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1章 魔法少女とは出逢わない
1章13 Cat on site ③
しおりを挟む――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!
一定の拍子で淀みなく女子のパンツがリスペクトされていく。
暴虐の限りを尽くす弥堂 優輝の通った後には、はしたなくも白目を剥いた女子高生が地面に量産され続ける。
往来は阿鼻叫喚に陥り、既に事が済み自失する女、恐怖から腰が抜けてへたりこみながら泣き笑いのような表情を浮かべる女、粟を食って逃げ惑う女など、様々な女でごった返した。
その有様はまさしく――
「――じ、地獄…………っ!」
希咲 七海はクラスメイトの男子が巻き起こした事態を茫然と見ていた。
辺りには女たちの本気の悲鳴が背景音のように響き渡る。
希咲は只管回らない頭に鞭を打って、この事態をどうにかしなければと考えるが思考は上手く纏まらない。
本来であれば彼女にこの状況をどうにかしなければならないような責務はない。
この場に居る他の女生徒たちのように、これが自らの天命なのだと悟った笑みを浮かべて地面に座り込む――のは論外だとしても、多くの女子たちのように速やかに逃げるべきなのだ。
なのに、希咲がこの場に留まるのは――
(こ、これって……もしかして、あたしのせい、なのかしら……?)
当然のことながら、この世の中にこんなにも頭が悪くて頭がおかしい出来事が起こりうる可能性があるなどとは、完全に想像の外で、露ほども考えていなかった。
だから、ここに悪気も意図も一切ないことを誓える。
しかし、頭がおかしいと予めわかっていた男を、自分が軽率に刺激してしまったが為に、このような事態に繋がってしまったのもまた事実だ。
目先のくだらない口喧嘩の勝敗に拘ってしまったが為に、予期せぬ悲劇が巻き起こった、とも考えられなくもない。
だからといって、ちょっと雰囲気が険悪だったとしても、日常会話をしていたと思ったら突然、周囲で目に映る女子のパンツを誰彼構わずに無差別リスペクトし始めるなどと、そんなことを予想できる人間などどこにもいない。
(うぅ……りふじんすぎる…………っ!)
だが、認識が甘かったのは確かだ。
弥堂 優輝。
今月から同じクラスになった同い歳の男の子。
無口で無表情で何を考えているのかわからない。
だが、かといって大人しいわけでもなく、横柄で横暴で暴力的だと頗る評判が悪い。
実際に昨日の放課後に短時間ではあるが一緒に過ごして、同じ事件のような何かに関わった上で、評判以上に頭がおかしいと理解していた。
したつもりになっていた。
しかし、それはまだまだ甘かったのだ。
普通じゃ考えれないような事を仕出かす子で、普通はやんないだろうということも躊躇なくやらかす子だと認識したが、ヤツは自分の想像よりまだ上のステージに存在していた。
確かに、彼は自分でも『目的のためなら手段を選ばない』というようなことを言っていたように思う。
その『何でも』の認識が、希咲と彼とでは乖離があったのだ。
(こいつ……文字通り以上に、マジでなんでもやるんだ……っ!)
希咲は内心で戦慄する。
今ここで奴が何故このような手段を思いついたかは理解出来ない。
しかし、奴が何を目的にして、このようなことをしているのかは理解出来る。
(あたしに……嫌がらせするためだ……!)
希咲は目先の口喧嘩に勝利する為に、軽率に弥堂を挑発してしまった。
そして奴は、目先の口喧嘩に勝利する為に、軽率に無関係な女子のパンツをリスペクトしてまわっているのだ。
全ては希咲に謝らせるためか、もしくは『もう二度と関わりたくない』と退かせるために。
昨日初めてまともに彼と会話をした程度の関係性で、彼についての広い知識もなければ深い理解も持ち合わせてはいない。
だが、希咲は超常的な女の第六感で、そのように確信した。
この男は、目的を遂げる為なら容易に自分を捨てられる。
社会的な居場所を失うことを一切躊躇せずにチキンレースを仕掛けてくるイカれた野郎なのだ。
まるでテロリストのような、極めてそれに近い性質を持っているように思える。
希咲はここにきて、弥堂 優輝という男の本当の恐ろしさを垣間見たような気がした。
「おぱんつ! ヨシっ!」
また新たな悲鳴があがる。
希咲がこうして逡巡している間にも一人、また一人と、罪もない女子たちがそのパンツをリスペクトされている。
下校のピーク時間はこれからだ。
この後もっと多くの女子たちが校舎から出てくるだろう。
このままでは、この学園に通う女子のほとんどが『弥堂にパンツをリスペクトされたことのある女子』という重い十字架を背負うことになってしまう。
そんな最悪の悲劇にまで至るのはどうにか食い止めなければならない。
そして、きっとこの場でそれが出来るのは自分だけなのだ。
一応ここには男子生徒たちだって居る。
しかし彼らの誰一人として状況に介入して弥堂を止めようとはしていない。
何を考えているのかはわからないが、ほとんどの男子が一体どうしたことか不自然に前屈みの姿勢になり妙に爽やかな笑みを浮かべている。
希咲は何故だかその表情に途轍もなく不愉快さを感じた。
(ホンット……男どもは……っ! 使えないんだから……っ!)
図体ばかり立派なわりに何の役にも立たない男どもへジトリとした目を向けると、彼らは何故か身体の前で両手を組んでモジモジとした。
その仕草が何故かすごく気持ち悪かったので、彼らに構っている時間はないと希咲は再び弥堂の方へ意識を戻す。
「……なぁ」
「なんだ?」
「さっきよ、希咲って彼氏待ってるとかって言ってたよな?」
「ん? あぁ、そういや言ってたな」
「…………彼氏って、アレか……?」
「…………そういや、そういうことになるな」
「えぇ……マジかよ……」
「でもよ、不思議とよ、なくはねぇなって納得しちまうよな」
「おぉ、それな」
「そうかぁ……? 普通にムカつくんだけど……」
「いや、あるあるだろ。ちょっと不良っぽい女子で一番カワイイ子は大抵一番ヤベー奴と付き合っちゃうって」
「そうそう。あるあるだよな」
「おぉ。あとよ、普通の女子の中で一番カワイイ子もさ、大抵ヤンキーに食われちまうよな」
「やめてくれよ! オレ中学ん時もろそれだったわ……!」
「キツイよな……あ! そういやよ、昨日繁華街であの二人見たわ」
「お? マジで?」
「あ! そういやオレも見たわ。あいつら一緒に居たぜ」
「んだよ……確定じゃねーか」
「カラオケ屋んとこでよ、さっきの……猿渡だっけ……? 佐城さんとこのパシリの。あいつら希咲に声かけて弥堂にボコられてたわ。それってそういうことだよな?」
「だろうな」
「それで今日も希咲に絡むとか、あいつら結構根性あるのな」
「声かけただけでボコられんのかよ、ヤバすぎだろ」
「……案外美人局だったりな」
「うわ、やりそう。弥堂ならありえそうだわ」
「あいつら見事にハメられたってことか。夢見ちゃってバカだねー」
「いや、でもよ。希咲だぜ……? 誘われたら断れるか?」
「……難しいな。非情に、難しいな……」
「オレはムリだぜ。ワンチャンに賭けちまう」
「……確かにな。付き合えるとは思わねえけど、希咲なら一回こっきりってことならイケっかもって思っちまう……」
「だよな。オレも希咲とヤりてーもん」
「くそ……っ! 汚ねぇぜ、弥堂の奴……」
「あいつらもうヤったんかな?」
「そりゃヤってんだろ」
「ムカつくな」
「他の女のパンツをリスペクトしてっから、希咲めっちゃキレてるしな。あれ嫉妬だろ」
「てか、早く希咲のパンツもリスペクトしてくんねーかな」
「それな」
「それ見るまで帰れねえよな。早くしろよ」
「あいつマジで空気読めねーよな。死ねばいいのに」
事態の解決を図るため、野次馬から気を逸らしたが故に、希咲は自身に関する根も葉もない噂がまた一つ増えたことに気が付かなかった。
何かと誤解を受けやすく、また恨みを買っている女子たちの悪意もあり、色々と不名誉な噂を流されがちな彼女だったが、ほぼ一つも事実はないものの、そう誤解されるのは自業自得な面もあるのが希咲 七海という少女だった。
そんな風に好き勝手に考察をされているとは露知らず、希咲は場に介入するために必要な、あと一握りほどの勇気を絞り出そうとしていた。
希咲とて女性の身である。
ややもすれば希咲自身のパンツもリスペクトされてしまうかもしれない。そんな危険性がある。
昨日もあの男に関わったばかりに、とてもひどい目にあい、とても恥ずかしい思いをしたばかりだ。
ギュッと自身のスカートを握る。
本音を言えば関わりたくないので、速やかに逃げ出したい。
だが、我が身可愛さにそれをしてしまえば、何人の女の子が『おぱんつリスペクト』されてしまうかわかったものではない。
自分がやるしかないのだ。
ここで奴を倒せるのは自分しかいないのだ。
そう自分を奮い立たせていると、また弥堂が一人の女の子に狙いを定めた。
その女の子は希咲にとって知った顏だった。
自然と足が動きだし彼女は走り出す。
――どうしてこんなことになったんだろうか。
目の前に立つ恐ろしい男を茫然と見上げながら、そんなことばかりが頭に浮かんだ。
この状況から逃れようだとか、打開をしようだとか、そういった方向には思考は一切向かない。
今にして思えば、こうなる前にもっと早く逃げ出すチャンスはあったように思える。
目の前で起こる惨劇も、響き止まぬ大勢の悲鳴も、まるでモニターに映し出された光景を見るように、どこか他人事として見ていた。
その結末がきっとこれなのだろう。
「貴様はおぱんつを穿いているのか?」
どうしてそんなことを聞くのだろう。
突然道の真ん中でよく知らない男性にそんなことを聞かれて、何と答えることが最適なのか。そんなことは自分は知らない。
だって仕方ないではないか。
男の人からそんなことを聞かれるような乱れた生活は送ってきていないのだ。真面目に大人しく日々を過ごしてきた。
なのに、昨日も今日も、こんなのはあんまりではないか。
そんな悪態をつきたくなるが、心情とは裏腹に彼女に出来たのはただ力なく首を横に振ることだけだった。
それを見た目の前の男が訝し気に眉を歪めたのが見えて、その顔がとても恐ろし気に見えてビクっと肩を揺らす。恐怖心はより加速する。
「それは穿いていない、という意味か? 貴様、まさか『おぱんつレス』の者か?」
――違う。
実際のところ彼の言っていることはさっぱりわからなかったが、乙女としてそれは絶対に否定しなければならないと、そう強い気持ちが湧きあがる。
しかし、それも裏腹。
自分の口からは言葉は何も出てはこず、ただ情けない顏でふにゃっと愛想笑いを浮かべた。
自分はいつもこうだ。ちゃんと拒否をしたり抵抗をしたりできないからこうなるのだ。
自省の念は浮かぶものの行動には反映されず、じわっと染み出てきた涙が零れ落ちぬように、また彼を刺激したりせぬように愛想笑いのまま表情を固める。
きっとひどく不細工な笑顔になっていることだろう。
多分、抗わなければならないのだと思う。
だが、下手に抵抗や反抗をして乱暴に扱われるよりは、機嫌を損ねぬよう従順になった方がせめて優しくしてもらえるかもしれない。
この場には大勢の人間がいる。
だが、誰もが誰も助けなかった。
当然、自分のことを助けてくれる者も誰もいないだろう。
身体の前面で緩く自身のスカートを握る。
理由はよくわからないが、彼は女生徒がきちんと下着を身に付けているかどうかを確認しているらしい。
そんなこと答えるまでもないと思うが、しっかりと答えなければいけないらしい。
だけど、それをきちんと納得してもらえるように言葉で説明をするのは今のコンディションでは難しい。
それならもう、いっそ見てもらった方が酷いことにならなそうだと自暴自棄にも似た心境になる。
ゆっくりと両手で持ち上げていく。
こんなことしたくはないし、するべきでもないが、どうせ誰も助けてくれなんか――
「――は、な、れ、ろーーーーっ‼‼」
突如割り込んできたその声に、どこか朦朧としていた意識が晴れてハッとするとほぼ同時に、空から女子高生が降ってきた。
弥堂がまた一人の生徒を毒牙にかけようとしていて、その生徒が知っている人物だったこともあり、希咲は意識せずに駆けだした。
棒立ちで暴漢を傍観する男どもや、地にへたり込む女子、辺りを逃げ惑う女子でごった返す歩道を、誰も反応が出来ない速さで人の間を縫って走り抜ける。
そして学園の敷地の内と外とを隔てる壁を蹴って宙に跳び上がった。
「は、な、れ、ろーーーーっ‼‼」
宙空でとんぼを切るように姿勢を変え、か弱い女子高生に自分でスカートを捲り上げろと命令をしているように見える不届き者に頭上から自身の体重の全てをのせて蹴りを落とす。
弥堂の判断は速かった。
声が聴こえると同時に上空へチラっと視線を向けると、希咲の蹴りを受けようとはせずに素早く後ろへ飛び退いて距離を空けた。
希咲の不意打ちは空振りする形になり、攻撃の勢いのまま地面に着地をする。
膝を曲げてしゃがむようにして衝撃を殺し、隙があれば一気に追撃をしかけようと片手を地に着けて前傾姿勢になった。
すると必然的に背後へお尻を突き出すようになり、助けた女生徒の目の前にスカートの中身を差し出してしまう恰好となる。
救助された女生徒はまだ混乱の内にいた。
助けなど来ないと絶望していたら、空からすごい勢いで女の子が降ってくるなどという衝撃体験で正気に返った。
次いで、今自分はとんでもないことをしようとしていたのでは? と気が付く。
いくらパニック状態だったからといって、自分からパンツを見せて許して貰おうだなんて、それは『なし』だろう。
だが、そのことにショックを受ける間もない。
パンツを見せようとしていたら、目の前に他の女の子のパンツが現れるという急展開の連続にとても付いていけない。
茫然としたまま、着地の衝撃でふわりと舞い上がったスカートの中から、キュッとしまった形のいいお尻を包む黒のレースで縁取られた白いサテン生地に黒の水玉模様が入ったパンツを目に映した。
(あ、可愛い下着……)
場違いな感想を浮かべながら、なんとなく隠してあげなきゃと思いつき、柔らかく浮かぶ彼女のスカートを抑えようと緩慢に手を伸ばすと、布地に指が触れるよりも早く彼女が振り返った。
「大丈夫っ⁉」
「えっ……? あの、私――」
「もう安心よ! あいつはあたしが倒したげるから!」
「た、お、す…………? って、あの――」
「さぁ、離れててっ。ここは戦場になるわ……っ!」
「せ、ん、じょ、う……?」
「はやくっ!」
「は、はい……っ!」
いまいち話を聞いてもらえなかったが、どうやら自分は助けてもらったようだと理解し、言われたとおりに数歩下がる。
その様子を確認して希咲は変質者から少女を隠すように自身の身体を線上に割り込ませた。
「好き勝手できるのもここまでよ……! このど変態……っ!」
「……どういうつもりだ貴様」
「どういうつもりだ、はこっちのセリフだっ! バカっ!」
「俺はただ風紀委員としての仕事をしているだけだ」
「女子に『パンツ穿いてるか?』って聞いて回るのが風紀委員の仕事なわけねーだろっ!」
「俺はそうは思わないな。お前らがおぱんつを穿いていなければ風紀は乱れるだろう? 違うか?」
「ノーパン女子なんていねーからっ! 昨日も似たようなこと言ったでしょ! 女子のパンツに関心を持つな!」
「必要がなければな。必要があれば例えスカートの中だろうがおぱんつの中だろうが徹底的に調査をする。そこに俺自身の興味関心など存在しない。ただの責任だ」
「必要な時なんてないから! 女子のスカートの中は、あんたの責任範囲じゃないの!」
「それを決めるのは俺でもお前でもない。俺の上司だ」
「うっさい、ヘリクツゆーな! わかってんだからね! あんたってば、あたしを困らせるためにこんなことしてんでしょ⁉ 頭おかしいんじゃないの!」
「ちょっと何を言っているのかわからないな」
ビシッと下手人を指差して聴取をするも、卑劣な性犯罪者は誠意の欠片もなくすっ呆けた。
しかし、それは想定内だ。
「つーか、問答無用よ……。ブッ飛ばして無理矢理にでもやめさせるわ」
「随分暴力的だな」
「フン……、口で言ってもわかんないんならやり過ぎるんでしょ? 今からあたしも、あんたに、やり過ぎてあげる」
「お前も意外と学習しない女だな」
「言ってろ――っ!」
言うが早いか、希咲は素早く間合いに踏み込み、先程不良たちを相手にした時よりもはるかに速く右足を跳ね上げ、弥堂の側頭部めがけて振り落とした。
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