俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章15 舞い降りた幻想 ③

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 弥堂は彼女のその顏を見て目を細めてから口を開いた。


「断る」

「へーー、やっぱそういうこと言っちゃうんだぁー、ふぅーん……」

「わかってるなら言うな。お前と慣れ合うつもりはない」

「えー? 連絡するのに必要だから言っただけじゃーん。慣れ合うとか言ってなくない? それともー、女の子にID交換しよ?って言われただけでそーゆーの想像しちゃうの? あんたでも? ふぅーん……」

「なんとでも受け取れ。揚げ足をとったところで無駄だ」

「そうねー。ムダそうだからもういいわ」

「……?」


 てっきりまた逆上してくるものだと構えていたがそんなことはなく、意外にも彼女はニッコリと笑ってみせ、自分の肩から提げたスクールバッグに手を突っ込むと何やらゴソゴソと漁り始めた。


 肩透かしをくったような形だが、弥堂は怪訝な眼を向けて警戒する。

 潔いようなことを口にはしていたものの、彼女の浮かべた笑顔が完璧すぎて、弥堂にもわかるほどの作り笑顔だったからだ。


 鞄から引き抜かれた希咲の手に握られていたのは、彼女のものと思われるスマホだ。

 彼女はそれを取り出すと鞄の口は開けたまま、特に弥堂に断りを入れることなくシームレスにスマホの操作を始める。


 弥堂は何か途轍もなく嫌な予感がした。


 すると間もなくして、その予感を裏付けるように弥堂のスマホから『ペポーン』と間の抜けた通知音が鳴る。


 基本的にほとんどのアプリは通知自体をオフに設定をしている。

 例外的に通知を行うようにしているものもあるが、電話の場合はプリメロのテーマが流れる、メールの場合はバイブレーションのみだ。

 今の様に短い通知音が鳴る時は――


「あれー? 弥堂くーん、スマホ鳴ってるよー?」

「……お前、まさか…………」

「なんだろねー? もしかしてedgeじゃないかなー?」

「…………」


 弥堂はスマホを取り出しながら、大袈裟に首を傾ける仕草をする希咲から目を離さぬよう片目だけで画面を見る。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばーか』



 希咲の指摘どおりSNSアプリであるedgeがDMダイレクトメッセージを受信したことを報せる通知を行ったようで、スマホのロック画面に着信したメッセージのポップアップが表示されていた。


 見覚えはない。だが、誰のものかは容易に想像できるIDからのメッセージだった。


「お前……」

「うわ…………、なにこれ……。一個も投稿ないし、誰もフォローしてないし、フォロワーも0って…………、なんかグロい……。あんた何のためにSNSやってんの……? かわいそう……」

「おい、お前なにをした……? 答えろ」

「あによ。あたしあんたの女じゃないんだから、『おい』だの『お前』だのって呼びつけんなって言ってんでしょ!」


 理解の追い付かない事態が起きて事の次第を問い質すが、全く関係のないポイントで反発を受ける。

 それに言い返してはまた無関係な言い争いに発展すると弥堂は学習をし、努めて冷静に次の言葉を選ぶ。


「そうか、それは悪かったな。では“nanamin”、お前は一体なにをした? 答えろ」

「誰が“ななみん”だっ⁉」

「ここにそう書いてあるだろうが。これはお前のアカウントじゃないのか?」

「そうだけどっ! それはただのアカウント名でしょ! 気安い呼び方すんな!」


 適格に言葉を間違えた男に、自身のSNSアカウント名で呼ばれた少女はおさげをぴゃーっとさせて眦をあげる。当然コミュ障男は彼女が何故怒っているのかわからない。


「理解に苦しむな。お前は自分で『自分が“ななみん”である』と考え、『自分は“ななみん”である』と入力をし、『自分は“ななみん”である』と登録をしたのだろう? そして日々『自分は“ななみん”である』と名乗ってインターネット上で社会生活を営んでいるのではないのか? その上で『自分は“ななみん”である』が“ななみん”とは呼ぶな、だと? 一度専門の医師の診断を受けることをお奨めする。自我の整合がとれていない恐れがある。きちんと専門家に『希咲 七海は“ななみん”である』と診断書を作成してもらい、『自分は“ななみん”である』と自覚をして、これからは『自分は“ななみん”である』と胸を張り、一人前の“ななみん”として自信を持って生きていくといい。わかったな? “ななみん”」

「うるさーーーいっ! なんかそれっぽいことグジャグジャ言ってるけど、あんた絶対“ななみん”っていっぱい言いたいだけでしょ⁉ なんなの⁉ あんたの偶に出るその、何か言ってるようで何も言ってないコメントみたいなやつ! バカにすんなっ!」

「馬鹿になどしていない。俺はただ、お前が自分で自分のことを“ななみん”と書くくらいだから、そう呼んで欲しいのかと勘違いをしてしまっただけだ。名前で人を貶めるような下劣な趣味はない」

「うそつけっ! 昨日だって法廷院にやってたじゃん!」

「なんのことだ」

「とぼけんな! あいつの名前をイジリ倒しておちょくってたじゃん! やめてって言ってたのに!」

「言いがかりはよせ。俺は彼を取り締まっただけで、決して貶めるようなことはしていない。当委員会は人権を非常に重要視しており、人道に外れるような行いは決してしない」

「……あんたってマジでテキトーなヤツね。風紀委員ってみんなそうなの?」

「貴様、当局に不満でもあるのか? 発言には気を付けろ、反乱分子だと認定されたいのか」

「なにが反乱だ! バッカじゃないの!」

「そこまで言うのなら言ってみろ。俺が奴に何と言った?」

「はぁ? いいわよ、そこまで言うんなら言ってやるわよ。絶対謝らせてやるから。あんた法廷院のことホーケ――いにゃあぁぁーーーーーーっ! 死ねぇぇぇぇぇっ‼‼」


 自信満々な様子でまるで巨悪の罪を暴くかのように喋り出した希咲だったが、どうしたことか、彼女は何か口にすることを憚れるような単語を言いかけてしまったかのように髪を振り乱して悶絶した。

 弥堂は頭をグルングルンさせて、おさげをブルンブルンさせる少女を見下した。


「ふん、もう底が割れたか。俺は生まれてこの方『いにゃーしねー』などと発言をしたことは一度たりともない」

「うっさいっ、あたしだって初めて言ったわよ! あんたマジサイテーっ!」

「最低なのは人にありもしない罪を着せるお前だ」

「あんたがゆーな! それにあんたのは『ある罪』でしょ!」

「だからそれを説明してみろと言っている」

「だから……その…………」

「どうした? 法廷院の男性器の形状について並々ならぬ関心があるのではないか?」

「ないわよ! 人聞きの悪すぎること言うな! ってか、テメーこの野郎。やっぱわかってて言わせようとしてたんじゃん! 変態っ!」

「何故そうなる」

「だってすぐえっちなこと言わせようとすんじゃん! 変態クズやろーじゃん!」

「理解に苦しむな。そんなことを言わせようとした覚えはないのだが」

「今やってただろ!」

「それは見解の相違だな。俺は『包茎』は別にえっちなモノではないと考えているが、お前はそうではないということだな。つまり、お前は『包茎』はえっちだと、そう考えているのだな?」

「うるさいっ! もういいっ! だいっきらいっ!」


 癇癪を起したようにダンっダンっと地面を蹴りつけて、希咲は明確な回答を拒否した。

 弥堂はその様子を見て満足気に頷き話を進める。


「もういいのであれば、次は俺の質問に応えてもらおう」

「その前にさ――」

「――ダメだ」

「――ダメよ。あんたさー、女の子のアカウント名イジるの禁止ね。サイテーだから」

「……女の子とはいいご身分だな」

「そうよ。いいご身分なの。だから禁止ね」

「……ふん。では、こちらの話だ。お前、どうやって俺のアカウントを特定した?」

「ちょっと! ちゃんと『わかりました』って言いなさいよ! そうやってまた有耶無耶にする気でしょ? わかってんだから」

「しつこいぞ。大体何故呼ばれたくない名前を自分で設定する? 馬鹿なのか?」

「バカはあんたでしょ! なによっ、あんたなんてどうせ実名まんまとかでアカウント作ってんでしょ? ぷぷー、ださーい」

「そんな馬鹿なことはしない」

「そ? じゃあ、あんたのこともアカウントで呼んであげる。えっと、どれどれ……?」


 そう言って嬉々として自身のスマホに表示される弥堂のプロフィールページを閲覧した希咲だったが、すぐにその眉は不審そうに歪められた。


「なにこれ…………わけわかんない数字と英字いっぱい並べまくった名前。診断したら『このパスワードはとても強固です』って言ってもらえそうね……」

「そのとおりだ。だからこのアカウントを探し出してこれを俺だと結び付けられるはずがない」

「なんでちょっと自慢げなのよ。パっと見てあんただってわかんなかったら名前の意味ないじゃん」

「ふ、素人め」

「や、素人だけど。てかさ、あんたこれ捨て垢か裏垢でしょ? 本垢教えなさいよ」

「捨て、た……裏、本……? なんだと?」

「……わかんねーのかよ。あんたの方が素人じゃない」


 プロフェッショナルなJKである七海ちゃんは、異言語に初めて触れて混乱したように頭を悩ませる男子高校生に呆れた目を向けた。


「これ……見れば見るほどにグロいわね…………投稿なし、FFなし、名前読めない……、お手本みたいな捨て垢じゃない」

「うるせえな。どうでもいいだろ」

「いいけどさ……でも、名前ちゃんとして少しは何か投稿するとかすれば?」

「必要性を感じんな。というか、俺がいつどこで何をしていたかという情報を、誰もが見れるように自分から記録を晒しておけと言うのか? そんなことをしても不利にしかならんだろう。正気を疑う」

「あんたはまず自分の価値観を疑いなさい。それで不利になるような生活改めなさいよ」

「ほっとけ」

「あとさ、自分から誰かフォローするとかしないと誰もフォローしてくんないわよ? これじゃあんたの普段の生活そのまんまじゃない。ネット上でも同じことやってんのね」

「……自分から自分を監視する者を増やすのか? イカレてるのか?」

「本気でわかんないって顏してるし…………うぅ……あたしのやってるSNSとちがう……」


 同じ学校の同じクラスに通う弥堂くんと希咲さんは、現代の若者らしくSNSについてお喋りをしてみたが、双方の見解を一致させ歩み寄ることは非常に困難であることがわかった。


「あんたマジでなんでedgeやってるの……?」

「仕方ないだろ。風紀委員の連絡用でそうせざるを得なかったんだ。やりたくてやっているわけではない」

「でもそれにしたってさぁ、わざわざこんなアヤしいアカウント作んなくても――」

「――この話はもういい。それよりもその怪しいアカウントをどうやって特定したか早く答えろ」

「あぁ、うん。特定っていうか、さっきあんたのスマホ触ってる時にedge起動してあたしのプロフ検索してフォローしたんだけど」

「…………なんだと?」


 その答えを聞いて反射的にスマホに眼を遣る。


 すると、アカウント作成以来常に0のままであったはずのフォロー数が、いつの間にか1になっていた。

 人差し指で画面に触れフォローしているアカウントの一覧を表示させると、当然そこには今までは見たことがない『@_nanamin_o^._.^o_773nn』の文字列があった。


「…………」


 あまりに想定外の出来事で、あまりに見事にしてやられたために頭の回転が鈍り、次に何を言うべきか言葉を探していると――


『ペポーン』とさっきも聞いたマヌケな音が鳴る。


 その音とほぼ同時に弥堂のスマホに表示された自らのedgeのプロフィール画面の上部に被るように通知がポップアップされる。


『@_nanamin_o^._.^o_773nnさんにフォローされました』



「…………」


 弥堂はポップアップが消えた後もしばし無言で画面を見つめる。


 何となく希咲の方を見てみると、彼女は何やら気まずげに目をキョロキョロさせた。


「えっと……なんかかわいそうだから、あたしがフォローしたげるね……?」


 弥堂は長い溜息をつきながら空を見上げ、数秒してからスマホに目線を戻して親指で画面を二回叩く。

 その行動の結果が画面に書き出される。


『@_nanamin_o^._.^o_773nnさんをブロックしました』



 危険を察知するよりも先に爪先に痛みが走る。

 その痛みに気付いて対処を考えるよりも早くネクタイを掴まれ引っ張られる。

 驚愕に見開かれる眼がグイと引き寄せられる先に待つのは、敵意が煌めく攻撃色の瞳だ。

 頭突きでもするように額に額を押し付けられ、至近距離から睨めつけられる。


「おいこらてめー、なにブロックしてんだ」

「…………」

「無視すんな」


 いつものように無視をしたわけではなく、気が付いたら懐に踏み込まれ拘束をされていたという事態に驚き言葉を失っていた。

 彼女のスペックについては高く評価していたつもりだったが、それでもまだ自分の見積もりが甘かったと知る。


「……離せ」

「放して欲しかったらブロック解除しなさいよ」

「別にいいだろ、それくらい」

「……それくらい?」


 すぐ近くで視界のほぼ全てを占めている希咲の瞳に一層の力がこもる。


「いい? 憶えときなさい。ブロックすんな! ミュートすんな! フォロー解除すんな! 女子にそれやったら戦争よ!」

「……そこまでのことか?」

「そこまでのことよ! JKナメんな!」

「JKとは随分好戦的で野蛮な種族なんだな」

「うっさい! 繊細で傷つきやすい種族なの!」

「……そうか」

「わかったらブロック解除してもっかいフォローしなおせ……って、もういい! あたしがやる。かせっ」


 そう言って彼女の目玉が下を向くと弥堂のネクタイを引っ張る方とは逆の手に、これまたいつの間にか弥堂の手にあったはずの彼のスマホが握られていた。


「…………」


 それにも驚いてもいいのだが、それよりもふいに虚しさに襲われる。


 自分よりも背の低い少女に首根っこ抑えられ、その少女とおでこを合わせながら自身のスマホがいいように弄ばれているのを共に眺める。

 この状況に弥堂は強い屈辱を感じたが、何故だか怒りは湧いてこなかった。

 ただ、彼女の細く綺麗な指が高速で動くのを無気力に観察していた。


「これでよしっ」


 希咲はすぐに作業を終えると、弥堂のネクタイを放し彼の胸にスマホを押し付けるようにして軽く突き飛ばす。
 大してバランスを崩すこともなく、危なげなく姿勢を保つ彼の姿が少し気に食わなくて「むっ」と眉を寄せた。


「もう二度とすんじゃないわよっ」

「……善処しよう」

「ちゃんと『わかりました』って言いなさいよ」

「……わかりました」

「ふんっ、もうこんなヒドイことすんじゃないわよ」


 鼻を鳴らしてプイッとそっぽを向く彼女を弥堂は胡乱な眼で見る。


「そうは言うがな。他人のスマホを奪って勝手にSNSを操作するのは酷いことではないのか?」

「だってフォローされてないとDM受け取れない設定にしてるんだもん」

「そういう問題か?」

「そういう問題じゃなくても、こうでもしないとあんた絶対ID教えてくんないでしょ? しょうがないじゃん」

「……ふむ、まぁ、そうか」


 希咲はぱちぱちと瞬きをする。

 自身の供述に対して何故か納得の姿勢を見せる弥堂へ意外そうな目を向けた。


「えっと……怒んないの……?」

「……なにがだ?」

「んと、正直に言うと、自分でもかなり強引なことしてる自覚はあってさ。絶対怒るだろうなって思ってたから」

「……そう思うんならやるな」

「だってしょうがないんだもん!」

「それだ」

「えっ?」


 目を丸くする希咲へ説明をする。


「そうだな。確かに俺の視点で見れば自分に都合の悪いことをされているのだから、不愉快にもなるし憤りもする」

「……そこまで言わなくてもよくない? 女子にフォローされて不愉快になんな」

「口を挟むな。いいか? 逆にお前の視点で見てみれば、普通にやっても要求は通らない。だから普通でない方法を選択する。それは当たり前のことだろう」

「あたり、まえ……?」

「そうだ。つまり、お前は目的の為なら手段を選ばない女であり、俺はそれを評価しただけだ」

「どうしよう……? なんかすっごく罪悪感が……」

「そんなものは野良猫にでも食わせてやれ。お前が襲撃側、俺が防衛側。お前はあらゆる手段を講じて勝ち、俺はそれに対する準備や対応が不足していたから負けた。それだけのことだろう?」

「ごめん……こんなこと言える立場じゃないかもしんないけど。頭おかしいと思う……」


 褒めてやったというのに何故かシュンと肩を落とす希咲にただ肩を竦めてやった。


(無論――)


 心中で付け加える。


 無論のこと、『目的の為ならば手段を選ばない』、そんな危険人物が敵方にいれば絶対に五体満足にはしておかない。

 しかし、それが味方ならば話は別だ。


 今後彼女には自分の仕事を手伝わせ、便利に利用する予定がある。

 その人物が目的の為に手段を選ばないのは非常に都合がいい。

 便利に使い潰していつでも捨て駒に出来る。

 それを味方と呼ぶのは語弊があるかもしれないが、その程度は誤差だと考える。

 弥堂 優輝は脳内で希咲 七海の評価を9段階ほど上方修正した。


「……いま悪いこと考えてたでしょ?」

「……そんなことはない」


 見事に勘づかれ希咲にジト目で見られると、彼女から目線を逸らしながら彼女の評価を2段階下げた。


「えっと……じゃあ、このままでオッケーってことよね……?」

「……不本意だがな」

「せっかくだからついでに名前ちゃんとしたのに直したげよっか?」

「大きなお世話だ」

「いいじゃん。なんかこう、おっしゃれーな、プッ……感じに、してあげるわよ……? フフっ……」

「笑ってんじゃねーか。不要だ」

「だってさー。そんな変な文字列の人とメッセしてたら、なんかイカガワシイことしてる気分になりそうで……」

「知るか。大体それを言うのなら、お前の名前にもおかしな文字列があるだろう」

「は? そんなのないし」

「あるだろ。“nanamin”の後によくわからん記号かなにかが――」

「――あっ、これー? えへへ、ねぇねぇ、聞いてよ。これねー――」

「――お、おい」


 弥堂は焦った。

 女が「ねぇねぇ、聞いてよ」などと言って喋り出すと大抵は長いだけで内容など何もないどうでもいい話だからだ。


「あのね、これちゃんと見てほしいんだけどー、これネコさんなの。ほらっ、見えるでしょ?」

「あぁ」

「ふふ、でしょー? これね、愛苗が作ったのよ。かわいくない?」

「キミの言うとおりだ」

「そうなのよ。んとね、一年生の時にまだ友達になったばっかくらいなんだけどー、愛苗がねedgeやり方わかんないからできないーって言っててね。だからあたしがやったげるーって」

「そうだな」

「ちゃんと聞きなさいよ! そんで、アカウント作ってあげてる時にね、愛苗がこうすればネコさんみたいーって言って、あたしがそれかわいーって言って。んで、あたしも自分のアカウント弄って同じの付けてね、おソロにしたのっ。いーでしょ? かわいーでしょ?」

「………………………………そうか…………そう、だな…………」


 弥堂はすかさずオートモードで切り抜けようとしたが、それすら許してもらえずに自主的な同意を強要され、どうにか絞り出すようにして肯定の言葉を口にした。

 一気に疲労感が全身に広がる。


「あのさ、よかったら愛苗ともID交換したげてよ」

「……お前な」


 弱り目に的確に追撃をしかけてくる彼女の残虐性に顔を顰める。


「そんな顔しないでよ。いいじゃん、そんくらい」

「俺のそれくらいをお前が決めるな。というか、断られるのはわかっているだろう? どうせならさっき一緒にあいつのIDも勝手にフォローさせればよかっただろうが」

「うーん……そうなんだけどさ……」


 言葉を探しながら、言葉を選びながら、少し宙に視線を泳がせて希咲は話す。


「そこまではあたしがやっちゃダメなとこかなって……」

「……お前らの関係性がわからん」

「そんなのトモダチに決まってんじゃん。親友よ」

「……」


 そのわりには二人の間に立つ天秤が片方に傾いているように弥堂には思えたが、余計なことかと口を噤んだ。


「あの子あー見えてさ。結構遠慮しぃだから、出来ればあんたの方から言ってあげて」

「お前過保護すぎるだろ」

「わかってるけどさ。でもしょうがないじゃん」

「……これは取り引きか? お願いか? もう3つ聞いたぞ?」

「お願いだけど、無理やり聞いてもらいたいお願いじゃなくて、あんたの意思でそうなったらいいなーってお願い……みたいな?」

「……よくわからんな。目的のためなら手段を選ばんのじゃないのか?」

「それはあんただけ! これに関してはあたしの意思でどうこうしちゃダメなことだから、これでいーのっ!」

「やはり、わからん」

「……まぁ、今はわかんなくていいわ。そのうちわかってくれたら嬉しい」

「…………」


 何か言うべきかと思ったが、言葉が見つからず弥堂は黙った。

 希咲もそれを特に気にすることもなく、気楽な風に話を戻す。


「というわけで、もしかしたらあんたに愛苗のことでメッセ送るかもだから、ちゃんと返信しなさいよ」

「……あぁ」

「既読無視も絶対女子にしちゃいけないことだからね? 戦争だからね?」

「……わかった」

「そんなにイヤそうにしないでよ。女子とメッセできるのよ? あんたも少しは男子高校生らしく嬉しがったりとかないの?」

「……問題ない」

「そ? まぁ、喜ばれてもキモいし、別にいーけど。あたしこれでも結構男子からID教えろとか言われるのよ? 全部断ってるけど。それ自慢するわけじゃないけどさ、そこまであからさまにイヤそうにされるとちょっとモニョモニョする――」

「――うるさいっ!」

「――わっ⁉ なによ! なんで怒鳴るのよ! いきなりおっきい声出さないで!」

「チッ」

「舌打ちもしないで! なんなの⁉ やっぱ怒ってんじゃん!」

「怒ってない」

「怒ってる! うそつきっ! 怒ってないみたいなこと言ってたくせにっ!」

「うるせえんだよ――いや、待て。一回待て」

「あによっ!」


 弥堂は眉間を解しながら希咲へ手を向けて制止をした。


「……わかった。俺が悪かった。キミの言うとおりにする」

「……なに? どういうつもりよ?」

「気に入らないこともあるだろう。だが、それは半月後にしよう。今日はもう勘弁してくれ」

「……なんかシツレーじゃない……?」


 数年ぶりに泣きを入れた絶望感と戦いながら、懐疑的な目を向けてくる希咲を刺激しないよう弥堂は慎重に説明を試みる。


「……考え過ぎだ。今日はもうキミも疲れているだろうし、俺もうんざりしている。このまま話しても何も生産性はないだろう。時間が経てば流せることもあるかもしれない。だから一旦距離を置こう」

「なんなのその言い方っ! あたしがフラれたみたいじゃない! バッカじゃないの!」

「……そんな、つもりは、ない」

「もういいっ! 帰るっ!」

「助かる」

「なんだとー⁉」

「待て、今のは、ミスだ」

「ホンット、ムカつくっ!」


 言い捨てて、希咲は乱暴に道路を踏みつけながら先へ歩いていくが、数歩進んでクルっと振り返る。


「あたし、あそこの橋渡って向こうに帰るから! 一緒に歩きたくないから、あんたは遅れて歩いて!」

「……あぁ」

「あと、『もういい』って言ったのは、メッセしなくていいって意味じゃないからねっ。あとでヘリクツ言わないでよ!」

「……わかってる。だが、下らないことで気安く送ってくるなよ? 関係ないメッセージ1件につき指を1本圧し折るからな」

「メッセくらいでそんなキレんの⁉ ビョーキなんじゃないの⁉」

「……もういいだろ」

「フンっ」


 鼻を鳴らしてこれ見よがしに大袈裟に踵を返して、今度こそ彼女は歩いていった。


 昨日この道を歩いた時と同じ程度の距離を空けて弥堂も歩き出す。


 何だかんだで3つも要求を呑まされた上で何故このような態度をとられなければならないのかと、世の無常と理不尽さに思考を巡らせようとすると、上着の内ポケットに仕舞おうとしていたスマホが鳴る。


 嫌な予感を感じながら画面に目を遣ると例によってポップアップが表示されている。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばーか』


 先程見たものと全く同じメッセージが表示されていた。


 一度見た通知がもう一回出ることがあるのかと眉を顰めていると


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばかばか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばかばかばか』
『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばかばかばかばか』


 次々とメッセージ受信の通知が表示されていく。

 その度に『ペポペポペポペポペポーン』と連動する間抜けな音に激しく苛立つ。


 思わず前方の希咲へ眼を向けると、彼女は立ち止まってこちらをジっと見ていた。


「…………」


 もしかして自分はとんでもなく誤った選択をしたのではないかと絶句していると、彼女はまた歩いていってしまった。


 今からでも追いかけてメッセージのやりとりだけでも断るべきかといった考えが頭に過るが、その決断を下す前に希咲は横断歩道を渡り道の反対側へ行ってしまった。


 美景台学園の敷地沿いに走る国道。

 その国道と途中まで平行するように流れているのが、弥堂の立つ場所から見て道の反対側の土手の向こうにある美景川だ。


 希咲は橋を渡って帰ると言った。


 橋を使って越えた川の向こう側はここ10年ほどで開発されてきている新興住宅地だ。そこに彼女の自宅があるのだろう。以前に夜中に職員室に忍びこんで勝手に調べた彼女の個人情報とも一致するので嘘ではないだろう。


 あちら側まで追いかけてまで撤回するほどでもないかと諦め、弥堂は自分の道を進む。


 数分ほどするとまたスマホが『ペポーン』と鳴る。


 半ば惰性的に無心で通知を確認する。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばいばい』


 足を止め橋の方へ眼を向けると、歩道から繋がる階段を昇りきったのだろう、橋の手前で希咲が立ち止まりこちらを見ていた。


 弥堂が自分を見たことに気が付いた彼女は、この距離からでもわかるほど――わかるようにか――大袈裟にプイっと身体を振って橋を渡り出した。

 弥堂は橋の中央辺りを視る。


 それからスマホのロックを解除し通知のポップアップをタップしてedgeを起動する。

 すぐに表示された希咲からのDMが連なるメッセージルームを見ながら、何か言うべきかと考える。


 だが結局、関係ないかとスマホの画面を落としポケットに突っ込むと帰路の続きを踏んだ。


 歩きながら眼を閉じ何かを思う。

 ドッドッとアイドリングをするような自身の心臓の音を幻聴してから、眼を開けて横目で橋の方へ目線を飛ばす。


 橋をいくらか進んだ希咲がもう少しで中央辺りへ到達する頃合いだった。


 目線を横に向けながら歩く。


 希咲が中央部を抜けたのが視えた。


 目線を前へ向け歩き続ける。


 何秒かしてもう一度橋に眼を遣る。


 ちょうど希咲が橋を渡り切って、向こう側の道路へ降りていく階段の中へ身を沈めていくところが視えた。


 彼女は一度も振り返らなかった。


 弥堂は一度眼を閉じてから前方に視線を戻す。


 心臓の音も間抜けな通知音も、もう鳴らない。


 やるべきことをやるため、向かうべき場所へ向かうだけだ。
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