く来いって」
「…………」
「なんで服を着ないのかって? キミが遅かったせいで裸にされたんだけど? 舐められましたけど?」
「……服は半分着てるだろ。裸じゃない。半裸だ」
「……反論はそれでいいの? 苦しくない?」
「うるさい」
言い返すためだけの反論しか思いつかなかったが、とりあえず手を出し続けることが重要だと思った弥堂はそれを実行した。しかし返ってきたのは呆れたような目と言葉だけだ。
「しかもギリギリ間に合わなかった理由がマキちゃんと遊んでたですって? 私におじさんの相手をさせて?」
「マキさんは関係ない」
「今日のこのフロアのエスコートはマキちゃんが担当よ。私がそんなこと把握してないとでも? 仮に別フロアの担当だったとしても、キミが来ると聞いてあの子が出しゃばってこないはずがないわ」
「……確かにマキさんがエスコートをしたが別になにもない。大した話もしていないしな」
「へぇ? さっきエスコートのせいで遅くなったって言ったわよね?」
「……ミスだ。エスコートとフロントを言い間違えた。正確にはフロントでマサルの無駄口に付き合わされたせいだ」
「ダウト。相手があの子の場合、本当にキミの都合が悪くなるくらいに拘束されたら殴り倒してでも先に進むでしょ? でもキミってマキちゃんには妙に甘いわよね? 私が気付いてないとでも思った?」
「そのような事実はない」
弥堂は毅然とした態度で言い切ったが、相手はこれっぽっちも信用していないといった態度だ。
しかし俄かに彼女の咎めるようなジト目が、何かを憂うような真剣味を佩びたようなものに変わる。
「……ねぇ? あの子がキミにちょっかいをかけてくるのはコワイもの見たさと、私を挑発して反応を楽しむためよ?」
「わかってる」
「私はこういう女だからいいけど、あの子は引き摺り込んじゃダメよ。ちゃんと帰れるとこがある子なんだから、私にさせてるようなことは絶対にさせちゃダメ」
「わかってるよ。大丈夫だ」
「じゃあ何にもしてないわね?」
「もちろんだ。キミの居る場所でそんなことするわけないだろう? それくらいの分別は俺にもある」
「……そう。それが訊きたかったわ」
また表情が変わり、今度は妖しげなものになる。
弥堂にはそれは獲物を見つけた肉食獣の顏に見えた。
まだ20代の半ば程の年齢のはずだが、10代の頃から自分の身一つでこの業界で生きてきたのは伊達ではないということかと感心をする。
弥堂の担任教師の木ノ下 遥香も同じくらいの年齢のはずだが、それと比べても圧倒的に迫力があるし、大人びているように感じた。
「今、他の女のこと考えたでしょ?」
「そんなことはない」
「嘘」
「……担任教師を思い浮かべた。キミと同じくらいの歳だったなと。比べるべくもなくキミの方がいい女だと思ったところだ」
「そう。それなら許してあげる」
寛容な態度で機嫌よく笑う。
質の悪いおべっかで気をよくした――ように振舞ってくれている。
「……ところでそろそろ服を着たらどうだ?」
「どうして話を逸らしたのかしら?」
「そんなことはない」
「だったら別にいいじゃない、服くらい」
「服を着ていないのは問題だろう」
弥堂は常識を説くことで少しでも優位に立とうと路線変更をする。
「なによ? 私のカラダのなにが問題なのよ。まさか見苦しいって言うつもり? 見られて恥ずかしくないカラダにしてるつもりだけど?」
「そうは言っていない。常識の話だ。男の前で『用』もないのに乳房を放り出すべきではない」
「にゅうぼうって……、実際の会話の中でその単語聞いたの生まれて初めてかもしれないわ……。ていうかキミ、別に私の胸くらい見慣れてるでしょ?」
「まぁ、それはそうだが……」
「言ったわね?」
「あ?」
穏やかに話をしていたと思ったら突如ギロっと鋭い目を向けられた。
「気に食わないわ」
「なにがだ」
「目の前で私が裸だっていうのになんなの? その淡泊な反応」
「慣れてるからだって今自分で言っただろ」
「それが気に食わないって言ってるのよ。女として屈辱だわ。本当に気に食わない」
「それはもうイチャモンだろう」
「イチャモンですって……? 私絶対忘れないから。キミがここに入って来て私がオジサンに押し倒されてるのを見た時のリアクション……っ! なんなの? あの『まぁ、そりゃそうだよな』みたいな顏。目の前で私が他の男に胸を舐められてるのよっ? なんとも思わないの……っ⁉」
喋っている内に段々と熱が入って来たのか、段々と捲し立てる口調が強くなっていく。弥堂はなるべく言い返さないように努めているので苛々してくる。
「あれは演技だと言っただろ」
「演技? 嘘ね。キミはそういう子よ」
「そんなことはない。俺がアンタを使い捨てにしているなんて思われるのは心外だ」
「違うわ。例えば私がキミの恋人だったとしても、私が他の男と寝てもキミはなんとも思わない。そういう子だって言っているの」
「それは誤解だ。心苦しいと思ってるよ」
「……普通はそんな一言じゃ済まないのよ」
侮蔑の眼差しを受けながら弥堂は苦しいなと思う。
基本的に頭の回る女と言い合いをしても勝つのは難しい。
だから弥堂は強引な行動に出て有耶無耶にしたり、相手が混乱している間に言質をとったりすることを得意としている。
その手法を使えない相手とやり合うのは非常に苦しいなと感じていた。
半ば諦め、半ば作業的に、惰性で反論を続ける。
「そうは言うがな。俺が今日ここに居ようが居なかろうが、俺のスタンスやキミとの関係性がどうであろうが、結局のところそれは関係ないだろう?」
「どういう意味?」
「だから、俺が居なくても結局それがキミの仕事だし。いつもやっていることだろう?」
「はいアウト。私だからいいけど、それ他の子には絶対言っちゃダメよ。まだ割り切れきってない子とかは普通に傷つくからね?」
「こんな話、アンタとしかしないから大丈夫だ」
「……それはおべっかを使ってるつもり?」
「本心だ。俺とこんなに話をしてくれる人は他に居ない」
「……気に食わないわ。私みたいな年上のプライドの高い女のあしらいかたを知っているのが。私と出会う前に他の女に仕込まれてるのが本当に気に食わない」
「考え過ぎだよ。今度部屋に行く。それでいいだろ?」
「……もう『帰る』って言ってくれないのね」
「わかった。今度帰る。それで許してくれ」
「……嘘つき。もういいわ」
一気呵成に詰め倒してきたかと思えば、今度はこれ見よがしに目の前で落ち込んでみせる。彼女こそ男を弱らせる方法を熟知しているとは思えど、それを言っても得にはならない。口を閉じるしかないのだ。
『めんどくせえなこのメンヘラが』というのが紛れもない弥堂の本心なのだが、自分に都合の悪いことを言う女を頭ごなしにメンヘラ扱いして跳ね除けては、それこそルビアやエルフィーネに叱られてしまう。
なのでこのまま相手の気が済むまで愚痴を聞き流すしかないと弥堂は白目になる。
まさしく華蓮さんの言ったとおりの男であった。
しばらくオートモードで相手の言うことに肯定の意を示す時間だけが過ぎる。
やがて華蓮さんの語調が少し緩み、会話に間隙が出来る。
弥堂はオートモードを解除した。
「……そろそろいいだろ? 喋り過ぎて疲れたんじゃないか? 少し休憩にしよう。何が飲みたい? とってこよう」
「テメーそのままバックレるつもりだろ? ナメんじゃねえぞこの野郎……ッ!」
「華蓮さん、口調」
「あらいけない。ふふっ……、飲み物ならここにいっぱいあるから気を遣わなくてもいいのよ?」
突如ドスのきいた声で恫喝をしてきた彼女にそれを指摘すると、華蓮さんはコロッと表情を戻してパーフェクトスマイルを貼り付ける。
高校を中退してからずっとこの業界で生きている華蓮さんは元ヤンだった。
「でも、そうね……。飲み物はいいから代わりに何かをしてもらおうかしら」
(やっとか……)
弥堂は内心で安堵の息を吐く。
これは要は手打ちの合図だ。
ひとまず気は済んだからあとは簡単な要求を飲めば許したことにしてやる――そういった意味の宣言である。
しかし、注意しなければならないのは、こちらからそれを言い出してはならないということだ。効率がいいからと最初から『何でも言うことを聞くから許せ』などと言ってしまおうものなら、どんな法外な要求をされるかわかったものではない。よっぽどの全面降伏でない限りは決して口に出してはならない。
肝心なのは彼女の気が済んだかどうかなのであり、賠償金の額の多寡ではないのだ。
それがわかっていつつも、何度もミスを犯しながら生きてきたのが弥堂 優輝という男なのではあるが、この場ではどうにか耐えることに成功した。
「いいだろう。要求を言え」
「……なにそれ?」
唇に人差し指を当てながら答えを探すフリをして宙空に遣っていた目線をジロリと向けられる。
「言い方が可愛くないわね。気に食わないわ」
「……キミの喜ぶことがしたい」
「初めからそう言いなさい」
言いながら華蓮さんは組んでいた腕を解き大きく横に広げて不敵に笑う。
高いハイヒールには履き慣れているため磨き上げられたその肌は重力の余韻でしか揺れない。
弥堂の顎先あたりの高さから見上げながら見下ろすその瞳には自信が満ち溢れていた。
潤った果肉のような唇が動く。
「私に服を着せなさい――」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる