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序章 俺は普通の高校生なので。
序章44 falso héroe ③
しおりを挟むしばらく連打作業を続けているとメールが着信したことを知らせる通知がポップアップする。
画面タップ一回分の動作が無駄になり弥堂は舌打ちをした。
どうせまた所長からだろうと無視をすることにする。
彼女からは時給は貰っていない。つまり時間拘束をされる謂れはないということだ。
ちなみに新SSRはまだ一枚も出ていない。
しかし表示された送信元の名前を見て目を細める。
差出人不明の返信メール。
弥堂はその通知をタップしてメールアプリを表示させる。
Y’sからだ。
そういえばもう一つ決着がつかないまま曖昧になっていた案件があったなと、そのままゲームを中断することにしてメール本文に目を通す。
いつもの怪文書染みた暗号はなく、弥堂が送ったメールに対する返信メッセージが短く書かれているだけであった。
『どうでしたか?』
眉を顰める。
文章が長くても短くても何を言っているかわからないとはこいつは一体なんなんだ。
そのように心中で相手を蔑みながら、一体自分の送ったどのメールに対しての返信なのかを確認する。
すると、ちょうど今思い出した案件についてのものであった。
昼休みに送られてきた『希咲 七海おぱんつ撮影事件』に関する重要な証拠となる画像について、これはなんなんだと問い合わせをしたメールへの返信だ。
ちょうどいいと、相手をしてやることにする。
『質問に質問で返すなマヌケが。これは一体なんなんだ』
『あれ? もしかしてまだでした?』
返事を送り返したら数秒で返事が返ってくる。しかしそれは弥堂の求めている答えではなかった。
『貴様俺をなめているのか。後悔するぞ。』
『あ! ひょっとしてこれからでした? それは失礼致しました。どうぞ私に構わず存分に致してください!』
ただの一度も成立しない会話に弥堂は激しく苛つきながらも辛抱強くスマホを操作する。
『お前は一体何を言っている』
『え? なにってナニってゆーかー? これからティッシュタイムなんですよね?』
『どういう意味だ』
『やだー! 私に言わせたいんですか? セクハラですよー?』
『ふざけるな。なめてるのか』
『舐めてもいいんですかぁ⁉ きゃー! ぺろぺろぺろー!』
歓喜を表現するような大量の絵文字とともにメールが送られてくる。
相変わらず相手が何を言っているのかはわからない。しかし、おちょくられていることだけは弥堂にも理解ができた。
ミシミシと異音が鳴る。
知らずの内にスマホを掴む手に力がこもっていたようだ。うっかり握り潰してしまわないように弥堂はスマホをテーブルに置いて返信を打ち込む。
『もう一度聞く。お前は何のつもりであの写真を俺に送ってきた。これは最後通牒だ。次のお前の返事でこの質問に対するまともな答えがなければ俺はお前とお前の家族を地獄に落とす。これは脅しではない。』
『何のつもりって言われましても……使えるかなって?』
『だからこれは何に使うものなのかを聞いている』
『えー? そんなの夜のオカズに決まってるじゃないですかー!』
「…………」
弥堂はここにきてようやく自分がセクハラを受けていることに気が付いた。
『お前は頭がおかしいのか』
『あれ? ダメでした? 好きなんですよね? 女の子のパンツ!』
「…………」
一度スマホから目線を逸らして軽く深呼吸をしてから返信をする。
『どうしてそう思った』
『だってこないだ大量のJKのパンチラ画像確保して保存してたじゃないですか! 恥ずかしがらなくていいんですよ? 性癖なんですよね?』
『殺すぞ』
謂れのないセクハラを受けて弥堂は大変に気分を害し、このような性犯罪を犯す者どもへの義憤を燃やし殺害を宣告した。
『えー⁉ でも希咲 七海ですよ⁉』
『希咲だからなんだというんだ』
『だってその子めっちゃかわいくないです? それにギャル好きですよね?』
「…………」
弥堂は再度深呼吸をする。ただし先ほどよりも深く。
『どうしてそう思った』
『いつも放課後に校内に残ってるギャルたちを激しく言葉責めしてるじゃないですか! いいんですよ、恥ずかしがらないで。もっと自分を解放していきましょう!』
『殺すぞ』
今日初めてこのY’sと業務連絡以外の会話をしたが、まさかこんなにチャランポランな奴だったとは。
廻夜が用意した腕利きの情報屋だと思っていたが、この手のタイプは早めに処分をした方がいいかもしれない。
何か一芸に飛び抜けた才能を持つ者の中には、頭の螺子が飛んでいる者も少なくない。
弥堂の経験上、こういった者たちは必ず自己の欲求を制御できずに大きな失態をすることを知っていた。
『大丈夫ですって! 誰にも言いませんから! でも使ったら私にだけこっそり感想を教えてくださいね! どれくらい出たか、とか。次の参考にしますので!』
『言ってる意味がわからんが、お前の期待には沿えない。』
『あれ? もしかして本当に趣味じゃない感じです? 思いもよらず偶然に大物が撮れたものだから、JK・ギャル・パンチラのタグに合致するじゃん!ってテンション上がっちゃいました!』
『言ってる意味がわからんが、お前の期待には沿えない。』
『よかれと思ったんですが残念です……』
悲哀の感情を表現するようにしょんぼりした顔文字が送られてくる。
弥堂は疲労を感じながらその顔文字をスルーしようとするが、あることに引っ掛かりを覚える。
『待て。撮っただと。これはお前が撮影したのか』
『はい! 学園の警備ドローンの制御を乗っ取る練習をしてた時に偶然チャンスシーンに出くわしました! 褒めてください! このワンチャンをモノにする決定力の高さを!』
なんということだと弥堂は額に手を当てる。
警備部に裏切者が出たか、もしくは外部犯の仕業かと推測をしていたが、まさかサバイバル部の中に犯人がいたとは。
まずいことになった。万が一これが外部に漏れたら部の進退に関わる。
『この写真を他に漏らしてないだろうな』
『ご安心を! 一点ものです! あなただけのパンツですよ!【UR】希咲 七海【Most Valuable Panty ver.Spring】って感じです!』
『そうか、命拾いしたな』
『ありがとうございます! 他にも好みの女がいたら言って下さいね! 名前だけ教えてくれればどんな写真でも盗撮してきますから! もう少ししたらプールもありますし。任せてください!』
『考えておこう。だから俺の指示があるまで二度とドローンを使うなよ。』
『命令っ! それは命令ですか⁉』
『そうだ』
『はいよろこんでー! 私はあなたのものです!』
釘を刺したはずなのに何故か歓喜した相手を弥堂は訝しんだがとりあえずスルーをする。
そして、やはりこいつは早期処分するべきだと、近いうちに部長である廻夜へ進言することを決めた。
グッと右の拳を握る手に力が入る。少し伸びた爪が掌に食い込むのを感じた。
これからするのは確認だ。
もうほぼほぼ間違いないだろうし、弥堂としては非情に業腹で不本意で不名誉なことで、出来れば事実として確定させたくないのだが、仕事上そうもいかない。
左手で慎重に右手の指を解き、返信文を打ち込む。
『確認だ。お前がこの写真を撮影し俺に送ってきたのは、これが何かの事件の証拠品だとか、何かの調査をするためだとか、そういった理由ではないのだな?』
『事件? なんのことです?』
『何かの危険を報せるものでもなく、他意は何もないと?』
『はい! 純粋に混じりっけなく、ただいいパンツが撮れたから悦んでもらおうと思っただけです!』
天井へ顔を向け目を閉じ、フーっと長く息を吐く。
何秒間かそのままの姿勢で何かを待ち、なんとなく自分がニュートラルな感じになったというタイミングで再びスマホを操作する。
『つまり?』
『今日も一日平和でした!』
「死ねっ‼‼」
ドゴォっとテーブルに拳を叩き落す。
間一髪のところで理性が働き、拳をスマホに叩きつけることはなかったが代わりにテーブルは真っ二つに折れ、ノートPCやら口を開けたままのバッグやら、飲みかけの缶コーヒーやらが全て床に散乱したが、そんなことは今はどうでもよかった。
フーフーと沸き上がる怒りに息が乱れる。
考えたくもないはずだが勝手に今日の昼休みからの記憶が浮かび上がる。
希咲のあられもない画像を見て、事件性があると決めつけ。
盗撮だの狙撃だのと見当違いな推理を展開し。
現場検証をして騒ぎになり、無関係な水無瀬に生命を狙われてないかなどと聴取をし。
希咲に盗撮だの変態だのと誹りを受けながらも、これは証拠品だと突っぱね。
その挙句、結局事件など何も起こってはいなかった。
「ふざけやがって……」
ギリギリと歯軋りをしながら顏を俯けると足元に転がったスマホが目に入る。
その画面には何の偶然か、問題の希咲のおぱんつ画像が表示されていた。
先ほど右拳をスマホ目掛けて振り落とした際に、ギリギリのところで左手で爆心地からどかしたのだが、その際に適当に画面を触ってしまって切り替わったのだろう。
自分の理性を褒めてやりたい気持ちもあるが、それよりも犯した失態への恥が上回る。
ガンっと半分になったテーブルの片方を蹴り飛ばす。
何かテーブル以外にも破滅的な音を出した物があったような気がしたがそんなことは今は気にならない。
弥堂は百年の宿敵に向けるような憎しみを瞳に宿し、スマホの中の無様におぱんつを晒した希咲を睨みつける。
だが、それ以上に無様なのは自分自身だ。
(なんだこの体たらくは……)
ここ数年感じたことのないような激しい怒りと屈辱に身を震わせる。
八つ当たりだという自覚はある。
しかし、胸の裡から溢れ出した激情の火勢がおさまらない。
(希咲 七海……なんなんだこいつは――)
自業自得ではある。
だが今日のことにケチが付き始めたのはこの女のパンツを見てからだ。
希咲のパンツを見て、事件だなんだと振り回され。
希咲のパンツを見せろと騒ぐ揉め事に巻き込まれ。
希咲のパンツを見たからと、襲われ敗北まで喫し。
希咲にパンツを見られたと延々と愚痴を聞かされ。
希咲のパンツを見たせいで取り引きをする羽目に。
思い返してみると、今日のくだらない全ての出来事が、この長かった一日の総てが、希咲のパンツによって齎され、希咲のパンツによって連なってきているような気がする。
(どういうことだ……あいつのおぱんつのことばっかりじゃねぇか……!)
気がしただけなので勿論気のせいなのだが、今はそう考えて流すだけの余裕が弥堂からは失われていた。
(希咲 七海……っ! ふざけやがって……)
ちょっとスカートを捲っただけで、自分をここまで追い込んだ。
激しい屈辱を感じながらも、しかしその事実に戦慄をする。
「なんなんだあいつのおぱんつ――いや、パンツは……っ!」
弥堂はサバイバル部の部長である廻夜に、妙齢の女性の下着については敬意をこめて『おぱんつ』と呼称するように命じられていた。
しかし、事ここに至ってはもはや彼女の下着をリスペクトすることは到底出来ない。
(クソが。あいつのパンツは俺を馬鹿にしているのか……っ!)
怒りの方向性が宇宙開発をしている自覚はあったので、これ以上は我を失わないようスマホの電源を切り適当に放る。
少し気を静める必要があると立ち上がり浴室へ向かう。
怒りのままに床に転がるものを踏みつぶしたりしないよう慎重に歩を進める。
激しい憤りが胸を占めるものの、それと同等に自嘲もあった。
不審な点が色々あれど結局事件などなかった。
だが、それでいいはずだ。
平和で平穏であることに苛立ちや怒りを感じる必要などないはずだ。
普通の高校生の普通の日常に事件など起こらない。
それでいいはずだ。
壁に引っ掛けてあるハンガーに吊るされたバスタオルを乱暴に引っ掴みダイニングルームを出て扉を閉める。
蛍光灯を点けていない部屋の中で光源となっている、床に転がり落ちたノートPCと点けっぱなしのTVが発する灯りの届かぬ闇に、空になったハンガーの落ちる音が鳴った。
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