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1章 魔法少女とは出逢わない
1章24 微睡む破壊の種 ③
しおりを挟む瓦礫が転がり粉塵が辺りに舞う。
ボラフは地面にうつ伏せに倒れていた。
「うぅ……っ、くそっ……、一体なにが……」
霧のように視界を隠す塵が少しずつ晴れていくと目線の先に映ったのはショッピングモールの建物。
広大な敷地の半分以上を占めていた建造物は円柱状に大きく抉り取られ倒壊していた。
「ハハッ……ヤバすぎだろ……、結界内じゃなかったら何人死んでたんだよ……」
目を見開き、魔法少女の魔法が齎した破壊の惨状に戦慄する。
「そういえばアイツは……、オイッ! ギロチン=リリ…………ィ……ッ⁉」
思い出したように自身の配下の無事を確かめようと首を回すと、視界に飛び込んできたものに言葉を失った。
正確には向けた視線の先に何も映らなかったことに絶句した。
数mほどの高さにまで巨大化したゴミクズーであるギロチン=リリィの花も茎も蔦も何もかもがなくなっていた。
割れた地面から突き出た根元が僅かに残り、魔法の光線に焼き切られた傷口のような断面からは白濁し泡が沸き立ち黒ずんだ緑色の体液が漏れ出ていた。
「バ、バカな……っ、あのサイズをたったの一撃で……っ?」
ガタンと腰を抜かしたように地面に尻をつき、ボラフは恐る恐るといった風に視線を動かす。
その先にいるのは魔法少女。
フリフリヒラヒラと装飾された白とピンクを基調とした半袖ブラウスにミニスカート。
白い大きなリボンに括られたピンク色のツインテールが破壊の残風にゆらめく。
常であれば輝くような生命力を感じさせる瞳は今は光がない。
闇の組織に所属する悪の幹部であるボラフにとっては宿敵という立ち位置となる魔法少女ステラ・フィオーレが、先程までと同じように魔法のステッキをこちらへ向けたまま立っていた。
「テメェ……ッ! 何やってるかわかってるのか……っ⁉」
絶望でも命乞いでもないその怨嗟の言葉は、この惨状を生み出した魔法を放った水無瀬に向けたものではない。
その背後に立ち、無感情に渇いた瞳でこちらを見下ろしている弥堂 優輝に向けたものだった。
「なかなかに生き汚いな。手間をかけさせるな。死んじまえよ」
「ふざけろよガキが……っ」
歯を軋らせながら弥堂を睨むも束の間、すぐに水無瀬へとボラフは視線を戻した。
細められた三日月型の瞼の中、瞳が紅く光る。
(マズイな……、これ以上続けたら進んじまう……!)
目玉を素早く動かし周囲を探る。
どうにかこの場から離脱することを考えるが――
「――逃がすわけがないだろう? 水無瀬」
「にがさない……」
再び水無瀬のステッキに光が集束し始める。
しかし、それを弥堂が止めた。
「違う。相手を見て判断しろ」
「ちがう……」
「さっきの花と違ってこいつは小型だ。そして素早い。昨日見ただろ? 避けるのが上手いぞ」
「よける……」
「この場合選択すべき攻撃手段は光球の方だ。そして数が必要になる」
「せみなーれ……」
水無瀬の前に光球が生み出されていく。
(クソッ……! そうだろうな……!)
ボラフは胸中で舌を打ち、いつでも動き出せるよう体勢を整える。
「一度に全部撃つなよ。時間差で撃ち出しながら、相手と自分との間に常に一発は残して次を創れ。そうしてストックした弾は防御にも使えるし、チャンスが訪れたら一斉に撃ち出してトドメに使うことも出来る」
「じかんさ……、のこす……、ぼうぎょ……」
指示を復唱しながら水無瀬は魔法を射出する。
「ちくしょうめっ!」
それらから逃れるためにボラフは走り出す。
走り抜けた跡に遅れて魔法が着弾し地面を砕き軌跡を描いていく。
(さっき教えた撃ち方では動く的に当てるのは難しいか……それを教えてもいいんだが……)
考えながら魔法弾に追われるボラフを視る。
一直線に走っているように見えて、彼の後を追う外れた魔法の破壊跡の軌跡は湾曲している。
水無瀬を中心点とした円の外周を描くように。
弥堂はさりげなく水無瀬の方へ近づいていく。
耳の裏でドッドッドッ――と心臓のアイドリング音が響いている。
弥堂とボラフとを繋ぐ線上から水無瀬が外れた瞬間、ボラフの姿が消えた。
弥堂は右へステップする。
「――これ避けんのかよっ! クソガキがっ!」
つい今まで弥堂が立っていた場所をボラフの右腕が変形した鎌が切り裂いた。
毒づきながらボラフはすぐに追撃に移る。
「接近戦に持ち込んじまえばもうフィオーレに魔法を撃たせられねえだろ!」
「それがどうした」
ボラフの指摘どおり、弥堂からの指示がなくなった水無瀬はフリーズしたように棒立ちになっている。
「調子にのりすぎたな!」
「そうか?」
「逃がすつもりがねえってんなら仕方ねえっ! テメェの方をどうにかするまでだっ!」
「どうにか出来るのならな」
迫りくる黒影から繰り出される猛追撃を、弥堂は爪先を回し細かく身体の向きを変え重心を操り後ろへ下がりながら躱していく。
「マジでなんなんだテメェッ! ただのニンゲンのくせに当たり前みてぇに避けやがって……っ!」
「もっと速い攻撃を知っているからな。この程度どうということもない」
「アァッ⁉ なんだそりゃ……っ⁉ オレみたいなのとやりあったことがあるってのかよ!」
「どうだろうな。少なくとも今俺が言ったのはそういう奴じゃない」
「じゃあなんだってんだよっ!」
「ギャルだ」
「アァッ⁉」
「俺をどうにかしたければJKを連れて来い」
「ナメやがってクソがあぁぁっ‼‼」
激昂したボラフの紅くギラつく人外の瞳と、弥堂の蒼銀を内包した無貌の瞳。
互いが視線に乗せる敵意がぶつかりあった。
しかし、何度かの交錯を経るとすぐに趨勢が見えてくる。
徐々にボラフの攻撃に対する弥堂の対応が遅れ始めた。
「ハッ――デカいクチきいたわりに余裕ねえじゃねえかっ!」
「…………」
地力の差で押される。
生物的なスペックで上回るボラフが目に見えて優勢になる。
挑発をして冷静さを奪う駆け引きや身体を操る技術では埋めきれないほど、そのスペックに差があるようだった。
やがてボラフの振り下ろしの鎌を避けたところで弥堂が大きく体勢を崩す。
「オラアァァッ!」
「…………っ⁉」
ボラフの繰り出したミドルキックを弥堂は両腕で受け止める。
ガードでは殺しきれないと見当をつけていたので、力に逆らわずに自分から飛んで威力を減衰させる。それでも受け止めた腕の骨が軋んだ。
吹き飛ばされ空中で横回転することで力の向きを変えながら落下する。そのままの勢いで地面を転がりつつ距離を取って体勢を戻す。
膝立ちになり顔を上げると視界に飛び込んできたのは、すぐ近くで鎌を振り上げるボラフの姿だった。
「もらったぁーーっ!」
愉悦にゆらめく紅い瞳に見下ろされながらも、弥堂の心は揺らがない。
弥堂は腕を横に伸ばす。
手に触れた布を掴んで引き込み、自身の前へと突き出す。
「――っ⁉」
ピタリと、ボラフの鎌が止まる。
弥堂が盾にするように自身の前に突き出した水無瀬の頭の数cmほど上で。
「テ……、テメェ……ッ!」
怒りを滲ませた叫びに応えず、弥堂はすぐに動き出す。
ドンっと水無瀬の背中を突き飛ばしボラフに押し付けると彼女の身体を死角にしてサイドへ回り込む。
ボラフの左の脇腹へ右の拳を触れさせる。
「こ、このガキ――っ⁉」
「死ね」
左右の爪先を捻る。
【零衝】
大地から汲み上げ立ち昇る威を適格な身体操作で加速させ相手の裡へ徹す。
人体のスペックで生み出せる最大エネルギーをほぼ減衰させることなく撃ち込まれ、ボラフは吹き飛ばされる。
「グゥ……ッ、ガッ……、こんなの効くか――」
崩れた姿勢を無理矢理戻そうとするが――
「――ガアァァァーーッ⁉」
突如弾かれたように絶叫しもんどり打って地を転がる。
「な、なにを……なにをしやがったぁっ⁉」
鎌から元に戻した左手で右肩を抑えながら叫ぶ。
左手の指の隙間から覗く肩の黒い外皮は焼け爛れたような傷を負い、その傷口から煙を噴き出している。
弥堂は水無瀬の後頭部と右の手首をそれぞれ掴み、顏と魔法のステッキをボラフの方へ向けさせた。
「撃て」
「うつ……」
「クソがあぁっ!」
慌てて立ち上がり駆け出すボラフに数発の魔法が迫る。
最早余裕など欠片もなく、ボラフは反復横跳びをするように大きくステップを踏んで振り切った。
再び弥堂に襲いかかる。
「ガアァァァァァッ!」
弥堂は黙って水無瀬を突き飛ばし応戦する。
自身の顏に迫る黒影の刃をよく視て、刃の側面に掌を当てて向きを逸らす。
前のめりに体勢を崩したボラフの重心の乗った爪先を踏みつけると、ボラフは反射的に足を引き抜いた。
相手が下がる動きに合わせて踏み込んで懐に入り、そのまま肩に触れ背後へ押し出すように零衝を打ち込む。
弥堂の持つ対人戦の奥義の一つとはいえ、悪の怪人であるボラフにとっては強めに殴られた程度のものでしかない。
どういうわけか弥堂の想定通りに体内にネルギーを徹して直接臓器を破壊するといった効果は得られない。
今回も零衝によって起きた現象といえば、ボラフが背後にたたらを踏んで下がった程度の些細な成果だ。
しかし、それで十分だった。
「――ギャアアァァァァアッ⁉」
先程のように吹き飛ばされた先でボラフが悲鳴をあげる。
今度は背中から煙を噴き出す。
「テッ、テメェ……ッ! なんだ……っ⁉ さっきから何が起きている……っ! オレになにをしたぁ……っ⁉」
人外の身である自分がただの人間の攻撃でダメージを受けることも、この身に傷を負うこともあるはずがない。
なのに先程から二回も続けて身体を損傷させられている。
ありえるはずのない現象に混乱し激昂し、憎しみをこめた瞳でボラフは弥堂を睨んだ。
「なんだ。気付いていなかったのか? 『何をした?』とは文字通りの意味の質問だったのか」
「テメェ……っ! ゆるさ……、ふざ、ふざけやがってぇぇぇッ! 答えろよクソがぁっ!」
「わざわざ敵に教えてやる間抜けがどこにいる――と、言いたいところだが、別に隠すほどのものでもない。周りをよく見てみろ、間抜けが」
「アァ? 周りだ……と…………っ⁉」
周囲に視線を走らせ絶句する。
いつの間に――ではなく、大分前からそうだったのだろう。
ボラフの周囲には幾つもの光球が浮かんでいた。
当然水無瀬の魔法だ。
弥堂の指示どおり、一度に複数個の魔法を創り出し、その全てを撃ち出すことはせずに一つずつ周囲に待機させたままストックしていたものだ。
「な、なんだこれ……⁉」
「傷を負うことに慣れていないだろ、お前。頭に血が昇りすぎたな」
「ま、まさか……、このために魔法弾を残させてたのか……っ⁉」
「俺を直接狙うことで虚をつけたとでも思っていたか? 馬鹿が。二度も逃がすわけがないだろう」
「ハ、ハメやがったのかテメェ……ッ!」
「それほどのことでもない。お前らゴキブリは放っておいても勝手に罠に飛び込んでくるだろう? 他人のせいにするな、クズめ」
「ニンゲンが……っ! たかがニンゲンのくせに……っ!」
「そのたかが人間に今からお前は殺される」
弥堂は数個の球体に囲まれるボラフの方へ歩き出した。
ちょうど近くに立っていた水無瀬がボーっと自分の顔を見ていることに気が付き、ついでとばかりに擦れ違いざまに彼女の頭をペシっと引っ叩く。
するとボラフの周囲に浮かぶ光球の数が爆発的に増大した。
「うっ……、うぅ……っ!」
周囲に浮かぶピンク色の光が放つ熱がチリチリと自身の外皮を灼くような錯覚を覚え呻く。
その熱が灼くのはなにもゴミクズーや怪人ばかりではない。当たれば人間も傷つくし死ぬ。
そして弥堂は躊躇いも感慨もなく淀みのない歩調で死に囲まれた檻の中へ足を踏み入れた。
「テメェ、イカレてんのか……っ⁉ これに当たればお前もタダじゃ済まねえぞっ!」
「それがどうした」
「死ぬぞっ⁉」
「俺の任務を遂げるためにはお前らを殺す必要がある。その途中で俺が死ねばもう任務を果たす必要はなくなる。死ねば何も出来ない、何も思わないし感じない。死んだら全てが関係ない。だからどちらにしても同じことだろう?」
「きょ、狂人め……っ!」
「違うな。俺は正常で優秀な犬だ。命令を熟すために必要であれば狂うこともする。殺せれば何でもいい」
「オマエが死ねえぇぇぇっ!」
弾かれたように飛び掛かってくる直線的なボラフの動きを受け流す。
向きを空かされ押し出された先には魔法少女の魔法だ。
ジュウゥゥゥッと焼け焦げる音と絶叫が重なる。
懲りずに今度は突き出してきた鎌を半身になってやり過ごしながら足を引っ掛けて背中を突き飛ばしてやると、また同様の現象が起きる。
「こんな……、こんなことが……っ!」
「無駄口を叩くな。さっさと死にに来い」
「オレの方が強い……っ! オレの方が速い……っ! 俺の方がタフだぁっ!」
「そうだな。だが、お前は下手くそだ」
「ふざけんなあぁぁぁっ!」
声を荒げボラフは再び弥堂へ向かっていく。
大声を出すことで自身を鼓舞する。
その赤い瞳には怒りも憎しみも今はあまりない。
弥堂はその怯えを渇いた瞳で視て、それに何も思わなかった。
ここから先は繰り返すだけの作業だ。
ミスをしないだけで敵は勝手に死ぬ。
これまでに何度も繰り返した作業だ。
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