俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章23 断頭台の下に咲く花 ③

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 悲鳴をあげて悶絶する彼女らを見てふと気付いたことがあり、水無瀬に問いかける。


「痛みがあるのか?」

「――ぃきゃあぁーー…………へ? あ、そういえば痛くないんだった! えへへ……」

「……馬鹿にしているのか?」


 表情を変えずに問いながらさりげなく彼女の顔面を握る力を最大にしてみる。


「ち、ちがうのっ! 変身してると痛くないんだけどね、びっくりするとなんか痛いような気持ちになっちゃうの!」

「気分で生きてんじゃねーよ」


 しかし彼女の言葉通り、リンゴ程度なら簡単に握り潰せるくらいの力をこめているのだが全く痛みを感じていないようだった。

 熱いものに一瞬だけ触れてしまった際に、実際には熱さを感じていないが反射的に熱いと思い込んでしまうようなものなのだろうか。


(そうなら、痛みを遮断している意味はあるのか?)


 ジッと彼女の顔を視る。


 ダメージを負わないというのは非常に有用な魔法だとは思うが、それは一体どういう理屈なのだろうと考える。

 単純に皮膚や内臓や骨など、全体的に身体が頑丈になっているだけのことなのだろうか。


(例えば――)


 人差し指で水無瀬の右目の下瞼を撫でる。


 この指をこのまま瞼の奥に挿し入れてから指先を曲げ、眼球を引っ掛けながら引き抜いてみたら彼女の目玉は抉り出せるのだろうか。

 もしもそういった攻撃からすら身を守れるようになっているのならば、そもそも指を挿れること自体が出来ないのか、それとも眼球を引っ張り出すことが不可能になるのか、どういった形で無効化されるのだろうか。


 試しに突っこんでみようと指を動かそうとすると――


「――おいコラァッ! いつまでオレら放置してんだ!」


 焦れた様子のボラフから声がかかり、弥堂は水無瀬の顏から手を離した。


「悪の幹部にだって予定はあるんだよ! とっととヤリあおうぜっ! そんでニンゲン! オマエは邪魔だからもう帰れ」

「ふざけるな。俺はクリーニング屋に行くんだ。その通り道を塞いで邪魔をしているのはお前らの方だろう。目障りだから失せろ」

「クソッ! 魔法少女とモンスターが対決してるんだぞ⁉ クリーニングとかどうでもいいだろ⁉ 少しは空気読めよ!」

「知ったことか。俺のクリーニングの邪魔をするのならば、魔法少女だろうがバケモノだろうが皆殺しにしてやる」

「私も⁉」


 隣でぽへーっと弥堂とボラフの会話を聞いていた愛苗ちゃんは突然殺害を宣告されてびっくり仰天し、白いリボンで括られたピンクのツインテールがぴょーんっとなる。


「ちくしょう、イカレてやがる! おい、フィオーレっ!」

「は、はいっ!」

「ちょっと結界に穴開けてコイツに出てってもらえよ! ちゃんと待っててやるから!」

「なんだ、そんなことが出来るのか?」


 非常に効率のいいアイデアを聞いたと弥堂は水無瀬の顔を見るが、彼女はコテンと首を傾けた。


「……おい」

「えっと……メロちゃん? できるのかな?」

「えっ? いやわかんねーッスけど……、ボラフ? そんなこと出来るんスか?」

「えっ? いや、知んねーけど……出来ねえの? だってそいつ結界張った後に入って来てんじゃん」

「あっ、そうか! じゃあ、弥堂くん? 悪いんだけど結界に穴を空けてもらってもいい?」

「……お前らナメてんのか」


 事前にネタ合わせでもしていたかのように視線でリレーをして、最後には一斉に弥堂の方へ顔を向けてくるポンコツ劇団員どもに弥堂は激しく苛立つ。


「もういい。一部開放することが難しいのなら一回結界を解け。それで俺は手を引いてやる」

「えっ⁉ そんなのダメだよっ!」
「そうッスよ! モールがパニックになっちまうッス!」
「オマエな、ここにはお年寄りだっているんだぜ? 少しは他人の迷惑を考えろよな」

「……そうか。なら力づくで排除させてもらう」

「ヒッ、ヒィッ⁉ くるなぁっ!」


 ズイと弥堂が前に出ようとするとボラフは大袈裟に怯えた。

 それを見たメロはキョトンとして疑問を口にする。


「なんスか? オマエ、マジでニンゲンなんかにビビってんスか?」

「バッ、バカやろう! 昨日の今日だぞ⁉ オマエもそいつに狙われてみろよ。この眼つきで瞬きもせずに無言で淡々と殺しにくるんだぞ⁉ ツエーとかヨエーとかじゃねぇんだよ! こんなんフツーにコエーわ! ロボット掃除機の方がまだ話が通じるだろ!」

「たしかに……。ロボット掃除機は我々ネコさんの天敵ッスが、少年よりは融通がきくというか交渉に応じてくれそうッスね……」


 弱音を吐く悪の幹部の言葉にネコ妖精は一定の共感を示した。

 弥堂はそれを宣戦布告と捉えた。


「殺すと決めたら殺す。交渉の余地などない」

「クッ、クソがっ! やってやる!」


 ボラフの戦意に応えるように巨大な花のゴミクズーが花の奥から「キキキキキッ」と不快な声を鳴らし、数本の蔦をうねらせる。


 その威容を睨みつけながら、弥堂は隣に立っていた水無瀬の襟首を掴んで彼女を持ち上げると自身の前へ立たせる。


「へ?」

「よし、やれ」


 手短に水無瀬へ命令をしたが、彼女に上手く意図は伝わっていないようで、こちらの顔を見上げておめめをぱちぱちしてきた。


「殺せ」

「あ、私か。えっと……殺さないよ? 浄化だよ」

「建前はなんでもいい。速やかに滅ぼせ」

「建前じゃないんだけどなぁ……」

「いいからさっさと殺せ。罪もない一般市民のこの俺が化け物に狙われているぞ? さっさと俺を守れ。やる気あるのか?」

「あっ……! うんっ! とにかく私がんばるねっ!」


 随分と不遜な態度の一般市民だったが、よいこの愛苗ちゃんはそんなことは気にしない。

 自身の顏の下で両のお手てを構えると握力15㎏のフルパワーでギュッと握りしめ、フンフンっと鼻息荒く戦意を顕わにした。


「コ、コイツ……あれだけイキリ散らかしておいて女の子を盾にするのか……っ⁉」


 悪の幹部がなにやら戦慄している隙に、弥堂とゴミクズーの間に魔法少女ステラ・フィオーレは颯爽と立つ。


「いきますっ!」


 開戦の声をあげると同時、えいっと魔力をこめると彼女の履くショートブーツに小さな翼が生える。


「【飛翔リアリー】!」


 ふわりと足が地面から離れ身体が宙に浮かび上がる。


「むむむ……」とバランスを保つことに集中しゆっくりと高度を上げていると、シュルリと触手のような蔦が目の前まで伸びてくる。


「はぇ……?」


 ぱちぱちと瞬きをしてその蔦の先端を見つめていると、そこからニュッと葉が生えてきて、まるで掌で蝿にそうするように水無瀬をペチッと叩き落した。


「ぅきゃ――っ⁉」


 べチャッと地面に張り付くと飛行の魔法が解除され、ブーツに生えた翼が霧散した。


「ィキキキキキッ!」


 植物型のゴミクズーは耳障りな哂い声を上げ、そのまま水無瀬へ追撃を仕掛ける。


「――あいたっ⁉ いた――くないけど、やめてぇーっ!」


 ペチペチと葉っぱに叩かれる水無瀬の間抜けな姿に弥堂は眉間を揉み解してから一つ溜め息を吐き、無造作に近寄っていくと彼女の足首を掴みペチペチの爆心地から引っこ抜いた。


「――あわわわ……っ! あ、あれっ?」

「お前は何をやっているんだ」

「あ――弥堂くんっ! えへへ……ありがとう」

「…………」


 照れたように笑顔を浮かべる彼女をジッと視る。


 結構な質量に殴られ続けていたはずだが、やはりダメージと謂えるほどのものは何もないようだ。

 見定めるような眼で逆さ吊りにした水無瀬を見下ろしていると、彼女の股にネコ妖精がヘバりついた。


「テメーこのスケベやろうっ! 隙あらばパンツを見ようとするんじゃねえッスよ!」

「…………」


 戦場において真剣味の欠片もないようなことばかりを言う役立たずのお助けキャラを無視して油断なく大型のゴミクズーへ眼を向ける。


「ハッ――逃がすかよ! やれっ! ギロチン=リリィッ!」

「キィィィーーーーーっ!」


 ボラフの命令に従い咆哮をあげた花のゴミクズーは蔦を振り上げる。


(ギロチン=リリィ……?)


 昨日、ネズミの化け物のことは『ゴミクズー』と呼んでいたボラフが発した呼び名のようなものに眉を顰めるが、考えを巡らせる間もなく上空から蔦が鞭のように振り下ろされる。


「――っ!」


 その軌道をよく視て水無瀬の足を雑に掴んだまま最小限の動きで躱す。


 しかし、敵の攻撃はその一撃で終わることはなく複数の蔦が次々とこちらへ伸びてくる。


「わっ、わっ、わ……っ⁉ す、すごい……! 弥堂くんすごいっ!」


 能天気な水無瀬の声を聞き流しつつ、最低限のステップを踏み足の捻りで身体の向きを連続で変えながら、突き出されてくる全ての攻撃を躱していく。


「……昨日も思ったが、テメェなんなんだ? 見る限り魔法を使ってるわけでもなければ、別に魔力があるわけでもねえ。どうして対応できる?」

「どうしてなどと言われるほどのものでもない。相手の攻撃が来ない場所に攻撃が来る前に移動しておくだけのことだろ」


 不審な目を向けてくるボラフに何でもないことのように答える。


「そうかよっ! なら、これならどうだ⁉ ギロチン=リリィ!」


 ボラフが叫ぶと同時、花茎から伸びる蔦の数が増える。


(花の形から見るに元は百合の花だったようだが、これではもはや原型などあったものではないな)


 うねりながらこちらへ狙いをつけるそれらを無感情に視ながら備える。

 そうは間を置かずに数多の蔦が一斉に向かってきた。


 視界に入るだけの全ての蔦の軌道を俯瞰しながら先程と同じように捌いていく。


「――っ!」


 しかし、今回は数が多すぎる。


 幾本かの蔦は回避できたがすぐに逃げ道を塞がれてしまった。


 巨大な葉の掌が逃げ場のない弥堂に影を落とす。そしてそれは間髪入れずに振り下ろされた。

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