俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章04 Home Room ②

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「あの、弥堂君?」

「む? どうした野崎さん」


 すると、風紀の名のもとに絶好調で好き放題をしている弥堂へ、もう一人の風紀委員である野崎さんから声がかかる。

「あん?」と、希咲は頬杖をついたままそちらへ投げやりな目を向けた。


「ごめんね、邪魔をして」

「いや、構わない。どうしたんだ?」

「うん。あのね……今日はとりあえず今朝の事例についての話で他の違反のことについては……」

「あぁ。大丈夫だ、問題ない」


 何が問題ないのかは希咲にはわからなかったが、『今朝、重大な校則違反が見つかった』、そういえばそんな話だったなと思い出す。


「いいか、貴様ら。これから紹介するのはあくまで一例だ。貴様らが重ねた数多の罪の中の氷山の一角であり、これだけが問題ではないと覚えておけ」


 何やら遠回しで勿体ぶった言い回しをする弥堂の口ぶりに、面倒くさくなった希咲は「どうせあたしカンケーないし、もういいやー」と適当に窓の外を見ることにした。


 しかし――


「今朝、学園の建物の外に大量の菓子類が捨てられているのが発見された」

(…………んっ?)


 次いで聴こえてきた言葉に違和感を覚え、すぐにまた弥堂へ視点を戻すことになった。


「場所は文化講堂だ。窓のある位置のすぐ下に食べかけの袋と中身が散乱していた。恐らく講堂内から窓の外へ捨てたものだと思われる」

(えっ……⁉ ちょっ……それって…………!)


 端的な説明でも覚えがありすぎて現場の絵がやたらと鮮明にイメージ出来てしまい、焦った希咲は不意に机についていた肘を滑らせてしまう。慌ててバランスをとろうとしたことでガタッと大きく音を立てて机を動かしてしまった。


「ゔっ――⁉」


 その音に反応して教室中の視線が自分に集まり彼女は動揺した。


「どうした、希咲?」

「ど、どうしたじゃねーわよ……あんた、それって…………」


 その視線の中の一つ、弥堂へ戸惑いの声を返す。自分は何も悪いことをしていないはずなのに何故か胸の動悸が激しくなる。


「何もないのなら静かにしていろ。今はHR中だぞ」

「何もって……あんたいったい――」

「――希咲さん……? 大丈夫ですか?」

「えっ――⁉」


『あんた一体どういうつもりなわけ?』と弥堂を問い質したかったが、多少気を持ち直したらしい担任教師に心配の声をかけられ言葉に詰まる。


「な、なんでもない、です……うるさくして、ごめんなさい……」


 結局口を噤むしかない彼女は先生と弥堂以外のクラスメイトへ向けて謝罪をし、不服そうに姿勢を正して座り直した。


 弥堂はそんな彼女を一度ジッと見詰め、それから何事もなかったかのように再開する。


「言うまでもないが、学園内での無許可での菓子の持ち込み及び飲食は校則違反だ」

(こっ……こいつぅ…………! どの口が……っ!)


 希咲は悔し気に唇を噛み締め弥堂を睨んだ。


 もしかして――などと他の可能性を考慮するまでもなく、昨日の放課後に文化講堂で法廷院率いる『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』と揉めた時の物だろう。

 現場に捨てられていた菓子は間違いなく構成員である本田の所有物で、それを見咎めた弥堂が彼の胸倉を掴み菓子ごと二階の窓の外へ宙吊りにすることで、無理矢理手離させた時の物に違いない。


「その所持しているだけでも違法な物を、あろうことか学園の敷地内に不法投棄していく。これは挑発行為だ。犯人は非常に陰湿で卑劣な人格であり現体制へ反抗的で挑戦的な思想を持っていると予想される」

(それ全部あんたのことだろうがぁーーっ‼‼)


 確かに菓子自体は本田の持ち物だが、こうなるように仕向けたのは弥堂だ。少なくとも半分以上は弥堂が犯人と謂える。


 陰湿で卑劣で反抗的で挑発的。


 さすが犯人ご本人様からの自己紹介は説得力が違った。高精度で当該人物の特徴を捉えている。


(ああぁぁっ……! 色々ありすぎてすっかり忘れてたあぁぁぁっ……!)


 弥堂の言う通り校則違反といえば確かにその通りなのだが、昨日は他に衝撃的な出来事が多すぎて完全に失念していた。

 希咲は頭を抱える。


(あたしが……あたしがちゃんと片付けさせてれば…………っ!)


 そうしていれば、今こうして教室が地獄のような雰囲気にならなくて済んだだろうし、教師や職員の方々の手を煩わせることもなかっただろう。


 昨日のトラブルの原因の一端を担っているとはいえ、本来彼女は被害者である。

 しかし、昨日あの場に居た自分以外の他の者たち全員がちょっと頭がおかしすぎた。

 とても常識的な行動を求められないような連中ばかりだったので、自分さえもっとしっかりしていればクラスメイトたちにも先生にも嫌な思いをさせることはなかったと希咲は強烈な罪悪感に襲われる。


 おまけに昨日のあの出来事は誰にも知られたくない。

 自分でそう望んで弥堂に願い出て、隠し通すための取り引きまでした程だ。

 とても申し訳ない気持ちでいっぱいだが、だからといって詳細を語るわけにもいかない。


 しかし、それは弥堂も同じはずだ。


 いくら風紀委員の仕事だからといっても、ここで自ら事を大袈裟にする必要などないはずなのに、一体彼はどういうつもりなのだろうと疑問を抱く。


 まさか、早速裏切って取り引きを反故にでもするつもりなのだろうか。


 だが、それを現在の衆目に晒された状態で彼に問い質すことは難しく、疑心暗鬼と罪悪感で希咲はとても居心地が悪くなる。


 肩を縮め、両手を足の間に入れてそれを腿でキュッと締める。そしてキョロキョロと周囲の顔色を窺うその姿は、現在のクラス内の多くの生徒たちと同じ完璧な挙動不審であった。


「事件は恐らく文化講堂二階の連絡通路で行われたものと考えられている。現在はもう修復済みだが窓の近くの壁に破壊跡が確認され、我々は同一犯による犯行だと見ている。証拠はまだ揃ってはいないがまず間違いないだろう」

(でしょうねっ! それやったのもあんただもんねっ!)


 まるで他人事のように淡々と事件について説明する弥堂へ、反射的に声を荒げそうになる。しかし、それは自分にとっても都合の悪いことになるので希咲は懸命に耐えた。


「犯人はまだ判明してはいない。だが、それも時間の問題だろう。我々はこのような人物を決して許しはしないし、そして逃がしはしない。どんな手段を使ってでも必ず身柄をあげる。それはよくわかっているだろう……? なぁ、鮫島?」

「あ? どういう意味だコラ。俺じゃねーぞ」

「鮫島。俺はお前が犯人かどうかなど一言も言っていないぞ。随分過剰に反応するじゃないか。何か疚しい事でもあるのか? どうなんだ?」

「ふ、ふざけんじゃねーぞ! 疚しい事なんて…………な、なんだお前ら……? 俺をそんな目で見るんじゃねーよ! 違うっ、俺じゃない……っ!」


 まるで尋問でもするような口ぶりで弥堂に絡まれ、鮫島君は憤る。

 しかし、彼は普段から素行があまりよろしくなく、毎日のように他の生徒と『チチだ、シリだ、フトモモだ』と言い合っては殴り合いをしているので、足フェチ過激派であることが周知されている鮫島君はクラスメイトたちから疑いの目を向けられた。


 その様子を後ろから見ていた希咲はハッとする。


(あ、あいつ――⁉ そういうことね…………!)


 ここにきてようやく弥堂がどういうつもりでこんなことをしているのかに思い至る。


 恐らくはこういうことだろう。


 普段から素行の悪い者。気が短い者。そして何か校則違反をしている者。

 この条件に該当する者を挑発し、まるでその人物が犯人であるかのように周囲に見せる。


 そしてその人物が犯している何かしらの違反で取り締まったついでに、余罪として文化講堂の件を擦り付けるつもりなのだろう。


 昨日少し時間を共にした程度で、まだ弥堂 優輝という人物についてそんなに詳しく知っているわけではない。

 だが、希咲はこれでほぼ間違いないだろうと確信をしていた。


 短時間であったとしても、今まで経験したことのないような濃度の最悪な時間だった。あれを経験すればヤツがどれほどのクズなのかはいい加減わかろうものである。


「テメェっ! チョーシのってんじゃねぇぞ! ぶち殺すぞコラァっ!」

「殺す? 殺すと言ったな? それは脅迫か? お前は今、俺を脅迫したな? お前の罪が増えたぞ」


 我慢の限界がきたのか、最前列の席の鮫島君は激昂し立ち上がってすぐ目の前の弥堂に掴みかからん勢いだ。

 それは奴にとっては望むところだろう。


 そして、こちらもいい加減我慢の限界だ。


 スッと息を吸って希咲は立ち上がる。


「おいコラー! このクズやろー! あんたいい加減にしときなさいよっ!」


 大音量で響いたその声に教室中の視線が集まる。

 弥堂はスッと目を細めた。


「そうだ。希咲の言うとおりだぞ、鮫島。お前はクズだ。いい加減に自分の罪を告白することだな」

「あんたのことよ! あ、ん、た、の…………っ!」


 あくまでも全てを鮫島君に擦り付けるつもりでスッとぼける弥堂をビシッとしっかり指差す。


「弥堂っ! あんたね、そんなムチャクチャなことやっていいと思ってるわけ……⁉」

「……まるで俺が何を考えているのかわかっているような口ぶりだな」

「もちろんわかってるわよ。あんたの悪だくみなんて全部お見通しなんだからっ!」

「それは思い上がりだ。他人の考えが理解できるなどと子供がするような恥ずかしい勘違いだ」

「あっそ? んじゃ答え合わせしてみる? この場で。あんたにそれが出来るのかしら?」


 残虐非道の悪の風紀委員と対峙し、一歩も退かずにフフンと余裕綽々で言い放ってやる。

 自分のドヤ顏にクラス中の視線が集まっているのを感じるが、今はもう腹を括っている。動揺などしない。


 希咲を見るクラスメイトたちの視線の色は様々だ。


 乱闘でも始まるのではと不安に怯える目。

 なんで希咲が? と単純に不思議がる目。

 そして面白がるように好奇心を向ける目。

 さらに――


「き、希咲、お前……俺を庇ってくれるのか……?」


 自分に救いを齎してくれる者へ向ける目だ。


 希咲としては、あのバカの好きにはさせないという謎の使命感からの行動だったので、若干心苦しく思いながら鮫島君の言葉を聞き流した。


 しかし、鮫島君はチョーシこいた。


「へっ……なんだよお前、もしかして俺にホレてたのか……? お前なかなかイイ足してっけどよ、ちょっと細すぎて俺のどストライクじゃないんだよな! でも俺なら全然オッケーだぜ! お前めっちゃ顏いいしよ……っ!」


 何やら上から目線で「オッケー」の意味合いのサムズアップをする。


「は? ありえねーから。マジキモいんだけど」


 結果的にちょっと助けてあげることになっただけで勘違いをされ、カチンときた希咲は自分でもちょっとビックリするくらい低い声が出た。


「ひぅ…………っ!」


 ギャル+可愛い+眼力+低音ボイスのコンビネーションで鮫島君は瞬殺された。


 暴虐な風紀委員の男には強気に立ち向かった鮫島君だったが、かわいい女の子にゴミを見るような目で「ありえねーから」と公衆の面前でキッパリと否定され、彼は普通にグサッと傷ついた。


 涙を浮かべプルプルと震えながら着席し、彼は大人しくした。

 背後の席の須藤君が労わるようにポンと彼の脇腹に触れた。

 そしてその須藤君の背後の席では、以前に希咲に同じようなフラれ方をしたトラウマを持つ小鳥遊君が己の肩を掻き抱いてガタガタと震えていた。


 そんな彼らの様子が立ち位置的にどうしても視界に入ってしまい「うぇっ」と一瞬顔を顰めるも、希咲は首を振って気を取り直し、目力マシマシで弥堂へ挑むような眼差しを向ける。


 昨日の出来事から24時間も経たないうちに、二人はまた対決することになった。
 
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