俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章24 微睡む破壊の種 ④

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「ハァッ……、ハァッ……、ハァッ…………!」


 荒い息遣いを漏らすのは疲弊したボラフだ。


 あれから何度かの攻防を繰り返し、しかし結果は変わらず最早その身はズタボロになっていた。


 対峙する弥堂は自然体で立つ。


 その眼には油断の色は一切ない。


 このまま着実に追い詰めて確実に仕留める。


「水無瀬」

「せみなーれ……」


 水無瀬に声を掛けると周囲に新たに生成された魔法の光球が配置される。


 弥堂はジッと水無瀬を視た。


 そういえば少し前から、特に具体的な指示をしなくても勝手にこちらの意図を汲んで魔法を行使するようになっているのはどういうことなのだと気になったからだ。


 弥堂が水無瀬に施した催眠術はそんな融通が利くような類のものではない。

 というか、ワンチャン先日の正門前の出来事の時の状態を再現出来ればと適当に掛けてみただけだったので、元々弥堂に多種様々な催眠を操るような技術も技能もない。


 まさか催眠にかかっているフリをしているのではと眼を細める。


 水無瀬の様子は変わらず、光のない瞳でどこを見るともなしに棒立ちになっている。

 それはないだろうと頭を振る。


 彼女はポンコツだ。


 もしも意識があるのならこのように適格に弥堂の意を汲めるはずがない。正気であればあるほど意思の疎通が難しい。

 水無瀬 愛苗とはそのような少女だと弥堂は評価していた。


 とは謂え、適当に掛けたものだから何かの拍子でいつ解けてしまうかも知れない。

 早めに決着をつけるにこしたことはないと意識の全てを敵へと戻した。



 すると、凄絶な眼差しで弥堂を見ていたボラフが、ふいにその表情をニヤっと歪めた。


「随分とやってくれたじゃねえか」

「そうでもない。まだ何一つやってはいない。お前が死ぬまでは」

「ムカつくぜ……っ! ニンゲンごときが余裕コキやがって……!」

「余裕もない、慢心もない。実行する意志と身体があればそれだけでいい」

「それがスカしてるってんだよ! 下等なニンゲンごときが見下してんじゃねえよ!」

「だったら無駄口ばかりきいていないで、俺の顔色を変えてみればどうだ? もう息は整っているだろう?」

「クソがっ! ホントにムカつくヤツだな、テメェ……はっ!」


 言葉の終わりに合わせてボラフは動き出す。


 弥堂は後ろ足にやや比重をかけ重心を保ち既に備えていたが、ボラフが向かった先は弥堂でも水無瀬でもなかった。


 鎌を大きく振り横に浮遊していた光球を斬り裂く。

 真っ二つになった魔法は空に消えた。


「なんでオレがテメェに勝てねえのかはわかんねえ……っ。だが、それならこっちを先に処理しちまやいいだけのハナシだ。ちげぇか?」

「むしろ今頃気付いたのか? 遅いんだよ、無能が」

「ほざいてろよクソが……っ! 冷静になってみれば簡単なことだ」

「そうか」

「オマエからは攻撃を仕掛けられねえ。意味がねえからだ。オマエにはオレに有効なダメージを負わせる手段がない。だからフィオーレの魔法を利用してる」

「そうかもな」

「オレの攻撃に対応できるのも反撃をする気がねえからだ。捌くことだけに集中してるからどうにかなってる。そういう仕組みだろ?」

「どうだろうな」

「それがわかっちまえばどうってこたぁねえ。元々のスペックはオレの方が上なんだ。存在の格が違ぇんだよっ。オレが負けるわけがねぇ……っ!」

「そうだといいな」

「知恵を絞ったつもりかよ? バカが……っ! タダで済むと思うんじゃねえぞ!」

「……馬鹿はお前だ」


 勇んで次の光球の破壊へ動くボラフに弥堂は呆れ混じりの呟きを漏らす。


「水無瀬」


 しかし、それも一瞬。すぐに次の指示を水無瀬へ与える。


「撃て」


 命令と同時、ボラフが鎌を振り下ろそうとしていた魔法の光球が動き出す。


「――なにっ⁉」


 目測を誤り思わず鎌を途中で止めると、それを擦り抜けた光球がボラフの顔面を撃った。


「ガァァッ――⁉」


 仰け反って打ち上げられる。

 バランスを取り戻そうと地に着ける足を意識すると不意に背中に何かが当たる。


 弥堂だ。


 この現象が起きることがわかっていた弥堂は、水無瀬に命令を出すと同時にもう動き出していた。


 【零衝】


 ボラフの背に当てた掌から威を打ち出す。


 その打撃を以て仕留めることは叶わないが、吹き飛ばした先には敵を滅ぼし得る魔法がある。


 空中に待機させていた魔法にぶつかり新たに傷を負ったボラフは地面に転がる。

 弥堂はそのボラフの顔面を爪先で蹴りつけた。


 この攻撃によって直接ダメージを与えられることはない。しかし、それによって沸き上がる怒りや恐怖で揺さぶり、精神的に追い込むことは可能だ。


「撃て」


 待機中だった魔法弾が撃ち出されるとボラフは素早く立ち上がりながら逃れようとする。


「次弾生成。もっと増やせ」


 次の指示を出しつつ弥堂も動く。


 動き続けることで狙いを付けさせないようにと意図するボラフの進行方向に割り込み、その行動を妨害する。


「グッ……! テメェ、邪魔すんなっ!」

「しないわけがないだろう」


 先程自分で言っていたことを忘れたのか、頭に血が昇ったボラフは反射的に右腕の鎌を大きく振る。

 弥堂は身を沈めてそれを掻い潜った。


 左足から踏み込み左の掌を相手の肩に当て、右を振り切った後の右肩に零衝を打ち込んでベクトルを増幅させ身体を回させる。

 目の前に来た背中に今度は右手で零衝を発動させ、ボラフを追ってきた光球の方へと突き飛ばした。


「グゥアァッ⁉」


 交戦する度に着実に傷を負わされる。

 その事実にボラフは焦る。


「コッ、コイツ……ッ! 殺してや――」

「――お前が死ね」


 今度は左の鎌を振りかぶったボラフに、弥堂は先んじて足払いを仕掛ける。


 両足を揃えて刈り取られたボラフは横向きになって宙に浮かされるが、そのまま無理矢理鎌を振るった。


 掬い上げるように下から迫る黒刃を視る。


 追撃を仕掛けられる姿勢を崩さぬままギリギリまで引き寄せて僅かに身を反らしやり過ごす。

 顏の数cm先を通り過ぎる刃を視ながら右拳でアッパーカットを放つ。


 拳を当てたのはその鎌の根本、本来であればボラフの肘のあった位置だ。


 先程と同様にベクトルを増幅させ空中で無理矢理身体を何回転もさせる。


 右を打ち終わると同時に弥堂は大きくバックステップを踏んだ。


「ありったけ撃ち込め」

「うつ……」


 宙で回るボラフ目掛けて、ここまでストックさせていた全ての魔法が殺到する。


 自身より下等な存在だと見下していた人間にいいようにあしらわれ半ばパニック状態にあったボラフはそれに対応出来なかった。


「グアァァァーッ⁉」


 空中で滅多打ちにされ地に叩き落されても尚追撃を受ける。


 トラックに跳ね飛ばされた人間のように何度も地面を跳ねながらボラフは吹き飛ばされた。


 弥堂はその間に素早く水無瀬に駆け寄り、彼女の頭を引っ叩く。


 すると、これまで同様に上空に無数の光球が顕れた。


「全弾発射」

「ぜんぶ……」


 真下からは空を埋め尽くすように見える無数のピンク色の光球はただ一点を目掛けて降り注いだ。


「チ、チクショオォォォーッ!」


 まだ地に這いつくばったままのボラフは諦めたように強く瞼を閉じた。


 破壊の雨が地を抉る。


 ボラフが居た地点の周囲の何もかもを巻き込んで壊し尽くす。


 瓦礫となった物たちの破片と粉塵が舞い上がり辺り一帯の視界を覆う。


 弥堂は油断なく視線を向けたまま破滅の霧が晴れるのを待った。


 やがて視界が晴れていくと、破壊の中心点に立つ人影が一つ。


 睨みつけるようにその人影を見ているとようやく視界が晴れる。


 そこに立っていたのはボラフ――


――ではなく、



「――やれやれ……、久しぶりに現場の視察に来てみれば。一体何をしているんです、ボラフさん」


 長身の男。

 黒のタキシードを着こんだ銀髪の若い男。

 胸元に飾ったコサージュから垂れるチェーンがチャリっと鳴った。


(人間……だと――)


 タイミングや立ち位置的に悪の怪人であるボラフの仲間なのだろう。

 しかし、その姿はどう見ても人間だった。


 敵の増援の正体に怪訝な想いを抱きながら、弥堂は水無瀬の後ろ頭を引っ叩いた。

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