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1章 魔法少女とは出逢わない
1章21 旗ノ下ノ定メ ③
しおりを挟むぷるぷると震えながら「ひぐっ……えぐっ……」と、また嗚咽を漏らし始めた水無瀬が自発的に魔法を行使して状況終了させるようなことは期待できないだろう。
さらにその周囲で無責任に囃したてているだけの化け物二匹も、人間の役に立つような生産的な生き物ではないので同じく期待は持てない。
であるならば、やはり自分でどうにかするしかないと弥堂は水無瀬へ目線を向け、数秒思考した後に声をかける。
「水無瀬」
「び、弥堂くん……ぇぐっ、ゴメンね……っ! わたし……ぅぇっ、わたし……っ!」
「それは別に構わないんだが、そもそもの話、お前はまだ魔法を使えるのか?」
「ふぇ……っ?」
突然思ってもいなかった質問をかけられ水無瀬は涙を浮かべたお目めを丸くする。
「いや、お前『魔力』がどうとか昨日言っていただろう? 魔法を使用するためにはエネルギーやコストのようなものが必要で、それが魔力ということなんじゃないのか?」
「えと、ぐすっ……、うん、そうだよ……?」
「俺が見てた限りではお前はもう魔法を50発ほど撃っていたが、魔力はまだあるのか?」
「え……? うん、まだまだ大丈夫だよっ。えへへ……心配してくれてありがとうね」
「それはいい。ちなみに。全快状態の何%くらいの魔力が残っているんだ?」
「えーと……どうなんだろ……? 空っぽになったことないからよくわかんないけど、多分まだ半分以上は残ってると思う」
「……そうか」
弥堂は眼を細める。
(ゴミクズーを一撃で殺し、コンクリを余裕で砕くようなものを最低でも100発は撃てるということか……バケモノめ……)
内心の警戒を悟らせぬよう声色に注意をして先を続ける。
「ところで、その自己診断は正確か?」
「えっ?」
「なに、キミは極限の状況下に追い込まれ極度の緊張を感じて精神状態がクリアではなかっただろう?」
「追い込みかけたのは少年じゃないッスか」
「うるさい黙れ」
余計な茶々を入れてくるネコを睨みつけて黙らせる。
「もしかしたら自分で気が付いていないだけで、実はとても疲れているという可能性もある。そのあたりキミはどう考えているんだ?」
「え、えっと……どうなんだろう……? えへへ、わかんないや……」
後頭部に片手をあて誤魔化すように照れ笑いをする彼女を乾いた瞳で視る。
「それなら一度試してみてはどうだ?」
「ためす……?」
「あぁ。とりあえずキミが今このネズミに魔法を撃つか撃たないかという問題は一旦置いておこう」
「いったん……」
「そうだ。仮に皆で話し合いをしてキミが魔法を撃つことに決まったとしても、実際その時に魔法はもう撃てませんでしたとなっては意味がないだろう?」
「それは……たしかに……」
「だからまずは練習で魔法を撃ってみて、まだ魔力が残っているのか、体調に問題がないのかを試して確認しておくべきだと俺は考える。どうだろう?」
「あ、うん……そうかもっ」
「そうか。キミもそう思うか。気が合うな。では、練習をしてみよう」
「れんしゅう……?」
「そうだ。これはあくまで練習だ。練習だから大丈夫だ」
「そっか……、そうだねっ! 練習ならだいじょうぶだねっ!」
「そうだろう。だが勘違いをしないで欲しいことがある」
「えっ?」
「練習をしてみて魔法を問題なく撃てたとしても、だからといって『じゃあ、やれよ』とは言わない。あくまでもそれとこれとは別問題だ。何よりも大事なのはキミのコンディションだ。それが問題ないのかを一緒に確認しよう。キミにも安心をして欲しいし、俺達にも安心をさせて欲しい。いいな?」
「うん! いいよー! えへへー、やっぱり弥堂くんは優しいねっ!」
「あぁ、そうだ。俺は優しいだろう」
「でもね、えへへ……。私ね、ちゃんと前から弥堂くんは優しい子だって知ってたよ!」
「そうか。それは興味深い話だな。是非今度時間のある時にでもゆっくり聞かせてくれ」
「うんっ、いいよーっ」
「この場でキミに覚えておいて欲しいのは、俺がキミの味方だということだ。例え練習の結果、そこの連中がキミに魔法の行使を強要してきたとしても、キミがそれを望まないのならば俺が必ず守ってやる。俺だけはどんな時もキミだけの味方だ」
「わぁ、ありがとう!」
パァっと笑顔を咲かせる少女に向けられる弥堂の眼は1ミリも笑っていない。
「な、なぁ……? アイツ大丈夫かよ? クソほど胡散臭くねえか?」
「ジブンにはわかるッス! あれは女を騙して金を巻き上げるタイプのクズ男ッス! 間違いないッス!」
全身黒タイツと喋る猫という不審な生き物たちが何やらコソコソと話し合っていたが弥堂は無視をした。
ここまで了承をとれれば後はゴリ押しでもどうにかなるからだ。
「では、練習をしよう。そうだな。危なくないようにあっちに向けて撃とうか」
「うんっ」
「事故が起こる確率を極力減らすために上に向けて撃つことにしよう。先程魔法を撃っていた時、速度にバラつきがあったがそれは自在に調節できるものなのか?」
「あのねっ、速くしようとして『えいっ』ってすると『ぴゅー』ってどっか飛んでっちゃうの! だからよく狙おうとしてね、『むむむ』ってするんだけど、そうすると『ふよふよ』ってなっちゃうの!」
「……そうか。では『むむむ』で頼む」
「うんっ!」
お友達の弥堂くんと一緒に練習が出来るとなって楽しくなったのか、一転して愛苗ちゃんはニッコニコだ。
弥堂は若干面倒くさくなってきていたが、必要なことだと割り切って作業を進める。
「では始めようか。だが、練習だからといって手を抜くなよ。本番と同じメンタルで臨め。いいな?」
「ほんばん?」
「そうだ。お前はゴミクズーを浄化していると言ったな? ただ魔法が出せればいいという風ではなく、的を仮想して実際に浄化をさせるつもりで撃て」
「えっと……、一生懸命がんばるってこと……?」
「……そうだ。すごいがんばれ」
「わかったよ! 私いっぱいがんばるねっ!」
「…………クソが」
「えっ?」
「いや、なんでもない。少し噛んだだけだ」
「そうなんだ。噛んじゃったらしょうがないよねっ。でも舌だいじょうぶ? 血でてない? 私見てあげるね! 『べぇ~』ってしてみて?」
「…………」
言いながら自身の口元を指差し「えぇ~」とベロを出す彼女へ弥堂は両手を伸ばす。
うっかり首を締めそうになって寸ででピクッと手を止め、その手をそのまま水無瀬の両肩に置き丁寧に彼女を反転させた。
「……気遣いだけで十分だ。それよりも始めるぞ」
「うん!」
弥堂は水無瀬の背後に立ち彼女の肩に手を置いたまま、ドクンと眼に力をこめる。
そうしながら彼女の魔法少女衣装のフリフリが眼に入ったので、わりと強めに力を入れてなんとなく引き千切ろうとしてみる。
「わわわっ⁉」
「悪いな。これ取れんのかって気になってな」
「ううん、だいじょうぶだよっ。えへへ、このコスチュームすごい丈夫なの! 私ね、ゴミクズーさんによくガジガジされるんだけど破けないんだよっ!」
「……そうか」
急な力に引っ張られてたたらを踏んだが、ぽやぽやした女の子である愛苗ちゃんはいきなり同じクラスの男の子に服を破かれそうになっても怒ったりはしないのだ。
「……おい。最近のニンゲンはこれが普通なのか? おかしくねえか? このやりとり」
「全然フツーじゃねえッスよ。アイツは確実に頭おかしいッスけど、お恥ずかしながらウチのマナも若干アレなので……」
人外どもに人としての常識を疑われている二人は気にした様子もなく次に進む。
「よし、ではやるぞ。オラ、出せ。さっさとしろ」
「えっ? えっ? はいっ!」
数十秒前に『俺だけはキミの味方だ』と囁いてきた男に急にオラつかれて戸惑いつつも、素直なよいこである愛苗ちゃんは言われた通りにバッと魔法のステッキを構える。
「ちゃんと敵を想像しろ。殺す気で魔法を創れ」
「殺さないよ⁉ 浄化だもんっ!」
「そんなことはどうでもいい。死ぬ気でやれ」
「あの……っ、弥堂くん? これ練習なんだよね……?」
「そうだ。訓練で生き残れない奴は戦場に出てもどうせすぐに死ぬ。そんな奴はコストの無駄だから練習の内に死ねばいい。だから、この一撃に失敗したら自分だけでなく仲間も皆殺しにされると、そういったメンタリティでやれ。手を抜くようならその手は不要だと見做して切り落としてやる」
「わわわっ! た、たいへんだぁ……っ!」
自身の元カノ兼師匠のような頭のおかしい女から、日常的に生死の境を彷徨うような不謹慎な訓練にて地獄に追い込まれることが常態化していた弥堂にはコンプライアンスなどというものは存在しなかった。
「真剣に……真面目に……いっしょうけんめい…………、キュゥーーっとしてギュっ!」
面接の時だけ優しくして入社した途端に新入社員に追い込みをかけるブラック企業のようなパワハラを受けた水無瀬は目を白黒とさせる。
必死な様子で目を閉じて「むぅーん」と何やら念じてから、お目めをぱっちりさせて力をこめるとステッキの先に光が宿る。
それを目にしたメロとボラフがギョッとした。
「あわわっ……⁉ な、なんかいっぱいでたっ! 弥堂くんっ! おっきくなっちゃったよ……っ⁉」
「……まぁ、いいんじゃないか?」
焦る彼女の言葉通りステッキの先に顕れた魔法の光球は、彼女が1匹目のゴミクズーに放っていたサッカーボール大のものの5・6倍ほどのサイズにまで膨れ上がっていた。
チラリと人外二匹の様子を窺う。
先程の弥堂の所業に対してと同じかそれ以上に奴らは水無瀬の魔法を見てドン引きしている。
弥堂は水無瀬の手首を掴むと試しに人外どもにそれを向けてみた。
「ギャアァァーッス⁉」
「バッ、バカっ! バカ野郎……っ! 物騒なモンこっち向けんじゃあねえよぉっ! 危ねえだろっ⁉」
二匹は血相を変えてズザザザっと後退った。
(……これならこいつらも殺し得るのか)
魔法を突き付けたまましばしジッと様子を観察していると、水無瀬がぽへーっと自分の顏を見上げていることに気付いた。
弥堂は彼女の肩に手を置き直し、元の方向に向きなおさせる。
(同じ光球の魔法でも、テンプレート的に用意したものを使っているのではなく、その都度で生成、構成、実行の各工程をそれぞれ調整可能なのか)
彼女の両肩に手を触れさせながら視る。
(こればかりは俺に断定はできないか)
魔法少女の使う魔法というものを考察してみたが、自分に使えないものをこの場で解き明かそうなどと試みるのは無駄だと判断して切り捨てる。
「よし、では撃て」
「うんっ! むむむっでいいんだよね?」
「そうだ。しっかりとむむむしろよ」
「むむむ……」
彼女は唸りながらもう一度集中し――
「【光の種】! えいっ!」
気合と共にステッキを振るう。が――
「あれ……?」
光球はステッキの先に留まったままで放たれていない。
水無瀬はそれをじっと見てからぶんぶん振ってみる。
「えいっ、えいっ! セミナーレッ!」
「…………」
それでも一向にステッキから魔法が離れない様子を弥堂は胡乱な瞳で見る。
やがて水無瀬も諦めたのか大きく首を傾げてしまう。
「あれー?」
「お前ふざけてるのか? 真面目にやれと言っただろ」
「ち、ちがうのっ! なんかくっついちゃってとれないの!」
「……お前が出した魔法なのにお前の意志に反するのか?」
「うーん、ご機嫌ナナメなのかな?」
「……それは生きてるのか?」
「えっ? わかんない。えへへ、どうなんだろうねー」
「…………」
首だけ振り返ってニッコリと笑ってみせる彼女の顔を見て弥堂はイラっとし、水無瀬の後ろ頭をパシンと引っ叩いた。
「あいたーっ!」
「おっ」
そうすると、どういう仕組みなのかは誰にもわからなかったが、何故か頭を引っ叩かれたショックでステッキの先から魔法の光球がぽよんっと離れた。
ふよふよと緩慢な動作で上に進んでいくその球を4人揃ってボーっと見守る。
その中でいち早く再起動した弥堂が徐に地面に打ち捨てられていたネズミさんを拾う。
雑に首根っこを掴んでズルズルと地面に引き摺りながら壁際に歩いていく弥堂を3人はボーっと見送る。
下手に気付かれて邪魔をされる前にとっとと作業を済ませようと、弥堂は一息でドクンと心臓に火を入れる。
タッと軽やかに地面を踏切り、トッと壁を蹴って高く跳び上がると、ふよふよと天に昇っていく魔法の光球に、ブワっと振りかぶってからブォンっとネズミさんをブン回して、ゴスッと豪快にジャンピングスマッシュをぶちかました。
「「「あぁぁーーーーーーっ⁉」」」
脳みそお花畑芸人どもがびっくり仰天するが、魔法少女の本気の魔法を喰らった形になるゴミクズーは魂の設計図が解かれ、砂のように崩れていく。
ネズミさんはただ安らかな顏をしていた。
バラバラに零れる欠片にも満たない粒を受け止めようと3人は空へ手を翳すが、残酷にも全ては風に攫われ塵へと還った。
夕暮れの空に4本指を使って爽やかにサムズアップをしたネズミさんの幻像が浮かび上がり、その立派な前歯がキラリと光った。ような気がした。
「ネ、ネズミさーーーーんっ!」
悲痛な声で水無瀬がその空に手を伸ばしながら叫ぶ。
弥堂は呆れたように、侮蔑するように嘆息をした。
所詮は気のせいだ。
そこには誰もいない。
彼の眼には何も写ってはいない。
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