140 / 656
1章 魔法少女とは出逢わない
1章18 4月18日 ③
しおりを挟む「あんだぁ、テメー? 誰に断ってここ歩いて――」
路地裏を征く。
この美景市は、ここまで散々治安が悪いだの穢れているだのと記してきたが、それはあくまで多少なりとも裏側を知っている者たちからの印象である。
そういった事情を知らない者たちからすれば、見た目上、表面上は再開発されてまだそうは年月が経っていないこともあって、比較的綺麗で新しい街であると思われている。
「――オエっ…………、オエエエェェェェっ……!」
「――イデェ……っ! くそっ、テメー一体――」
どこの街もそうであるとも謂えるが、それに倣うのならば、この美景市も多分に漏れずに陽の当たる場所とそうでない場所がある。
一度滅んでもそれでもなお、そういうことになる。
光と陰。表と裏。
新美景駅周辺での話であれば、表となるメイン通りと、文字通り裏となる路地裏とで、明確に明暗が別れる。
「――じゃあーーーっ! コラァっ! テメー!」
「ぎゃああぁぁっ⁉ やめっ……やめて……っ!」
表に居るのは所謂一般人だとか社会人だとかと呼ばれる者たちで、裏側を知らぬ者、知っているから避ける者、そしてそんなものはこの世に存在しないと見て見ぬフリをする者だ。
わざわざ暗がりに首を突っこまずとも平穏、無事に暮らしていける者ということになる。
「――デェェェっ⁉ イデエェよぉ……っ!」
人間とはこう在るべき、そう成るべきと教えられ、そしてそれに大きくは違わずに居られた者たちだ。
一般的に社会と謂えば、そういった光に照らされた場所で、その光の下を歩くことを許された者たちのことを指す。
だが、光が差せば必ず陰となる場所が生まれ、全ての物事には背景があり、さらにそれには裏側があったりすることもある。
「あん? 見ねえツラだな……オマエどこ――」
平穏に無事に日々を暮らす中で、口にする美味しいもの、便利に使う道具、楽しんでいる娯楽。
それらがどうやって作られているか、どうやって成り立っているかを多くの者が知らないし、知らないフリも出来る。
「ヒッ――⁉ お、お前らっ! 逃げるな……っ! まて――」
もしかしたら、今着ている衣服は世界のどこかの侵略された国の住民を強制労働させて作られた物かもしれないし、世界中の人間に大きな感動を与えた催しが行われた会場は、奴隷のように働かされた人々が死傷者を出しながら完成させた物かもしれない。
十分に暖の足りた部屋の中で着飾り、泣きたいという欲求に従い感動を探し涙を流し、生きる為でない食べ物を口に入れながら「美味しい、美味しい」と笑うのだ。
しかしそれは決して咎められることでも、恥ずべきことでもなく、誇るべきことだ。
「外人だっ! 外人どもが殺し屋送り込んできやがった……っ!」
「ミタケさんにっ! ミタケさんに伝えてこいっ! 行け……っ!」
何故なら『世界』がそれを許したからだ。
「ギッ――⁉ こいつ……っ⁉ ツエェぞ……っ!」
「ヤマトくんは……っ⁉ ヤマトくんはいねえのかよ……⁉」
表側に居られる幸運、裏側を見ずに済む幸運は、『世界』から能えられた『加護』だ。
無知なままで、不感症のままで生きていられる幸福をただ喜べばいい。
「ヤベデ……っ! やべでぐだざい……っ! もうなぐらないでぐだざい……っ!」
明日は我が身と怯えてもいいし、怯えなくてもいい。
己で選んで幸運となったわけではないのと同じように、今の幸運が永続的なものなのか、そうでないのかもどうせ自分では選べないのだ。
だから、裏を知らず、闇を覗かず、今日も『世界は美しい』と謳っていればいい。
知ってしまえば、視てしまえば。
その瞬間に世界は美しくなくなってしまう。
たった一歩足を踏み入れただけでもう二度と戻れなくなってしまうこともあるのだから。
だから、知らぬままで、覗かぬままでいて欲しい。
こちらも知られぬよう、覗かれぬよう上手くやる。
気安い好奇心や気紛れのような正義感でこちら側に来られては迷惑だ。
社会の決まり事など所詮は表側の世界だけのものだ。
知られなければ、見られなければ。
何が起きても、何をしても、その全てはなかったことだ。
だから――
(――俺の邪魔をするな)
弥堂は必要な作業をしながら路地裏を進む。
もう何度角を曲がっただろうか。
大分奥まで這入りこんだ。
ここいらの建物は街の復旧の最初の方に建てられたものだ。
これから街を復旧するにあたっての“とりあえず”で、適当とまでは言わないが速さを優先させて作られた地区となっている。
そのため、この街の中ではわりと古い方になる建築物が、碌に区画整理もされず乱雑に建てられている。
その復興開始の当時ここいらの建物を使っていた者たちは、後から完成した綺麗に整理された新しい区画へとっくに引っ越してしまっている。
本来であればひと通りの復旧が終わった後にこの辺りも整理される予定だったのだが、復旧のどさくさに紛れて金に糸目をつけずに外国の者たちがここらの土地や建物を買い漁ったため、市も自治体も手が出せなくなってしまい、その末にこのような裏の街が出来てしまった。そのように聞いている。
それが顕著なのが北口の外人街であり、今のところこちらにまでは手が付けられていないようだが、それも時間の問題に過ぎない。
ここを売り飛ばした元の所有者たちは、その取引で得た金で治安の良い場所に綺麗な家を建て、何も知らずに幸運と幸福を謳歌していることだろう。
表のメイン通りを歩いている者たちも同様に、週末の買い物や食事に遊びに心躍らせながら光に照らされた場所を歩いている。
その裏側に何があるのか、何が起きているかなど知ることもなく。
ここで何が起きてもそれは誰にも知られることはない。
ただ運のない者がひっそりと息を引き取るだけのことだ。
それは誰であっても例外ではない。
当然、弥堂 優輝も、例外ではない。
ガリッ、バリッ、ゴリッ――と。
潰して砕く音に紛れてピチャピチャと水音が鳴る。
その音の発生源は進行方向の先。
この路地裏でも一際明かりの届かない暗がり。
積み重なったゴミ袋のような塊が蠢いている。
足を止め眼を細めてそれを視る。
ドッドッドッ――と頭蓋の中身が脈動する。
「ギィっ……?」
ガラスを擦ったような不快な鳴き声とともに形を崩した蠢きから赤い目が浮かぶ。
それが弥堂を見た。
ネズミだ。
昨日もここらで見たネズミの化け物。
(ゴミクズー……)
水無瀬はこれをそう呼んだ。
大型犬ほどのサイズのある在り得ない生物を視れば――
(――なるほど。1種族につき1個体。そんなわけはないよな……)
どうやら二日も続けて交通事故レベルの貧乏クジを引いてしまったようだ。
そして今日はそれだけでなく――
「オイオイオイオイ。ダ~メだぜぇ~? よいこがこんな所に来ちゃあ……」
ネズミのいる場所よりも奥から、化け物の身体の脇を通って何かが近づいてくる。
成人男性ほどの大きさのヒトガタのシルエット。
化け物ネズミ以上の存在感を発しながら、ここに居るようで居ないような、より曖昧に感じられる存在。
その姿の詳細ははっきりと見えない。
辺りが暗いためによく見えないというわけではなく、全身が真っ黒で闇と同化している。
闇夜に浮かぶ三日月が三つ。
二つの目と一つの口。
輪郭のない顏に表情だけを造っているように見える。
(全身タイツの黒い人、ね……)
水無瀬はそう表現していたが、弥堂にはライダースーツのように見えた。
全身を覆う黒のライダースーツに黒いヘルメットを被ったようなシルエット。そしてそのヘルメットに三つの三日月。
(まぁ、どちらでも一緒か)
タイツだろうがスーツだろうが、そんなものはどちらでもよく、そして意味がない。
弥堂はさりげなく周囲を視る。
この場所に辿り着くまで暫くの間、ギャングたちも見掛けなくなっていた。
どうやら自分は奥の奥、裏の裏までノコノコと来てしまったようだ。
世界の裏側で何が起ころうとも表には知られない。
こんな奥では、こんな裏では。
例え人が死んだとしても誰にも知られない。
化け物に食い殺されたとしても誰にも気付かれない。
例え、その“人”が弥堂 優輝だったとしても。
ネズミの少し前でその闇の化身のような黒が立ち止まる。
三日月のような口がニィっと歪められた。
「ドウモ コンバンハー! 悪の幹部デエエェェェッス!」
弥堂は眼を細めさりげなく右足を半歩引いた。
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

月額ダンジョン~才能ナシからの最強~
山椒
ファンタジー
世界各地にダンジョンが出現して約三年。ダンジョンに一歩入ればステータスが与えられ冒険者の資格を与えられる。
だがその中にも能力を与えられる人がいた。与えられたものを才能アリと称され、何も与えられなかったものを才能ナシと呼ばれていた。
才能ナシでレベルアップのために必要な経験値すら膨大な男が飽きずに千体目のスライムを倒したことでダンジョン都市のカギを手に入れた。
面白いことが好きな男とダンジョン都市のシステムが噛み合ったことで最強になるお話。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~
くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。
初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。
そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。
冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか!
カクヨム・小説家になろうでも記載しています!
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる