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1章 魔法少女とは出逢わない
1章16 出会いは突然⁉ ⑨
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俺がこの黒い毛玉をインステップキックで蹴った場合何mほど飛ばせるだろうかとシミュレートしていると水無瀬が口を開いた。
「メロちゃん、そうじゃないよ。タワマンじゃなくて、魔法のことを内緒にしてねってお話だよ」
「ハッ――そういえばそうだったッス! 騙されるところだったッス!」
騙すまでもねえよ。
やはり頭蓋骨が小さい分、脳も小さくなるから知能が低くなるのだろうか。
「そういうことで、弥堂くん。お願いできないかな?」
「……なにか見返りは用意しているのか?」
「あ……えと、ないや…………えへへ、ゴメンね?」
「このやろーーッス! またつまんねーこと言いやがってこのやろーーーッス!」
猫が大声で鳴いているが、ふと気になったことがあったので無視をする。
「疑問、というほどのことでもないんだが……」
「? なぁに?」
「希咲は知っているのか? このことを」
「あう…………」
答えは聞くまでもない。
口ごもり、表情を曇らせ俯いた。
その姿を見るだけで十分に理解できた。
「…………」
彼女の顔を見つめる。
魔法少女のことは知られてはいけないという事情があり、それがなくとも別に逐一あいつに自分のことを報告しなければならない理由などないだろう。
なのに、水無瀬は本気で罪悪感に苛まれているようだ。
理解に苦しむ。
しかし、彼女のこういった性質は利用しやすいのかもしれない。
「交換条件がある」
「え?」
浮かない表情から一転、ぱちくりと丸い目をまばたきする。
「魔法少女のことを秘密にする代わりに、こちらの条件を呑めるか?」
「あ、うん! いいよ。なんでも言って!」
条件を聞く前に快諾するんじゃない。
俺にとっては都合がいいが。
「オマエ! エロいことだろ⁉ エロいことだよなァっッス!」
何故か猫が目を血走らせ鼻息荒く興奮をしている。
お前は黙ってろ。
「なに、難しいものではない。条件は一つだ。魔法少女の活動をする中で人間と人間の揉め事には首を突っこむな。それだけだ」
「えと……それって……?」
「理由は簡単だ。我が校の校則では放課後の生徒の戦闘行為は禁じられている」
「むしろそれをオッケーしてる学校なんてねえだろッス」
「いいか、水無瀬。俺は風紀委員として、今後街中で他勢力との戦闘行為をする必要があるかもしれない」
「なに言ってんスかこいつ? 風紀委員ってそういうものじゃないッスよね?」
「猫風情が知った風な口をきくな。お前は黙ってろ。というわけで、お前に街のギャングや不良どもと揉められると俺にとって不都合なことになる。それはわかるな?」
「うん……と、わかるような……? あの、弥堂くんケンカするってこと……? ケンカはしちゃダメなんだよ?」
うるせえんだよ。化け物ぶっ殺してまわってるヤツに言われたくねえんだよ。
「ケンカではない、任務だ。それに。お前にとっても、もしも俺が“ゴミクズー”との戦闘に首を突っこんできたら都合が悪いだろう?」
「えっ⁉ それはダメだよ! 危ないよ!」
「そうだな。だからお互い目をつぶろう。そういう提案だ。俺は人間だけを相手にするし、お前も化け物だけを相手にしていろ。そういう風に住みわけよう」
「うん……わかった……けど、いいのかなぁ……?」
「だから。もしも人間が人間に襲われていたとしたら、その現場は俺に任せろ。キミが魔法でどうにかする必要はない」
「えっと……あっ! それって――」
水無瀬と猫は揃って表情を明るくする。
「安心しろ。俺は対人戦闘に関してはプロフェッショナルだ。そしてキミは化け物に関してのプロフェッショナルだろう? もしも逆に俺が化け物を見かけたら、その時はキミに任せることにする。それでお互いに損はないはずだ。違うか?」
「うん、わかったよ! でも、弥堂くん、戦闘って……危ないことは――」
「――安心しろ。あくまで学園の生徒の安全を守る範囲でのことだ。犯罪者の取り締まりは警察の領分だしな」
「それなら……」
「以上のことを約束出来るのならば、俺もキミが魔法少女であるということは墓場までもっていくと約束をしよう」
「墓場っ⁉ えっ⁉ 死んじゃダメだよ!」
「チッ、うるせえな。そこにくいつくんじゃねえよ」
「えっ?」
「いや、なんでもない。わかった。それなら秘密を持っていくのは老人ホームあたりまでにしよう。それでいいな?」
どうせそんな歳まで生きてないだろうがな。
「うん! わかった! 私、約束する!」
「よし。では契約成立だ」
「ありがとう! じゃあ指切りしよーっ!」
「…………」
ニッコリと笑って小指をこちらへ伸ばしてくる少女への口汚い罵詈雑言が十数通り脳内に反射的に浮かんだが、俺はギリギリのところで声に出さぬよう堪えることに成功した。
ここが正念場だと自分に言い聞かせて俺は自身の知能を著しく低下させて彼女の小指に自分の小指を絡める。
「ゆーびきーりげーんまーん――」
「うわっ、なんスかこいつ? 白目剥きながら指切りしてるッス。正直キメーッス」
「――ゆーびきっ、たぁーー!」
「…………では、よろしく頼む……」
「うん! でも……、えへへ……っ」
指を切った方の手をもう片方の手で抱きながらクスクスと笑う彼女へ、俺は怪訝な眼を向ける。
「なんだ?」
「ううん。弥堂くん、やっぱり優しいなって思って」
「……なんのことだ」
「オイオーイ! なんだよ照れてんのかッス! 少年やっぱツンデレだなこのやろー! 正直嫌いじゃねえッスよ?」
「意味がわからん」
「もう、からかっちゃダメだよメロちゃん。……弥堂くん、ありがとうね」
「別に礼を言われる筋合いはないが、キミの好きに考えればいい」
「うん! ありがとう!」
これ以上この話を拡げられたくなかったので、俺は曖昧に肩を竦めた。
「カーーーっ! もう、しょうがねえなぁッス! わかったッス! ジブンもメスッス!」
「……?」
「このままじゃ、こっちが一方的に得をしているッスからね。ここはジブンが一肌脱いで少年にもいい思いをさせてやろうじゃないッスか!」
「全裸の獣が何を言っている。お前の毛皮など売れるわけがないだろう。ゴミを押し付けるな」
「慣用句じゃろがいボケェーーーッス! 息をするように悪口を言うなッス! いいから大人しく立ってるといいッス」
そう言うとその猫のようなものはパタパタと背中の羽を動かして宙に浮かぶと、俺の方へ飛んでくる。
改めて見ても気持ち悪ぃな。
そして猫は俺の顏の周りをウロウロとしてから、やがて俺の首筋に身を擦り付けつつ俺の頬に顔面をグイグイ押し付けてきた。
「おい、やめろ。何の真似だ」
「大人しくしてろッス。あ、でも、ジブンが触ってやってるのはサービス内ッスけど、少年の方から触るのはNGッスよ?」
「意味のわからんことを言うな。俺が猫アレルギーだったらどうするつもりだ。第一、貴様ノミ取りの薬はちゃんと使っているのか? 場合によっては慰謝料を請求するぞ」
「なんて失礼なヤツなんスか! ネコ妖精にノミはいないッス」
グリグリと身体を擦り付けてくるのをやめて、猫は至近距離で俺の眼を覗き込んでくる。
人のモノではないその目が悪戯げに細められるのを視て、何故か希咲の姿が思い浮かび、そのイメージと現実に目にする光景との隔たりに酷く失望感が湧きあがる。
「フフフン、余裕ぶっていられるのもここまでッスよ。ホントはもうジブンにメロメロのくせに」
「悪いが俺は犬派なんだ」
「おぉっと、それは強烈な嫉妬が湧き上がるッスね。こうなったらジブンも仕上げに移っちゃうッス」
「仕上げも何も俺は何をされているんだ」
「んもぉぅ、わかってるくせにぃ。じゃあ、少年にはイイモノを見せてやるッス」
「いいもの、だと?」
眉を顰め睨みつける。
猫ごときの分際で人間であるこの俺が見たいと思うものを正確に理解・予測し、そして自分ならばそれを叶えられると考えているその傲慢な姿勢が鼻についたからだ。
猫は俺の顏の高さで空中を歩くと正面へ回る。
四足歩行の分際でまるでモデル気取りのような澄ました姿勢と仕草で俺の顏の前に来ると、ピタっと止まって間を作り、そしてクルっと華麗にターンをした。
そしてそのまま舞台裏へ帰ることはなく、ツンと尻を上げて姿勢を正しその場に立ったまま留まる。
さらに猫はピーンとしっぽを上に伸ばした。
「どうッスか?」
「…………どう、とは?」
まるで意味がわからないので他に言い様がなかった。
「惚けちゃって。あまり焦らすモンじゃないッスよ。それとも意外と初心なんスか?」
「何を言っているのかさっぱりわからんのだが」
「カァーーっ! なんだよこいつニブチンかよッス! ほらほら、よく見るッスよ! どうッスか? ジブンのこのプリップリのア〇ルは」
ビキっと自分の頬が引き攣る音が聴こえた。
「フフフ、どッスか? イイモン見れたーって得した気分になっただろッス。オマエがマナのこと言わないって約束してくれたから、これはそのご褒美ッス。ジブンからの信頼の証だと思ってくれていいッスよ」
「…………」
「でも舐めるのはダメッスよ? そこまでは許してないッス。お尻舐めるのはもう少し仲良くなってからじゃないとダメッスからね」
「…………」
「ん? どうしたんスか、少年? さっきから黙ってるッスけど。もしかして舐めNGだから落ち込んじゃったんスか? しょ~がないにゃぁ~~ッス。舐めるのはさすがにNGだけど、仕方ないから匂い嗅ぐのは特別にOKしてやるッス」
「…………」
「でも勘違いしちゃダメッスよ? 今日だけ特別ッスからね? さぁ、遠慮はいらねーッス。思う存分クンクンするといいッス。ここまでサービスしてんだからちゃんと約束を――」
奴がまだ何か言っているが最後まで聞かずに腕を伸ばす。
「――クペッ⁉」
首根っこを引っ掴んで力づくで黙らせる。
先程のように皮を掴むのではなく、誤って折れてしまっても構わないくらいの勢いで首を握り込むと、もう片方の手を上着に突っ込みエモノを抜きそれを目の前の肛門めがけて突き立てる。
だが、命中する直前でピタっと止めた。
ペン先のわずか1㎜先の獣の肛門がキュッと窄まった。
何も慈悲をかけたわけではない。
このペンを使用すると不都合がある可能性に思い当たったからだ。
希咲 七海から貰ったペン。
彼女がどういうつもりでこれを寄こしたのかはわからんが、彼女から貰ったペンを彼女の親友である水無瀬のペットの肛門に突き刺したら、あの煩い女に何を言われるかわかったものではない。
そう考えるとさっきは、希咲 七海から貰ったペンを彼女の親友である水無瀬 愛苗の尻穴に突き刺そうとしていたことになるのか。
もしもあのまま水無瀬の直腸破壊を敢行していたら、水無瀬のペットのケツをぶっ刺すよりも深刻な事態になっていたかもしれない。
それを踏みとどまれたのはただの偶然だが、それは運がいいということになる。
ならば、ここでわざわざリスクを背負ってまで、希咲 七海の親友のペットの肛門に固執する必要はないと、別の手段を模索することにする。
ならばと、周囲に眼を回して必要な物を探す。
すると、傍らにぽへーっと立っていた肛門の飼い主と目が合う。彼女はニコッと笑いかけてきた。
こういった碌にしつけも出来ない癖にペットを飼いたがる無責任な飼い主のせいで、人間をナメて育ったクソ動物どもがそこいらで迷惑をかけるのだろう。
俺は役立たずの飼い主から目線を外した。
恐らくここいらにもあるはずだ。
そう思って路地の中を覗くと目的の物を見つける。
こういった路地裏に何故か必ずある青い大きなバケツ。
ゴミ箱だ。
俺はその誰が使っているのかわからない大きなポリバケツに近づき、シームレスに蓋を回し開けると、生ゴミ特有の臭いが伝わってきた。
そしてバケツの中に手に持った生ゴミを放り入れ間髪入れずに蓋を締めてから、俺は両手を使ってポリバケツを持ち上げる。
3回ほど大きくバケツを縦に振り、それから横倒しになるように地面に叩きつけた。
跳ねるバケツを足裏で抑えつけると、中から何やら叫び声が聴こえてくる。
特に聴きたいとも思わなかったので、路地の奥の方へと向けて、バケツを足裏で蹴るようにして押した。
「ギャアァァアーーーーーッスーーーーっ⁉」
「メっ、メロちゃあぁぁーーーーーーんっ⁉」
ゴロゴロと勢いよく転がって路地の闇へと消えていくバケツを追いかけて水無瀬も走っていった。
少しだけその彼女の背中を視て、俺は踵を返し今度こそここから離脱する。
もうこのバカどもの相手をしたくない。
しかし――
「び、弥堂くんっ!」
路地の中からひょっこり顔を出した水無瀬に呼び止められる。
「……もう帰りたいんだが?」
「あっ、呼び止めちゃってゴメンね。大した用事じゃなかったんだけど……」
だったらなおさら呼び止めるな。
「えへへ、あのね? 今日はありがとうね」
「礼を言われる筋合いはないと言った」
「うん。約束のこともあるんだけど、今日も弥堂くんといっぱいお話出来て楽しかったから、だからそれもありがとうのありがとうなんだよ?」
「楽しい楽しくないはキミの主観であり感覚だ。キミが勝手にそう感じただけで俺が楽しませたわけじゃないし、そんなつもりもないから、やはり礼を言われる筋合いはないな」
「ふふっ、そうかも。でもね――」
クスクスと笑みを漏らしながら、一際真っ直ぐにその無垢な瞳から視線が発せられる。
彼女のその存在が強く――昨日よりもさらに強くなったように視えた。
「――でも、弥堂くんがいてくれなかったら、私も弥堂くんとお話して楽しいって思えなかったし。だから、やっぱりありがとうだよ」
「…………そうか。キミの言うとおりかもな。興味深い話だが、しかしいいのか?」
「え?」
「あいつを追いかけなくていいのか? ゴミの回収業者に廃棄されてしまうかもしれんぞ」
「あっ! そうだった! えっと、じゃあ、私もういくね?」
「あぁ。急いだ方がいい」
「弥堂くん、また月曜日ね! ばいばいっ!」
ペコリと頭を下げて顔を上げてから手を振り、それから振り返って彼女は走っていく。
それに倣うわけではないが、俺も振り返ってこの場から離れる。
「メロちゃん待ってえぇーーーっ!」という背後の声と足音が遠ざかっていき――或いは俺がそれらから遠ざかり――ひとつ角を曲がると静寂に身を漬けることが出来た。
考える。
魔法少女。
まさかそんなものがこの世界に実在したとは。
あまりに突然であまりに突拍子もなく、そのような不可思議と出遭ってしまった為、俺の対応に何か落ち度はなかったかと記録を確認する。
あいつらがあまりに余計な口ばかりをきくものだから、何か見落としてしまった事柄があるかもしれない。
思考を巡らせようとすると、上着の中のスマホが震える。
服に手を突っこみ取り出して確認をするとY’sからのメールだった。
『明日は萌えるゴミの日です! 夜のうちに出しておきましょう!』
奴にしては簡潔な文章だと謂えるが、これは毎週の俺の自宅近所のゴミの日を報せる定期連絡であり、見慣れたものだった。
こいつとは普段かなりの頻度でメールを用い文章でのやり取りをしている。
そんな中で、基本的に誤字脱字などをしない奴なのだが、何故かこのゴミの日を報せる連絡の時だけは毎回同じ漢字ミスをする。
何度指摘しても直そうとする気配が見られないため、俺ももう注意をするのをやめた。
昨夜大きなゴミを増やしてしまったので、今回のゴミの日では確実にゴミを出さなければならない。
魔法少女についての考察をしようとしていたのを中断させられてしまった形だが、それもゴミの処理同様、帰ってからでもいいだろう。
もしも致命的で手遅れな見落としがあったとしたら、この時点でどうせもう手遅れだ。
それはこういった事態への備えが十分でなかった俺の不手際であり自業自得ということになる。
それにしても、廻夜部長の手腕と慧眼には驚かされる。
こういった事態を予期していたのだろうか。
もしも彼から予め魔法少女の知識を与えられておらず、予め状況のシミュレートをさせられていなかったら、場合によっては俺は今日ここで死んでいたかもしれない。
やはり彼は間違えない。
今後もしっかりと彼の指示に従っていくべきだろう。
と、そうは思っても。
やはり魔法少女などとは突拍子もなく荒唐無稽すぎて思わず苦笑いが漏れる。
俺の顏がしっかりと苦笑いの形に動いたかはわからんが。
普通の高校生である俺がある日ギャングを殴りに路地裏に入ったら偶然魔法少女に出会った件。
今日の出来事にタイトルをつけるのなら、こういった風になるのだろうか。
おまけにその魔法少女が同じ学園の同じクラスの隣の席に毎日座っている女子生徒だとは酷い偶然だ。
去年にこの街に来て現在通っている学園に転入してからなので、水無瀬とはもう1年近く顔を合わせていることになる。
今日のことは俺にとっては突然のことだったが、これが彼女と――水無瀬 愛苗との本当の出会いになるのかもしれない。
この偶然性は運がいいことなのか、悪い事なのかは、今の時点ではわからない。
きっとわからないままでいることが一番俺にとって望ましいことなのだろう。
何故なら、この突然の出会いには特別な意味など何もないからだ。
少なくとも俺にとっては。
特別なのは水無瀬 愛苗であって、弥堂 優輝ではない。
だからきっと、普通の高校生である弥堂 優輝が、魔法少女である水無瀬 愛苗に出会ったのではない。
魔法少女である水無瀬 愛苗が、普通の高校生である弥堂 優輝に出会ったのだ。
俺というとるに足らない人間に起きた出来事なのではなく、彼女という特別な人間に起きたとるに足らない出来事のひとつなのだ。
出会いや出来事には所有権と主導権があり、それが誰のものなのかは『世界』が決める。
そして、彼女は明らかに『世界』から『加護』を能えられた存在だ。
特別な人間である水無瀬 愛苗は『世界』から特別であるようにデザインされており、弥堂 優輝はそのようにはデザインされていない。
平等性や公平性などという世迷言は所詮は矮小な人間の価値観であり、脆弱な己を護る為の詭弁に過ぎない。
『世界』にはそんなことは関係ない。
それを酷いことだと嘆き憤る者はこれまでに何人も見てきたが、そもそも自分でも叶えられないようなモノを他に望むべきではない。
それこそ不平等であり不公平だ。笑わせる。
だから今日のこの出来事に関して、俺が何かを望んだり叶えたりする必要はない。
彼女がどんな目的で、どんな因果で、魔法少女などというものをこれからどうしていくかは知らないが、それは俺には関係のない事だ。
これらは全て水無瀬 愛苗の物語の中での出来事なので、それに弥堂 優輝という生命の連続が関わることなどもうないだろう。
「メロちゃん、そうじゃないよ。タワマンじゃなくて、魔法のことを内緒にしてねってお話だよ」
「ハッ――そういえばそうだったッス! 騙されるところだったッス!」
騙すまでもねえよ。
やはり頭蓋骨が小さい分、脳も小さくなるから知能が低くなるのだろうか。
「そういうことで、弥堂くん。お願いできないかな?」
「……なにか見返りは用意しているのか?」
「あ……えと、ないや…………えへへ、ゴメンね?」
「このやろーーッス! またつまんねーこと言いやがってこのやろーーーッス!」
猫が大声で鳴いているが、ふと気になったことがあったので無視をする。
「疑問、というほどのことでもないんだが……」
「? なぁに?」
「希咲は知っているのか? このことを」
「あう…………」
答えは聞くまでもない。
口ごもり、表情を曇らせ俯いた。
その姿を見るだけで十分に理解できた。
「…………」
彼女の顔を見つめる。
魔法少女のことは知られてはいけないという事情があり、それがなくとも別に逐一あいつに自分のことを報告しなければならない理由などないだろう。
なのに、水無瀬は本気で罪悪感に苛まれているようだ。
理解に苦しむ。
しかし、彼女のこういった性質は利用しやすいのかもしれない。
「交換条件がある」
「え?」
浮かない表情から一転、ぱちくりと丸い目をまばたきする。
「魔法少女のことを秘密にする代わりに、こちらの条件を呑めるか?」
「あ、うん! いいよ。なんでも言って!」
条件を聞く前に快諾するんじゃない。
俺にとっては都合がいいが。
「オマエ! エロいことだろ⁉ エロいことだよなァっッス!」
何故か猫が目を血走らせ鼻息荒く興奮をしている。
お前は黙ってろ。
「なに、難しいものではない。条件は一つだ。魔法少女の活動をする中で人間と人間の揉め事には首を突っこむな。それだけだ」
「えと……それって……?」
「理由は簡単だ。我が校の校則では放課後の生徒の戦闘行為は禁じられている」
「むしろそれをオッケーしてる学校なんてねえだろッス」
「いいか、水無瀬。俺は風紀委員として、今後街中で他勢力との戦闘行為をする必要があるかもしれない」
「なに言ってんスかこいつ? 風紀委員ってそういうものじゃないッスよね?」
「猫風情が知った風な口をきくな。お前は黙ってろ。というわけで、お前に街のギャングや不良どもと揉められると俺にとって不都合なことになる。それはわかるな?」
「うん……と、わかるような……? あの、弥堂くんケンカするってこと……? ケンカはしちゃダメなんだよ?」
うるせえんだよ。化け物ぶっ殺してまわってるヤツに言われたくねえんだよ。
「ケンカではない、任務だ。それに。お前にとっても、もしも俺が“ゴミクズー”との戦闘に首を突っこんできたら都合が悪いだろう?」
「えっ⁉ それはダメだよ! 危ないよ!」
「そうだな。だからお互い目をつぶろう。そういう提案だ。俺は人間だけを相手にするし、お前も化け物だけを相手にしていろ。そういう風に住みわけよう」
「うん……わかった……けど、いいのかなぁ……?」
「だから。もしも人間が人間に襲われていたとしたら、その現場は俺に任せろ。キミが魔法でどうにかする必要はない」
「えっと……あっ! それって――」
水無瀬と猫は揃って表情を明るくする。
「安心しろ。俺は対人戦闘に関してはプロフェッショナルだ。そしてキミは化け物に関してのプロフェッショナルだろう? もしも逆に俺が化け物を見かけたら、その時はキミに任せることにする。それでお互いに損はないはずだ。違うか?」
「うん、わかったよ! でも、弥堂くん、戦闘って……危ないことは――」
「――安心しろ。あくまで学園の生徒の安全を守る範囲でのことだ。犯罪者の取り締まりは警察の領分だしな」
「それなら……」
「以上のことを約束出来るのならば、俺もキミが魔法少女であるということは墓場までもっていくと約束をしよう」
「墓場っ⁉ えっ⁉ 死んじゃダメだよ!」
「チッ、うるせえな。そこにくいつくんじゃねえよ」
「えっ?」
「いや、なんでもない。わかった。それなら秘密を持っていくのは老人ホームあたりまでにしよう。それでいいな?」
どうせそんな歳まで生きてないだろうがな。
「うん! わかった! 私、約束する!」
「よし。では契約成立だ」
「ありがとう! じゃあ指切りしよーっ!」
「…………」
ニッコリと笑って小指をこちらへ伸ばしてくる少女への口汚い罵詈雑言が十数通り脳内に反射的に浮かんだが、俺はギリギリのところで声に出さぬよう堪えることに成功した。
ここが正念場だと自分に言い聞かせて俺は自身の知能を著しく低下させて彼女の小指に自分の小指を絡める。
「ゆーびきーりげーんまーん――」
「うわっ、なんスかこいつ? 白目剥きながら指切りしてるッス。正直キメーッス」
「――ゆーびきっ、たぁーー!」
「…………では、よろしく頼む……」
「うん! でも……、えへへ……っ」
指を切った方の手をもう片方の手で抱きながらクスクスと笑う彼女へ、俺は怪訝な眼を向ける。
「なんだ?」
「ううん。弥堂くん、やっぱり優しいなって思って」
「……なんのことだ」
「オイオーイ! なんだよ照れてんのかッス! 少年やっぱツンデレだなこのやろー! 正直嫌いじゃねえッスよ?」
「意味がわからん」
「もう、からかっちゃダメだよメロちゃん。……弥堂くん、ありがとうね」
「別に礼を言われる筋合いはないが、キミの好きに考えればいい」
「うん! ありがとう!」
これ以上この話を拡げられたくなかったので、俺は曖昧に肩を竦めた。
「カーーーっ! もう、しょうがねえなぁッス! わかったッス! ジブンもメスッス!」
「……?」
「このままじゃ、こっちが一方的に得をしているッスからね。ここはジブンが一肌脱いで少年にもいい思いをさせてやろうじゃないッスか!」
「全裸の獣が何を言っている。お前の毛皮など売れるわけがないだろう。ゴミを押し付けるな」
「慣用句じゃろがいボケェーーーッス! 息をするように悪口を言うなッス! いいから大人しく立ってるといいッス」
そう言うとその猫のようなものはパタパタと背中の羽を動かして宙に浮かぶと、俺の方へ飛んでくる。
改めて見ても気持ち悪ぃな。
そして猫は俺の顏の周りをウロウロとしてから、やがて俺の首筋に身を擦り付けつつ俺の頬に顔面をグイグイ押し付けてきた。
「おい、やめろ。何の真似だ」
「大人しくしてろッス。あ、でも、ジブンが触ってやってるのはサービス内ッスけど、少年の方から触るのはNGッスよ?」
「意味のわからんことを言うな。俺が猫アレルギーだったらどうするつもりだ。第一、貴様ノミ取りの薬はちゃんと使っているのか? 場合によっては慰謝料を請求するぞ」
「なんて失礼なヤツなんスか! ネコ妖精にノミはいないッス」
グリグリと身体を擦り付けてくるのをやめて、猫は至近距離で俺の眼を覗き込んでくる。
人のモノではないその目が悪戯げに細められるのを視て、何故か希咲の姿が思い浮かび、そのイメージと現実に目にする光景との隔たりに酷く失望感が湧きあがる。
「フフフン、余裕ぶっていられるのもここまでッスよ。ホントはもうジブンにメロメロのくせに」
「悪いが俺は犬派なんだ」
「おぉっと、それは強烈な嫉妬が湧き上がるッスね。こうなったらジブンも仕上げに移っちゃうッス」
「仕上げも何も俺は何をされているんだ」
「んもぉぅ、わかってるくせにぃ。じゃあ、少年にはイイモノを見せてやるッス」
「いいもの、だと?」
眉を顰め睨みつける。
猫ごときの分際で人間であるこの俺が見たいと思うものを正確に理解・予測し、そして自分ならばそれを叶えられると考えているその傲慢な姿勢が鼻についたからだ。
猫は俺の顏の高さで空中を歩くと正面へ回る。
四足歩行の分際でまるでモデル気取りのような澄ました姿勢と仕草で俺の顏の前に来ると、ピタっと止まって間を作り、そしてクルっと華麗にターンをした。
そしてそのまま舞台裏へ帰ることはなく、ツンと尻を上げて姿勢を正しその場に立ったまま留まる。
さらに猫はピーンとしっぽを上に伸ばした。
「どうッスか?」
「…………どう、とは?」
まるで意味がわからないので他に言い様がなかった。
「惚けちゃって。あまり焦らすモンじゃないッスよ。それとも意外と初心なんスか?」
「何を言っているのかさっぱりわからんのだが」
「カァーーっ! なんだよこいつニブチンかよッス! ほらほら、よく見るッスよ! どうッスか? ジブンのこのプリップリのア〇ルは」
ビキっと自分の頬が引き攣る音が聴こえた。
「フフフ、どッスか? イイモン見れたーって得した気分になっただろッス。オマエがマナのこと言わないって約束してくれたから、これはそのご褒美ッス。ジブンからの信頼の証だと思ってくれていいッスよ」
「…………」
「でも舐めるのはダメッスよ? そこまでは許してないッス。お尻舐めるのはもう少し仲良くなってからじゃないとダメッスからね」
「…………」
「ん? どうしたんスか、少年? さっきから黙ってるッスけど。もしかして舐めNGだから落ち込んじゃったんスか? しょ~がないにゃぁ~~ッス。舐めるのはさすがにNGだけど、仕方ないから匂い嗅ぐのは特別にOKしてやるッス」
「…………」
「でも勘違いしちゃダメッスよ? 今日だけ特別ッスからね? さぁ、遠慮はいらねーッス。思う存分クンクンするといいッス。ここまでサービスしてんだからちゃんと約束を――」
奴がまだ何か言っているが最後まで聞かずに腕を伸ばす。
「――クペッ⁉」
首根っこを引っ掴んで力づくで黙らせる。
先程のように皮を掴むのではなく、誤って折れてしまっても構わないくらいの勢いで首を握り込むと、もう片方の手を上着に突っ込みエモノを抜きそれを目の前の肛門めがけて突き立てる。
だが、命中する直前でピタっと止めた。
ペン先のわずか1㎜先の獣の肛門がキュッと窄まった。
何も慈悲をかけたわけではない。
このペンを使用すると不都合がある可能性に思い当たったからだ。
希咲 七海から貰ったペン。
彼女がどういうつもりでこれを寄こしたのかはわからんが、彼女から貰ったペンを彼女の親友である水無瀬のペットの肛門に突き刺したら、あの煩い女に何を言われるかわかったものではない。
そう考えるとさっきは、希咲 七海から貰ったペンを彼女の親友である水無瀬 愛苗の尻穴に突き刺そうとしていたことになるのか。
もしもあのまま水無瀬の直腸破壊を敢行していたら、水無瀬のペットのケツをぶっ刺すよりも深刻な事態になっていたかもしれない。
それを踏みとどまれたのはただの偶然だが、それは運がいいということになる。
ならば、ここでわざわざリスクを背負ってまで、希咲 七海の親友のペットの肛門に固執する必要はないと、別の手段を模索することにする。
ならばと、周囲に眼を回して必要な物を探す。
すると、傍らにぽへーっと立っていた肛門の飼い主と目が合う。彼女はニコッと笑いかけてきた。
こういった碌にしつけも出来ない癖にペットを飼いたがる無責任な飼い主のせいで、人間をナメて育ったクソ動物どもがそこいらで迷惑をかけるのだろう。
俺は役立たずの飼い主から目線を外した。
恐らくここいらにもあるはずだ。
そう思って路地の中を覗くと目的の物を見つける。
こういった路地裏に何故か必ずある青い大きなバケツ。
ゴミ箱だ。
俺はその誰が使っているのかわからない大きなポリバケツに近づき、シームレスに蓋を回し開けると、生ゴミ特有の臭いが伝わってきた。
そしてバケツの中に手に持った生ゴミを放り入れ間髪入れずに蓋を締めてから、俺は両手を使ってポリバケツを持ち上げる。
3回ほど大きくバケツを縦に振り、それから横倒しになるように地面に叩きつけた。
跳ねるバケツを足裏で抑えつけると、中から何やら叫び声が聴こえてくる。
特に聴きたいとも思わなかったので、路地の奥の方へと向けて、バケツを足裏で蹴るようにして押した。
「ギャアァァアーーーーーッスーーーーっ⁉」
「メっ、メロちゃあぁぁーーーーーーんっ⁉」
ゴロゴロと勢いよく転がって路地の闇へと消えていくバケツを追いかけて水無瀬も走っていった。
少しだけその彼女の背中を視て、俺は踵を返し今度こそここから離脱する。
もうこのバカどもの相手をしたくない。
しかし――
「び、弥堂くんっ!」
路地の中からひょっこり顔を出した水無瀬に呼び止められる。
「……もう帰りたいんだが?」
「あっ、呼び止めちゃってゴメンね。大した用事じゃなかったんだけど……」
だったらなおさら呼び止めるな。
「えへへ、あのね? 今日はありがとうね」
「礼を言われる筋合いはないと言った」
「うん。約束のこともあるんだけど、今日も弥堂くんといっぱいお話出来て楽しかったから、だからそれもありがとうのありがとうなんだよ?」
「楽しい楽しくないはキミの主観であり感覚だ。キミが勝手にそう感じただけで俺が楽しませたわけじゃないし、そんなつもりもないから、やはり礼を言われる筋合いはないな」
「ふふっ、そうかも。でもね――」
クスクスと笑みを漏らしながら、一際真っ直ぐにその無垢な瞳から視線が発せられる。
彼女のその存在が強く――昨日よりもさらに強くなったように視えた。
「――でも、弥堂くんがいてくれなかったら、私も弥堂くんとお話して楽しいって思えなかったし。だから、やっぱりありがとうだよ」
「…………そうか。キミの言うとおりかもな。興味深い話だが、しかしいいのか?」
「え?」
「あいつを追いかけなくていいのか? ゴミの回収業者に廃棄されてしまうかもしれんぞ」
「あっ! そうだった! えっと、じゃあ、私もういくね?」
「あぁ。急いだ方がいい」
「弥堂くん、また月曜日ね! ばいばいっ!」
ペコリと頭を下げて顔を上げてから手を振り、それから振り返って彼女は走っていく。
それに倣うわけではないが、俺も振り返ってこの場から離れる。
「メロちゃん待ってえぇーーーっ!」という背後の声と足音が遠ざかっていき――或いは俺がそれらから遠ざかり――ひとつ角を曲がると静寂に身を漬けることが出来た。
考える。
魔法少女。
まさかそんなものがこの世界に実在したとは。
あまりに突然であまりに突拍子もなく、そのような不可思議と出遭ってしまった為、俺の対応に何か落ち度はなかったかと記録を確認する。
あいつらがあまりに余計な口ばかりをきくものだから、何か見落としてしまった事柄があるかもしれない。
思考を巡らせようとすると、上着の中のスマホが震える。
服に手を突っこみ取り出して確認をするとY’sからのメールだった。
『明日は萌えるゴミの日です! 夜のうちに出しておきましょう!』
奴にしては簡潔な文章だと謂えるが、これは毎週の俺の自宅近所のゴミの日を報せる定期連絡であり、見慣れたものだった。
こいつとは普段かなりの頻度でメールを用い文章でのやり取りをしている。
そんな中で、基本的に誤字脱字などをしない奴なのだが、何故かこのゴミの日を報せる連絡の時だけは毎回同じ漢字ミスをする。
何度指摘しても直そうとする気配が見られないため、俺ももう注意をするのをやめた。
昨夜大きなゴミを増やしてしまったので、今回のゴミの日では確実にゴミを出さなければならない。
魔法少女についての考察をしようとしていたのを中断させられてしまった形だが、それもゴミの処理同様、帰ってからでもいいだろう。
もしも致命的で手遅れな見落としがあったとしたら、この時点でどうせもう手遅れだ。
それはこういった事態への備えが十分でなかった俺の不手際であり自業自得ということになる。
それにしても、廻夜部長の手腕と慧眼には驚かされる。
こういった事態を予期していたのだろうか。
もしも彼から予め魔法少女の知識を与えられておらず、予め状況のシミュレートをさせられていなかったら、場合によっては俺は今日ここで死んでいたかもしれない。
やはり彼は間違えない。
今後もしっかりと彼の指示に従っていくべきだろう。
と、そうは思っても。
やはり魔法少女などとは突拍子もなく荒唐無稽すぎて思わず苦笑いが漏れる。
俺の顏がしっかりと苦笑いの形に動いたかはわからんが。
普通の高校生である俺がある日ギャングを殴りに路地裏に入ったら偶然魔法少女に出会った件。
今日の出来事にタイトルをつけるのなら、こういった風になるのだろうか。
おまけにその魔法少女が同じ学園の同じクラスの隣の席に毎日座っている女子生徒だとは酷い偶然だ。
去年にこの街に来て現在通っている学園に転入してからなので、水無瀬とはもう1年近く顔を合わせていることになる。
今日のことは俺にとっては突然のことだったが、これが彼女と――水無瀬 愛苗との本当の出会いになるのかもしれない。
この偶然性は運がいいことなのか、悪い事なのかは、今の時点ではわからない。
きっとわからないままでいることが一番俺にとって望ましいことなのだろう。
何故なら、この突然の出会いには特別な意味など何もないからだ。
少なくとも俺にとっては。
特別なのは水無瀬 愛苗であって、弥堂 優輝ではない。
だからきっと、普通の高校生である弥堂 優輝が、魔法少女である水無瀬 愛苗に出会ったのではない。
魔法少女である水無瀬 愛苗が、普通の高校生である弥堂 優輝に出会ったのだ。
俺というとるに足らない人間に起きた出来事なのではなく、彼女という特別な人間に起きたとるに足らない出来事のひとつなのだ。
出会いや出来事には所有権と主導権があり、それが誰のものなのかは『世界』が決める。
そして、彼女は明らかに『世界』から『加護』を能えられた存在だ。
特別な人間である水無瀬 愛苗は『世界』から特別であるようにデザインされており、弥堂 優輝はそのようにはデザインされていない。
平等性や公平性などという世迷言は所詮は矮小な人間の価値観であり、脆弱な己を護る為の詭弁に過ぎない。
『世界』にはそんなことは関係ない。
それを酷いことだと嘆き憤る者はこれまでに何人も見てきたが、そもそも自分でも叶えられないようなモノを他に望むべきではない。
それこそ不平等であり不公平だ。笑わせる。
だから今日のこの出来事に関して、俺が何かを望んだり叶えたりする必要はない。
彼女がどんな目的で、どんな因果で、魔法少女などというものをこれからどうしていくかは知らないが、それは俺には関係のない事だ。
これらは全て水無瀬 愛苗の物語の中での出来事なので、それに弥堂 優輝という生命の連続が関わることなどもうないだろう。
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