俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章12 Out of Gate ④

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 まるで夢うつつな様子で上体を折り頭を下げていく男たちの様子に、思っていたよりもずっと気持ち悪かったなぁと貌を本来の自分のものに戻し辟易とする。


 この路線はもう二度とやらないと心に決めつつ、気持ちも表情も切り替えた。


 身長差の影響で希咲よりも高い位置にある男の頭部がわざわざ向こうから下りてきてくれる。


(ホンット。バッカじゃないの)


 サービスはもう終わりだ。


 そして自分の目線の高さを通り過ぎていく彼の頭に最後の言葉をかける。


「よぉく、『見ててね』?」

「へっ――?」


 何か声をかけられ反射で疑問の声を返すが、希咲 七海のスカートの中への期待に心を奪われていた“サータリ”が明確に感じ取れたのは、自身の顏の下を何かが物凄いスピードで通り過ぎていったヒュッという風切り音のようなものだった。


「――へ? なに……?」


 次に認識したのは、視界に映していた希咲の膝から下の足がトッと軽やかに地に下ろされた映像だった。


 瞬きもせずに注視していたはずの彼女の姿は、直立不動で右手の指でスカートの裾を僅かに持ち上げていた姿だった。


 それなのに、彼女に何か声をかけられたと気付いた次の瞬間には、僅かに右足の膝を上げて、右手はふわっと微かに浮かぶスカート抑えている姿勢に変わっており、そしてその足は地に下りた。


 一瞬で目の前の女子の映像が別のものに切り替わったような違和感に眩暈のようなものを感じる。


「な、なんだ……? 一体なに…………あ、あれ……っ⁉」


 眩暈のようなものではない。


 急速に視界が揺れ身体の制御が効かなくなり、それに焦る間もなく遅れてやってきた脳震盪で“サータリ”は意識を失い地に沈んだ。


「“サータリ”くん⁉」
「おいっ!」
「どうした⁉」


 突然白目を剥いて倒れた自分たちのリーダーの姿に不良たちは狼狽する。


「あーーー。マジでキモかった。二度とやんないんだからっ」


 何が起こったのかわからない。

 だが、まるで何事もなかったかのように振舞う目の前の女子に彼らは底知れぬものを感じて慄いた。


「テ、テメェ、希咲……! お前がなんかやったのか……⁉」

「見えた?」

「は……?」


 茫然と聞き返してくる男たちに、希咲はあっけらかんとした態度で話す。


「だから、見えたかって訊いてんの」

「な、なにを……何をしたんだよっ⁉」

「なにって。蹴ったんだけど?」

「あぁ⁉」

「メンドクサ。いちいち聞き返さないでよ。一回で聴き取れ」

「うるせぇ! わけわかんねえこと――」

「だーかーらー。蹴ったんだってば。そいつの顎のさきっぽ。完璧に入ったから気絶してんのよ」

「蹴った……? 蹴ったって、おまえ…………」


 理解が追い付かない。


 いくらハニートラップにかかって完全に油断していたとはいえ、不意打ちとかそういうレベルの話ではない。


 今しがた地に沈んだ“サータリ”は何をされたのかすらわからないまま意識を失い、それを目の前で見ていた自分たちも見ていたはずなのにそれが見えていなかった。


 全く知覚できないほどの速度で蹴りを放ち人が気絶する。

 そんなことが現実にあるのかと、彼らは今更ながら、もしかして自分たちは絶対にケンカを売ってはいけない人物に絡んでしまったのではと恐れを抱き始めた。


「で?」

「ヒッ――」

「あによ、その悲鳴。で? って、訊いてんの」

「え? あの……な、なにが……? ですか?」

「だから。あたし蹴ったわけじゃん? ハイキック。思いっきり足上げてあげたんだからさ、見えたでしょ? パンツ」

「パ、パンツって…………それどころか、なにも……」

「そ。それは残念ね。でも、やっぱそうよねー」


 何を言っているんだと半ば自失したように答える彼らに希咲はそれきり興味を失う。


(まぁ、フツーはそうよね。やっぱアイツがヘンなのよ。なんで全部避けれたのかしら、アイツ)


 希咲が考えを巡らせるのを他所に、不良たちの怯えは拡がっていく。


「そ、そういえば前に聞いたことあんぜ……!」

「な、なにを聞いたんだ、ヒデ⁉」

「あぁ、コーイチ。前にヤジマ先輩が言ってたことあったろ? 希咲攫ってマワしちまおうって待ち伏せしてたら、気付いたら道端で全員寝てたって……! 希咲に絡んだ覚えはあるのに夢でも見てたんかって……!」

「あ、あぁ……そういや言ってたな……でも、それが何だって……」

「何だってじゃねーよ! 今起こったことと同じだったんだ! ヤジマ先輩も“サータリ”くんみてーに、見えない速さで蹴られて伸されちまったんだよ!」

「あっ……⁉ そ、そういうことだったのか……!」

「あの人けっこうハッタリかますとこあるだろ? だから、女攫うとか途中でビビってイモひいたんがバレるとダセェからってフカしコいてんのかと思ってたけどよ、こいつ先輩たちのグループまとめてボコしてやがったんだよ!」

「ヤ、ヤベー……この女ヤベーよ……!」


 阿鼻叫喚のようにビビリだした不良たちを希咲はジト目で見遣りながら、『そっか。ぶっとばされたのが分からないくらいの速さで蹴ったら、やられたことを覚えてないからまた絡んでくるのか。ひとつ勉強になったわ』と何故何度撃退してもヤツらはまた来るのかという疑問が腑に落ちた。


「あんたらにヤベーとか言われたくねーっつの」

「ヒッ――ゴ、ゴメンなさい……っ! 蹴らないでっ……!」

「……なによ、その態度っ。あんたたちがケンカ売ってきたんでしょ! まるであたしがあんたたちに絡んでる不良みたいじゃない!」

「す、すいません! そんなつもりじゃ……っ!」


 人間の動体視力を超える速度で人間を昏倒させる戦闘力を持った女子高生にイチャモンをつけられ、か弱い男子生徒たちは心底恐怖した。

 彼らに出来ることは謝罪のみだ。


「これに懲りたら女の子に下品なこと言って絡むのやめなさいよね」

「わ、わかったよ……で、でもよぉ――いや、なんでもない」


 なにか釈然としない様子のヒデの口ぶりが希咲は癪に障った。


「あによ? 言いかけたら最後まで言いなさいよね。あたし、そういうの気になんの」

「い、いや、でも怒るだろ……?」

「いいから言いなさいよ」

「じゃ、じゃあ……だ、だってよ、見せてくれるって言ったのはオマエじゃねえかっ」

「はぁ?」


 怯えながらも口答えをしてくるヒデの言葉に眉根を寄せる。


「ゆってないけど?」

「は、はぁっ⁉ 言っただろ!」

「言ってないし。『見たい?』って聞いただけだし」

「ズ、ズリーぞっ!」


 当たり前でしょと冷たく突き放すも彼らからは非難の声が次々とあがる。


「なによ。つかさ、あんたたちなんかに見せるわけないでしょ? そもそもあたしがそういうことするような女に見えるわけ?」

『見える』


 そう反射的に言いそうになって彼らは口を噤んだ。

 彼女に対する非難と憤りで胸がいっぱいだったが、それを言ったらとても危険な目にあうと生存本能が危険信号を訴えてきたのだ。

 小物には小物なりの生き永らえる手段の持ち合わせがあるのだ。


 そして、その言葉を呑み込む為に別のことを口に出す。


「大体ズリーぞ! 色々ズリーんだよ!」

「小学生か。何がズルいってのよ」

「見えない速さで蹴るとかズリーだろ! 反則じゃねーか!」


 口々に『反則だ』と叫ぶ彼らを希咲は見下げ果てる。


「なにが反則か。あんたらは犯罪だろうが」

「オレら何もしてねーだろ⁉」

「はぁ? ウザいこと言って絡んできて、断ったらその……マ、マワ……とかすぐそういうこと言うじゃん!」

「そんなのしょうがねえだろ! 女に生意気なこと言われたらとりあえず犯して言うこと聞かせるかってなるだろうが!」

「なるな! 今のご時世わかってんのか、バカ! 大昔の山賊かあんたらは!」

「ち、ちくしょう……!」

「ぶっとばされたくなかったらナマイキな口くきんじゃないわよ。男も女もあるか」

「うぅ……くそっ。なんて女なんだ……」

「ほら、さっさとそいつ連れてどっかいってよ。もう絡んでこないでよね」


 本気で反抗するほどの気概は持ち合わせていないので、不良たちは希咲の指示に従う。

 昨日に引き続き道端で倒れた自分たちのリーダーを回収しながら、その憐れな姿を見て彼らは涙した。


「うぅ……“サータリ”くん。なんでこんなことに……」

「自分たちが悪いんでしょ」

「ちょっと口説いただけなのに……ちくしょう。弥堂といい、お前といい、どうしてすぐ暴力ふるうんだよ……!」

「はぁっ⁉ アイツと一緒にすんじゃないわよ! ぶっとばされたいわけっ⁉」

「な、なんでキレんだよ⁉」

「あんたたちがシツレーなこと言うからでしょ! 今度あのバカと同列にしたらひっぱたくかんね」

「な、なんて理不尽なんだこのズべ公……おっかねえな……」

「はぁ? ズべ公? なんであんたら不良っていみわかんない言葉使いたがるわけ? てか、もういいわ。あっちいけ! かえれっ!」
 
「ヒッ、ヒィっ――⁉」


 もう相手をするのが面倒になってガーッと怒鳴り付けたら、彼らはワッと一目散に走って逃げて行った。


 その背中を睨みながら、しかし追いかけるほどには怒ってはいないので、彼らの姿が遠のいたところで疲れたように溜息を吐いた。


 最低で乱暴で面倒な連中だったが、やっぱり昨日の出来事よりははるかにマシだと、シミジミと感じた。


 なんだかんだと言っても、ぶっとばせばどうにかなるのは楽だとそう思ってしまった。

 それはひどく弥堂的な考え方だということには気が付かないフリをして、ガードレールの元の座っていた場所に戻り何事もなかったかのように再びスマホの画面に目を落とす。


 タイミングがいいのか悪いのか、どうも待ち人はようやく校舎を出た頃合いのようだ。


「――ったく。おっそいのよ……!」


 今しがたの騒動を受けて、周囲の野次馬たちが視線を向けながらざわついていることに気が付かないフリをして、それを誤魔化すようにここにはまだ到着をしてない待ち人に向けて八つ当たりじみた恨み言を呟いた。


「あ、そういえば」


 ふと思いついて、今しがた聞いた意味のわからなかった言葉を手慰みに検索して調べる。



 すると、スマホの画面に表示された検索結果を目にして希咲はワナワナと小刻みに震え出すと――


「――あ・い・つ・らあぁーーーーーーーーっ‼‼」


 激昂する彼女の叫び声に周囲で遠巻きにしていた野次馬たちは驚いてワッと蜘蛛の子を散らしていった。

 しかし、少し距離を離しただけで、まだこの場で面白いことが起きそうだぞと、暇を持て余した悪趣味な者たちは様子を見ている。


 この私立美景台学園においては、学園周辺で毎日の様に誰かが怒鳴り合っていたり、誰かの悲鳴があがっていたりする。

 か弱い一般生徒たちといえどもいい加減にそんな環境には慣れてきた者も多くおり、さらにその中の悪趣味な嗜好を持つ者たちは興味本位に面白半分に、そういった騒動を鑑賞して楽しんでいたりする。


 逞しいと言えばいいのか、単に図太いのか。

 いずれにせよ、ある程度『いい性格』をしていなければこの治安の悪い学園では生活を送っていけないということなのだろう。


 なんでこんな学園に入っちゃったんだろうと、遠巻きに自分を監視するいくつかの視線に気づかないフリをしながら、希咲はトホホと溜め息と涙を溢す。

 彼らに文句を言ったところで、すぐに逃げ出してしばらくしたら何もなかったかのように戻ってくるだけなので、無駄だ。


 それに。


 多少見世物として受け入れられているからこそ、多少目立ったことをしても許されている。


 自分にも悪いところはあるから、少しは我慢しなければならないと反省する。


「あいつが遅いからいけないのよ……!」


 待ち人が現れたら絶対に文句をつけてやろうと、八つ当たりをすることを決めた。

 そして、さっきの連中は次見かけたら絶対にひっぱたくと密かに心中でメモしながら、あと幾許かの時間が過ぎるのを待つ。
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