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序章 俺は普通の高校生なので。

序章42 Twilight Cat ②

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 とはいえ――


 希咲としても基本的には水無瀬の恋路を応援するつもりではいるのだが、本音の部分では出来れば弥堂はやめておいてもらいたいとも思っている。


 今日で随分と彼に対する見方が変わったのも事実だが、なにぶんちょっと頭がおかしすぎるし、暴力を奮うのに躊躇いがないところも怖い。

 風紀委員のくせにそこらの不良生徒よりも遥かにアウトローなあの男の将来性が不安でならない。


 水無瀬も水無瀬でちょっと違う意味で危なっかしいところがあるし、弥堂は弥堂でまんまの意味で危なっかしい。

 その二人でカップル成立した際の幸せな未来がどうしてもイメージするのが難しいのだ。

 出来れば彼女には、もっと普通の常識的で大人しい男の子とお付き合いしてもらいたい。


 しかし、そんなところまで自分が「あれはダメ、これはダメ」と口出しするわけにもいかない。


 なによりも、ゆるゆるふわふわとした雰囲気の水無瀬だが、ああ見えて自分よりもずっと意思が強い。


 彼女がこうだと思って、そう決めたのなら、きっと自分が何を言ったってその意思を捻じ曲げることは出来ないし、またそれをしたいとも思わない。


 ならば。


 自分に出来ることはサポートとバランス調整だ。


 もしも高校在学中にあのイカレ男子と付き合うことになれば、周囲から大いに奇異の目で見られることだろう。それは避けようもない。

 どうせ方々で恨みを買いまくっているに決まっているあの男のとばっちりが彼女にいく可能性も高い。

 そのあたりに目を配って口を利いて大きな揉め事に発展しないように調整をするのは、自分ならば可能だ。


 そう思ったタイミングで突如、今日のハイライトシーンがフラッシュバックする。


――顔面を鷲掴みにして二階の窓から人間を捨てようとする弥堂。

――床に転んだ女の子のお尻を踏みつける弥堂。

――車椅子に座った人に爆竹を投げつける弥堂。

――しつこくイチャモンを付けて訴訟までチラつかせながら金をまきあげようとする弥堂。

――人通りの多い商店街で、周囲の者に騒ぐ暇も与えずに数人を突然殴り倒して路地裏に投げ捨てる弥堂。


 そんな弥堂であっても自分ならば彼の行動を制御することが可能だ。


(……ほ、ほんとに…………? ちょっと無理なんじゃ……)


 ツーと冷や汗が顔に流れてくる気配を感じ、メイクの崩れを嫌ってササッとハンドタオルで防ぐ。


 だが、やらねばならない。


 うちの娘と付き合うというのなら、どうにかあの男には社会に適合してもらわねば困る。


 水無瀬が彼を強く注意することは出来ないだろう。彼女は何でも許してしまいそうだ。

 それはいけない。それは地獄の始まりだ。


 脳内でちびキャラ弥堂がちびキャラ愛苗ちゃんにDVを行う寸劇が展開し、希咲はサーっと顔を青褪めさせる。


 そんなことはさせない。

 絶対に自分があのクズを更生させてみせると希咲は使命感に燃えた。



 そうは言っても。


 あれもこれも、総ては彼女が本当に弥堂が好きなのか、それをはっきりさせてからの話だ。


 状況的に他に考えようもないのでほぼほぼ間違いないだろうが、勝手な思い込みで暴走するわけにはいかない。それはメンヘラのすることだ。

 まずは事実確認をしなければ。


 直近では時間をとれないので、自分が幼馴染たちと旅行に行って戻ってきたG・W明けにでもまたお泊り会を開こう。

 彼女にはその時に洗いざらい吐いてもらう。


 スケジュールはしっかり把握しているのだが、手慰みにカレンダーアプリを開いて画面に映す。

 わかりきった予定を見つめながら思考が逸れていく。


 もしも彼女が彼と付き合うことになったら、今まで通りには彼女との時間を多くはとれなくなるだろう。

(やっぱ、あんまりあたしとは遊んでくれなくなっちゃうわよね……)


 自分も自分でアルバイトや家族の面倒を見たりしなければならないし、どうせ幼馴染たちからのとばっちりはこれからもあるだろう。

 仕方のないことではあるが、


(うぅ……それでもさみしい……)


 別方面へと気分が沈む。


(あーあ。あたしもとりあえずでいいから彼氏作っちゃおうかなぁ……)


 今のところ誰か特定のそういう相手がいるわけでもないし、特別気になっている男子がいるわけでもない。

 だが、自分なら相手の人格がよっぽどアレでさえなければ、大体誰とでもそれなりに上手くやってはいけると思っている。

 そういう年頃でもあるし、そうすることは別に不自然なことでもない。


 好きでもない相手を見繕って付き合うのは不誠実ではあるかもしれないとは思うが、好意は後からでも着いてくるだろう。

 上手くやっていける相手かどうかの方が重要だ。


 それに――


(いつか大人になって誰かと結婚するんだろうけど、どうせそれまでの間に数回は誰かと付き合って別れてって繰り返すんだろうしね……)

 最初に付き合った相手が偶々ベストなパートナーでそのまま最後まで添い遂げるだなんて物語は、奔放な自分の母親を見て育った身ではどうにも夢見ることは難しい。


 幼い頃から、無自覚に女にモテまくる幼馴染の紅月 聖人あかつき まさとや、自分や母親を捨てていなくなった父親、そしてその後に結婚離婚を繰り返し失敗し続ける母親と、その度に増えていく弟や妹たちの面倒を見てきたせいで、16歳の身空でありながら随分と男というものをシビアに見てしまうし、男女関係にも気おくれするようになってしまった。


 運命の人とドキドキな毎日を――なんていう少女らしい妄想よりも、その関係が破綻した後の地獄の後処理をするリスクの方が先に浮かんでしまうのだ。


 そのせいか、特に誰かを好きになることもなく今日まで過ごしてきてしまった。


 とはいえ、別に「男なんて!」などという極端な思考や思想を持っているわけでもなく、いつかはどこかで誰かとそういうことになるんだろうなとは考えている。


 だけど、やはりこんな自分に大好きな男の子というものが現れるだなんてことにはまったくリアリティを感じない。

 じゃあ好きな人を造ってみようかなんて思っても、ちょっと軽々しく他人には言えない――言っても絶対に理解してはもらえない――事情があり、日常的に周囲にいるような同年代の男の子たちにそういう興味を向けて、そういう目で見ることがどうしても難しい。


 であるならば、先に考えたように、将来的なことを踏まえてとりあえず誰かと付き合ってみて、男女交際の経験値を積んでおく方がよっぽど現実的だ。


 幸いにも現在の自分はそれなりに異性にモテてはいる。

 しかし、それがいつまでも続くとは限らない。


 勿体ぶっている内に、いざ自分がその気になった時には誰にも必要とされない。

 そんなことになる可能性もあるだろう。


 大好きな人じゃなきゃ――とか、理想の相手が――とか、そんなことを考えて足踏みして無為に時間だけ失っていっても何も上積みがない。

 そうこうしている内にどんどん周囲から遅れていく。


 プロフェッショナルなJKとしてはそれは大いに問題だ。


 どうせ遅かれ早かれなのだ。

 それなら、幸運にも自分に需要がある今のうちに――

(さっさといろいろと、経験、しちゃった方がいいのかもね……その方が――)

『――効率がいいだろう』


 突如思考に割り込むように、身も蓋も愛想もない仏頂面をした顏と声が脳内に現れた。


 記憶ではなくイメージだ。

 彼とはこんな会話はしていない。


 だけど――


(――い、いかにも言いそう)


 思わず吹き出して笑ってしまう。


 周囲を通行する者たちから怪訝な目を向けられる。


 慌てて顔を下に向けスマホでメッセージのやりとりをしている風を装う。


(もうっ! あいつホントむかつくっ!)


 脳内に登場してきたイメージ上の彼に八つ当たりの右ストレートをお見舞いし退場させる。


(でも――)


 今の今まで自分を支配していた投げやりな思考が消し飛び、そして決めようとしていたことを全て白紙にする。


(あいつと同じ考え方なんて冗談じゃないわ)


 脳内イメージとはいえ、あの男に言われたとおりに行動するなど絶対にお断りだ。あいつと意見が合うなんて癪だから今のはなしと、そういうことにした。


(ホント……むかつく……)


 待ち受け画面に視線を向けながら複雑な笑みを浮かべた。


 別に彼は関係ない。


 どうせ忙しい自分には彼氏を作るのは土台無理な話だったのだ。

 無理矢理にでも造らねばならないほどの理由もない。


 そう思考を切り替える。


 彼氏を造ったとしても優先順位はどうしても家族や親友の方が上だ。加えて幼馴染たちの厄介ごともある。

 きっとあまり構ってあげることは出来ないだろう。

 それはかわいそうだ。


 誰でもいいから――とか、理想の相手が――などと、偉そうな視点でものを考えていたが、こんな自分では相手にとっても理想の彼女にはとてもなってはあげられない。

 それはフェアじゃない。


 現段階では誰なのかすらもわからない『すきぴ』などという得体の知れない存在を、今現時点で大事にしている者たちより優先出来るとは到底考えられない。

 やはり、とりあえずだなんて軽い気持ちでも彼氏を造るのは難しそうだ。


 自分の都合で誰かにヒドイ経験をさせるよりも、弟や妹たちのための時間を増やす方が生産的だ。


(あの子たち、ちゃんとご飯食べてるかな……)


 いい感じに思考が散漫になり、家に居るはずの弟や妹たちを思い浮かべて、心配になりつつも心が和む。


 冷蔵庫にあるものをレンジで温めるだけの作業なので、中学二年生になった一番上の弟なら問題なく出来るはずだ。

 しかし、それでも心配でメッセージを送ってちゃんと出来ているのか確認したくなる。

 絶賛思春期中のその弟に、口煩すぎると若干鬱陶しがられているのを自覚はしているが、心配なものは心配なのだ。


 メッセージアプリを立ち上げようとアイコンに指を近づけたところで、先に新着メッセージの受信の知らせが画面上に浮かぶ。


 そちらの内容を確認しようとタップする。


 表示されたメッセージを見て、希咲は表情をニュートラルなものに落とす。


 待ち合わせ相手が到着したようだ。


 適当なスタンプ一つで返信しスマホを仕舞う。


 もう片手に持った先程握り潰した空のジュースのパックをどうしようかと迷いながら、近くにゴミ箱がないか視線を動かす。


 それで見つかったのは目当てのゴミ箱ではなく、待ち合わせの相手だ。


 くたびれたスーツを着た卑屈そうな中年の男。


 この歓楽街周辺を歩く多くの者と似た特徴で、普段ここらで彼を見分けようとすると難儀するのに、こういう時にはすぐに見つかる。

 男は希咲が自分を見つけたことに気が付くと片手を上げ、ニヤニヤと好色そうな笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。



 いつかの未来で――


『今日のこの日が楽しかったね』と。


 自分にそう言ってくれる者がいつか現れるのだろうか。


 自分がそう言ってあげられるひとが現れるのだろうか。



 手の中のジュースパックを握る手に僅かに力を入れ、こちらへ向ってくる男に悟られぬよう細く息を吐く。


 潰れたジュースパックをハンドタオルで丁寧に包んでリュックに仕舞った。


 近くにゴミ箱がないからこれは仕方がないのだ。


 心中でそんな言い訳のようなものが浮かぶ。



 それは自分の役割ではないし、彼の役割でもない。



 意識を切り替え身体に命令を出し、ガードレールからお尻を離す。


(やっぱり、彼氏なんて無理だ)


 ブーツのヒールの音が鳴らぬよう意識して、希咲は男の方へ歩いていく。



 きっといつになっても――


 今日のこれからのことが楽しかっただなんて誰にも言えない。
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