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1章 魔法少女とは出逢わない

1章21 旗ノ下ノ定メ ⑥

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 コーヒーカップを傾ける。


 銀色のステンレスに映った見苦しい顏に向けてドス黒い液体をかけていく。


 あの後――魔法少女によるローリングクラッシュ的な必殺技のようなものでKOされた後――救急車を呼び出される直前で意識を取り戻し、どうにか通話が始まる前に阻止することが出来た。

 保険証を持っていないので病院に緊急搬送されるのは非常に都合が悪いのだ。


 実際に気を失っていたのはほんの十数秒程度のことのようだったが、大袈裟に泣きながら謝罪をしてくる水無瀬を適当にあしらってから彼女らと別れて、現在こうして弥堂は自宅でコーヒーを嗜んでいる。


 そこまでを整理したところで台所シンクがボコンと音をたて、映り込んだ自分の顏がさらに歪んだ。


 コーヒーを流しかけるのをやめて、カップに残った一口分を飲み干す。

 水道のレバーを下ろして何もかもを水に流した。



 出来事の考察をする。


 今日で得られた新しい情報として真っ先に思い浮かぶのは、やはり実際に戦闘を行ったゴミクズーと悪の幹部だろうか。


 街でそのようなものに行き当たるのは交通事故程度の確率だ、などと昨日は安易に考えていたが、その翌日に早速遭遇し戦う羽目になるとは。


 魔法でしか倒すことの出来ないゴミクズー。

 そういった触れ込みであったが、実際は殺せる。


 今日の経験で弥堂はそのように手応えを感じていた。


 だが、彼我の戦力差で自分がゴミクズーを圧倒的に上回るかと聞かれればそんなことはない。

 今日はたまたま周囲の条件がよかった。

 もしも次に遭遇をした時に、そこが今日よりももっと開けた場所で、さらに周囲に戦闘に利用できるような物が何もなかった場合、恐らく自分はあっさりと敗北をし殺されることになるだろう。

 今日は運がよかった。

 弥堂はそのように考えていた。


 次に悪の幹部ボラフ。


 自分は怪人だとか名乗っていたが、そもそも怪人とはなんなのだろうか。

 人間でないのは間違いがないが、かといってゴミクズーとも違うモノのようであった。

 ボラフとも最後は戦闘になり自分が優勢に仕掛けていたようにも見えなくはないが、実際はまるで違う。


 慌てて逃げ惑っているようにヤツは振舞っていたが、結局弥堂の攻撃はロクに当たることはなかったし、当たったところで有効打とはならなかっただろうと評価をしている。


 なにか人間には手を出すことは出来ないといった風なことを漏らしていたが、だが最初に遭遇をした時の態度は違ったようにも思える。

 他にも魔法少女や戦闘に対する姿勢など、どこかヤツの行動には一貫性と真剣味がないように感じられた。


 以上のことを踏まえて、『ゴミクズー』、『悪の幹部』、『闇の組織』、これらに対する弥堂 優輝のスタンスとしては、やはり不干渉ということになる。


 運悪く二日続けて交通事故に遭ったことになるが、いくらなんでも三回目はもうないだろう。


 今日のことで何となくヤツらの放つ空気感のようなものは掴んだ。

 それが感じられる場所に近づかぬよう注意をしていれば問題はない。

 もしも、路地裏に入ると頻繁に連中に出くわすのならば、とっくに街のクズどもの間で騒ぎになっているはずだ。


 確かに目障りではあるが、こちらの目的とすることには現状障害とはなっていない。


 圧倒的に実力差があるのならば、念のため殺しておくかという話にもなるが、戦いを仕掛けても敗けて死ぬのは自分の方だ。

 ならば無暗に近づくべきではない。



 それよりももっと考えなければならない重大な敵がいる。


 その敵とは――JKだ。



 一昨日の4月16日には学園で希咲 七海にKOされ、本日の4月18日には街の路地裏で水無瀬 愛苗にKOされた。

 これで現在のところ、対JK戦は2連敗ということになる。


 ギリ……ッと歯軋りをする。


(認めなければならない。俺は完全に甘く見ていた……JKという種族を――!)


 二人のクラスメイトの女子の顏を浮かべ苦々しい気分になる。


 流し台に置いていたカップを手元に戻し、新しい豆を用意するのは面倒だったので使用済みのドリッパーを上に載せ、ヤカンから湯を落とす。

 ポタ、ポタ、とカップに黒い水が落ちる音を聴きながら、魔法少女について考える。


 魔法少女ステラ・フィオーレ。


 機会があればその戦闘を一度見てみたいと考えていたが、思いの外早くにその機会が巡ってきた。


 しかし、それによって得られたデータで彼女の戦闘能力を評価をしようにも、どうにも採点が難しいものになってしまった。


 まず、攻撃。

 弥堂がしこたま痛めつけても絶命には至らなかったゴミクズーを、とりあえず当たりさえすれば一撃で仕留める光球。

 それはゴミクズー相手だけでなくビルの壁面を半壊させる程の物理的な影響力を持っていた。


 次に防御。

 考えながら袖を捲る。そこには無数の引っ掻き傷があった。

 完璧にゴミクズーを抑え込んで無傷で勝利したように見えた弥堂だったが、実際はそうではなく、暴れるゴミクズーの前足や後ろ足により多くの傷を負っていた。

 そのゴミクズーに圧し掛かられ頭を齧られても水無瀬は傷すら負わない。

 彼女自身だけでなく、魔法少女の衣装もかなり頑丈に出来ているようだった。


 それ以外の魔法。

 戦いが終わった後に、返り血やらなんやらで汚れていた弥堂に彼女はよくわからない魔法を使った。

 すると、服の汚れやら破れだけでなく、弥堂が破壊したブロック塀なども元通りに修復してしまったのだ。

 だが、弥堂が負った傷はそのままだった。

 自身に付着した血は全てネズミの返り血で自分は負傷はしていないと言い張ったので、もしかしたら彼女自身に傷を治すという意識がなかった為に治らなかったとも考えられるが、それ以前に『傷は治せない』という発言もしていた。

 生き物は治せないが無機物は直せる。

 どういった理屈なのかは全く見当もつかないが、とても不自然に思えた。


 少々脱線をしたが、以上の能力から彼女の実力を考えようとしてもやはり評価を下しづらい。それが弥堂の本音だった。


 なぜなら、彼女は度し難いほどのポンコツだ。


 火力は十分、守りも頑強、下手くそだが飛行も出来る。


 だが、ポンコツだ。


 もしも自分に同じ力が備わっていれば、今から外人街に乗り込んでいって傷一つ負わずに散歩感覚で住人を皆殺しにして朝までに帰って来られる。

 それほどの力だ。


 なのに、水無瀬 愛苗、そして彼女のお供のエロネコがそれを台無しにしてお釣りが出るほどの無能だったものだから、強いのか弱いのか、脅威なのかそうでないのか、それら一切合切の判断をこの場で下すことが非常に躊躇われた。


 だが、もしも弥堂 優輝に魔法少女を殺すことが可能かと、そう訊かれれば――


(――それは、可能だ)


 意識を切り替える。


 とりあえず奴らのことを考えるのはこんなところでいいだろう。

 これだけわかったこともある。

 今日の収穫としては十分だと、そうしておこう。


 弥堂は懐から一枚の紙を取り出す。


 それは写真だ。


 今の自分にとって大事なのは、魔法少女でもゴミクズーでもない。


 人妻だ。


『カイカン熟女クラブ』の朝比奈さん29歳Eカップの写真を視る。

 チャンさんの情報ではこの熟女が次にこの人妻専門店に出勤をしてくるのは火曜日か水曜日と言っていた。予定を調整する必要がある。


 しかし、と考える。


(29歳というのは果たして熟女なのか……?)


 弥堂の感覚では大人ではあるがまだ若い女という風に思える。

 熟女の定義を少しだけ考えてみて、すぐに自分には答えは出せないと諦めた。

 自分はこういった問題には疎い。

 今度識者である廻夜部長に会った時にでもその知恵に肖る為にお話を伺ってみようと、心中でメモをした。ついでに、そろそろ保険証を偽造して購入する必要もあるかと、メモに書き加えた。


 ふとコーヒーカップに目を遣るとドリッパーから落ちる水時計は停止しているようだった。


 フンと鼻を鳴らし、腕で払いのけるようにしてカップもドリッパーも流し台に落とす。


 食器がステンレスに当たる音を背後にし、壁にかけているハンガーを取りに行く。

 今日はもうシャワーを浴びてとっとと寝てしまおう。

 そのように考えながら、隣り合って吊り下がっている二つのハンガーを見た。


 明日にでもクリーニング屋に預けていた物を回収に行くかと予定に加える。

 明日は午前中に風紀委員会の活動の一環であるゴミ拾いのボランティア活動を旧住宅街と新興住宅地との境目あたりで行い、それが終わったらMIKAGEモール内のクリーニング屋に向かおうと決めた。

 夜には別の用事があり、そして明日の中で最も重要な用件はそれになる。


 弥堂は床に適当に置かれていた紙袋から新品のバスタオルを取り出し、適当にテーブルの方へ手に持っていた熟女の写真を投げ飛ばす。


 人妻ヘルスに行くことを考えるのはまだ先だ。


 まずは明日の夜に行かなければならない。


――キャバクラへ。
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