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1章 魔法少女とは出逢わない
1章06 School Days ②
しおりを挟む「……希咲に呼ばれた――と言ったな……?」
「え……? あぁ、うん。そうだよ。今日はみんなでランチしようって誘ってもらったの」
呟くような問いに答えたのは、いつの間にか弥堂のすぐ隣に立っていた野崎さんだ。
彼女の友人である舞鶴 小夜子の痴態に額を抑えていた野崎さんは、弥堂の声にすぐに表情を改め答えをくれた。
なるほど、そういうことか――と得心する。
昨日の法廷院 擁護の言葉ではないが――
「……過保護なことだ」
その言葉は希咲に伝えるつもりはなく小声で囁かれたものだったが、バッチリ聞こえていたらしく彼女にギロっと睨まれる。
『余計な事を言うな』
その目はそう語っている。
肩を竦めてその視線を受け流していると、希咲の横を通り抜けこちらへ向かってくる者が目に入った。
早乙女 ののかだ。
トトトッと駆けてきた彼女は弥堂の横にある椅子に「とぅっ!」と飛び乗ると耳元に口を寄せてくる。
「あのね……来週は希咲さん旅行でまるまる居ないでしょ? だからその間ね、うちらのグループで水無瀬さんを預かろうってことなの」
コソコソと囁かれたその声を聞いて、弥堂は彼女の顔を視る。
早乙女 ののかと謂えば普段からバカのような発言を幼げな声で舌ったらずに話す、そういう女生徒だと思っていた。
しかし、今耳元で当てられた声は普段よりももっと理知的で大人びたもののように聴こえた。
「今日はね、その為の面通しみたいな意味も兼ねてるの」
早乙女について考えていると、今度は逆サイドの耳元に野崎の声で囁かれる。
「……希咲にそう頼まれたのか……?」
「NO! そんなのは暗黙だよっ!」
弥堂の問いに答えたのは早乙女だったので再び彼女の顔を視る。
弥堂の耳元から離れて、親指を立てながらバチコンとウィンクをしてきた彼女の口調はいつも通りのものであった。
弥堂はまだ水無瀬の周囲に居る他の者へも視線を向けてみる。
弥堂へ近づいた早乙女を少しハラハラとしながら見ていた日下部 真帆は、弥堂と目が合うと少しはにかむように苦笑いをした。
そして、そのすぐ近くに座る舞鶴 小夜子は水無瀬に気付かれぬように、片目を閉じ僅かに口端を持ち上げクールにこちらへ笑ってみせた。
(なるほど。全員、承知の上か)
早乙女へ視線を戻す。
この少女が普段道化のように振舞うのは、先程希咲がやってみせたことと同じことなのかと知る。
弥堂の眼には視ることのできない教室の空気というものを適宜管理し、周囲との関係を調整するための技術なのだろう。
「随分と計算高くやるものだな」
「はわわー、辛辣だよぉぉっ」
「……確かに打算的って思われちゃうかもだけど、でも悪意をもって騙してるわけじゃないし目的も悪いことじゃないよ。みんなで上手くやっていくための努力だよ」
大袈裟に驚いてみせる早乙女に苦笑いをしながら答えた野崎さんの言葉を聞いて、弥堂はもう一度全員の顔を見渡してみる。
弥堂の方を見るいくつかの目には後ろめたさなど少しもない。
当の本人である水無瀬だけが状況をよくわかっていないようだ。疑問符を浮かべながらクラスメイトたちの顔を見回し、恐らくみんなが見てるからという理由で弥堂の方を見てなんとなく「むむむっ」と目に力をこめてくる。
図らずも全員に注目されてしまった弥堂がどうしたものかと嘆息をすると――
「あんたはヒネくれすぎなのっ」
希咲に言われ彼女を視ると続けざまに決定打を打たれる。
「そういうもんなの」
弥堂としてはそう言われてしまっては受け入れるしかない。
何故か彼女らの立ち振る舞いを否定してやりたくなるが、『結果が同じなら嘘もまた誠実である』と自分自身そう考えたはずだ。ならば同意をしなければ過去に矛盾することになる。
ただし、一度その『誠実』を吐いたのならば、最後まで吐き通さねばコインは裏返り『嘘』が白日の元となる。
もしもそうなったのならば、今こうして笑顔の皮を被って自分を守り、間合いを測り合いながら親交を深めようとしているこの少女たちはどうなるのだろうか。
どんな顔をして、どんな表情になり、彼女らの関係は一体『何』に為り変わるのだろうか。
鼻から細く息を吐く。
(それこそ詮無きことか)
そして自分には関係のないことだと思考を切り捨て、先程希咲が実演していた時のことを記録から引っ張り出し、倣ってみる。
「そうだな。キミたちの言うとおりだ。口が過ぎた。許してくれ」
思いがけない弥堂からの謝罪と同意の言葉に女子たちは目を丸くする。
「お…………? おぉ……? 弥堂君って意外と素直……?」
「あぁ。キミたちの方が正しい。なぜなら学園生活を平穏に送る上で、俺よりもキミたちの方が優れた技術を持っているからだ」
「学園生活って技術で送るものなの……?」
早乙女は感心するように驚いているが、常識人である日下部さんは弥堂のコメントに困惑した。
「キミたちを見くびっていたと認めよう。さすがはJKだな。圧巻のパフォーマンスだ」
「おぉ……? よくわかんないけど、そうだぞー? JKナメんなー? こわいんだぞー?」
「肝に銘じよう」
早乙女と弥堂の微妙にかみ合っていない会話に皆が笑う。
その中で希咲だけが様子が違った。
「ななみちゃん……?」
水無瀬から声をかけられるが、彼女は何故か自身のスカートを抑えるようにギュッと握って、弥堂へと途轍もなく疑わしい者を見るような目を向けていた。
「どうしたの、ななみちゃん? おしっこ行きたいの?」
「へ?」
もう一度水無瀬から呼ばれ、ハッとなった彼女はパっとスカートを放す。
「な、なんでもないっ! ちょっとトラウマが……」
「トラウマ……? えっ⁉ 大丈夫っ⁉」
突然歩み寄るようなことを言い出した弥堂を見て昨日の出来事を思い出し、とても不審に感じていたのだ。
焦った彼女は墓穴を掘りかける。
「トッ、トラウマっていうか……ちょっと言い間違えただけ。えーと…………その、全然たいした――って、なに見てんだこのやろうっ! あんたが悪いんだからねっ!」
慌てて釈明しようとするが上手い言い訳が思いつかないでいると、偶然にも弥堂がこちらを見ていることに気付き、元凶への怒りが瞬間で燃え上がる。皮肉にもそのおかげで有耶無耶にすることが出来た。
「えーー。弥堂君、実はけっこう話せるじゃーん! なんかちょっと面白いし」
「それは気のせいだ。キミが満足するようなものは何も提供できない」
「ほらっ、なんか他では聞かないようなリアクション返ってくるし!」
「それはただ珍しい物を見て刺激を感じているだけだ。ジャングルへ行くことをお奨めする。俺を観察することとは比べようもない程の充実が約束されるだろう」
「あはは、なにそれー。そんなこと初めて言われたー」
「こらっ、ののか! ウザがらみしないのっ! ご、ごめんね、弥堂君」
何を気に入られたのか。何故か気安くなった早乙女に話しかけられていると日下部さんが彼女を引き剥がしてくれる。
弥堂の顔色を窺うように若干怯えたような態度ではあったが、弥堂としては願ったりなことだったので特に伝えるつもりもなく視線に感謝の意をこめると、彼女は苦笑いを返した。
中々目敏い少女のようだ。
そろそろ本格的にこの場を辞することを考える。
この場は水無瀬と他の女生徒たちの親交を深める場だ。それに巻き込まれるわけにはいかない。
普通の学校の普通の女子高生たち。
こういった手合いの考えることは自分にはよくわからないし、何を好んで何を嫌うのか知らない。嫌われるのは構わないが、先程の早乙女のように気安くなられるのは困る。
自分は普通の高校生の身分を得て、そして実際に普通の高校生に為る為にここに居る。
だが、だからといって本当に根っからの普通の高校生である彼女たちと同類の顏をして同じ場所に居ていいというわけではない。
希咲が自分が不在の間の臨時の庇護者として彼女たちを選んだのには一定の基準があるのだろう。
一定以上賢くて、一定以上友好的であり、そして一定以上善良であること。
その条件を満たしているからこそ希咲は彼女たちを選び、そして希咲の思惑どおり今日のこの場と、明日からの希咲の居ないこの場が成り立つのだろう。
自分は打算的に善行をすることは出来る。だが、それしか出来ない。
彼女たちは善良的に打算をすることが出来る。そこには大きな隔たりがある。
彼女たちが親交を深め平穏な学園生活を過ごしていけるのには、そうなる必然性があり、そうする理由があり、またその資格があり、能力があるからだ。
つまりそれは、『世界』よりそういう『加護』を与えられており、彼女たちの『魂の設計図』はそのようにデザインされている、ということだ。
だからこそ、身の程を知り、そして弁えなければならない。
記憶の中の表情に乏しいメイド女が悲し気に目を伏せ、緋い髪のガラの悪い女が処置無しとばかりに天を仰いだ。そんな気がした。
だが、気がしただけだから気のせいだ。
自分はここに居るべきではない。
「――てかさ、あんたも座れば?」
記憶の中から幻出する女どもを精神力で無視していると、希咲からそんな言葉をかけられる。
弥堂は彼女へうんざりとした眼を向けた。
「それはさすがにお節介が過ぎるぞ。余計なお世話だ」
そう言い放つと幻覚の女どもがゴミを見るような目を向けながら消えていった。
当然そんな言い草に不快感を示したのは彼女らだけではない。
「はぁ? なんであたしがあんたなんかのお世話するわけ? 勘違いしないでよね」
その言葉に反応したのは弥堂ではなく周囲の者たちだった。
「わわわ……っ! 聞いた? マホマホ。古の文献でしか見たことないようなツンデレムーブだよっ」
「いや、そういうんじゃないでしょ……」
「ふふ。見事なツンデレ芸ね」
「小夜子。茶化さないの」
「ちがうから! 芸じゃないからっ!」
希咲が否定の声をあげたタイミングで弥堂は撤退を計る。
「弥堂くん、どこか行くの?」
しかし水無瀬に呼び止められた。
「…………あぁ。用事がある」
「そうなんだ。一緒に食べれたらよかったのにね……」
「それは遠慮……そうだな残念だ。機会があればな」
即座に断りを入れようとしたが、希咲からの視線に圧を感じたのでどうともとれる返事に切り替えた。
その弥堂へ希咲は懐疑的な目を向けている。
「……てか、何の用事だってのよ。昼休みでしょ?」
「……仕事だ」
弥堂は恐らく男性の97%が使ったことのある嘘を吐いたが、希咲さんはこれっぽっちも信用していない。「ふぅ~ん……」と嬲るような目で弥堂を見た。
「ねーねー、野崎さん」
「うん? なにかな?」
「今日の風紀委員の昼シフトってこいつ入ってんの?」
「え? えーと……あははー…………」
もはやその態度が物語っているが、野崎さんは曖昧な笑みを浮かべ困ったように弥堂に視線を寄こした。
善良な彼女につまらない嘘を吐かせるのは忍びないので、弥堂は肩を竦め好きに答えるよう促す。
野崎さんは使える女だ。良好な関係を保っておく必要がある。
「えっとね、今日は入ってなかった……かも……?」
彼女なりに精いっぱい間をとってくれたようだ。
だが――
希咲は何故か少し嬉しそうに「ふぅ~ん」と声を鳴らし、着席中の机に両肘をつき胸の前で手の甲を上に両手を組む。
その手に自身の顎をのせて少し首を傾げるとニッコリと綺麗な笑顔を造り――
「で?」
見上げてくるその表情は完璧な笑顔だが、弥堂にはその顔が嗜虐的に映った。
「守秘義務により答えかねるな」
「いや、今野崎さんが入ってないって言ったじゃん」
「うるさい黙れ」
「でた、パワープレイ。認めたわね」
無駄な抵抗を試みるバカな男へ向ける視線を呆れたものに変えて続ける。
「てかさ、ここで一緒にごはん食べてけばいいじゃん」
「用があるって言っただろ」
「ないじゃん」
「あるっつってんだろ」
「休みってゆったもん!」
「言ってねーよ」
周りを他所に二人は口論を開始すると――
「なにこれ、カップルの会話?」
「しっ! 怒られるよ!」
「……これはこれで別コンテンツとしてアリね」
「趣味が悪いわよ、やめなさい……」
周りは周りでその様子を楽しみヒソヒソと所感を述べる。
すると、「オホンっ」と咳払いの声が聴こえ議論は止まる。希咲にジト目を向けられた彼女らは素知らぬ顔で世間話を始める。
対戦相手のいなくなった弥堂が視線を遊ばせると水無瀬の姿が目に入る。
彼女は何か大きな期待に輝かせた瞳でワクワクしている。
「……無理だぞ」
愛苗ちゃんはシュンとした。
「あんたも往生際が悪いわね」
「お前はしつこいぞ」
「しょうもない嘘つくのが悪いんでしょっ」
「嘘ではない。風紀委員とは別件で用事がある」
「はぁ? なによそれ?」
「キミには知る資格がない」
「……このやろう…………」
瞳に攻撃色を宿し始めた希咲に両の掌を向け、争う意思はないことを示唆する。
「代役は多い方がいいのかもしれんが、人選ミスだ」
「……別に、それだけで言ってるわけじゃないし」
「俺も面倒だからというだけで断っているわけではない。単純に忙しいんだ」
「へぇ~~……」
「……疑うな。これは嘘ではない。さっきも言っただろう? こうして弁当を貰ってもいつでも受け取れるわけではない。風紀委員の仕事がメインだが、だからこそそれがない時は他の雑事を片付けねばならんこともあるし、必要があって人に会う時もある。今日は後者だ」
「…………わかったわよ。悪かったわね……」
「拗ねるな。期待に添えず悪いな」
「なんであたしが拗ねなきゃいけないのよっ。チョーシのんな!」
二人の口論は一応の解決へ向かったようで、それを鑑賞していた人々は改めて所感を述べる。
「やっぱりカップルだよぉ」
「……なかなか見ごたえがあったわね」
「同じ大学を出て別々に就職して三か月。擦れ違い始めた二人……ってところかしら」
「お弁当を作ってるのも一緒に食べたいのも水無瀬さんなんだけどね…………でもそう考えると倒錯した人間関係が垣間見えて二度おいしい……かも……?」
割と好き放題に言っている彼女らを希咲は再びジト目で黙らせる。
「ということだ、水無瀬。悪いな」
「ううん。気にしないでっ」
「キミに俺の予定を伝える術などないからな。そういうわけだから次からは――」
「――ID交換すればよくない?」
「――…………」
弥堂は自身にとって何か非常に都合の悪いことを言われた気がした。
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