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1章 魔法少女とは出逢わない
1章25 生命の伽藍堂 ①
しおりを挟む突然戦場に介入してきた男が口を開く。
「まったく。久々に現場に出て来てみれば、これはなんですか? ボラフさん」
「あっ……、あっ…………!」
名指しされたボラフは意味のある言葉を返せない。
目を見開き唖然と見上げるばかりだ。
「大体、ゴミクズーはどうしたんですか? アナタが直接魔法少女と戦闘を行うことは許可されてはいないはずです」
「う……ぁ、ち、ちがう……」
「違う? 許可を得ているということですか? 私はそんな報告は受け取っていませんよ?」
見上げる先の男の顏が光り輝いて見える。
それは自分を助けてくれた者のことを救世主だと思い込み、まるで後光が差したかのように錯覚をしてしまっているわけではない。
少々血色は悪いが美しい女性のような造型の顔がさらに強い光で照らされていく。
「ちがう……っ! そうじゃねえ! 上っ! うえ……っ!」
「上?」
ボラフの必死の訴えに怪訝そうに眉を動かしながら男は頭上を見上げる。そして、これまで優男風に爽やかな微笑みを浮かべていた顏が真顔になった。
「やれ」
「やる……」
頭上を覆うほどの数の魔法球の群体が再び降り注いだ。
「うっ、うわあぁぁぁっ⁉」
「はぁ……、やれやれ、ですね」
反射的に頭を抱えて蹲るボラフを尻目に、男は迫りくる魔法の数々へ向けて片手を翳した。
その手の指先から発生するように透明な薄い壁のようなものが拡がり、男とボラフをドーム状に覆う。
それが完成するとほぼ同時に魔法が次々に着弾した。
シールドに衝突し派手に音を鳴らすが、男の構えるそれを越えることはなく悉く防がれていく。
「…………」
弥堂はその様子を観察する。
(あの男……)
新たに現れた銀髪の男。タキシードを着込み派手な装飾品まで付けている。
その顔は人間の若い男性体のものとして何もおかしな点はない。
強いて挙げるのならば少々顔色が悪いところだが、その血の気の無さと、美しい女性と見紛うほどに整い過ぎた顔の造形がどこか浮世離れしているように感じられ、それらが強い違和感に繋がるのだろう。
そういったことを含めた視覚情報と今見せた彼の力から――
(人間じゃない)
――弥堂にははっきりとそう視えた。
「気は済みましたか? まったく、野蛮ですねぇ」
全ての魔法を防ぎ切った後で、その男にはダメージを負った様子がないのは当然だが、僅かな消耗を強いることすらも叶わなかったようだ。
「魔法少女として仕事熱心なのことは大変素晴らしいですが、生憎アナタの相手をしてあげることは出来ないのですよ。残念ながら私は管轄ではない――」
「――な、なんで……?」
「はい?」
ボラフが漏らした呟きに反応して男はニッコリとした笑みを浮かべ顔を向ける。
「な、なんでアンタがここに……? ベイオ・フィ――」
言葉の途中で男はボラフにジロリとした目を遣る。その視線の圧力のみで咎めた。
「す、すまねえ、アス……様……っ」
「よろしい」
怯えた様子で訂正をしたボラフに、アスと呼ばれた男は満足げに笑みを深めた。
「何故私がここにいるか、ですか? 先程も言ったとおりです。少々手が空いたので現場の視察に来たのですよ」
「……別に、オレはサボってなんかねぇぜ」
「視察です。監査に来たのではありませんよ? それとも、何か後ろめたいことでも?」
「ねぇっ! ねぇよ……っ! オレはちゃんとやってるぜ……!」
「ちゃんと、ねぇ……」
アスは笑みを浮かべたままで目を僅かに細めた。
「『ちゃんと』では困るのですよ。何故だかわかりますか?」
「……わからねえよ。ちゃんとやってるのに悪いってのか……?」
「悪いですよ。何故なら、ちゃんとやった上で成果が上がらないのでは与えた仕事にアナタの能力が見合っていないということになります」
まるで人間社会によくありそうな上司と部下のやりとりを始めた二人の会話を耳に入れながら、弥堂は周囲に眼を走らせる。
逃走を考えてみたが、しかし無駄だと瞬時に判断を下した。
不意打ちも恐らくは意味を為さないだろう。
つまり、現状としては八方塞がりであると認識をしているということだ。
ボラフのあの怯え様、そしてそのボラフとゴミクズーを簡単に追い込めるだけの力を持った水無瀬の魔法への先程の対応。
ここまでに得られた新たな敵の情報を精査すると、ヤツはボラフよりも圧倒的に格上の存在であると判断出来る。
一見するとただの優男のようにしか見えないアスと呼ばれたあの男だが、『雰囲気』がある。
ポンコツコンビやボラフの様に、放っておいても勝手に冗談じみた失態を犯して自爆してくれるなどということは期待するべきではないだろう。
かと言って、何もかもを諦めて言われるがままに相手に従ったり、無抵抗で殺されてやるつもりも弥堂にはない。
会話を聞く限り、どうも奴らには直接魔法少女と戦う心づもりはないようだ。
それが何故なのか、だとしたら何故ゴミクズーには戦わせるのか――そういった疑問は浮かび上がるが、それは今は置いておく。
戦うにせよ、逃げるにせよ。
最終的にはどちらを選んでも一か八かになる可能性が高い。
それならばまずは相手の出方を窺うべきだという判断だ。
もしかしたらやり過ごすことが出来るかもしれない。
それを確認してから行動を決めることにした。
死ぬのはそれからでも遅くはない。
弥堂がそう考えている間にも、闇の組織に所属する上司から部下への小言は続いている。
「いいですか、ボラフさん。配置した駒が効果的でないということは配置した者――この場合は私ですね――その者の責任になります。一般常識ですが、わかりますか?」
「……あぁ」
「もしもそうであるのならば私は新しい人材を選別して再配置を検討しなければなりません。しかし、それは難しくはありませんがなるべくしたくない。アナタの御父上の手前、ね……」
「……チッ」
「ですからアナタにはしっかりとした成果をあげてもらいたい。誰もが文句なく不満なく納得が出来るように……、わかりますよね?」
「……わかってる」
「では、これらを踏まえてもらった上で訊きましょう。ボラフさん。最近仕事の調子はどうですか? 何か成果はありましたか?」
「…………」
ボラフは答えずに目を伏せた。
顔を俯ける際に何故か一瞬だけ目玉だけを動かしてこちらを見てくる。しかしその目線はすぐに外された。
「…………何も、ねぇよ」
「そうですか。困ったものです」
目を合わさずに答えるボラフにアスは溜息を漏らす。
「まぁ、仕方ありません。この件については対応を考えておきましょう」
「そうかよ」
「では、次の質問です」
「ア?」
ボラフは三日月型の目を怪訝そうに歪める。
「次ってなんだよ? てっきり話はこれで終わりだとばかり思ってたんだが」
「そんなわけがないでしょう。こちらも大事な案件です」
「一体なんだってんだ」
「先程も訊いたことです。この現状を説明して下さい」
「……どういうことだ?」
「ゴミクズーはどうしました?」
「どうしたって……」
反射的にボラフはギロチン=リリィが植わっていた場所へ顔を向ける。
弥堂もそちらを視てみると、水無瀬の魔法で地面から出ている部分の殆どを消滅させられ、僅かにアスファルトから突き出た花茎の根元が残っていたはずだったが、そこにはもう跡形もなかった。
地に空いた穴を睨む。
「……なるほど、もう既に倒された後だったのですね」
「え? あぁ……、まぁ、そうだな……」
ボラフとしても弥堂同様に、この時に初めて自身の手下が消滅していたことに気付いたのだろう。アスへと煮え切らない様子で肯定した。
「それで? アナタはなにをしているのです?」
「なにって……、アンタらに言われた通りに働いてただけだが……」
「それは変な話ですね。私どもの指示と違うように思えます。アナタに渡したマニュアルに記載はありませんでしたか?」
「…………」
「特定の条件を満たさない限り、またその上で特別に許可が下りない限り幹部候補生が魔法少女と直接戦闘してはいけない、と」
(幹部、候補生……?)
その言葉を聞き咎めた弥堂が眉を跳ねさせるが、ボラフが慌てた様に弁明を始め会話は進んでいく。
「それは……、待ってくれ! オレは別に魔法少女と戦ってたわけじゃあ……」
「では、アナタのその姿はなんです? いくらアナタが弱いといっても魔法でも使わない限りそんな風に傷はつかないでしょう?」
「……弱い、だと……っ⁉」
「事実でしょう? 綻んでいますよね? それ。私を誤魔化せるとでも?」
「グッ……! そう、は、思ってねぇ、よ……」
「では、それは、誰に、やられたんですか? まさかあそこのゴミにやられたとでも言うんですか?」
そう言ってアスが視線を向けたのは弥堂――ではなく、メロだ。
暫く前から随分と静かなままだったメロの方を弥堂も横目で見遣ると、彼女は身を縮こまらせて顔を伏せたまま震えていた。
(畜生なりに力関係は察知出来るのか……?)
弥堂が知覚している範囲では、あのアスという男が現れてから、メロはただの一度もアスの方を直視していなかった。
今も柔らかい微笑みを浮かべながらも冷酷さを目の奥に潜ませてメロへ視線を向ける彼の方を、メロは決して顔を上げて見ようとはしない。
「――ちがうっ! これはメロゥにやられたわけじゃあねえ!」
「では?」
「それは……、そうだ。アンタの言うとおりだ。これはフィオーレの魔法をくらって負った傷だ……」
弥堂は目を細めてボラフを視る。
彼の物言いに違和感を覚えたからだ。
さっきからどうも腑に落ちない。
弥堂もこの現場の当事者であるので、ここで何が起きたかについては理解している。
ここまでの彼らのやりとりから、上下関係はあれど良好な間柄の上司と部下ではないということは見てとれる。
かといって、ボラフは別にアスに対して嘘は吐いていない。
本当のことを報告している。
しかし、それは直接的な言葉ではない。
あの言い様はまるで――
「――では、やはり魔法少女と戦闘を行ったということで間違いないですね? 何故です?」
「何故って……別に戦おうと思って戦ったわけじゃあ……」
「どういう状況だったのです? ゴミクズー討伐後に速やかに離脱すればいいでしょう?」
「それは、そうだが……ちっと突っかかれちまってよ……」
「逃げればいいでしょう? 得意でしょう? 逃げることは。それともそうは出来ない理由が何かあったのですか?」
「そ、それは……」
適格に退路を一つずつ断って追い込んでくるアスの質疑に対してボラフは言葉に詰まり、思わずといった風に弥堂たちの方へ目線を泳がせる。
「やれやれ……、簡単な質問に答えるのにもこんなに時間がかかるだなんて人材不足が悩ましいですね。一体彼女らがなんだと言うので…………」
部下の逃げた視線を追従し、ここにきてようやく弥堂たちの方をまともに見たアスは言葉の途中で止まる。
微笑みは浮かべたまま、しかしその笑みは薄まる。
無言で上着に手を挿し入れ内ポケットから取り出したのは片眼鏡だ。
「お、おいっ……! アイツらはべつに――」
「――黙れ」
口調から丁寧さを捨て去りボラフを無視して片眼鏡を左の眼窩に嵌め込み水無瀬を見た。
「ま、まってくれ! アス様っ! アイツはまだ――」
「――アハ」
アスに食い下がろうと立ち上がろうとしたボラフだったが、漏れ聴こえた声に動きを止める。
「――フフフ……、ハハハハハ……っ、アハハハハハハハハハハっ……!」
これまで冷静で物腰柔らかく理知的に振舞っていた男が突然大声で嗤いだす。
チッとボラフが舌を打った音が聴こえた。
弥堂は黙って心臓に火を入れた。
生命の器からは燃料が消費されその中身は空っぽになっていく。
その時は早いか遅いかでしかない。
その時には必ずただの伽藍洞となる。
それが全ての生命の無意味さだ。
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